クロード・ソーンヒル 1935年
Claude Thornhill 1935
クロード・ソーンヒルのサイドマン時代の録音が2つある。後にユニークなオーケストラを率いるソーンヒル。アレンジの妙などレイ・ノーブル、ジーン・ギフォードから学ぶことは多かったのではないだろうか?
レイ・ノーブルは何といってもチャーリー・パーカーなどバップ期、モダン期のジャズ・メンが愛奏したスタンダード・ナンバー”Cherokee”の作者として有名である。しかし彼は、良い曲を作る作曲家でもあり、編曲家でもあるが、何といっても自己のバンドを率いるバンド・リーダーであった。右は1935年当時のレイ・ノーブル楽団。
彼は、イギリスで生まれで、自国でバンドを率いて成功する。そしてアメリカに招かれる。アメリカでは、グレン・ミラーなどの協力を得て、1935年1月にバンドを結成するのである。演奏はアレンジが程よくなされ聴き応えがある作品が多い。何度も書いて申し訳ないがこのシリーズは録音データの記載がなく、正確なデータが分からない。35年のノーブルの録音全てにソーンヒルが加わっているかどうかは分からないが、ここでは加わっているとして話を進める。
<Date&Place> … 1935年2月9日 録音
<Personnel(分かるものだけ)> … レイ・ノーブル・アンド・ヒズ・オーケストラ(Ray Noble and his Orchestra)
<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ/ザ・サウンド・オブ・スイング」(RCA RA-68)
B-1.[ダウン・バイ・ザ・リヴァー](Down by the river)
イギリスの気品に満ちたスイング・スタイルの演奏とヴォーカルが聴かれる。解説氏は、「アル・ボウリーのヌメヌメっとした官能的な歌は得も言われぬ官能的な魅力をたたえている」とし、他に類例を見ないユニークな唱法であると述べている。ベリガンを思わせるTpソロはピー・ウィー・アーウィン。
グレン・ミラーはこの年レイ・ノーブルのバンドのアレンジャーとして活躍していた。「まもなく自分の楽団を結成したが、彼の優れた人選、編曲、リハーサルのうまさと文句なしの腕利きである彼のバンドはどういうわけかなかなか成功しなかった」とグレン・ミラーのレコード解説にある。その「まもなく」がいつだったかという記載はないが、1935年自分名義の録音を行っていた。しかしこの録音についてはディスコグラフィーにも記載がない。
メンバーを見ると、ノーブル楽団のクロウド・ソーンヒル、ジョニー・ミンスそして自身が在籍していてこの年解散したベン・ポラック楽団のスピヴァク、エディ・ミラー、レイ・ボデュークなどが加わっている。そしてエディ・ミラー、ボデュークらはこの後すぐにボブ・クロスビーをバンドリーダーに押し立ててt、「ボブ・クロスビー・アンド・ヒズ・オーケストラ」を結成するのである。そういった意味では短命のバンドであったことがうかがえる。
<Date&Place> … 1935年4月25日 録音
<Personnel> … グレン・ミラー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Glenn Miller and his orchestra)
<Contents> … 「バニー・ベリガン&ヒズ・ボーイズ/テイク・イット、バニー」(Epic SICP 4012)
CD-2.[ソロ・ホップ](Solo hop)
この曲はトップ10に入るヒットとなったというが、年間のヒット・チャートには載っていない。演奏は先ずベリガンがソロを取り、ミラー(Ts)、ミンス(Cl)とソロを繋ぐ。再びベリガンに戻って曲は終わる。アップ・テンポの軽快なナンバーである。
<Date&Place> … 1935年5月10日 録音
<Personnel(分かるものだけ)> … レイ・ノーブル・アンド・ヒズ・オーケストラ(Ray Noble and his Orchestra)
2月9日と同じと思われる。
