アート・ペッパー (アルト・サックス)

Art Pepper (Alto sax)

フルネーム:アーサー・エドワード・ペッパー・ジュニア Arthur Edward Pepper Jr.
1925年9月1日カリフォルニア州ガーディナ生まれ。
1982年6月15日カリフォルニア州ロス・アンゼルスにて、脳溢血により死去。

9歳でクラリネットを始め、13歳でアルト・サックスを手にしたという。
43年リー・ヤング、ベ二―・カーターなどとともにプレイし、同年11月に3か月間だがスタン・ケントンのバンドに入った。
しかし軍隊に取られ除隊後はフリーとして活躍、47年再びケントンのバンドに入り52年まで在籍した。
54年には自分のコンボを持ったが、麻薬問題からジャズ界を遠ざかり、57年にジャズ界に復帰60年までロス・アンゼルス、
ラス・ヴェガス周辺でジャズ及びラテン・バンドに加わって活動を続けた。
その後60年代にも麻薬がらみのトラブルがあり、64年シェリー・マンの店に出演、68年に短期間バディ・リッチのオーケストラで活動した以外は、
ほとんど引退同然の生活を送っていた。
70年10月の時点で依然としてカリフォルニアの麻薬患者治療センター「シナノン」で療養していた。
1974年には音楽活動に復帰し、ふたたび精力的にライブやレコーディングをおこなった。
1977年に初の日本公演をおこなう。このときの日本のファンの熱狂的な歓迎にペッパー自身が非常に感動した様子が、3番目の妻ローリー・ペッパーによって筆記された自伝「ストレート・ライフ」(1980年)に記されている。それがきっかけなのか親日家であり、1980年には石黒ケイの「アドリブ」に参加した。

レコード・CD

「ゾーズ・ケントン・ディズ/アート・ペッパー」(Capitol ECJ-50070)
"Stan Kenton/The Christy years"(ST 1035)
"Stan Kenton/The comprehensive"(Capitol STB-12016)
「ケントンズ・ガール・フレンズ」(ECP-88033)