デューク・エリントン 1926年

Duke Ellington 1926

1926年という年はエリントンにとって極めて重要な年となった。
まず、柴田浩一氏の『デューク・エリントン』(愛育社)によれば、1926年に入っても「ケンタッキー・クラブ(ハリウッド・カフェ改め)」との契約は続き、前年25年にはニューヨーク最高のCl奏者兼Ts奏者のプリンス・ロビンソン(21歳)の獲得に成功していました。続けてこれも当時最高のTb奏者ジミー・ハリソン(25歳)の獲得にも成功します。これはエルマー・スノウデンのバンドとの争奪戦でしたが、一旦勝ったかに見えましたが、結局は両名ともスノウデンのもとに走ってしまいます。
しかしロビンソンは26年中はエリントンの下で録音に参加していますし、ハリソンも1月の録音には参加しています。両名が一緒に移ったわけではなかったのでしょう。その辺りのことは時系列で追っていきましょう。

デューク・エリントン BYG盤 レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1920年代録音

<Personnel> … デューク・エリントン(Duke Ellington)

Pianoデューク・エリントンDuke Ellington

<Contents> … ”Archive of Jazz/Duke Ellington”(BYG 529.071)

A面1.ジグ・ウォーク (Jig walk)
前述の柴田氏は、「この年エリントン初のソロ・レコーディング“Jig walk”が評判となった」と書いています。初期の貴重な音源を収録しているBYG盤“Archive of jazz Duke Ellington”でもA面1曲目に収録されています。しかし録音日の記載がありません。フランス盤なのでフランス語で“annees 20”と書いてあります。1920年代のいつかということらしい。Ellingtoniaのディスコグラフィーにはこの曲自体の記載がありません。
まず録音がひどく聴きづらいです。多分SP盤をかけてその音を収録したものでしょう。ピアノ・ソロということになっていますが、所々キメの処にドラムそれもスネアだけが入っています。実に不思議なタイミングに入るこのスネアがなければもっといい演奏になったと思います。演奏を聞いた感じではラグタイムというよりはストライド・ピアノという感じで、J・P・ジョンソン、ウィリー・“ザ・ライオン”・スミスに憧れたというエリントンらしい演奏だと思うます。

さてバンドとしての録音ですが、これが各録音データの記載がかなり異なり、面倒な状況にあります。
先ずその録音日についてです。
曲名
History CDBYG盤Ellingtonia初期のジャズ
Georgia grindCD1-5 1926年3月B面3.1926年3月1926年3月記載なし
Parlor social stompCD1-6 1926年3月B面4.1926年3月1926年3月記載なし
“Wanna go back again”bluesCD1-7 1926年1月4日収録無し1926年3月30日1926年4月
If you can't hold the man you loveCD1-8 1926年1月4日収録無し1926年3月30日1926年4月

まず[Georgia grind]と[Parlor social stomp]については3者の記載する録音日が同じであり、パーソネルは少し異なる。下記のパーソネルはHistory CDとBYG盤のもので両者は全く同じである。Ellingtoniaでは、Cl&Tsでプリンス・ロビンソンが加わっており、ドラムのソニー・グリアのクレジットがない。

デューク・エリントン History CDボックス

<Date & Place> … 1926年3月 ニューヨークにて録音

<Personnel> … デューク・エリントンズ・ワシントニアンズ(Duke Ellington's Washingtonians)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetハリー・クーパーHarry Cooperルロイ・ルートリッジLeroy Rutledge
Tromboneチャーリー・アーヴィスCharlie Irvis
Clarinet & Alto saxドン・レッドマンDon Redman
Alto sax & Baritone saxオットー・ハードウィックOtto Hardwick
Bonjoフレッド・ガイFred Guy
Tubaヘンリー・エドワーズHenry Edwards
Drumsソニー・グリアSonny Greer

