フルネーム:ウィリアム・オヴァートン・スミス(William Overton Smith)
1926年9月22日カリフォルニア州サクラメント生まれ。
2020年2月29日ワシントン州シアトルに死去。
現代クラシック音楽、サードストリーム、ジャズの分野で幅広く活動し、1940年代から2000年代初頭にかけて
断続的にピアニストのデイヴ・ブルーベックと共演したことで最もよく知られている。
ジャズでは、ビル・スミス名義で、クラシックではウィリアム・O・スミス名義でクレジットされている。
サクラメントで生まれ、カリフォルニア州オークランドで育ち、10歳でクラリネットを始めた。
13歳でダンスのためのジャズ・バンドを結成し、15歳でオークランド交響楽団に入団した。
後にニューヨークに移り、ジュリアード音楽院で正式な音楽の勉強を始め、
夜はケリーズ・ステーブルズなどニューヨークのジャズ・クラブで演奏していた。
ジュリアードの教員陣に飽き足らず、当時オークランドのミルズ・カレッジで教鞭をとっていた
ダリウス・ミヨーの音楽を聴き、感心し、カリフォルニアに戻った。
カリフォルニアでピアニストのデイヴ・ブルーベックと出会い、ブルーベックが亡くなるまで頻繁に共演した。
デイヴ・ブルーベック・オクテットのメンバーであり、後にサックス奏者ポール・デズモンドの代役として
デイヴ・ブルーベック・カルテットに参加することもあった。
カリフォルニア大学バークレー校でロジャー・セッションズに作曲を学び、学士号と修士号を取得した。
パリ賞を受賞し、パリ音楽院で2年間学ぶ機会を得た。
1957年には名誉あるローマ賞を受賞し、同市で6年間過ごした。
その後も多くの賞を受賞しており、グッゲンハイム助成金を2度受賞している。
南カリフォルニア大学で作曲と演奏の教職を経て、シアトルのワシントン大学音楽院で30年間務めた。
1947年、スミスはブルーベック・オクテットのために『統合失調症のスケルツォ』を作曲した。
これはジャズとクラシック技法をうまく融合させた初期の作品の一つであり、後にガンサー・シュラーによって「サード・ストリーム」と呼ばれた。
セロニアス・モンクの1947年の録音に名前が見える。
「セロニアス・モンク/ジニアス・オブ・モダン・ミュージック Vol.1」(Bluenote 1510)
「セロニアス・モンク/ジニアス・オブ・モダン・ミュージック Vol.2」(Bluenote 1511)