ベニー・グッドマン 1934年

Benny Goodman 1934

油井正一著「生きているジャズ史」

油井正一氏は、BGの「クラリネット・スタイル」と限定して、3期に分けて考えたいとし、その1期を1926年のベン・ポラック楽団での初吹き込みから1934年ヴィクターの専属になった頃までとしている。
野口久光氏によれば、ジャズを熱愛していた若きベニー・グッドマンの夢は自分のバンドを持つことであったという。そのBGが当時の大興行師ビリー・ローズが開店したレストラン・シアター<ミュージック・ホール>のためにバンド結成を依頼されたのが1934年だった。これがBGが初めて組織した自分の名前を冠した初めてのバンドであったという。しかしこれまでもベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)という名前で録音は行っている。しかしジャズ評論の重鎮野口久光氏にそんな見落としは考えられない。
BGがいつ自分の名前を冠したバンドを組織したのかについては、記述がいろいろある。野口氏以外の記述を紹介すると、モート・グッド氏(「ベニー・グッドマン/The RCA years全曲集」原盤開設者)は、1931年「フリー・フォー・オール」のビットのためだったが、そのショウが興行的に失敗したために解散したとし、初めて自分の名を冠したレギュラー・オーケストラを組織したのは、レストラン・シアター<ミュージック・ホール>のために組織したバンドだったとしている。一方飯塚経世氏は、1931年に初めて自楽団の名前で4曲録音したと書いている。総合すると、1931年に「ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ」名義のバンドを組織したことはあるが、レギュラー化を意識して組織したのは1934年ということで良いと思う。
またモート・グッド氏によれば、BGは1934年当時週に300ドル稼ぐニューヨークきっての高ギャラ・プレイヤーの一人だったという。しかしビリー・ローズのレストラン・シアター(「ザ・ミュージック・ホール」)に出演するに当たって、2本のヴァイオリンを入れることという条件を付けられた。この辺りの事情を「ベニー・グッドマン/The RCA years全曲集」の解説モート・グッド(Mort Goode)氏が記載している。グッド氏はジャズ評論家というよりは、ミュージシャンでありBGのバンドに加入して一緒に演奏したこともある人物で、自己紹介として次の様に書いている。
「当時のダンス・バンドにはヴァイオリンが2人居ると思われていた。ベニーは、ヴァイオリニストを一人雇っていたが、もう一人二番手としてヴァイオリンもできるアルト・サックス奏者がいると考えていた。それがつまり私だった」と。つまりグッド氏は、内部事情に詳しい人間ということになる。さらにオーディションも受けなければならなった。それに合格して出演ということに漕ぎ着けたのである。
ヴァイオリンを入れるとジャズではなくなるというわけではないが、純ジャズのバンドではないバンドの組織を求められたと言えよう。これまで取り上げてきた中ではベン・セルヴァン、アート・カーンなどのバンドにはヴァイオリンが2本入っているが、そのようなサウンドを求められたのであろう。因みに今回取り上げた中にはBG名義のバンドがあるが、ヴァイオリンは入っていない。ということはビリー・ローズに言われて組織したバンドの録音ではないということになる。
グッド氏はオーディションに受かったのは、ヴォーカリスト、ヘレン・ウォードの存在が大きな力になったと書いています。「彼女はウォルドフ・アストリアに出演中のエンリケ・マドリゲラのラテン・バンドで歌っていたが、ローズのオーディションのために歌いに来た。それはBGの2回目のオーディションの時で、ヴォーカリストを加えることによって契約に成功したのだった」と。
だが、ザ・ミュージック・ホールがオープンした時、そこにはヘレンの姿はなかった。ブロンド美人のアン・グレアムがBGと共に幕を開けた。ヘレンはウォルドフ・アストリアに戻っていたのである。しかし2か月後には、ヘレンはBGのバンドに参加し、ラジオ番組“レッツ・ダンス”にも出演した。
アルト・サックスのハイミー・シャーツアーは、「彼女はあの時のバンドにぴったりだった。彼女は何をやってもナチュラルで魅力的だった」と語っている。また、1935年4月に設けられた『メトロノーム』誌でダンス・バンド評を担当していたジョージ・サイモンの『ザ・ビッグ・バンズ』によれば、彼女は「声と同時に見た目もまた魅力的な歌手。彼女のスタイルは、温かみと官能的なジャズ・ビートを体現したもので、彼女の身体は非常にセクシーに動いた」という魅惑の女性ヴォーカリストだった。
しかしこの時の演奏について油井正一氏は、世評は散々なものだったと書いているが、相倉久人氏は、BGにとってはそれが次のステップに繋がったと書いている。ともかく「ザ・ミュージック・ホール」での仕事は1934年10月まで続いたという記載と9月までだったという記載がありどうもこの辺りは判然としない。
さて、この後BGの出世の第1ステップ、ラジオ番組出演となるのですが、その経緯についてはちょっとばかり記述が異なる点があるのでご紹介しておきます。
前出の相倉氏は、「さてそのクラブの出演契約満了の日、広告代理店の男が新たに始まるラジオ番組のオーディションの話を持ってきました」としているのに対して、グッド氏は『1934年10月に「シアター・レストラン」の仕事が終えてから間もなくして…』と書いています。まぁ余り大した違いではないが。
その番組とは、ナショナル・ビスケット・カンパニー(略してナビスコ)をスポンサーとして、ラジオ・ネットワークの最大手NBCが企画したニューヨーク時間で土曜の夜10時30分開始の3時間の音楽番組だった。出演バンドは3組、ザビア・クガートのラテン・バンド、ケル・マレイのソサエティ・オーケストラ、そしてBGのバンドだった。各バンドの持ち時間は約1時間弱だが、毎週それだけの時間をこなすには相当なレパートリーが必要となる。
そこで登場するのがフレッチャー・ヘンダーソンである。ヘンダーソンはその当時、「バンドが経営に行き詰まって解散したばかり」(相倉氏)、「バンドは仕事がなく、マネジメントのまずさもあって、解散に瀕していた」(モード氏)。ともかくヘンダーソンは、編曲の売り渡しに同意し、新たな編曲も手掛けることになりました。
こうして1934年12月1日ラジオ番組『レッツ・ダンス』が、BGの演奏するテーマ曲に載って全米に向けて放送を開始した。因みにこの番組は翌1935年5月25日まで続く。BGにとってこのラジオ番組出演は、1935年後半に起こる熱狂的なBG人気を下地を作ったという意味で非常に重要である。
ということで、まず今回も僕の持っている音源全15曲を録音順に並べてみよう。

