バド・フリーマン 1938年

Bud Freeman 1938

1938年1月17日エディ・コンドンが呼び変えたメンバーらによって、コモドア・レコードの第1回録音が行われた。メインはコンドン率いる<ウィンディ・シティ・セヴン>による録音だろうが、同日にそのメンバーの3人によって録音されたのがこの吹込みである。コモドア・レコードの初吹込みについては「エディ・コンドン 1938年」を参照。

<Date&Place> … 1938年1月17日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … バド・フリーマン・トリオ(Bud Freeman trio)

Bandleader&Tenor saxバド・フリーマンBud Freeman
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Drumsジョージ・ウェットリングGeorge Wettling

<Contents> …「コモドア・ショウ・ケース」(London records GSW 3007〜8)

Record1 B-4.ユー・トゥック・アドヴァンテージ・オブ・ミーYou took advantage of me
Record1 B-5.ゼアズ・ノー・クラウドThere’s no crowd
Record1 B-6.アイ・ガット・リズムI got rhythm

僕の勝手な妄想を書いておこう。他では話さないでくださいね。

ジェス・ステイシーは出身はミズーリ州だが、シカゴで活動していたので、コンドンやフリーマン、ウェットリングなどとは顔見知りだったと想像される。そしてジョン・ハモンド氏の推薦でBG楽団のピアニストとなり、名を売ることになる。そしてついにはカーネギー・ホールにまで進出したのである。そのステイシーを旧知の仲間がセッションに呼んでこの録音は行われることになった。カーネギー・ホールから駆け付けたステイシーを、「ようこそ、マエストロ!カーネギーで披露したその腕前をご披露ください」とかジョークで迎え、先ずは3人で腕慣らしを、ということになったのではないだろうか?1曲目の最後に拍手が入っているが、そういった流れだったのではないだろうか?
もう一つ、Ts+P+Dsというトリオ編成に注目して欲しい。このテナー・サックスをクラリネットに変えれば、BGが好んで演奏し吹込みも行った、トリオ編成である。即ちBG+テディ・ウィルソン+ジーン・クルーパのBGトリオ、一方こちらはバド・フリーマン+ステイシー+ウェットリングというトリオである。ステイシーはBG楽団のレギュラー・ピアニストでありながら、トリオ演奏ではテディ・ウィルソンに席を譲っていたのである。しかもレギュラー・ドラマーのクルーパはそのまま起用されている。このことはステイシーの自尊心を傷つけなかったはずがない。俺だってトリオで演奏できるぞという想いは少なからずあったと思われるのである。ステイシーはBG楽団からの独立も考えていたというが、ピアノにおけるウィルソンとのダブル・スタンバイ状況に起因するとも言われている。そんなことを想いながらこの演奏を聴いてしまう。

Record1 B-4.「ユー・トゥック・アドヴァンテージ・オブ・ミー」
ロジャース&ハートの名コンビによる1928年のミュージカル『プレゼント・アームス』の主題歌としてヒットしたという。トリオなのでフリーマンが推進役となり、ステイシーがオブリガードを付け、ソロも取る。
Record1 B-5.「ゼアズ・ノー・クラウド」
三人の共作というが即興であろう。タイトルの「観衆がいない」は、これまでカーネギー・ホールの大観衆の前で演奏してきたことの意趣返しであろう。
Record1 B-6.「アイ・ガット・リズム」
ご存知ガーシュイン作のスタンダード・ナンバー。3曲の中では一番の熱演である。

小編成での録音なので、フリーマン、ステイシーの芸風を知るにはうってつけの録音だと思う。結果、この3曲はいずれもミディアム以上の早めのテンポで、それで決めてしまうのは申し訳ないが、僕にはこのステイシーというピアニストはあまり高く評価できない。弾くフレーズがいずれもつまらないのである。

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