アーティー・ショウ 1936年

Artie Shaw 1936

アーティー・ショウ 粟村政昭氏は『ジャズ・レコード・ブック』の中で次のように評している。
「今日のモダン・ファンはアーティー・ショウのレコードなどには鼻も引掛けぬであろうし、その昔を知る人の中にもショウの礼賛者というのはあまり見当たらない。(中略)しかし彼は何よりもまずリーダーとして野心的な人であった。」
そんな彼はコネチカットで10歳の時にウクレレを覚え、12歳で初めてサックスを習った。その後クラリネットに持ち替えて練習した結果めきめきと腕を上げたという。そして15歳の時に家出し、ケンタッキーでミュージシャンとして働いたがうまく行かず一度故郷に帰った。その後フロリダを経てクリーヴランドで3年間滞在し、その地のいくつかのバンドで演奏活動を行った後ニューヨークに上った。31年からニューヨークのCBS専属となり、レッド・ニコルスやフレッド・リッチなど多数のレコーディングに参加したという。
33年一時一緒に仕事をしたロジャー・ウルフ・カーンのバンドに再加入し、その他アンドレ・コステラネッツやポール・ホワイトマン楽団にも一時加わり、またフリー・ランサーとしてラジオの仕事やレコーディングにも参加したという。
ところが一転34年暮に突如ペンシルヴァニア州バックス・カントリー地方に小さな農場を取得し、全く音楽を離れたが、数か月でまたニューヨークに戻り、フリーランスの仕事をしながら楽回に復帰したのであったという。かなり目まぐるしい人生で、気分屋でもあったようだ。
そして35年25歳の時に、自身のクラリネットに、ストリング・カルテット(弦楽四重奏)、ギター、ベース、ドラムスという異色の編成のスモール・グループを結成し、ニューヨークのインペリアル・シアターで開かれたジャズ・コンサートに出演した。そこで演奏した『B-フラットの間奏曲 "Interlude in B-flat"』で初めての大きなセンセイションを引き起こした。間もなく弦、ブラス、テナーという珍しい編成のバンド作ったが長続きせず、さらにストリング・カルテットを加えたビッグ・バンドを結成したが、音楽的にも経営的にも失敗に終わったという。
以上のような彼の経歴からすると、初レコーディングはレッド・ニコルス時代に経験しているような気がするが、僕の持っているショウの吹込みはこの1936年が最初である。先のインペリアル・シアターで演奏した『B-フラットの間奏曲 "Interlude in B-flat"』は実に大きなセンセイションを巻き起こしたという言うから、この頃は有名人であったろうと想像される。

<Date&Place> … 1936年4月13日 録音

<Personnel> … バニー・ベリガン&ヒズ・ボーイズ (Bunny Berigan and his boys)

Band leader & Trumpet & Vocalバニー・ベリガンBunny Berigan
Tromboneジャック・ティー・ガーデンJack Teagarden
Clarinetアーティー・ショウArtie Shaw
Tenor saxフォレスト・クロフォードForrest Crawford
Pianoジョー・ブシュキンJoe Bushkin
Guitarエディ・コンドンEddie Condon
Bassモート・スタルメーカーMort Stulmaker
Drumsディヴ・タフDave Tough

<Contents> … 「バニー・ベリガン&ヒズ・ボーイズ/テイク・イット、バニー」(Epic SICP 4012)

