キャブ・キャロウェイ 1930年

> Cab Calloway 1930

前年10月大恐慌が起こり、不景気の時代に入ると、バンドの生存競争はさらに激しくなった。宣伝とニュー・スタイルの時代となり、リーダー、歌手、エンターティナーが必要となってきた。強力なパーソナリティを持たないミズーリアンズは、サヴォイの常勝者、ミュージシャンのバンドであったが、大衆的な人気はまだ得られなかった。この頃アラバミアンズというバンドがサヴォイに出た時、シカゴの出身の新進歌手キャブ・キャロウェイを指揮者兼歌手として使うと、キャブの歌が注目されるようになった。そしてアラバミアンズがサヴォイを辞める時、ミズーリアンズは前にも使ったことのあるキャブを引き抜いてリーダーとする。するとこれがうまく当たってバンドの名前もキャブ・キャロウェイ楽団と改めたのである。つまりキャブ・キャロウェイは、「ザ・ミズーリアンズ」から、バンドを引き継ぐ形でバンド・リーダーとなったのである。
1931年にエリントン楽団が5年に渡るハウス・バンド連続出演をしていたコットン・クラブから巡業に出ると、キャブ・キャロウェイ楽団が変わってハウス・バンドとして入り、その後3年のレギュラー出演することになる。その間にバンドは大衆の人気者となった。レコードも出て全国的に有名となり、一流プレイヤーをどんどん補強したが、その優れた音楽はキャブの歌に占領されることが多くなった。
いつからバンド名の変更が行われたかは明確ではないが、1931年1月29日にミズーリアンズが「ニュー・アルバート・オーデトリーム」に出演する告知広告では、バンド名が「キャブ・キャロウェイと彼のミズーリアンズ」という名称になっていることから、1930年中に「The Missourians」から「Cab Calloway and his Missourians」に変わったのだろう。しかし1930年7月録音の”St. Louis blues”のレコード・ラベルには「Cab Calloway and his orchestra」と書いてある。ということで〜30年6月までは「The Missourians」、30年7月〜は「Cab Calloway and his orchestra」ということに分けよう。
音源は2つある。1つは”Ace of hearts”から出ていたレコードと”Classic jazz archive”から出たCD2枚組である。収録曲的にはCD2枚組の方が充実しているが”Ace of hearts”の方が愛着が深い。

<Date&Place> … 1930年 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … キャブ・キャロウェイ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Cab Calloway and his orchestra)

 
Band leader & Vocalキャブ・キャロウェイCab Calloway
TrumpetR.Q.ディッカーソンR.Q. Dickersonラマー・ライトLammar Wrightリューベン・リーヴスReuben Reeves
Tromboneデ・プリースト・ホィーラーDe Priest Wheelerハリー・ホワイトHarry White
Clarinet & Alto Saxウィリアム・ブルーWilliam Blue
Alto Saxアンドリュー・ブラウンAndrew Brown
Tenor Saxウォルター・トーマスWalter “Fut” Thomas
Pianoアーレス・プリンスEarres Prince
Banjoチャーリー・スタンプスCharley Stamps
Tubaジミー・スミスJimmy Smith
Drumsルロイ・マキシーLeroy Maxey

上記は”Ace of hearts”レコード記載のパーソネル。”Classic jazz archive”とでは2人ほど異なる箇所がある。
1.Trumpet … リューベン・リーヴスではなくウェンデル・カリー(Wendell Cully)
2.Banjo … チャーリー・スタンプスではなくモーリス・ホワイト(Morris White)
僕には決め手がないのでこのままにしておく。なお1930年中はメンバーの移動はなし。

<Contents> … "Cab Calloway/The king of Hi-de-ho"(Ace of hearts AH-106)&"Cab Calloway/The Hi-dee-ho man"(Classic jazz archive 221997-306)