<Contents>…1934年

No.曲名原題録音日名義音源収録
1.ザ・スーパー・スペシャル・ピクチュア・オブ・ザ・イヤーThe super-special picture of the year1934年1月16日The yacht club boys宝庫
2.ジャンク・マンJunk man1934年2月2日Benny Goodman and his orchestraMildred Bailey Greatest
3.オール・パピーOl' pappy1934年2月2日Benny Goodman and his orchestraMildred Bailey Greatest
4.エマラインEmaline1934年2月2日Benny Goodman and his orchestraMildred Bailey Greatest
5.エイント・レイジー、アイム・ジャスト・ドリーミンAin't lazy , I'm just dreamin’1934年5月14日Benny Goodman and his orchestraJack Teagarden/King of the blues trombone
6.ムーングロウMoonglow1934年5月14日Benny Goodman and his orchestraJack Teagarden/King of the blues trombone
7.生きている限りAs long as I live1934年5月14日Benny Goodman and his orchestra宝庫
8.ブレックファースト・ボールBreakfast ball1934年5月14日Benny Goodman and his orchestra宝庫
9.テイク・マイ・ワードTake my word1934年8月16日Benny Goodman and his orchestra宝庫
10.アラバマに星落ちてStars fell on Alabama1934年9月11日Vincent Rose and his orchestra宝庫
11.センチになってI'm getting sentimental over you1934年9月11日The Modernists宝庫
12.ユア・ゲス・イズ・アズ・グッド・アズ・マインYour guess is as good as mine1934年9月18日Jack Teagarden and his OrchestraJack Teagarden/King of the blues trombone
13.アラバマに星落ちてStars fell on Alabama1934年9月18日Jack Teagarden and his OrchestraJack Teagarden/King of the blues trombone
14.コーキーCokey1934年11月26日Benny Goodman and his orchestra宝庫
15.ライク・ア・ボルト・フロム・ザ・ブルーLike a bolt from the blue1934年11月26日Benny Goodman and his orchestra宝庫
”Benny Goodman collector's gems 1929-45”1枚目A面

