ディジー・ガレスピー 1942年

Dizzy Gillespie 1942

チャーリー・パーカーと共にビ・バップを牽引するディジー・ガレスピーだが、1941年キャブ・キャロウェイ楽団を退団し、レス・ハイト楽団に加入する。そして「ミントンズ・プレイハウス」や「クラーク・モンローズ・アップタウン・ハウス」などにおけるジャム・セッションで腕を磨いていた。またこの年にはパーカーとも再開し、お互い仲間として理解するようになっていたと言われます。パーカーがジェイ・マクシャンのバンドなどにおいて、十分とは言えないまでも将来を予測されるような演奏の記録を残している傍ら、ディズが参加したこの年のレコーディングはこれしか見当たらない。

「MCAブルースの古典」レコード・ボックス

<Date&Place> … 1942年2月9日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ピート・ブラウン・アンド・ヒズ・バンド(Pete Brown and his Band)

Bandleader & Alto saxピート・ブラウンPete Brown
Trumpetディジー・ガレスピーDizzy Gillespie
Clarinetジミー・ハミルトンJimmy Hamilton
Pianoサミー・プライスSammy Price
Bassチャールズ・ドレイトンCharles Drayton
Drumsレイ・ネイサンRay Nathan
Vocalヘレン・ヒュームズHelen Humes

<Contents> …「MCAブルースの古典」(MCA VIM-21)&「Jazz , jive and Jump」(MCA 3519-20)

「MCAブルースの古典」Record2. B-7.ゴナ・バイ・ミー・ア・テレフォンGonna buy me a telephone
「Jazz , jive and Jump」Record1. A-6.アンラッキー・ウーマンUnlucky woman
「MCA Jazz , Jive , Jump」レコード・ジャケット

歌手のヘレン・ホームズは混じりけないブルース・シンガーというわけではないが、若いころからブルースを歌っていた。そしてこの日のヒュームズは彼女の最高のパフォーマンスを示したという。

「ゴナ・バイ・ミー・ア・テレフォン」
やはりディジー・ガレスピーの参加が目を引くがソロもなくこの頃は未だ特別な存在ではなかったのだろう。ブラウンがリードするアンサンブルで始まる。ヴォーカルの後のソロは、ハミルトン(Cl)、ブラウンが3コーラス、ホンカー的なソロを取る。
「アンラッキー・ウーマン」
このレコーディングのプロデューサー、評論家のレナード・フェザーの作で元々はリナ・ホーンに歌わせる予定だったという。ヒュームズの歌唱は堂々たる出来栄え。ディズのソロはなく、ソロを取るのはリーダーのブラウンのみである。

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