フルネーム:ウィリアム・テイラー(William Taylor)
1921年7月21日ノース・カロライナ州グリーンヴィル(Greenville)生まれ(7月24日という記載あり)。
2010年12月28日ニューヨーク・マンハッタンにて心臓発作のため死去。
生れはノース・カロライナ州グリーンヴィル生まれだが、5歳の時にワシントンD.C.へ移住した。
音楽一家で育ちギター、ドラム、サックスなど様々な楽器を学んだが最もうまくなったのがピアノだったという。
13歳の時に初めてプロとしての仕事(キーボード)を行い1ドルほどの収入を得たという。
1942年ヴァージニア州立大学を卒業し、音楽の学士号を得た。
卒業後44年にニュー・ヨークに出てプロとしてのキャリアをスタートさせた。
ベン・ウエブスター、ディジー・ガレスピー、コージー・コール、スラム・スチュアート、ドン・レッドマン、
ジェリー・マリガン、リー・コニッツなどのグループでプレイを行った。
52年からは自己のグループを率いて活動を行った。
50年代末からはDJや司会者としても活躍を始め、ニュー・ヨークのWLIB放送のジャズ番組でも人気を得、
しばしばニュー・ポート・ジャズ・フェスティヴァルの司会者としても登場していた。
80年代には3大ネットワークのテレビ局などでも自己のコーナーを持ち、ミュージシャンたちとの交流の広さから
各種ジャズ・イヴェントのコーディネイターなども務めていた。
ジャズ界の知性派と言われ軽妙でしゃれたセンスのプレイが持ち味。
ドン・バイアスの1946年の録音に名前が見える。
"Don Byas In Paris"(Prestige 7598)
"The world of jazz piano"(Roost LP 2256)