<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ/ザ・サウンド・オブ・スイング」(RCA RA-68)
B-2.[チャイナタウン・マイ・チャイナタウン](Chinatown , my Chinatown)
メリハリの効いたブラスとミルト・イエーナ―のリードするサックス陣を縦横に駆使した快演で、グッドマン・スタイルとは異質のスイング感に興味が惹かれる。ソーンヒル(p)、アーウィン、ミンスが張り切ったソロを披露するが、何といってもバド・フリーマンのソロが傑出している。
ギフォードはご存知のようにカサ・ロマ楽団のアレンジャーとして名を上げた鬼才で、その精緻極まるアレンジメントは他の追随を許さないものがあった。そんなギフォードはどのような理由からか1934年にカサ・ロマ楽団を去る。そしてここでこのような録音を行っている。レコード裏面のライナーノートで油井正一氏はこの件に関してはそれほど深く追求していない。油井氏によれば、「ジーン・ギフォード楽団という名前で吹き込まれたものだが、もちろんレコーディングのためのオールスター編成であると述べ、、端からBGやエリントンのようにレギュラー・バンド化を狙ったものではないが、集められた面子は超一流で、それもギフォードの名声ゆえであると述べている。
まず聴いて感じることは、サウンドがビッグ・バンドっぽい分厚い音なので、これはギフォードのアレンジの妙なのであろう。
不思議なのは、ヴォーカルのウィンギー・マノンで、彼はトランペット奏者としても一流なのだが、ここではヴォーカルに徹し、Tpは吹いていないとなっていることである。左のSP盤にはマノンがTpとしてもクレジットされているが、解説の油井氏は吹いていないとしているので、どうなのだろう?聴くと確かに2Tpという個所は無いように感じる。2トランペットでもよさそうなものだが、なぜに彼には吹かせなかったのだろうか?
<Date&Place> … 1935年5月13日 録音
<Personnel> … ジーン・ギフォードと彼の楽団(Gene Gifford and his Orchestra)
<Contents> … 「Swing Sessions in the 30's」(Victor RA-5325)
| B面1. | ニューオリンズ・ツイスト | NewOrleans twist |
| B面2. | ナッシン・バット・ザ・ブルース | Nothin’but the blues |
| B面3. | スクエア―フェイス | Squareface |
| B面4. | ディジー・グライド | Dizzy glide |
B-1.[ニューオリンズ・ツイスト]
ヴォーカル無しのインスト・ナンバー。ミディアム・アップ・テンポの曲。ギフォードらしい編曲の妙が随所にうかがえる。ソーンヒルのピアノのトレモロ・プレイは時代を追って聴いてきた耳には、実に目新しく聴こえる。
ソロはマトロック(Cl)、ベリガン(Tp)、マクダナフ((Gt)、フリーマン(Ts)などが矢継ぎ早に飛び出してくる。
B-2.[ナッシン・バット・ザ・ブルース]
ブルースで、マトロック、ベリガンが素晴らしいプレイを披露する。特にベリガンが素晴らしく僕としては、初めてこのベリガンという人はスゴイなという感想を抱いた次第である。マノンのヴォーカル入り。フリーマンのオブリガートもいい感じである。
B-3.[スクエア―フェイス]
これもブルース・ナンバー。ギフォードとブルースというのは何となく結びつかないが、2曲も演っている。マノンはヴォーカルというより語りのようである。ここでもマトロックとベリガンがいい。
B-4.[ディジー・グライド]
Gtとピアノのみにマノンのバックを務めさせるなど意表を突いた編曲である。ここでもソーンヒルのトレモロ・プレイが聴かれる。
<Date&Place> … 1935年6月8日〜1936年5月25日 ニューヨークにて録音
<Personnel(分かるものだけ)> … レイ・ノーブル・アンド・ヒズ・オーケストラ(Ray Noble and his Orchestra)
