ベッシー・スミス 1923年

Bessie Smith 1923

ベッシー・スミス

1923年は”ブルースの皇后”ベッシー・スミスのデビューした年である。
ベッシーがコロンビアだけにしか録音をしていないかどうかは分からないが、コロンビアに残した160曲がその白眉であることは間違いない。実際は180曲だが、うち20曲は未発売のまま原盤行方不明となっているため、現在聴くことができるのは160曲が全てである。10年間に延べ160曲を録音・販売し、約1000万ドルの売り上げを記録し、傾いていたコロンビアを助けたとさえ言われます。全180曲の録音ナンバーの内、1923年に32曲もの録音を行っています。因みに翌24年に27曲、25年に33曲、26年に15曲、27年18曲、28年21曲、29年17曲、30年8曲、31年6曲、32年はなし、33年4曲で計181曲の録音を行っていることになっている。
1966年日本コロンビアがそのうちの48曲を3枚組にまとめ発売したことがあるという。評論家で僕が勝手に師事している故粟村正昭氏は「壮挙」と高く評価していた。しかしその後1970年ごろ、ついにコロンビアは全160曲を2枚組5セット計10枚のLPレコードに収録して発売するにいたった。それが今回から取り上げる「ベッシー・スミス物語」が中心となるが、残念なことに、僕は5セットのうち第2回と第3回の2セットしかもっていない。中古レコードショップに行くたびに探しているのだが、見つけられていない。中古市場に出てこないのである。
粟村氏は名著『ジャズ・レコード・ブック』において、「ベッシー・スミスの描き出す世界のなんと美しく苦悩に満ち満ちていることよ。いずれにせよ「ベッシー・スミス物語」を持たずしてコレクターとは名乗り得まい。」と書いている。第1、4、5集欲しいなぁ。
なお、「ベッシー・スミス物語」は5セットは変な編集方針をとっていて、各レコードに片面8曲1セットで32曲ずつ収録しているが、2枚組のうち1枚目は年代の古い順、2枚目は新しいものから逆に収録している。つまり僕の持っていない第1セット1枚目には1923年のデビュー“Downhearted blues”から古い順に16曲収録されているはずである。ということで、この「ベッシー・スミス物語」第2集は、彼女の17番目の録音から順番に収録されているはずである。
因みに1923年最初の録音、大ヒットした「ダウン・ハーテッド・ブルース」は最初の録音なので第1集に収録されていると思われるが、上記の理由で保有していない。最初の2曲に関してはColumbiaから出ているベッシー・スミスのCDに収録されてる。

「ベッシー・スミス/ザ・コレクション」CD・ジャケット

<Date & Place> … 1923年2月15日録音 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Pianoクラレンス・ウィリアムズClarence Williams

<Contents> … “Bessie Smith The collection”(Columbia CK44441)

1.ダウン・ハーテッド・ブルースDownhearted blues
2.ティント・ノーバディーズ・ビジネス・イフ・アイ・ドゥ’taint nobody’s bizness if I do


「ベッシー・スミス/ザ・コレクション」CD

CDに記載されているデータによれば、「ダウン・ハーテッド・ブルース」は1923年2月16日、「ティント・ノーバディーズ・ビジネス・イフ・アイ・ドゥ」は1923年4月26日の録音となっているが、Webディスコグラフィーでは、どちらも1923年2月15日の録音となっている。マトリックスNo.はCD、Webとも同じで「ダウン」が80863-5、「ティント」が80862-10と「ティント」の方が先。CDは間違いでWebの方が正しいと思われる。
この2曲はSP盤のA・B面にカップリングされて発売されたが両面とも大ヒットした。”Downhearted blues ”はビルボードでNo.1となり、12週にわたってランキングされていた。まさにベッシーの代表曲である。B面の「ティント」も年間16位にランクされている。
伴奏を務めたのは、彼女のマネージャーであり、自身も黒人のピアニスト、クラレンス・ウィリアムスである。ピアノだけの伴奏でベッシーは実に堂々と歌っていく。まさに「正調シティ・ブルース」という感じがする。苦しみも悲しみも抱きかかえて、すっくと立って心の物語としてブルースを紡いでいく。まさに名唱である。
1.ダウン・ハーテッド・ブルース
この曲はベッシー・スミスが初演ではなく、同じブルース・シンガーであるアルバータ・ハンターがレコーディングし、それなりに売れていたという。ポール・オリヴァー氏(『ブルースの歴史』)によれば、ベッシーのこの吹込みはアルバータ・ハンターの同レコードを「カット」することを意図するものだったという。そのレコーディング歴を通じてベッシー・スミスは、他の歌手で既に有名になっている曲を取り上げては、その歌手よりもはるかに優れた歌に歌いこなすということをやっているという。常に他の歌手を「切って捨てる」ことで自分の地位を確認せずにいられなかったのは、彼女の人格的な弱さであったろうと述べている。
一方シュラー氏は、この初レコーディングにおけるべっしーの声は、いささか不安定で落ち着きがないとし、テネシー出身の田舎娘が、ブルース・ブームの最中に数多の有名歌手たちと突然競争する立場に置かれ、不安と恐怖に取りつかれていたに違いないと好意的な見方をしている。さらにこの初録音では彼女が一番落ち着いてこなせる曲目を歌うことが許されず、既にサラ・マーティンやアルバータ・ハンターによるヒット曲を歌うことになったのだと述べている。
そもそもこの曲は不思議な構成をしている。ピアノのイントロが4小節ほどあり、ベッシーの歌が始まるが最初のコーラスは16小節あり、ブルースのコード進行ではないのである。そしてその後は12小節1コーラスを繰り返している。最初の16小節はポピュラー・ナンバーなどに見られるいわゆる<ヴァ―ス>のような感じがする。<ヴァ―ス>付きのブルースは珍しいのではないだろうか?
歌唱そのものはもちろん素晴らしいが、僕にはクラシックの発声法で歌っているようには聴こえない。
2.ティント・ノーバディーズ・ビジネス・イフ・アイ・ドゥ
この曲はブルースではない。マトリックスから考えるとこの曲の方が先にレコーディングされたのではないかと思う。ベッシーの歌い方はこちらも堂々として、そして実に黒人らしい。バックを務めるウィリアムズがブレイクを作り、ベッシーが無伴奏で歌うところなど迫力満点である。後にビリー・ホリディや黒人人気グループ、「ジ・インク・スポッツ」等によっても取り上げられている。

