バブス・ゴンザレス(ヴォーカル)

Babs Gonzales (Vocal)

バブス・ゴンザレス

本名:リー・ブラウン(Lee Brown)
1919年10月27日ニュー・ジャージー州ニューアーク生まれ。
1980年1月23日生地ニューアークにて癌のため死去。

ビ・バップ・ボーカリストと言われるが、詩人、作家でもあった。
若い頃、ジミー・ランスフォード楽団のバンド・ボーイとして働き、その後ロサンゼルスに移住した。
人種差別を回避するために、ターバンを着用し、ラム・シンというペンネームを使用し、インド国民を装った。
またロサンゼルス・カントリー・クラブで働き、映画俳優エロール・フリンの専属運転手になった。
1944年に虫垂炎で入院していたとき、彼は「黒人として扱われたくなかった」ため、スペインの姓ゴンザレスを名乗ったという。
1940年代チャーリー・バーネットとライオネル・ハンプトンのビッグ・バンドで仕事をした後、ニューヨークに移った。
人気が増してきたビ・バップのバンドに関わるようになったが、ビ・バップについては何も理解出来なかったという。
ピアノとドラムを学んでいたが、楽器を演奏するよりも歌うことが好きだったし、より儲かると考えたという。
大戦中徴兵カードが届いたが、女装で面談を受け、兵役に不適格であると宣告されたという。
自身のグループ、「バブスのスリー・ビップス・アンド・ア・バップ」を結成し、1940年代後半にブルーノート、
キャピトル、アポロなどのレーベルからレコードを多数リリースした。
そのバンドにはタッド・ダメロン、ソニー・ロリンズ、ロイ・ヘインズ、ウィントン・ケリー、
ベニー・グリーンなどが加入していた。
1950年代から1960年代にかけてもレコードをリリースし続けたが、人気は下火となっていた。
しかしこの間も、ジャズ界の舞台裏で影響力を持ち続け、ミュージシャン同士を結びつけ、レコード会社に紹介し続けた。
オルガン奏者のジミー・スミスをブルーノート・レーベルに推薦したのも彼であった。
1958年からはニューヨーク州シュガーヒルでナイト・クラブを経営していた。
1967年と1975年に自伝的小説を自費出版した。
彼の作品は、黒人ミュージシャンが実社会で虐げられ、苦戦する様子を内側から描いたものとして評価される。
1947年自己名義の録音がある。

レコード・CD

「ブルーノートSP時代」(TOCJ-5238)