ブルース・ピープル 1935年

Blues People 1935

僕の持っているブルース音源を日付順に聴いていこう。 メンフィス・ミニー

<Date & Place> … 1935年1月10日 シカゴにて録音

<Personnel> … メンフィス・ミニー(Memphis Minnie)
Guitar & Vocalメンフィス・ミニーMemphis Minnie
Pianoジミー・ゴードンJimmy Gordon

<Contents> … 「MCAブルースの古典」(Victor VIM-20〜22)

Record2.B-1.[ダーティー・マザー・フォー・ユー(Dirty mother for you)]
ブルース界で活躍する女性と言えば、ベッシー・スミスやマ・レイニーなどのようなクラシック・ブルースの人がほとんどだったが、ルイジアナ出身のメンフィス・ミニーことミニ―・ダグラスは歌もギターも一級品でしかも美人だったとは、「MCAブルースの古典」の解説の中村とうよう氏。確かにこのタイプの女性ブルースは聴いたことがない。鉄火肌で姉御風のたくましいブルースである。
ルロイ・カー

<Date & Place> … 1935年2月25日 シカゴにて録音

<Personnel> … ルロイ・カー(Leroy Carr)
Piano & Vocalルロイ・カー
Guitarスクラッパー・ブラックウェル

<Contents> … 「RCAブルースの古典」(BMG BVCP-8733)

CD2-8.ロックス・イン・マイ・ベッドRocks in my bed
CD2-9.シックス・コールド・フィート・イン・ザ・グラウンドSix cold feet in the ground

ピアノ・ブルースである。解説の鈴木啓志氏によれば、そもそもピアノ・ブルースはギター・ブルースに比べつ数が少ないという。初期のピアニストがスコット・ジョプリンに代表されるラグ・タイムから影響を受け、そのスタイルから徐々にブギー・ウギーが生まれ、さらにシティ・ブルース・スタイルが生まれていく。それでカーは「シティ・ブルースの祖」と言われるのだという。
しかしラグ⇒ブルース・ピアノ⇒ブギー・ウギーという系譜はここでは分からない。というのも35年という年は既にブギー・ウギーが生まれレコードも発売された後だからである。
CD2-8.[ロックス・イン・マイ・ベッド]
ピアノとギターのかけあいが聴き応えがある。カーの歌声はことさら迫力があるというわけではないが、実に素朴な感じで、代表的な初期ブルースマンという感じがする。
CD2-9.[シックス・コールド・フィート・イン・ザ・グラウンド]
ここで聴かれる左手の動きは、4ビートではあるが動きはブギー・ウギーそのもののである。これもどちらの影響かは分からない。ただブルースには時折こういったドキッとする歌「冷たい土の6フィートの所に埋めてくれ(Six cold feet in the ground)」がある。
「RCAブルースの古典」CD・ボックス

<Date & Place> … 1935年2月26日 シカゴにて録音

<Personnel> … ダディ・ストーヴパイプ&ミシシッピ・サラ(Daddystovepipe & Misssissippi Sarah)
Guitar , Harp & Vocalジョニー・ワトソンJohnny Watson
Jug & Vocalサラ・ワトソンSarah Watson

<Contents> … 「RCAブルースの古典」(BMG BVCP-8733)

CD1-24.[ザ・スパズム(The spasm)]
ダディストーヴパイプことジョニー・ワトソンとミシシッピ・サラことサラ・ワトソンは夫婦だという。CD付属のブックレットの詳細な解説が載っている。ジャグ・バンドとしてそれほど重要性はないとしながらも最も早くレコーディングを行ったハーピストとして重要という。音はすこぶる悪い。曲はブルースではなく、古いフォーク・ソングという感じである。ジャグ=フォーク・ソングの深い関係を示している。
ビッグ・ビル・ブルーンジー

<Date & Place> … 1935年2月26日 シカゴにて録音

<Personnel> … ビッグ・ビル・ブルーンジー(Big Bill Broonzy)
Guitar & Vocalビッグ・ビル・ブルーンジーBig Bill Broonzy
Pianoブラック・ボブ

<Contents> … 「RCAブルースの古典」(BMG BVCP-8733)

CD2-17.[サザン・ブルース(The southern blues)]
ビッグ・ビル・ブルーンジーは1893年ミシシッピで生まれたがそのスタイルはミシシッピ・スタイルではないという。このCDボックスでもシティ・ブルースに分類されている。今日にも通じるいかにもブルースの典型といった作品である。
ブラインド・ウィリー・マクテル

<Date & Place> … 1935年4月25日 シカゴにて録音

<Personnel> … ブラインド・ウィリー・マクテル(Blind Willie McTell)
Guitar & Vocalブラインド・ウィリー・マクテルBlind Willie McTell

<Contents> … 「MCAブルースの古典」(Victor VIM-20〜22)

Record2,A-2.[ユア・タイム・トゥ・ウォリー(Your time to worry)]

最も初期のブルースは、ミシシッピ州からテキサス州東部にかけてだったと思われるが、もう少し東のジョージア州もかなり早くからブルースの動きが見られたと言われる。そしてそのジョージアの代表的なブルース・マンの一人がこのマクテルだったと言われる。彼の特徴は何といっても、プレイするギターが12弦だったことでかなり特徴的なサウンドを作り出している。
ヴォーカルも、チャーリー・パットン、サン・ハウス等とは対照的で美声であった。 「MCAブルースの古典」レコード・ボックス

