1929年の項で書いたことだが、ガンサー・シュラー氏は、「まだ経験が足りず自分自身のオーケストラ感を持っておらず、ドン・レッドマンの代役をほとんどこなせなかった」と評している。しかしまた「才能ある若者であり、1930年末ごろまでには際立った進歩の跡がうかがえる」と述べている。
| Band leader | … | ウィリアム・マッキニー | William McKinney | |||
| Trumpet | … | ジョー・スミス | Joe Smith | 、 | レックス・スチュワート | Rex Stewart |
| Trombone | … | クロード・ジョーンズ | Claude Jones | |||
| Arrangement , Alto sax & Vocal | … | ドン・レッドマン | Don Redman | |||
| Alto sax | … | ベニー・カーター | Benny Carter | |||
| Banjo | … | デイヴ・ウィルボーン | Dave Wilborn | |||
| Tuba | … | ビリー・テイラー | Billy Taylor |
例によって録音データの記載がないため詳細は不明だが、文中に記載のあるものを記す。
| B-6. | ゾンキー | Zonky |
B-6.[ゾンキー]
レコード解説には記載がないが、この曲のアレンジはカーターではないのであろう。シュラー氏によればまだ発展途上の時期である。奏者として参加している吹込み、但しソロはない。
解説で、ソロ・オーダーはカフェ⇒スミス⇒ウィルボーン(Vo)となっている。ここで初めてカフェなるプレイヤーが唐突に登場する。録音データが無いので定かなことは分からないが、想像するにエド・カフェ(Ed Cuffee Tb)のことかもしれない。さすがにTpのスミスは短いながら存在感のあるソロを聴かせる。
| Band reader& Piano | … | フレッチャー・ヘンダーソン | Fletcher Henderson | |||
| Trumpet | … | ボビー・スターク | Bobby Stark | 、 | ラッセル・スミス | Russell Smith |
| Cornet | … | レックス・スチュワート | Rex Stewart | |||
| Trombone | … | ジミー・ハリソン | Jimmy Harrison | 、 | クロード・ジョーンズ | Claude Jones |
| Clarinet | … | バスター・ベイリ― | Buster Bailey | |||
| Alto sax | … | ベニー・カーター | Benny Carter | 、 | ハーヴェイ・ブーン | Harvey Boone |
| Tenor sax | … | コールマン・ホーキンス | Coleman Hawkins | |||
| Banjo | … | クラレンス・ホリディ | Clarence Holiday | |||
| Tuba | … | ジョン・カービー | John Kirby | |||
| Drums | … | ウォルター・ジョンソン | Walter Johnson |
| CD2-14. | チャイナタウン、マイ・チャイナタウン | Chinatown , my Chinatown |
| CD2-15. | サムバディ・ラヴズ・ミー | Somebody loves me |
ガンサー・シュラー氏は、この1930年の録音に関して、「フレッチャー・ヘンダーソンのバンドは、1930年の末に再び上昇の機運を迎える」。この上昇機運とカーターの「際立った進歩」が関係するのであろう。
シュラー氏は続けて、「カーターはいくつかのまとまりのある編曲を提供したが、これは後年のスイングのスタイルを先取りしたものである」と高く評価している。1929年ではボロクソに言っていたが、1年で素晴らしく成長したらしい。続けて「ガーシュイン作の”サムバディ・ラヴズ・ミー”や”キープ・ア・ソング・イン・ユア・ソウル”は、リズム・セクションの4ビートへの転向を明示するもので、カービーのベースの足取りが軽快である。面白いことに、前者の場合、リズム・セクションは、ホーン楽器群がまだ対処できないやり方で、スイングしている。
CD2-14.「チャイナタウン、マイ・チャイナタウン」
突っ走るタンタカタンタカというシャッフル・ビートに乗ったアンサンブルが素晴らしいし、途中から4ビートに変わりTp、Cl、Tb、Ts(コールマン・ホーキンス)ソロも素晴らしい。そして後半は明らかにロックン・ロールのリズム・パターンで攻めまくる。聴き応えがある。
シュラー氏は、「チャイナタウン、マイ・チャイナタウン」について、「1906年に作られた懐かしいスタンダード・ナンバーで、扇動的で興味深い演奏である。マッキニーズ・コットン・ピッカーズのアレンジャー兼Tp奏者ジョン・ネスビットが編曲したもので、テンポが四分音符=290というとてつもない速度に設定され、30年代前半としては全てのビッグ・バンドが身に付けた超人的技巧を披露するような類の曲であった。素早いサックスの動き、きびきびしたブラスのリフ、ホットで電光石火の速さの8分音符のソロ、容赦なく攻め込むリズム・セクション(たった3分間で768のビートを刻む)、これらがその主要な成分であって、30年代の有名なビッグ・バンドはどれも、他のバンドとのカッティング・コンテスト(バンドの優劣を客の拍手で決めるバンド合戦)向けにこうした曲をレパートリーに持つ必要があった」と。
