ベッシー・スミス 1929年

ベッシー・スミス

Bessie Smith 1929

油井正一氏によれば、ベッシー・スミスは生涯コロンビアに180曲の録音を残しているが、そのうち20曲は未発表のまま原盤が失われたため、残っているのは160曲だという。今回の音源「ベッシー・スミス物語第2集/エニィ・ウォーマンズ・ブルース」(CBS SOPB 55027)には、1929年は5月8日の録音に始まり10月11日までの1929年の全録音14曲が収録されている。全録音180曲中1929年録音は17曲だったというからこの年録音からは3曲が失われたことになる。
さて、前年1928年は3月20日に吹き込んだ”Empty bed blues ”が猥褻だとして一部地域で発売禁止となり、8月には人種差別に激しい抗議を叩きつけた歴史的作品”Poor man's blues”を吹き込むなど波乱の年であった。油井氏は”Poor man's blues”の吹き込んだ後9か月も吹込みが無く、次の吹込みは5月15日の「つめたい世間」であると述べ、これはこの間にブルース熱が冷めたせいだとし、熱が冷めるとレコーディングもさせてくれない「冷たい世間」だとベッシーは訴えていると述べておられる。しかしそれは違うだろう、人種差別に抗議した”Poor man's blues”を発売するかどうか、発売した後の白人の反発を恐れて様子見をしていたのではないかという僕の推測を前回書いた。ともかく1929年は油井氏の言うように5月15日の「つめたい世間」ではなく、5月8日から録音が行われる。
今回は歌手はすべてベッシー・スミスなので<Personnel>には記載せず、音源もすべて「ベッシー・スミス物語第2集/エニィ・ウォーマンズ・ブルース」(CBS SOPB 55027)だけなので、<Contents>も省略する。

「エニィ・ウォーマンズ・ブルース」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1929年5月8日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel>

Pianoクラレンス・ウィリアムスClarence Williams
Guitarエディ・ラングEddie Lang

<Contents>

レコード2 A-1.アイム・ワイルド・ザット・シングI'm wild about that thing
レコード2 A-2.少し頂だいYou've got to give me some
レコード2 A-3.キッチン・マンKitchen man
アンディ・ラザフ

前録音から約9か月の間を置いての久々の録音復帰である。実に興味深い注目作である。まずレコード解説の油井氏はA-1、A-2、約2か月半後に録音されたA-6はまったく同じ曲なのに、原盤解説のクリス・アルバート損はA-1、A-2はクラレンス・ウィリアムスの作でA-6はベッシーの作になっている、しかしもっと不思議なのはA-1、A-2は作がC.WilliamsではなくS.Williamsとなっていることだと書いている。しかし聴いて思うことはA-1、2と同じメロディなのはA-8ではないかと思う。確かにそれもそうだろうが注目すべきはもっと他のことだろうと思う。
まずは伴奏を務めているのは、クラレンス・ウィリアムス(黒人)とギターのエディー・ラング(白人)ということである。現代なら不思議でもないだろうがこの時代白人に黒人のバックを務めさせるというのは画期的なことだった。それだけラングの腕前が浸透していたということもあろうが実に勇気のいることだと思う。かのベニー・グッドマンはテディ・ウィルソン(黒人)を伴奏に借りる代わりにテディのレコーディングに参加する条件を承諾したが、名前は出すな、黒人の伴奏したことを伏せろと指示した前の時代である。但しラング自身は3月にルイ・アームストロングの録音に参加したり黒人との共演を全く意に介さなかったようだが。
そしてこの3曲ともが飛んでもないエロ・ソングということである。3曲とも作詞はアンディ・ラザフ(Andy Razaf 写真右)という人物で、彼はマダガスカルの女王の甥で、ファッツ・ウォーラーとのコンビで「浮気はやめた」や「ハニーサックル・ローズ」の作詞者として有名であるという。そんな作詞家がこんなポルノ・ソングを作るのかとも思うが、なぜここでポルノ・ソングなのだろう。これは僕の勝手な想像だが、9か月のレコーディング休止期間にコロンビアは、ベッシーを「人種差別反対を主張する歌手」ではなく、”Empty bed blues ”を歌ったエロ・ソング歌手として売ったほうが無難でよいと判断したのではないかと思う。
演奏はウィリアムスのピアノはほとんど目立たず、ラングがオブリガード、ソロと活躍する。ベッシーがこういったギター伴奏で歌うのは珍しく、それだけラングの腕前が評価されてのことであろう。聴くだけでは歌詞の分からない僕には聴きごたえのある作品である。

「エニィ・ウォーマンズ・ブルース」2枚目A面ラベル

<Date & Place> … 1929年5月15日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel>