<Contents> … ”Archive of Jazz/Duke Ellington”(BYG 529.071)&”The Duke”(History 204140-302)

ジョージア・グラインドGeorgia grindBYG B面3History CD1-5
パーラー・ソーシャル・ストンプParlor social stompBYG B面4History CD1-6
ガンサー・シュラー著『初期のジャズ』

問題は[“Wanna go back again”blues]と[If you can't hold the man you love]である。1月、3月、4月と3者とも異なるのである。そして始末に困るのはパーソネルも異なるのである。
まず、History CDでは上記パーソネルに、ジミー・ハリソン(Tb&Vib)、プリンス・ロビンソンとジョージ・トーマス(共にCl&Ts)が加わるとしているのに対し、Ellingtoniaではジミー・ハリソンとジョージ・トーマスのクレジットはない。シュラー氏は珍しくバンド・メンバー全員の名前を上げているが、その記載はHistory CDと一致する。ガンサー・シュラー氏は[Georgia grind]と[Parlor social stomp]については全く記載せず、この録音から1926年のエリントンの記載を始めている。シュラー氏は珍しくパーソネル構成から解説を始めている。それによればこの時期のエリントン・バンドの正式楽員は、次のようなものだという。
Piano & Band leader … Duke Ellington
Tp … Bubber Miley
Alto & Baritone Sax … Otto Hardwick
Tb … Charlie Irvis
Banjo … Fred Guy
Tuba … Bass Edwards
しかしジネットへの1926年4月の録音のために、
Trombone & vocal…ジミー・ハリソン Jimmy Harrison
Reeds … Don Redman、George Thomas、Prince Robinson
Tp … Harry Cooper、Leroy Rutledge
を追加した。何らかの都合でTpのBubberが録音に参加できなくなり、代役として入ったのが、Harry Cooperであるというのである。
もちろん僕にはどの記載が正しいのかを判断する材料はないが、自分なりに推測すると、まずジミー・ハリソンがエリントン楽団で演奏を残したのはこの2曲だけである。柴田氏の記載を考えれば、ハリソンはこの時期だけ加わって直ぐに抜けたのであろう。History CDでは、Tb及びVibにジミー・ハリソンが加わったとあるがVibの音はさっぱり聴こえない。
ヴォーカル入りであるがEllingtoniaによればドラムのソニー・グリアという記載がある。そういえばグリアは歌が得意だった。しかしジミー・ハリソンも歌はうまいのである。シュラー氏は、Historyのジミー・ハリソン…Tb&Vibは誤りで、正しくはTb&Vo、ここで歌っているのはジミー・ハリソンだとしている。さらにジミー・ハリソンは、粟村政昭氏が「トロンボーンを文字通りのソロ楽器たら占めた偉大なるパイオニア」と非常に高く評価しているイノヴェイターである。
[“Wanna go back again”blues]と[If you can't hold the man you love]については、シュラー氏に敬意を表して以下のような録音データとしておこう。シュラー氏は、ハリソンはその輝かしいキャリアを開始したばかりであり、クーパーは短期間ベニー・モーテンのバンドで演奏した体験の持ち主、レッドマンはフレッチャー・ヘンダーソン楽団を皮切りに編曲家として大きな影響力を行使し始めていた。こうした前途有望な奏者が勢ぞろいしたものの、この2面の録音は、3年前に同じジネット社に吹き込まれたキング・オリヴァー・アンド・クレオール・ジャズ・バンドの模倣する試みに終始してしまっていると手厳しい。

デューク・エリントン History CD1ジャケット

<Date & Place> … 1926年1月〜4月 ニューヨークにて録音

<Personnel> … デューク・エリントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Duke Ellington and his Orchestra)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetハリー・クーパーHarry Cooperルロイ・ルートリッジLeroy Rutledge
Tromboneチャーリー・アーヴィスCharlie Irvisジミー・ハリソンJimmy Harrison
Clarinet & Alto saxドン・レッドマンDon Redman
Clarinet & Tenor saxプリンス・ロビンソンPrince Robinsonジョージ・トーマスGeorge Thomas
Alto sax & Baritone saxオットー・ハードウィックOtto Hardwick
Bonjoフレッド・ガイFred Guy
Tubaヘンリー・エドワーズHenry Edwards
Drumsソニー・グリアSonny Greer