CD2-15.「サムバディ・ラヴズ・ミー」
ガーシュインの作で、シュラー氏の解説は詳細すぎて分かりにくいが、サックス・アンサンブルの譜形も面白いし見事。短いがホークのTsソロも存在感がある。途中からコーラスが入るがハーモニーが効いていて楽しい。誰が歌っているのだろうか?楽団員とは思えないが…。
例によって録音データの記載がないため詳細は不明だが、2月3日と同じらしい。
| B-7. | ロッキー・ロード | Rocky road |
10月3日と同様
| CD2-16. | キープ・ア・ソング・イン・ユア・ソウル | Keep a song in your soul |
ファッツ・ウォーラーの作。シュラー氏は、この曲では、リズムの基本的な志向がホーン楽器群にも理解されるようになっている。この非凡な演奏について賞賛すべき点は多々ある。というのは”ヘンダーソン・スタイル”の最終的な秘訣が初めて明快な確信を込めて提示されているからである。カーターが、長い(?)試行錯誤の過程を経て、セクションをスイングさせる解決策をとうとう探り当てたことは明らかである」と。
そして次からが難しいことを述べる。「この解答は、シンコペーションにあった。サッチモやジェリー・ロール・モートンのようなモダンな奏者たちはリズム上の自由を獲得するカギが1小節4ビート(2ビートではない)に基づくシンコペーションにあることを本能的に察知していた。奏者がいったん4ビートを明示する役割を離れて、ビートの「内部」に入り込むことができるとすれば、リズムを自由に扱える膨大な地平が見えてくる。多分、ソロイストたちは、リズム・セクションが4/4ビートを扱えるまで待たなくてはならなかったのだ。ソロイストたちが4/4ビートを明示する負担から解放されたとき、彼らはさらに重要な課題に取り組めるようになった。その課題とは、多彩な旋律の提示であり、或いは多彩なリズムを用いてそうした旋律の事実上は自己批評となるものの提示である」と。
そしてシュラー氏は上記のことを理解してもらうために譜例を上げて解説している。
「カーターは、”キープ・ア・ソング・イン・ユア・ソウル”の中で、この原理をセクションの書法に応用し、ヘンダーソンのレパートリーの偉大な編曲の一つを創り上げた。我々は、この曲の旋律を例に、ジャズのアンサンブルによって演奏されたある楽句が歳月の中でどのように変化したかを明らかにすることができる。
1923年では、それは右上のように演奏されたであろう。そして1927年か1928年までには、右の真ん中のようにほぐされて演奏されたかもしれない。
しかし1930年のカーターの編曲では、この楽句は4ビートの箍(たが)から全面的に解放されて右下のように演奏される。
シュラー氏は、右の3つの譜例を合奏で行われる場合を左の譜例で表している。その例としては同じ録音の後の方の、トランペットがリードする全セクションの演奏を上げている。この「同じ録音の後の方」とは、同録音はテイク1とテイク2があり、テイク2という意味だが、CDには片方しか収録されておらず、収録されているのがテイク1か2かの記載がない。
シュラー氏はさらにソロにも言及する。「”キープ・ア・ソング・イン・ユア・ソウル”には、3つの注目すべきソロ、それ自体としてもそうなのだが、時代を考慮すると一層注目に値するソロが含まれている。その3つとは、クロード・ジョーンズの大変モダンなビートを外したトロンボーン・ソロ(その背後のジョンソンの繊細で刺激的なシンバル奏法)、カーターのアルペジオが基本のフォーマットであるのに何とか巧みにスイングしているアルト・サックス・ソロ、そして最も驚異的なのが、最後のコーラスのブリッジにおけるスタークの短いトランペットソロである。」(譜例左下)
さらにシュラー氏は、次のように述べる。「またもや譜面ではその全貌を、とりわけ最初の数小節を伝えられないことになるのだが、これは1930年において、その15年後のディジー・ガレスピーとそっくりな響きをする個所である。この発言を信用していただくには聴いてもらうしかない。最後に付言すると、ジョー・スミスのリード・トランペットの輝かしい響き、高音のd音を含めてそのすべてに注目しなければならない。カービーの深々としたベース音とスミスの大きな音のリードによって、8声部の和声がジャズにおいて聴かれたことが無い次元を獲得しているからである」と。
正直僕には難しすぎてよく分からない。折角ガンサー・シュラー氏が詳細な解説を書いているので、ほぼ全文を紹介した。
パーソネルについてだが、CDではジョン・カービーはチューバとなっているが、音を聴く限りストリング・ベースを弾いていると思う。またシュラー氏は、Tp奏者をジョー・スミスと考えていることは明らかである。しかしCDの解説でも、Web版のディスコグラフィーでもTpはボビー・スタークとラッセル・スミスであり、コルネットにレックス・スチュワートということで一致している。Web版を見ているとどうもソロはレックスのような気もするが…。また「ア・スタディ・イン・フラストレイション」の抜粋版のレコード{フレッチャー・ヘンダーソンの肖像}(CBS 20AP-1428)の解説で油井正一氏のは、ボビー・スタークとしている。
最後に僕の感想を書いておこう。テーマを聴けばシュラー氏の言う以下の譜例がよく分かる。確かにTb、Asソロは素晴らしく合間に入るアンサンブルも見事だと思う。後半ガレスピー云々のTpソロは、そう言われて聴けばそういう感じもする。この辺りのシュラー氏の指摘はさすがと思う。カーターのソロも聴き応えがある。