「ベッシー・スミス/エニー・ウーマンズ・ブルース」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1923年9月21〜24日録音 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Pianoアーヴィング・ジョンズIrving Johns

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語 第2集」(SOPB 55026)

A面1ジェイル・ハウス・ブルース Jail house blues1923年9月21日
A面2セントルイス・ギャルSt. loius Gal1923年9月24日
A面3サム・ジョーンズ・ブルースSam Jones Blues1923年9月24日

2月15日録音の大ヒット2曲からたぶん第1集に収められているであろう14曲の後の録音と想像される。
A面-1.ジェイル・ハウス・ブルース
解説の油井氏は、評論家リチャード・ハドロックの「第3節が場違いの歌詞であるとし、その原因を作者のクラレンス・ウィリアムスがブルースをよく理解していなかったためとしながらも、ベッシーの代表的な名唱の一つである」という説を紹介している。実に堂々たるベッシーのブルース歌唱である。こういう歌を聴くと『ブルースの皇后』という称号は正にふさわしいと思う。
シュラー氏は、彼女のスタイルの本質を形成する装飾技法の痕跡が聴き取れるとし、1曲について譜例を挙げながら3頁にも渡って詳細に解説している。
>A面-2.セントルイス・ギャル
Piano…アーヴィング・ジョンズ (Irving Johns)&ジミー・ジョーンズ(Jimmy Jones)これもクラレンス・ウィリアムスの作。バックが二人のピアニストというのは珍しいとは思うが、特別な効果は感じられない。
A面3.サム・ジョーンズ・ブルース
タイトルに「ブルース」という言葉ついているが、油井氏によると当時ヴォードヴィルで盛んに歌われていた曲で、ブルースではない。どちらかと言えばショウにおける面白ソングのような歌である。

「ベッシー・スミス/エニー・ウーマンズ・ブルース」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1923年9月26日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Pianoジミー・ジョーンズJimmy Jones

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語 第2集」(SOPB 55026)

A面4グレイヴヤード・ドリーム・ブルースGraveyard dream blues
A面5セメンタリー・ブルースCementery blues

A面4.グレイヴヤード・ドリーム・ブルース
ブルース歌手のアイダ・コックスの作で、ラヴィー・オースチンのブルース・セレネーダーズの伴奏でこの年の6月にパラマウントに吹き込んだもののカヴァーという。「ダウン・ハーテッド・ブルース」がアルバータ・ハンターの「カット」だったように、これはアイダ・コックスへの「カット」だったのだろうか?アイダ・コックスはジョン・ハモンドの開いたコンサート「スピリチュアルからスイングへ」に出演している。
当初このレコードは1924年1月を発売予定としていたが、コロンビアは急きょ予定を変更し、臨時発売を行った。これに闘志を燃やしたパラマウントはベッシーと同じようにラヴィー・オースチンのピアノだけをバックにした録音を行い、競争をエスカレートさせたという。「ベッシーがまた仕掛けてきた、負けてたまるかぁ!」ということだったのだろう。コックスの録音は聴いていないが、ベッシーのこの作品は素晴らしい。
伴奏のジミー・ジョーンズは同姓同名のモダン期に活躍したピアニストがいるがもちろん別人。
A面5.セメンタリー・ブルース
昔アメリカの恐怖TVなどでよく聞かれたフレーズ「ダ、ダ、ダ、ダ、ダーン」では始まる。この「ダ、ダ、〜」のオリジナルはなにかはよくわからないが、なんとも薄気味悪いブルースであるとは油井氏も述べている。とにかくテンポがゆったりしている。ベッシーの声量、肺活量は群を抜いていたらしいが、確かにテンポの遅さをものともせずに力強く歌い切っている。