Cornetエド・アレンEd Allen
Alto saxガルヴィン・ブッシェルGarvin Bushell
Tenor saxアーヴィル・ハリスArville Harris
Pianoクラレンス・ウィリアムスClarence Williams
Tubaサイラス・サンクレアCyrus St. Clair

<Contents>

レコード2 A-4.アイヴ・ガット・ホワット・イット・テイクスI've got what it takes
レコード2 A-5.つめたい世間Nobody knows you when you're down and out

前作と一転してブラス、ホーンが加わった録音となっている。油井正一氏が1928年8月24日以来初のレコーディングと誤って書いていた録音である。A4.アイヴ・ガット・ホワット・イット・テイクスは間奏もなく全編ベッシーの歌という作品。
A5.つめたい世間
油井氏は「つめたい世間」についてベッシーの代表作の一つに挙げられると述べている。日本ではかつて憂歌団が「ドツボ節」という歌にして歌っていた。このナンバーはCD”Bessie Smith/The collection”(CK 44441)にも収録されている。間奏のエド・アレンがいい味を出している。
油井氏は、「この時のベッシーの心境はこの歌の通りだった。金によって多くの友達を得たが、落ち目になった時、だれも彼女を振り向かぬようになった。」と書いている。

「エニィ・ウォーマンズ・ブルース」解説

<Date & Place> … 1929年7月25日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel>

Pianoクラレンス・ウィリアムスClarence Williams

<Contents>

レコード2 A-6.テイク・イット・ライト・バック(Take it right back)
僕にはこの曲がA-1、A-2と同じ曲には聴こえない。ピアノだけをバックにしたシンプルな構成で、それだけベッシーの歌が引き立っている。

<Date & Place> … 1929年8月20日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel>

Pianoジェイムス・P・ジョンソンJames P Johnson

<Contents>

レコード2 A-7.ヒーズ・ガット・ミー・ゴーインHe's got me goin’
レコード2 A-8.イット・メイクス・マイ・ラヴ・カム・ダウンIt makes my love come down

この録音はストライド・ピアノの巨匠ジェイムズ・P・ジョンソンがバックを務めている。ベッシーはジョンソンの伴奏を好んだと伝えられているが、それはここから彼のピアノだけを伴奏にした吹込みが続くことからもわかる。
A7.ヒーズ・ガット・ミー・ゴーイン
油井氏は50年代に流行した白人ポップス、ロックン・ロールの源がここにみられる、急速調のブルースがやがてリズム・アンド・ブルースに進み、白人に影響してプレスリーを頂点とするロックン・ロールを作り上げたとする。
A8.イット・メイクス・マイ・ラヴ・カム・ダウン
僕にはこの曲がA-1、A-2と同じ曲に聴こえる。

「エニィ・ウォーマンズ・ブルース」2枚目B面ラベル

<Date & Place> … 1929年10月1日、11日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel>

Pianoジェイムス・P・ジョンソンJames P Johnson

<Contents>

レコード2 B-1.ウェイステッド・ライフ・ブルースWasted life blues10月1日
レコード2 B-2.ダーティー・ノー・グッダーズ・ブルースDirty no-gooder's blues10月1日
レコード2 B-3.ブルー・スピリット・ブルースBlue spirit blues10月11日
レコード2 B-4.くたびれた男のブルースWorn out Papa blues10月11日
レコード2 B-5.ユー・ドント・アンダースタンドYou don't understand10月11日
レコード2 B-6.ドント・クライ・ベイビーDon't cry baby10月11日

この年の残りのトラックはすべてジョンソン一人がバックを務めている。
B1.ウェイステッド・ライフ・ブルース
僕が最初に買ったベッシーのレコードはこの「ベッシー・スミス物語第2集/エニィ・ウォーマンズ・ブルース」だった。そして最初に最も好きになったのがこの曲だった。高校3年で受験を控え成績が伸び悩んでいた僕には、この曲は心に響いた。”I'm too weak to stand and too strong to cry”(堪えるほど強くはないし泣き出すほど弱くはない)そして”Oh me oh my wonder what will my end be , Oh me oh my wonder what will become of poor me”(おぉ、いったい哀れな自分の人生はこの先どうなっていくんだろう)という歌詞は響いた。
油井正一氏はこの曲はベッシー自身の作で当時の彼女の心境を訴えた内容だが、出来は「つめたい世間」に劣ると書いている。出来は劣るのかもしれないが心に響くものこそブルース、音楽ではないかと当時反感を覚えた記憶がある。人生その時その時で心に響く歌というのがあるんだなあと思う。
B3.ブルー・スピリット・ブルースは幽霊が登場するときなどに使われるあの有名なフレーズでスタートする。このフレーズが登場するのはこれが初出なのであろうか?博識な油井氏にはそういう解説を期待したい。
他の4曲も名手ジェイムス・P・ジョンソンの伴奏を得て、これぞクラシック・ブルースの王道ともいうべき出来栄えを示している。

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