フランス人
1920年8月18日ヴァランシエンヌ生まれ。
1954年7月2日スペイン・マドリードにて死去。
『ジャズ人名辞典』未収録。
1930年代末には、フランス北部のヴァランシエンヌやリールのバーでピアニストのジャック・ディエヴァルと演奏していたという。
1941年パリで、ピアニストのチャーリー・ルイスとシャルル・トレネのシャンソンのメドレーの伴奏に加わった。
また、ルイスとベーシストのシギスモンド・ベックとのトリオで演奏し、アコーディオン奏者のエミール・カッラーラの伴奏も務めた。
1942年にはピエール・フアドの後任としてジャンゴ・ラインハルトのクインテットのドラマーに就任した。
1943年にはブリュッセルでガス・ヴィスールのレコーディングに加わった。
1947年から1949年まで、エメ・バレッリのオーケストラで演奏した。
1955年初頭にはジャック・エリアンのオーケストラに加わった。
しかし精神的な問題を抱え、マドリードでバーナード・ヒルダのオーケストラとツアー中にホテルの部屋の窓から投身自殺を遂げた。
1947年のジャンゴ・ラインハルトの吹込みに名前が見える。
"Django Reinhardt / Django's blues"(Gitanes 013 545-2)