<Contents> … ”The Duke”(History 204140-302)

CD1-7ウォナ・ゴー・バック・アゲイン・ブルース“Wanna go back again”blues
CD1-8イフ・ユー・キャント・ホールド・ザ・マン・ユー・ラヴIf you can't hold the man you love

[Georgia grind]&[Parlor social stomp]
上でも述べたが、Ellingtoniaにはドラムのソニー・グリアの名前がない。確かに僕の聴いた感じではドラムの音は聞こえない。2曲ともリズムをバンジョーとチューバが強力に支えている。ヘンリー・エドワーズとフレッド・ガイの力量侮るべからずである。
僕はフレッチャー・ヘンダーソンの方を先に聴いてきたので、2曲ともヘンダーソンのバンドに近い感じがする。

[“Wanna go back again”blues]&[If you can't hold the man you love]
この2曲についてはシュラー氏が詳細に解説している。2曲ともヴォーカル入りだが、声質からするとグリアではなくハリソンのような気がする。

“Wanna go back again”blues
この曲には、その後のエリントンの作品にしばしば忍び込むことになる郷愁の思いをそそる汽笛の模倣が初めて登場する。ハードウィックのBsとアーヴィスの、わずかながら唸り声の一音を交えたどこか優しいTbを前面に出したところもある。しかしながら全体として、これらの録音の響きは、ジェリー・ロール・モートンやキング・オリヴァーのバンドよりも当時の白人のいくつかのバンドに類似した音がする。

「イフ・ユー・キャント・ホールド・ザ・マン・ユー・ラヴ」譜例1

If you can't hold the man you love
このTp二重奏(譜例1)は、オリヴァーとサッチモのスタイルの演奏であるが、彼らの典雅にして正確な様式が欠落している。
またこれにはアウト・コーラスで同様のフルバンドによる集団演奏の響きが含まれているが、クレオール・ジャズ・バンドの持つ繊細さが伴わず、ビート感もより希薄である。
エリントンの持ち味の萌芽を探しても、なかなか見当たらない。エリントンの初期の特徴であるリードとブラスの固有な分離が時折うかがえる程度である。
エリントンが後年頻繁に使うことになる独特のコード進行[B♭⇒G♭7⇒B♭⇒B♭7]も登場する。ただしこれはエリントンの独創ではないし、全面的に新しいものでもない。

さて次なるレコーディングは約2か月後、マイレイが復帰して、Ellingtoniaによれば6月21日Washingtonians名義で「アニマル・クラッカーズ」、「リル・ファニア」の2面分を同じくジネット社に吹き込んでいる。

デューク・エリントン History CD1ジャケット

<Date & Place> … 1926年6月21日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … デューク・エリントンと彼のワシントニアンズ(Duke Ellington and his Washingtonians)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetババー・マイレイBubber Mileyチャーリー・ジョンソンCharlie Johnson
Tromboneジョー・ナントン或いはチャーリー・アーヴィスJoe Nanton or Charlie Irvis
Clarinet & Tenor saxプリンス・ロビンソンPrince Robinson
Alto sax & Baritone saxオットー・ハードウィックOtto Hardwick
Bonjoフレッド・ガイFred Guy
Tubaヘンリー・エドワーズHenry Edwards
Drumsソニー・グリアSonny Greer