<Date & Place> … 1935年7月8日 シカゴにて録音

<Personnel> … フランキー・ブラック(Frankie Black)
Guitar & Vocalフランキー・ブラックFrankie Black
Pianoドット・ライスDot Rise

<Contents> … 「MCAブルースの古典」(Victor VIM-20〜22)

Record3,A-3.[マザーレス・ボーイ・ブルース(Motherless boy blues)]
ギターとヴォーカルを担当しているフランキー・ブラックは2月25日録音のルロイ・カー(p)の相棒でギターを弾いていたスクラッパー・ブラックウェルである。コンビを組んでいたカーがこの年1935年4月に30歳の若さで死亡した。そのためピアニストのドット・ライスと新デュオを組んで、カーへの追悼曲などを録音した。この「マザーレス・ボーイ・ブルース」は、「母のない子のブルース」ということだが、相棒を失った悲しみを歌っているように聴こえるという。つまりブルースの場合こういう置き換え、相棒を失った悲しみを「母がいない」と置き換えたりすることがあったという。
スリーピー・ジョン・エステス

<Date & Place> … 1935年7月9日 シカゴにて録音

<Personnel> … スリーピー・ジョン・エステス(Sleepy John Estes)
Guitar & Vocalスリーピー・ジョン・エステスSleepy John Estes
Harpハミー・ニクソンHammie Nixon

<Contents> … 「MCAブルースの古典」(Victor VIM-20〜22)

Record2,A-1.[サムディ・ベイビー・ブルース(Someday baby blues)]
実は僕が買った最初のブルースのレコードというのは、右の写真がジャケットに使われた「スリーピー・ジョン・エステスの伝説」(Delmark PA-3011)です。当時スイング・ジャーナル誌に日本のブルース評論の第1人者中村とうよう氏が『ブルースを聴こう』という内容の熱のこもった記事を書いており、僕も少しずつブルースに興味を持ち出していた。そんな折にとっくに死んだと思われていた「スリーピー・ジョン・エステス」が発見され、レコーディングも行ったというニュースが流れた。まさに幻の伝説のブルース・マンである、と言ってもこのレコードで初めてエステスを聴いたのだが。想像通り発見されたときの彼はまさに極貧状態にあった。もちろんギターも手放しており、レコーディングのためにギターが与えられた。写真を見て欲しい、カポタストの代わりに鉛筆を括りつけている。この写真は彼のその時の生活状況を何よりよく伝えている。
ところで彼の経歴をかいつまんで書くと、1929年初めてメンフィスでレコーディングを行い翌30年にかけて10数曲を吹き込んだ。その時の相棒もハミー・ジャクソン(Hp)だった。一時故郷に戻り百姓をしていたが、35年に発見され、40年までデッカとビクターに吹込みを行うが、戦争による不況の影響で再び故郷に戻っていた。それを1960年代に発見されたのである。彼は折からのブルース・ブームによって1974年と76年に来日している。その時の相棒もニクソンであった。
この曲は典型的な8小節ブルース・パターンで、「ウォリード・ライフ・ブルース」の題名でも知られ、レイ・チャールズやチャック・ベリー等が取り上げ、自身の「伝説」でも再録音している。
「RCAブルースの古典」CD2

<Date & Place> … 1935年8月13日 アントニオにて録音

<Personnel> … ジョー・プラム(Joe Pullum)
Vocalジョー・プラムJoe Pullum
Pianoアンディ・ボーイAndy Boy

<Contents> … 「RCAブルースの古典」(BMG BVCP-8733)

CD2-15.[ハード・ワーキング・マン・ブルース(Hard working man blues)]
ここで初めてシカゴ以外で録音されたナンバーが登場するが、アントニオというのはどこなんだろう?またこのジョー・プラムという人は、1934年に「ブラック・ギャル・ホワット・メイクス・ユア・ヘッド・ノー・ハード」という大ヒットナンバーを放ったそうだが、ファルセットで歌うという実にユニークなブルース・マン。そして経歴も全く不明で、20世紀初頭にヒューストンで生まれたのではないかと推測されているほかは謎だという。アンディ・ボーイというピアニストが素晴らしい。
ビッグ・ジョー・ウィリアムス

<Date & Place> … 1935年10月11日 シカゴにて録音

<Personnel> … ビッグ・ジョー・ウィリアムス(Big Joe Williams)
Guitar & Vocalビッグ・ジョー・ウィリアムスBig Joe Williams
Fiddleケイシー・コリンズ
Washboadココモ

<Contents> … 「RCAブルースの古典」(BMG BVCP-8733)

CD2-3.[ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー(Baby please don’t go)]
解説で鈴木氏は、「多少ブルースをかじったことのある人なら知らない人はいない」ナンバーであると述べているが、知らなかった。つまり僕はかじったことも無かったことになる。確かにジャズもそうだがブルースも奥が深い。この曲は彼の代表作で何度も録音しているようだが、これが最高であるという。確かにフィドル、ウォッシュボードが入り原初のブルースを想像させてくれる。

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