CD1.云い出しかねてI can't get started
CD8.メロディ・フロム・ザ・スカイA melody from the sky
この日はもう1曲「リズム・セイヴド・ザ・ワールド」が録音されているが、なぜかティーガーデンが抜け、クラリネットもアーティー・ショウからポール・リッチに変わっている。いずれにせよ珍しくティーガーデンのソロなど活躍の場がないのも意外である。
CD-1.[云い出しかねて]
そのヴォーカルと共にベリガン最大のヒット曲となるが、それは1937年の録音。こちらはそのファースト・ヴァージョン。そもそもこの曲の歌詞は、「好きな相手に思いを伝えても全く相手にされない男(あるいは女)のやるせない気持ち」を歌ったもので、この邦題は誤訳だという。ベリガンのヴォーカルはそのやるせなさを実にうまく表現している。クロフォードのTsもストレートで素晴らしい。そしてTpに帰ると思いの丈を一気に吹き上げるベリガンのプレイも見事。
ただこのセッションはもともとは前述のように人気シンガー、チック・ブロックの歌伴のはずであり、なぜこの曲だけベリガンがヴォーカルを取ったのか不思議なところだし、ヴォーカルの名手ティーガーデンの前ではさぞかし歌い辛らかったろうと思う。。
CD-8.[メロディ・フロム・ザ・スカイ]
両曲とも原田氏の解説に拠れば、ブロックのヴォーカルが入っていたというがいったいどこに入っていたのだろう。全篇ベリガンのTpが中心で所々ClやTs、Pのソロが入り、ヴォーカル・スペースらしき箇所が見当たらないのだが。ただふと思うのは演奏時間が短いので、ヴォーカル部分をごっそりと抜いたのかもしれない。

次の吹込みは、ジャック・ティーガーデン名義のレコード・ボックスに収録されているが、元々の名義はフランキー・トランバウアーである。本来はトランバウアーで書かないといけないだろう。

<Date&Place> … 1936年4月27日

<Personnel> … フランキー・トランバウアー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Frankie Trumbauer and his orchestra)

アーティー・ショウ Artie Shaw
Bandleader , C-melody and alto saxフランキー・トランバウアーFrankie Trumbauer
Trumpetエド・ウェイドEd Wadeチャーリー・ティーガーデンCharlie Teagarden
Tromboneジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Clarinet
Tenor saxジャック・コルダロJack Cordaroマット・ヘイズMutt Hayes
Pianoロイ・バーギーRoy Bargy
Guitarカール・クレスCarl Kress
Bassアート・ミラーArtie Miller
Drumsスタン・キングStan King

<Contents> … "King of the blues trombone"(Epic JSN 6044)

Record3 A-1.ザ・メイヤー・オブ・アラバムThe mayor of Alabam'
Record3 A-2.浮気はやめたAin't misbehavin’
Record3 A-3.ス・ワンダフル‘S wonderful
Record3 A-4.サムバディ・ラヴズ・ミーSomebody loves me
Record3 A-1.[ザ・メイヤー・オブ・アラバム]
ティーガーデンがリード・ヴォーカルを取り、バンド・メンバーたちとの掛け合いのヴォーカルが楽しい。ソロはティーガーデン、ショウ(Cl)、Ts、Tpなどが取る。
Record3 A-2.[浮気はやめた]
ご存知ファッツ・ウォーラー作のヒット曲。ヴォーカルの前にトランバウアーが長いソロを吹いている。ヴォーカルのオブリガードはミュートTpが付ける。ヴォーカルの後はショウ(Cl)のソロが入り、合奏に移る。
Record3 A-3.[ス・ワンダフル]
今でもよく取り上げられるガーシュイン兄弟作のスタンダード曲。ここではヴォーカルは入っていない。トランバウアー、C・ティーガーデン、クレス、J/ティーガーデン、ショウと見事なソロが続く。特にクレスは素晴らしいコード・ワークでのソロを披露する。
Record3 A-4.[サムバディ・ラヴズ・ミー]
ガーシュイン作。寛ぎのあるティーガーデンのヴォーカルがいい。ソロはティーガーデン(Tb)、ミュートTp、ショウ(Cl)そしてヴォーカル後にトランバウアーが取る。

「ビリー・ホリディ物語 第1集」

<Date & Place> … 1936年6月30日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ビリー・ホリデイ・アンド・ハー・オーケストラ(Billie Holiday and her orchestra)

Bandleader & Vocalビリー・ホリデイBillie Holiday
Trumpetバニー・ベリガンBunny Berigan
Clarinetアーティー・ショウArtie Shaw
Pianoジョー・ブシュキンJoe Bushkin
Guitarディック・マクダナフDick McDonough
Bassピート・ピーターソンPete Peterson
Drumsコージー・コールCozy Cole