「ベッシー・スミス/エニー・ウーマンズ・ブルース」第2集1枚目A面レコード・ラベル

<Date & Place> … 1923年10月4日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smithクララ・スミスClara Smith
Pianoフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語 第2集」(SOPB 55026)

A面6ファー・アウェイ・ブルースFar away blues
A面7アイム・ゴーイング・バック・トゥ・マイ・ユースド・トゥ・ビーI'm going back to my used to be

同じブルース・シンガーのエセル・ウォーターズの話によると、ベッシー・スミスはほかのブルース・シンガーとステージを共にするのを断ったそうだ。他のブルース・シンガーがブルースを歌わないのなら良かったそうだ。
そういう意味で、ベッシーのライヴァルと言われたクララと吹き込んだレコードは異色という言うべきであろう。同じスミスでも親戚ではない。
クララ・スミスは1894年サウス・カロライナ州スパータンバーグ生まれ。ベッシーより1歳年上だが、コロンビアからのデビューは3か月半後だった。彼女はコロンビアに124曲吹き込んでいるという。ベッシーは”The empress of the blues ”(ブルースの皇后)と呼ばれたが、クララは”The queen of the moaners ”(嘆きの女王))というタイトルがつけられたという。
二人のデュエットはこの2曲だけだが、両者にとってベストとはとても言えない出来栄えで、その原因は素材が悪いことも手伝っているという。しかし歴史に残る二人のブルース・シンガーが時に掛け合い、時にハーモニーを奏でるところは、歴史的場面に立ち会ったようでそれなりに楽しい。
話が前後しているが、フレッチャー・ヘンダーソンはこの録音以前エセル・ウォーターズの伴奏者として、「ブラック・スワン・レコード」の音楽監督として、経験は積んできていた。そしてここで初めてベッシーの伴奏者として登場する。彼は10人編成のバンドを率いてクラブ・アラバムでデビューしたばかりであったという。

「ベッシー・スミス/エニー・ウーマンズ・ブルース」第2集1枚目B面レコード・ラベル

<Date & Place> … 1923年10月15、16日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Clarinetジョージ・バケットGeorge Baquet或いはアーネスト・エリオットErnest Elliott
Pianoフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson或いはジミー・ジョーンズJimmy Jones

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語 第2集」(SOPB 55026)

A面8おいおいティリー・ゆっくりとWhoa , Tillie , take your time10月15日
B面1マイ・スィーティー・ウェント・アウェイMy sweetie went away10月15日
B面2エニー・ウーマンズ・ブルースAny woman’s blues10月16日

15日録音の2曲にはピアノの他にクラリネットが伴奏に加わる。
A面8.おいおいティリー・ゆっくりと
疲れを知らぬダンサーの歌ということではあるが、もちろんブルースではなく、二重の意味があるエロ・ソングの類である。
B面1.マイ・スィーティー・ウェント・アウェイ
こちらもブルースではないが、僕の大好きな歌だ。この曲はCDにも収録されていて、そこにはクラリネットはジョージ・バケット、ピアノはジミー・ジョーンズとある。
B面2.エニー・ウーマンズ・ブルース
高校生当時もっともよく聴いたベッシーの曲。この曲の伴奏はピアノのフレッチャー・ヘンダーソンのみ。今聴いても素晴らしいと思う。この録音時スタジオにはコールマン・ホーキンスがいて、ホークの加わったテイクも取られたが破棄されたという。惜しい!

<Date & Place> … 1923年12月4日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Clarinetドン・レッドマンDon Redman
Pianoフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語 第2集」(SOPB 55026)

B面3シカゴ・バウンド・ブルースChicago bound blues
B面4ミストリーティング・ダディMistreating daddy

クラにドン・レッドマンが加わった豪華な布陣。当時レッドマンはヘンダーソンの楽団員だったことからの参加であろう。
B面3.シカゴ・バウンド・ブルース
当時南部からシカゴに向かう黒人は大きな社会現象でもあった。故郷を捨て、新生活を求めて出発する男、対して未知の大都会に行きたくない女。そんな別れが生む悲劇をベッシーは切々と歌い上げる。
B面4.ミストリーティング・ダディ
ブルースではない。暴力ばかりふるう男のことを歌っているが、最後に今度の男はそんなことはしないという最後の一行救われたような気になる。

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