<Date&Place> … 1934年1月16日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ザ・ヨット・クラブ・ボーイズ(The yacht club boys)

Clarinetベニー・グッドマンBenny Goodman
ViolinPianoGuitarBassUnknown

<Contents> … 「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」(Columbia CSM 890〜1)

record1 B-1.ザ・スーパー・スペシャル・ピクチュア・オブ・ザ・イヤーThe super-special picture of the year

飯塚経世氏の解説では「ザ・ヨット・クラブ・ボーイズ」とあるが、レコードのラベルには”Yacht club boys”と”The”が付いていない。余り気にすることもないか?
ともかく「ザ・ヨット・クラブ・ボーイズ」は1920〜30年代に活躍した4人組の「コミック・シンガーズ」だという。飯塚氏によればBGがジャズ・ヴォーカル以外のチームと共演した珍しい記録で、吹込みは他に3曲あるがその3曲でソロは取っていないという。アップ・テンポの曲でイントロとエンディングで軽快なプレイを披露している。

[Mildred Bailey/Her greatest performances]レコード・ジャケット

<Date&Place> … 1934年2月2日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

Band leader & Clarinetベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetマニー・クラインManny Kleinチャーリー・マーギュリスCharlie Margulis
Tromboneソニー・リーSonny Lee
Tenor saxコールマン・ホーキンスColeman Hawkins
Pianoアーサー・シャッツArthur Schutt
Guitarディック・マクドノフDick McDonough
Bassアーティー・バーンスタインArtie Bernstein
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
Vocalミルドレッド・ベイリーMildred Bailey

1933年11月27日からの移動。歌手のミルドレッド・ベイリーは除く。
Trumpet … チャーリー・ティーガーデン、シャーリー・クレイ ⇒ マニー・クライン
Trombone … ジャック・ティーガーデン ⇒ ソニー・リー
Tenor sax … アート・カール ⇒ コールマン・ホーキンス
Piano … ジョー・サリヴァン ⇒ アーサー・シャッツ

[Benny Goodman/Junk man]SP盤

<Contents> … "Mildred Bailey/Her greatest performances"(Columbia JC3L-22)

Record1 A-8.ジャンク・マンJunk man
Record1 B-1.オール・パピーOl' pappy
Record1 B-2.エマラインEmaline

ミルドレッドはなどスイング時代の歌手は一見豪華なバックを従えているように見えるが実は逆で、有力なビッグ・バンドが歌手を雇っているのだという。なるほどそういう見方をすればまた違って聴こえてくるかもしれない。楽しみ方は色々だ。テナーにコールマン・ホーキンスが参加しているのが目を引く。
A-8.[ジャンク・マン]
ブルース・ナンバーでベイリーのような白人女性シンガーがブルースを歌うのは珍しいのではないかと思う。Tpソロの後ベイリーのヴォーカルにはホークがオブリガードを付ける。その後BGのClがリードするアンサンブルでエンディングを迎える。
B-1.[オール・パピー]
BGのClがリードするアンサンブルからホークとBGの短いソロからヴォーカルに入る。オブリガードはBG。続いてソロはホーク。全体に余裕を感じさせるソロで貫禄がある。次いで短いGtソロからアンサンブルに移る。
B-2.[エマライン]
ホークのリードするアンサンブルで始まる。ヴォーカルの後ソロはTb、BGと続きアンサンブルからエンディングとなる。

