スイング時代の三大テナーの一人と言われるベン・ウエブスターは、『ジャズ人名辞典』によれば、1909年3月27日ミズーリ州カンサス・シティで生まれ、初めはヴァイオリン、ピアノを習い、サックスは独学でマスターしたという。オハイオ州のウィルバー・フォース大学を出た後、32年ニューヨークに出てベニー・モーテン楽団に入ったという。カンサス・シティ出身の彼がカンサス・シティのバンド、「ベニー・モーテンズ・カンサス・シティ・オーケストラ」にニューヨークで入団したというのは面白いが、それが1932年というからモーテン楽団の東部興行ツアーが大失敗し、財政的に破綻状態だった時期であり、楽団はそのままキャムデンのヴィクターのスタジオの向かった辺りに入団したと考えられる。なぜそんな楽団に加わったのか疑問ではあるが、結果的に歴史私的な録音に参加することなったのは幸いだったのかもしれない。
この時の録音は、「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第9巻/ザ・ビッグ・バンド・エラ第1集」(RA-52)や“Count Basie in Kansas City”(LPV-516)に収録されているが、これがウエブスターの初レコーディングではないかと思う。しかしレコード解説の瀬川昌久氏はこのことに全く触れていない。僕がベン・ウエブスターを重要と考える訳は、コールマン・ホーキンス一人で始まったジャズにおけるテナーサックスという分野で、初めて彼以外の重要人物が登場したからである。これまで登場したテナー・サックス奏者と言って思い浮かぶのは、バド・フリーマン、ベイブ・ラッシンという白人奏者であり、黒人奏者はこれと言って思い当たらない。ウエブスターやその他白人黒人含めてテナー・サックス奏者がなぜこの楽器を選んだのかは今更調べようもないが、先駆者ホークの影響は少なからずあったのかもしれない。
ウエブスター自身はサックスは独学で、ジョニー・ホッジスに手ほどきを受けたと言っているそうではあるが…。
なおこのモーテンの録音はジャズ史上に残ろ重要な録音であり、それに関しては「ベニー・モーテン 1932年」を参照のこと。
| Band leader & arranger | … | ベニー・モーテン | Bennie Moten | |||||||
| Trumpet | … | ”ホット・リップス”・ペイジ | ”Hot lips”Page | 、 | ジョー・ケイズ | Joe Keyes | 、 | プリンス・“ディー”・スチュワート | Prince “Dee” Stewart | 、 |
| Trombone | … | ダン・マイナー | Dan Minor | |||||||
| V-Tb、Gt & arrange | … | エディー・ダーハム | Eddie Durham | |||||||
| Alto sax & Clarinet | … | エディー・ベアフィールド | Eddie Barefield | 、 | ジャック・ワシントン | Jack Washington | ||||
| Tenor sax | … | ベン・ウエブスター | Ben Webster | |||||||
| Piano | … | カウント・ベイシー | Count Basie | |||||||
| Banjo | … | ルロイ・ベリー | Leroy Berry | |||||||
| Bass | … | ウォルター・ペイジ | Walter Page | |||||||
| Drums | … | ウィリー・マックワシントン | Willie McWashington | |||||||
| Vocal | … | ジミー・ラッシング | Jimmy Rushing |
| record9-B-1、A-1. | トビー | Toby |
| record9-B-2、A-2. | モーテン・スイング | Moten swing |
| record9-B-3、A-3. | ブルー・ルーム | Blue room |
| record9-B-4、A-4. | ニューオリンズ | New orleans |
| record9-B-5、A-6. | ミレンバーグ・ジョイズ | Milenberg Joys |
| record9-B-6、A-7. | ラファイエット | Lafayette |
| record9-B-7、A-8. | プリンス・オブ・ウエールズ | Prince of Wails |
