フルネーム:コールリッジ・ジョージ・エマーソン・グード(Coleridge George Emerson Goode)
1914年11月29日ジャマイカ・キングストン生まれ。
2015年10月2日イギリス・ロンドンにて死去。
『ジャズ人名辞典』未収録
父親はジャマイカでクラシック合唱団長兼オルガニストであり、母親は合唱団で歌っていた。
1934年にグラスゴーの王立工科大学に入学し英国に来た。
クラシック・ヴァイオリンを学んでいたが、イギリスでカウント・ベイシー、デューク・エリントン、
ビリー・ホリデイ、ルイス・ジョーダンなどの音楽を聴き、ジャズに転向しベースを始めた。
エンジニアとなってジャマイカに戻る予定を変更し、音楽のキャリアを積むことを決意した。
キャリアの初めはウォルター・ペイジ、スラム・スチュワート、ジミー・ブラントンなどを聴いていたという。
1942年にロンドンに移住し、ジョニー・クレス、エリック・ウィンストン、ローデリック・ケイトン、ディック・カッツと仕事をし、
レイ・エリントン・カルテットの創設メンバーとなった。
その後ティト・バーンズの六重奏団で演奏していたが、1958年にハリオットの新しいバンドに招かれた。
1960年代から1970年代にかけてはピアニスト兼作曲家のマイケル・ギャリックと幅広く仕事をした。
90代になってもジャム・セッションなどに参加し、演奏を続けていたという。
1946年のジャンゴ・ラインハルトの録音に名前が見える。
“Reinhardt & Grappelly”(Crescendo GNP-9001)