<Date&Place> … 1934年5月14日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

 
Clarinet & band leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetチャーリー・ティーガーデンCharlie Teagardenジョージ・ソウGeorge Thow
Tromboneジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Tenor saxハンク・ロスHank Ross
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Guitarベニー・マーテルBenny Martel
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsレイ・マッキンレイRay Mckinley

<Contents> … "Jack Teagarden/King of the blues trombone"(Epic JSN 6044)&「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」(Columbia CSM 890〜1)

JT-Record2 B-3.エイント・レイジー、アイム・ジャスト・ドリーミンAin't lazy , I'm just dreamin’
JT-Record2 B-4、BG-record1 B-3.生きている限りAs long as I live
JT-Record2 B-5.ムーングロウMoonglow
BG-record1 B-4.ブレックファースト・ボールBreakfast ball
1934年5月14日の録音は、"Jack Teagarden/King of the blues trombone"に3曲、「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」に2曲収録されている。そしてそのうち1曲(「生きている限り」)が被るので、トータル4曲の音源がある。後に黒白混合コンボの先駆けとなったベニー・グッドマンとテディ・ウィルソンとの初顔合わせのレコーディングであった。
JT-Record2 B-3.[エイント・レイジー、アイム・ジャスト・ドリーミン]
ティーガーデンのヴォーカルからソロ、そしてBGのソロと豪華な展開で聴き応えがある。
JT-Record2 B-4、BG-record1 B-3.[生きている限り]
ハロルド・アーレン作のヒット曲。覚えやすいメロディーでヴォーカルとTbソロはジャック・ティーガーデン、Tpソロはチャーリー・ティーガーデン、BGのソロは短いがテディのPソロは24小節もある。
JT-Record2 B-5.[ムーングロウ]
同年9月にはデューク・エリントンも吹き込んでいるが、こちらの方が先の録音である。当時のヒット曲であろう。少しテンポを落としてメロウな感じを出している。ヴォーカルはなしで、ソロはティーガーデン、BG、Tp、P、Tsとソロが続く。ティーガーデン、BG、ウィルソンのソロが聴き応えがある。
BG-record1 B-4.[ブレックファースト・ボール]
ソロはBG、ティーガーデン兄弟が中心となっている。
”Benny Goodman collector's gems 1929-45”2枚組BOXジャケット

<Date&Place> … 1934年5月14日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

 
Clarinet & band leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetチャーリー・ティーガーデンCharlie Teagardenジョージ・ソウGeorge Thow
Tromboneジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Tenor saxハンク・ロスHank Ross
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Guitarベニー・マーテルBenny Martel
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsレイ・マッキンレイRay Mckinley

<Contents> … 「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」(Columbia CSM 890〜1)