CD1-1.ガッタ・ダーン・グッド・リーズン・ナウGotta darn good reason now1930年7月24日録音
A-1、CD1-2.セント・ルイス・ブルースSt. Louis blues1930年7月24日録音
CD1-3.スイート・ジェニー・リーSweet Jenny Lee1930年10月14日録音
CD1-4.ザ・ヴァイパーズ・ドラッグThe viper's drag1930年11月12日録音
CD1-5.イズ・ザット・リリジョン?Is that religion ?1930年12月23日録音
A-2、CD1-6.サム・オブ・ディーズ・デイズSome of these days1930年12月23日録音
A-3、CD1-7.ノーボディーズ・スイートハートNobody’s sweetheart1930年12月23日録音
CD1-8.セント・ジェイムズ病院St. James infirmary1930年12月23日録音

3曲中2曲がキャブのヴォーカル入りである。キャブのヴォーカルというのは、ユーモアというかオチャラケというか、変に音を伸ばしたり、早口になったりでじっくりと聴かせるというよりもウケ狙いのショーマンシップに徹したものである。所々前ミズーリアンズで聴かれたエリントン楽団張りのミュート奏法によるソロが聴かれるが、あくまでも中心はキャブのヴォーカルである。
つまりここでバンド・カラーが一変したのである。ニューヨークの他のどのバンドもおそらく対抗できない、あるいは対抗することを望まない単純で元気溢れるドライヴ感のある玄人好みのバンドから、キャブのエンターテイメント重視のヴォーカルを前面に立て、しかし演奏力はどこにも引けを取らないというバンドに生まれ変わったのである。この甲斐あって、1931年エリントン楽団の後を襲ってコットンクラブのハウス・バンドという位置に就くのであろう。
CD-1.[ガッタ・ダーン・グッド・リーズン・ナウ]イントロを吹くTp、続いてミュートTpがリードしてキャブのヴォーカルへ。短いがCl、Tsのソロも入る。
A-1、CD-2.[セント・ルイス・ブルース]は面白シンギングの代表的なナンバーであるが、エンディングを盛り上げるリフの手法は典型的な手法であり、すでにここで生まれていたのかと納得させられる。年間ヒットチャートの第41位にランク・インしているヒット作。
CD-3.[スイート・ジェニー・リー]アンサンブルとキャブのヴォーカル・ナンバー。中間にTp、Tb、Cl、Tsソロが聴かれる。
CD-4.[ザ・ヴァイパーズ・ドラッグ]これもアンサンブルからキャブのヴォーカルへ。中間部にミュートTp、Ts、オープンTpのソロが入る。
CD-5.[イズ・ザット・リリジョン?]キャブと大勢の掛け合いのナンバー。ソロはミュートTp、ごく短いTsソロが入る。ちょっと変わった曲。
A-2、CD-6.[サム・オブ・ディーズ・デイズ]はアップ・テンポのナンバーで、ヴォーカルは少しだけでアンサンブルが見事な作品。
A-3、CD-7.[ノーボディーズ・スイートハート]これもキャブのヴォーカルは少しだけで、見事なアンサンブルとブルーのクラリネット・ソロが見事である。
CD-8.[セント・ジェイムズ病院]バリトン・サックスらしきソロの後キャブのヴォーカルとなる。このヴォーカルが独特の歌いまわしで聴きようによってはエモーショナルなような或いはおふざけのような…難しいなぁ。エンディングのTpソロ⇒カデンツアはドラマティックで素晴らしい。翌年1931年ヒットチャート44位にランクされている。

僕はこのキャブ・キャロウェイのAceofHearts盤を高校か大学初級の辺りに購入した。聴いてみたくて堪らなかったレコードの一つである。それは初演の大ヒット曲”Minnie the moocher”が入っているからだが、なぜ僕はそれを知ったのだろう?てっきり粟村師の『ジャズ・レコード・ブック』かと思っていたが、同著にキャブ・キャロウェイという項目はないのである。

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