コールマン・ホーキンス 1929年

Coleman Hawkins 1929

丸山繁雄著『ジャズマンとその時代』

『ジャズマンとその時代』の丸山繁雄氏及びガンサー・シュラー氏も、1928年から30年にかけてはレコーディングで見る限り、フレッチャー・ヘンダーソンとその楽団の活動は低迷期であったという。その大きな原因はやはりアレンジャー/ドン・レッドマンの退団が大きいという。シュラー氏はレッドマン退団の打撃がそうさせたのかどうかは判然としないが、ヘンダーソン自身が不可解なことに、この時期バンドというものに興味を失ってしまったという。さらに1928年夏に自動車事故にあって元気を失くし、とりわけバンドの実務面に対してはますます無頓着になってしまったという。このことがバンドの音楽的な側面でも規律を低下させたという。
さらにシュラー氏は次のように書く。「1928年と29年の短期間に、フレッチャー・ヘンダーソンのバンドで楽員の重大な変更が発生した。ヘンダーソンと楽員の関係がひどく悪化して、解雇や自発的退団が相次いだ。トロンボーンのジミー・ハリソン、ベニー・モートンも辞めた。フレッチャーの運営上最悪の失策で、ジューン・コールとカイザー・マーシャル(ヘンダーソンの最も古い友人)も辞めた。バンジョーのチャーリー・ディクソンも去って、ビリー・ホリディの父親クラレンス・ホリディに代わった。クーティー・ウィリアムスは束の間この楽団に在籍し、結局はエリントンに引き抜かれることになったが、少なくとも一つの優れたソロ(“Raisin’ the roof”)を残していった」と(後述)。
ヘンダーソンがレッドマンの退団や交通事故によって元気を失くしたことが、楽団員とのトラブルの原因だったのかまた「運営上最悪の失策」とはどのようなものだったのかは記述がないが、ともかくこの時期はヘンダーソン楽団にとって冬の時代だったことは間違いないのだろう。
さて、以上のような事情からかヘンダーソン楽団は1929年、録音を4面分しか残していない。その4曲は全て“A study in frustration”(Essential・JAZZ・Classics EJC55511)に収録されている。

「ア・スタディ・イン・フラストレイション/フレッチャー・ヘンダーソン」ボックス

<Date & Place> … 1929年4月 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Fletcher Henderson and his orchestra)

Band readerフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson
Trumpetボビー・スタークBobby Stark
Cornetレックス・スチュワートRex Stewart
Tromboneジミー・ハリソンJimmy Harrison
Clarinetバスター・ベイリ―Buster Bailey
Alto saxハーヴェイ・ブーンHarvey Boone
Tenor saxコールマン・ホーキンスColeman Hawkins
Banjoクラレンス・ホリディClarence Holiday
Drumsカイザー・マーシャルKaiser Marshall

移動
Trombone … チャーリー・グリーン ⇒ Out
Alto sax … ベニー・カーター ⇒ ハーヴェイ・ブーン
Tuba … ジューン・コール ⇒ デル・トーマス
CD2-10.フリージー・アンド・メルト(Freezy and melt)
まず1929年の最初の録音は4月に行われている。1928年最後の録音は12月だったので約4か月後の録音である。異なるのはアルト・サックスとアレンジを担当していたベニー・カーターが抜けている。
それに同じ4月の録音でありながら、CD-10とCD-11ではわずかながら、メンバーの移動がある。これは当時のヘンダーソン楽団の不安定さを表すことなのであろうか?
前半は殆ど合奏に終始する。ホークがアンサンブルに絡むように吹き、短いTp、Tb、Clの短いソロが入る。ホークに関する限り特に聴くべきところはない。

「ア・スタディ・イン・フラストレイション/フレッチャー・ヘンダーソン」CD2ジャケット

<Date & Place> … 1929年4月 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Fletcher Henderson and his orchestra)

変更パーソネル
Tuba … デル・トーマス ⇒ ジョン・カービー John Kirby
Drums … ウォルター・ジョンソン Walter Johnson ⇒ In
CD2-11.レイジン・ザ・ルーフ(Raisin’the roof)
前述のように、シュラー氏はTpソロをクーティー・ウィリアムスとしているが、CDの解説ではクーティーは参加していない。しかしここに聴かれるミュートによるTpソロは、CD-10とは明らかに異なる雰囲気をたたえており、CDの解説のパーソネルが間違っているかもしれない。
ミュートTpの後のホークのTsソロとClの短いソロの交換からテーマに戻る。

<Date & Place> … 1929年5月16日 ニュー・ヨークにて録音

「フレッチャー・ヘンダーソン/ア・スタディ・イン・フラストレイション」2枚目

<Personnel> … フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Fletcher Henderson and his orchestra)

追加のパーソネル
Trumpetラッセル・スミスRussell SmithIn

<Contents>

CD2-12.ブレイジンBlazin’
CD2-13.ワン・ワン・ブルースWang wang blues

CD2-12.ブレイジン
アンサンブルとTs、そしてTpがかけあうように進み、Tp、Tsの短い交換、Pの短いソロが現れるがアンサンブル中心の演奏である。
CD-13.ワン・ワン・ブルース
O.D.J.B.のオリジナルで1927年にも一度録音している。シュラー氏はこの作品はよく売れたと書いているので、そのヒットにもう一度あやかろうとしたものかもしれない。二人のTpがフューチャーされているようで、かけあいのように吹き合っている。後半出てくるホーキンスのソロに貫録を感じてしまう。