record1 B-3.生きている限りAs long as I live
record1 B-4.ブレックファースト・ボールBreakfast ball
「グレン・ミラー」EP盤ジャケット まず僕が注目した人物はドラムの「レイ・マッキンレイ」。この名前はどこかで聞いたことがあると思ったら、右のレコードをグレン・ミラー楽団と書いてあるのでそう思って買ったら、「レイ・マッキンレイ指揮」と書いてあり、「グレン・ミラーじゃない!騙された!」と思った張本人だった。
ずいぶん後で知ったことだが、グレン・ミラー、カウント・ベイシー、デューク・エリントンなどの有名バンドは、当人が亡くなっても後を継ぐ人がいて、後々まで継続するのは普通のことだということを知った。彼は1966年までグレン・ミラー・オーケストラを率いたらしい。
レコード解説の飯塚氏は、BGの良きパートナーであり、親友でもあるテディ・ウィルソンが初登場する興味深い記録と書いているが、どういう意味であろうか?かねてから良きパートナー、親友のテディ・ウィルソンが初めてレコーディングに参加したということであろうか?それともBGと良きパートナー、親友となったテディ・ウィルソンとの初共演ということであろうか?分かりやすく書いてもらいたいものだ。ともかくこれが後に黒白混合コンボの先駆けとなったテディ・ウィルソンとの初顔合わせのレコーディングであった。両曲ともテッド・ケーラー作詞ハロルド・アーレン作曲という。
B-3.[生きている限り]
ミディアム・アップ・テンポのスインギーなナンバー。覚えやすいメロディーでヴォーカルとTbソロはジャック・ティーガーデン、Tpソロはチャーリー・ティーガーデン、BGのソロは短いがテディのPソロは24小節もあると飯塚氏は不満げだ。
B-4.[ブレックファースト・ボール]
ソロはBG、ティーガーデン兄弟が中心となっている。これもミディアム・アップ・テンポのスインギーなナンバー。
”Benny Goodman collector's gems 1929-45”2枚目A面

<Date&Place> … 1934年8月16日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

 
Clarinet & band leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetラス・ケースRuss Caseジェリー・二アリーJerry Nearyサム・シャピロSam Shapiro
Tromboneレッド・バラードRed Ballardジャック・レイシーJack Lacey
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Scherterベン・カンターBen Kantor
Tenor saxアート・ロリーニArt Rollini
Pianoクロード・ソーンヒルClaude Thornhill
Guitarジョージ・ヴァン・エブスGeorge van Eps
Bassハンク・ウェイランドHank Wayland
Drumsサミー・ウェイスSammy Weiss

<Contents> … 「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」(Columbia CSM 890〜1)

record2 A-2.テイク・マイ・ワードTake my word
ベニー・カーター、アーヴィング・ミルズ、ヘンリー・ピースの共作したスイートなスロー・バラード。実はこのメンバーの多くは、短命に終わった初の<ミュージック・ホール>のために組織したバンドのメンバーの多くが揃っているという興味深いものと飯塚氏。僕が興味を魅かれるのは後に独特のクラウディ・サウンドを作り上げたクロード・ソーンヒルがピアノに参加していることである。サックスを中心にした柔らかなアンサンブルが見事、ベニー・カーターのアレンジは素晴らしい。

次の9月11日の録音がややこしい。

”Benny Goodman collector's gems 1929-45”1枚目B面

<Date&Place> … 1934年9月11日 ニューヨークにて録音

<Contents> … 「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」(Columbia CSM 890〜1)

<Personnel> … ヴィンセント・ローズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Vincent Rose and his orchestra)

Bass … ハンク・ウェイランド ⇒ ハリー・グッドマン(Harry Goodman)に代わっているところを除けば、「ヴィンセント・ローズ・アンド・ヒズ・オーケストラ」名義にはなっているが、実際は8月16日に録音を行った「ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ」と同じメンバーによるものだという。ヴィンセント・ローズ(VincentRose)はイタリア生まれの作曲家兼バンド・リーダーで実在の人物。理由は書いてないが彼の名義でレコードを発売しなければならない事情があったのであろう。
record1 B-6.[アラバマに星落ちて(Stars fell on Alabama)]
「ザ・モダニスツ」のレコード 現在のジャズマンも多く演奏する名スタンダードだ。ヴォーカルを取っているのはトニー・サッコー(Tony Sacco)

<Personnel> … ザ・モダニスツ(The Modernists)

同日録音の「ヴィンセント・ローズ・アンド・ヒズ・オーケストラ」と同じメンバーということは、実質的には「ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ」なのだという。「バナー(Banner)・レーベルというのは聴いたことがないレーベルだ。
record1 B-7.[センチになって(I'm getting sentimental over you)]
後にドーシー楽団のテーマ曲となった。ここでのアレンジはベニー・カーターが担当したという。完全にスイング時代の演奏という感じがする。これもヴォーカルはトニー・サッコー(Tony Sacco)