ディスコグラフィーを見ると、この日は10曲ほど録音を行ったようだが、「RCAジャズ栄光の遺産」には8曲、“Count Basie in Kansas City”にも8曲収録されている。そして「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ」に収録されていて“Count Basie in Kansas City”に収録されていないのは「トゥー・タイムス」1曲、“Count Basie in Kansas City”に収録されていて「RCAジャズ栄光の遺産」に収録されていないのは「ジ・オンリー・ガール・アイ・エヴァー・ラヴド」1曲、双方共に収録されていないのは、”Imagination”1曲である。「RCAジャズ栄光の遺産」に収録されていない2曲は男性コーラス・トリオのヴォーカル・ナンバーである。
そして「トゥー・タイムス」はピックアップ・メンバーによるコンボ演奏でウエブスターは加わっておらず、ヴォーカル・ナンバーの「ジ・オンリー・ガール・アイ・エヴァー・ラヴド」でも特に出番はない(”Imagination”は不明)なので割愛する。
トビー
アルトのエディー・ベアフィールドの作品で、迫力に富んだ創造的な編曲である。ともかく四分音符=340という猛烈なスピードのナンバー。ブラスとリードの強烈な合奏は、後年のベイシー楽団を予知させる面もあるが、むしろジミー・ランスフォード楽団に似ているような感じもするとは瀬川氏。この時のモーテン・バンドの主なソロイストが全員登場する顔見世的なナンバー。と言っても順序立ててというのではなく、ソロは廻すが同一人物も何度かソロを取っている。
ウエブスターもソロを取っているということはすでにソロイストとして認められていたということであろう。それも当時花形ソロイストのリップス・ペイジの後に出てくる。特筆すべき素晴らしいリフをバックにホーキンスばりの太い音でスムーズに吹き切っている
モーテン・スイング
「モーテンズ・スイング」とも呼ばれるが、ベニーと甥のバスターの共作となっており、おそらくバンド全員のヘッド・アレンジの結果できたものであろうという。
瀬川氏はモーテンのラスト・セッションにふさわしいビッグ・バンド・ジャズとして一つの個性がうかがわれるという。評論家のマーティン・ウィリアムスによれば、この原メロディーは極めて複雑高度なコード進行の上に成り立っており、今日同じタイトルで普通演奏されるのは、このごく一部のリフのところだけであるという。
ベイシーのピアノ、ダーハムのギターの後リップス・ペイジのソロを挟んでウエブスターが短いソロを取る。まだペイジほどこなれていない感じがする。
ブルー・ルーム
「RCAジャズ栄光の遺産」では、「ザ・ブルー・ルーム」と「ザ(The)」が付いているが、輸入盤の“Count Basie in Kansas City”でもディスコグラフィーでも「ザ」は付いていないので、本来は「ザ」は付かないのではないかと思う。
ロジャースとハートの歌曲が完全なモーテン・スタイルのビッグ・バンド曲に編曲されている。オープニングは、いささか古めかしい感じもするが、ペイジの美しいTpソロとそのバックでベイシーの弾く可憐なチャイムスの音色が良いと瀬川氏は意外なところに感心している。ウエブスターのTsソロとベアフィールドのAsソロはバトル的でもあり、俄然アンサンブルのリフがバックで躍動し始める。そして後半のブラスとリードのスリリングなリフの交錯は、非常に完成されて魅力あふれるものであり、後年のベイシーのモデルというよりも、32年の時期における既に一つの個性的なスタイルとして特記されよう。
ニューオリンズ
ホーギー・カーマイケルの作品をここではジミー・ラッシングが堂々たる歌唱で披露する。それ以上の聴きものはベン・ウエブスターのTsの堂々たるソロ・プレイで、40年頃にデューク・エリントン楽団で聴かせた完成されたスタイルに至る前の若き日の姿が十分にうかがわれる。エンディングのプレイも堂々としたものだ。
ミレンバーグ・ジョイズ
レオン・ラポロ作のクラシック・ジャズの名曲で、30年代初期に多くのビッグ・バンドで採り上げられた。冒頭のベイシーのPのイントロはわざと古いスタイルでユーモラスに弾いているのだろう。サックス・セクションのリフは迫力があり、アンサンブル全体が素晴らしい。それをバックにしたクラリネットとテナー(ウエブスター)の掛け合い等抜きん出た実力が示されている。
ラファイエット
エディー・ダーハムのオリジナルで、彼がベイシー楽団に貢献した多くの優れた作品を代表するクリーンで迫力に富んだリフ・ナンバー。ペイジのBに始まり、ウエブスターのTs、ペイジのTp、ベイシーのP、ベアフィールドのClと第一級のソロを次々と惜しげもなく聴かせてくれる。エンディングのストップ・タイムによるドラム・ソロも後に定番となるものである。
プリンス・オブ・ウエールズ
モーテンの編曲と記されているがおそらくこれもダーハムの書いたものであろう。ここでもベイシーの力強いストライド奏法が聴かれるが、他方実に美しくメロディアスに弾くこともできる彼の優れたピアニストとしての才能も示される。ウエブスターのTsとそのバックのペイジのB、リップス・ペイジのTpソロとそのバックの合奏リフ、「トビー」のエンディングを思わせるようなアレンジが素晴らしい。