本名:リチャード・デュラント・キャリー(Richard Durant Cary)
1916年7月10日コネチカット州ハートフォード生まれ。
1994年4月6日カリフォルニア州グレンデールにて死去。
ハイ・スクール時代は、シンフォニーでヴァイオリンを弾いていたという。
1938年ウェズリアン大学で音楽の学士号を取得し、コネチカット州とニューヨーク州で働き始めた。
1941年から1943年にかけてニューヨーク市グリニッチ・ビレッジのニックスでフル・タイムのソロ活動を始め、1942年にはジョー・マーサラと共演した。
1943年にはベニー・グッドマンのスタッフ・アレンジャーとしても働き、カサ・ロマ・オーケストラやブラッド・ゴーワンズと共演した。
1944年から1946年にかけてロング・アイランドに駐留していた陸軍に勤務中、マグシー・スパニアーやワイルド・ビル・デイヴィソンらとレコーディングを行った。
除隊後はビリー・バターフィールドと活動し、1947年から1948年にかけてはルイ・アームストロングのオールスターズの結成当初ピアニストを務めた。
1949年から1950年にかけてジミー・ドーシーのオーケストラに所属し、1950年代にはエディ・コンドン、ピー・ウィー・ラッセル、
マックス・カミンスキー、バド・フリーマン、ジミー・マクパートランドらと共演し、
1957年からはニューヨークのヘンリー・ハドソン・ホテルでボビー・ハケットと長年に渡りコンビを組んだ。
1959年にロサンゼルスに移り、そこでフリーランス、ツアーミュージシャン、スタジオミュージシャンとして活躍した。
マグシー・スパニアの1944年の録音に名前が見える。
「栄光のコンドン・ジャズ」(XM-34-MSD)
「エディ・コンドン・オール・スターズ 1944」(UPS-2255〜59-B)
"Muggsy Spanier/Pee Wee speaks"(History 20.3005-HI)