<Date&Place> … 1934年9月18日にて録音

<Personnel> … ジャック・ティーガーデン・アンド・ヒズ・オーケストラ (Jack Teagarden and his Orchestra)

Bandleader , Trombone & Vocalジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Trumpetチャーリー・ティーガーデンCharlie Teagarden
Clarinetベニー・グッドマンBenny Goodman
C-melody saxフランキー・トランバウアーFrankie Trumbauer
Harpキャスパー・レアダンCasper Reardon
Pianoテリー・シャンドTerry Shand
Bassアート・ミラーArt Miller
Drumsハーブ・クィグリーHerb Quigley

<Contents> … "Jack Teagarden/King of the blues trombone"(Epic JSN 6044)

Record2B面6曲目ユア・ゲス・イズ・アズ・グッド・アズ・マインYour guess is as good as mine
Record2B面7曲目アラバマに星落ちてStars fell on Alabama
Record2 B-6.[ユア・ゲス・イズ・アズ・グッド・アズ・マイン]
短いイントロからティーガーデンのヴォーカル、ミュートTp、BGとソロが続き再びヴォーカルとなって終わる。
Record2 B-6.[アラバマに星落ちて]
1週間前の9月11日にBGは吹き込んだばかり、但し名義はヴィンセント・ローズ楽団でティーガーデンは加わっていない。ティーガーデンはヴァースから丁寧に歌っていて、同曲のヴォーカルものとしてはベストの一つに数えられるのではないかと思う。
ソロはトランバウアーが取っているが、ヴォーカルの素晴らしさの聴き処であろう。

”Benny Goodman collector's gems 1929-45”2枚目A面

<Date&Place> … 1934年11月26日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

Clarinet & band leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetピー・ウィー・アーウィンPee Wee Erwinジェリー・二アリーJerry Nearyアート・シルヴェスターArt Sylvester
Tromboneレッド・バラードRed Ballardジャック・レイシーJack Lacey
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Scherterトゥーツ・モンデロToots Mondello
Tenor saxアート・ロリーニArt Rolliniディック・クラークDick Clark
Pianoフランク・フロエバFrank Froeba
Guitarジョージ・ヴァン・エブスGeorge van Eps
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsサミー・ウェイスSammy Weiss
9月11日から大きく面子が変わっている。

<Contents> … 「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」(Columbia CSM 890〜1)

record2 A-3.コーキーCokey
record2 A-5.ライク・ア・ボルト・フロム・ザ・ブルーLike a bolt from the blue
A-3.[コーキー]
解説の飯塚氏は、「当時スイング・ジャズより人気の高かったカサ・ロマ楽団のホット・ジャズに挑戦した珍しいスタイルの演奏で、各自の新鮮な意欲がうかがえる。」と書いているが、これがよく分からない。当時は「カサ・ロマ楽団」はホット・ジャズで、スイングとは一味違うと思われていて人気が高かったということであろうか?こういう見解は飯塚氏独特のものだろう。当時は不況下でスイートなものが好まれたというのが大筋の見解で、カサ・ロマ・オーケストラはカレッジ層には人気があったがそれだけでは保たず、ギフォード退団以降はスイート・ミュージックに転向している。
確かにこれまでの演奏とは一線を画するアンサンブルが聴かれる。全体的にBGのClがソロ、アンサンブルをリードするが、少しアグレッシヴなタッチに溢れている。
A-5.[ライク・ア・ボルト・フロム・ザ・ブルー]
解説の飯塚氏は、ミュージック・ホール当時の面影の濃いスイートなスローなナンバーで、ヴォーカルはバディ・クラーク(Buddy Clark)という。導入部分でゴードン・ジェンキンスの作曲した「グッド・バイ」のフレーズが聴かれる興味深いものという。ゴードン・ジェンキンス作曲の「グッド・バイ」は後のグッドマン楽団のクロージング・テーマとなった曲。

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