このシリーズの再発版は、録音データを掲載していないのでよく分からないので、前回1935年2月9日、5月10日と同じとする。解説氏によれば、B-4.「レッツ・スイング・イット」でソロを取っているので参加は確実であろう。
<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ/ザ・サウンド・オブ・スイング」(RCA RA-68)
| B面4. | レッツ・スイング・イット | Let’s swing it | 1935年6月8日 |
| B面3. | ニューオリンズへの道 | ‘Way down yonder in New Orleans | 1935年5月10日 |
| B面5. | セントルイス・ブルース | St. Louis blues | 1935年6月10日 |
| B面6. | ビューグル・コール・ラグ | Bugle call rag | 1935年10月9日 |
| B面7. | ダイナ | Dinah | 1935年10月9日 |
| B面8. | ビッグ・チーフ・デ・ソータ | Big chief de Sota | 1936年5月25日 |
。音を聴いてもまたラジオ放送の時の右の写真を見ても明らかに弦が入っていると思われる。
上記のパーソネルは解説文中から拾ったものであるが、当然抜けがある。これはレコード会社の怠慢ということでご容赦いただきたい。
次のB-3.[ニューオリンズへの道]、B-4.[レッツ・スイング・イット]の2曲は、ブックレットの一番初めの収録曲紹介では3曲目「ニューオリンズへの道」、4曲目「レッツ・スイング・イット」となっているが、各曲紹介のページでは3曲目「レッツ・スイング・イット」、4曲目「ニューオリンズへの道」となっている。解説内容と実際の曲を聴くと3曲目「レッツ・スイング・イット」、4曲目「ニューオリンズへの道」と思われるが、「レッツ・スイング・イット」の録音日が6月8日、「ニューオリンズへの道」が5月10日なのでなぜこの曲だけ録音日順にしなかったのか疑問が残る。いずれにしても杜撰な編集である。
B-3.[レッツ・スイング・イット]、
ミディアム・アップ・テンポであか抜けているのでアレンジはノーブル自身ではないかという。ザ・フレッシュメンの軽妙なコーラス・ワークも聴きものである。
B-4.[ニューオリンズへの道]
ホットな気分と楽しさがあふれているとは解説氏。ここで聴かれるスイング手法は34年グレン・ミラーがアレンジを担当したドーシー・ブラザーズの延長であるという。ソロはミンス(Cl)、ソーンヒル(P)、アーウィン(Tp)、フリーマン(Ts)、ブラッドレー(Tb)。
B-5.[セントルイス・ブルース]
ボウリ―が柄に合わないブルースを、気分を出して歌っている。ヴォーカルの後はテンポ・アップしてミンス(Cl)、スピヴァク(Tp)、ブラッドレー(Tb)、アーウィン(Tp)、フリーマン(Ts)へと短いソロをつないでいる。
B-6.[ビューグル・コール・ラグ]
冒頭と最後に原メロディーが少し演奏されるのみで、残り大半は全く異なったメロディーで終止する一大お遊び大会であるという。アーウィン、ミンス、フリーマン、エプス(7弦ギター)等の間に出てくるメロディーはオリエンタルからアフリカン、はてはラヴェルのボレロが飛び出すなどその楽しさは抜群である。この編曲が気難し屋で有名なグレン・ミラーとは!と解説氏は書いている。
B-7.[ダイナ]
日本では、ディック・ミネが歌って大ヒットした曲。ここはインストで、ギターをバックにクラリネットのイントロ、そこにトランペットが絡んでいくという手法は洒落ている。倍テンポになってフリーマンが吹き、その後は別の旋律を挿入するというとぼけた趣向で、どうしたの?というくらいグレン・ミラーが遊んでいる。
B-8.[ビッグ・チーフ・デ・ソータ]
唯一の1936年の吹込み。ボウリ―とボースが相互に歌い合う珍しい曲。ボースはトランぺッターであるが、このヴォーカル部分しか書いていないので、Tpとしては外しておいた。
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