ディスコグラフィーを見ると、ヘンダーソン楽団の次の録音は、翌1930年の10月までない。これは大恐慌の影響ももちろんあるのであろうが、バンマスのやる気のなさが一番の原因だったような気がしてならない。

これまで僕が持っているコールマン・ホーキンスの音源はすべてフレッチャー・ヘンダーソン楽団におけるものだったが、ここで初めて他楽団に加わっての録音が登場する。そのバンドとは、「マッキニーズ・コットン・ピッカーズ」(以下M.K.C.P.と略)である。M.K.C.P.はデトロイトを拠点に活動していたバンドであるが、これといった特色もないバンドだったという。そこでマッキニーはゴールドケットと相談し、フレッチャー・ヘンダーソン楽団からドン・レッドマンを前年に引っこ抜いたところだった。さらにバンドにはスター・ソロイストがいないという弱みをカバーするため、ジョー・スミス(Tp)、シドニー・ド・パリス(Tp)、コールマン・ホーキンス(Ts)、ベニー・カーター(As)といった一流どころのプレイヤーが呼びレコーディングを行うことになったのだという。
レッドマンを抜かれ、ホークまで抜かれてしまったらヘンダーソン楽団は一体どうなるんだろうと思われるが、どうもこのレコーディングだけの臨時編成だったようである。

<Date & Place> … 1929年11月5、7日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … 例によって録音データの記載がないため詳細は不明だが、文中に記載のあるものを記す。

Band leaderウィリアム・マッキニーWilliam McKinney
Trumpetジョー・スミスJoe Smithシドニー・ド・パリスSidney De Paris
Tromboneクロード・ジョーンズClaude Jones
Arrangement , Alto sax & Vocalドン・レッドマンDon Redman
Alto saxベニー・カーターBenny Carter
Tenor saxコールマン・ホーキンスColeman Hawkins
Banjoデイヴ・ウィルボーンDave Wilborn
Tubaビリー・テイラーBilly Taylor

このようにゲスト的にスター的なソロイストが加わっての録音は、1928年よりエキサイティングな仕上がりとなり、一連のニューヨーク録音は、非常に好評を博したという。

<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第9巻/ザ・ビッグ・バンド・イーラ」(RCA RA-47)

B面1曲目プレイン・ダートPlain dirt11月5日
B面2曲目ジー・エイント・アイ・グッド・トゥ・ユーGee , Ain't I good to you11月5日
B面3曲目ザ・ウェイ・アイ・フィール・トゥディThe way I feel today11月5日
B面4曲目ミス・ハナMiss Hannah11月5日
B面5曲目ホェアエヴァ・ゼアズ・ア・ウィル・ベイビーWherever there's a will , baby11月7日

B-1.プレイン・ダート
編曲はジョン・ネスビットで、ソロ・オーダーはシドニー(Tp)⇒ジョーンズ(Tb)⇒ホーク(Ts)だというが、いずれも極めて短く思う存分その腕を発揮したという感じではない。アンサンブル中心である。
B-2.ジー・エイント・アイ・グッド・トゥ・ユー
レッドマンの編曲で、ソロ・オーダーはスミス(Tp)⇒パリス(Tp)⇒カーター(As)⇒レッドマン(Vo)だという。テーマ部分のソロはスミスで美しい音色である。続くオープンのソロはパリス、続くカーターのソロも見事、解説に拠るとこの時期カーターは全てのサックス奏者の目標になっていたという。我がホークの活躍はない。
B-3.ザ・ウェイ・アイ・フィール・トゥディ
レッドマンの編曲で、ソロ・オーダーはジョーンズ(Tb)⇒スミス(Tp)⇒レッドマン(Vo)⇒ホーキンス(Ts)。短いからかもしれないが、ジョーンズもスミス、ホーキンスに引けを取らない吹奏ぶりだと思う。
B-4.ミス・ハナ
ソロ・オーダーは、レッドマン(As、Vo)⇒パリス(Tp)⇒カーター(Cl)⇒ホーク(Ts)。このB面すなわちニュー・ヨーク録音面では、レッドマンはこの曲しかソロを取っていない。その理由を聞かれたレッドマンは「私は、ベニー・カーターのように演奏できるとは思っていないからだ」と語ったという。ここで聴かれるカーターのクラリネット・ソロは彼の代表作の一つと言われているという。また、アームストロング直系と言われるパリスのソロも素晴らしい。シュラー氏はこれらに全く触れず、チューバのビリー・テイラーの華麗なプレイによって、ジャズ・レコードでの最低音D♭が披露されていると記載している。
B-5.ホェアエヴァ・ゼアズ・ア・ウィル・ベイビー
こちらは2日後の11月7日の録音。M.K.C.P.のメンバー以外について変動があるかどうかは不明。ソロ・オーダーはパリス(Tp)⇒レッドマン(Vo)⇒ホーク(Ts)。ホークは少々粗削りな面もあるが、後の男性的な持ち味を先取りするような堂々たるソロを展開している。

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