<Contents> … 「ビリー・ホリディ第1集」(CBS SONY SOPH 61-62)

record2 A-5.憶えているかしら?Did I remember ?
record2 A-6.後悔しないわNo regrets
record2 A-7.サマータイムSummertime
record2 A-8.ビリーのブルースBillie’s blues

この日のセッションは白黒混合で行われた。黒人はビリーとDrのコジ―・コールの二人で他の4人は白人である(Bのピーターソンは不明)。この録音の聴きものは、スイング時代最高の白人Tp奏者バニー・ベリガンが典型的な彼のスタイルの素晴らしいプレイを披露していることと、アーティー・ショウ(Cl)の参加で、後に(38年)ショウはビリーを自己のバンドの専属歌手に迎え入れている。白人バンドの専属になった黒人の苦労は彼女の自伝に詳しい。またピアノのジョー・ブシュキンもキャリア上ごく初期の録音であり貴重である。この日のビリーも周りの面子に刺激されたのかかなり大胆に崩して歌っている。
record2 A-5.[憶えているかしら?]
ヴォーカルの後のショウのCl、ブシュキンのP、ちょっと合奏が入りベリガンのTpがあり、またちょっとショウ、そしてビリーのヴォーカルで終わる。せっかくの面子なのでもっとソロが聴きたいと思うのは僕だけではないだろう。
record2 A-6.[後悔しないわ]
ショウのブレイクによるソロそしてベリガンとの絡み実に極上の演奏である。ビリー名義だとヴォーカル・スペースが大きい。コーラスに入る度に違う歌い方で入るところはさすがである。
record2 A-7.[サマータイム]
言わずと知れたガーシュイン兄弟作のミュージカル「ポーギー・アンド・ベス」挿入歌である。この演奏を大和氏は大変興味深いとししている。それはベリガンがイントロで大胆なダーティー・トーンで始めるところであり、さらにそれに啓発されたようにビリーも大胆に低唱で始めるといったところで、才能ある者同士がお互いを啓発し合い素晴らしいコラボレーションを見せて行くところであるという。
record2 A-8.[ビリーのブルース]
ビリー自作曲の初吹込みであり、吹き込んだレコードでは初のブルース・ナンバーである。ビリーは、「ブルースを歌うレディ」と呼ばれたが実は余りブルースを歌っていない。しかし彼女の歌にはブルース・フィーリングが溢れているためにそう呼ばれたのであろう。そして逆にこのような本当のブルース・ナンバーをどちらかといえばスインギーなナンバーとしてこなしているところが面白い。ブギー・ウギーのリズムに乗って大胆に歌っている。

[Mildred Bailey/Her greatest performances]レコード・ジャケット

<Date&Place> … 1936年11月9日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ミルドレッド・ベイリー・アンド・ハー・オーケストラ(Mildred Bailey and her Orchestra)

Vocalミルドレッド・ベイリーMildred Bailey
Trumpetジギー・エルマンZiggy Elman
Clarinetアーティー・ショウArtie Shaw
Tenor saxフランシス・ラヴFrancis Love
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Guitarデイヴ・バーバーDave Barbour
Bassジョン・カービーJohnkieby
Drumsコジー・コールCozy Cole

<Contents> … "Mildred Bailey/Her greatest performances"(Columbia JC3L-22)

Record1 B-8.[ロング・アバウト・ミッドナイト]('long about midnight)
1936年のレコーディングは1曲だけ持っている。オーケストラとは云うが7重奏団である。ハモンド氏お得意の白黒混合セッションである。BGのバンドで活躍しているメンバーが目立つが、それはBGのバンドがそれなりのメンバーを揃えていたということだろう。ところが肝心のクラリネットはライバル的存在のアーティー・ショウというのが面白い。しかしここでのショウはヴォーカルにオブリガードを付けるほかは、アンサンブルに参加しているだけでソロは取っていない。

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