以上はHistory CD記載のパーソネル。この2曲もBYG盤には収録されておらずデータの記載はない。Ellingtoniaでは
Tromboneはチャーリー・アーヴィスではなくジョー・ナントン(Joe Nanton)。
Clarinet&Alto saxにハーヴェイ・ブーン(Harvey Boone)なる人物が加わる。
Tubaはヘンリー・エドワーズではなくマック・ショウ(Mack Shaw)。
とかなり異なる。
シュラー氏は、この曲の録音は、先に挙げた本来のエリントン・バンド6名にチャーリー・ジョンソン(Tp)、プリンス・ロビンソン(Cl & Ts)だけを加えたメンバーで行われたとする。
一方柴田浩一著『デューク・エリントン』によれば、6月にチャーリー・アーヴィスがバンドを去る。ハーレムの「スモールズ・パラダイス」に出演していたチャーリー・ジョンソンのバンドに入団するためだった。そこでデュークは新しいTb奏者ジョー・“トリッキー・サム”・ナントン(22歳)を加える。ナントンはグロウル・プレイを発展させ、さらにマイレイの持つ技術を習得した。そしてエリントン・ミュージックの基礎ともいえる「ジャングル・スタイル」をマイレイとともに完成させるのである。ナントンは46年に亡くなるまでデュークのバンドに在籍した、と。
柴田氏はナントンの加入時期を記載していない。焦点はTbがナントンかアーヴィスかというところだろうが、僕には判断できないので2つの説を紹介するに留めよう。
Clarinet&Alto saxのハーヴェイ・ブーン(Harvey Boone)、Tubaのマック・ショウ(Mack Shaw)説はEllingtoniaだけの記載。Trumpetのチャーリー・ジョンソンはチャーリー・アーヴィスの移動先のバンド・リーダーではないであろう。バンド・リーダーンのジョンソンはピアニストである。まぁよくある名前ではあるので、そういう名のトランぺッターがいたということにしよう。

<Contents> … ”The Duke”(History 204140-302)

アニマル・クラッカーズAnimal crackersBYG 収録なしHistory CD1-9
リル・ファニアLi'l FarinaBYG 収録なしHistory CD1-10
「アニマル・クラッカーズ 譜例2

詳しい曲の解説はシュラー氏がしている。
「これらの録音は曲自体は目立たない典型的なミュージック・ホール的作品であるが、前よりは際立った特色を備えている。エリントンのピアノが当時はだらしなくぞんざいなパーティー・ピアノめいたものであり、彼とバンドの特定の楽員がテンポが走る傾向があることを暴露している。しかし一方で、より明確な(おそらく練習を積んだ)アンサンブル奏となかんずくマイレイの一流のソロも披露している。
マイレイのプランジャーとグロウルの技法についてはこれまでたくさんのことが書かれてきた。しかしそういった音色だけの他に音使いの観点から見ても大変独創的であったという事実にはあまり言及されてこなかった。
「アニマル・クラッカーズ」の冒頭の2小節における大胆な音程の跳躍や、その後ソロの第25小節におけるD♭音(♭5度に当たる)や、B♭音(伴奏部の長3度のB?音と衝突する短3度音)、に注目してほしい(譜例2A及び2B)。マイレイはこのソロではグロウルやプランジャーをごく控え目にしか使っていない。テンポが少し走るところは残念だが、このことが演奏のこの個所に向こう見ずで陽気な気分を与えてもいるわけで、シュラー氏にとってみれば、余り特徴のない残りの部分よりもはるかに好ましく聴こえるということになる。
「アニマル・クラッカーズ」、「リル・ファニア」の2曲はたまたま同じテンポで演奏されているが、前者の方がリズム面でより不安定でアンサンブルとソロの楽句ではテンポが変化する。前者がモタリ気味あり、後者では走り気味である。シュラー氏の見るところでは、バンドのリズムの安定とスイング感という意味では、ベースに稀代の天才ベーシストジミー・ブラントンが加入するまでエリントン楽団の強みではなかった。

シュラー氏は次の録音を「レイニー・ナイト(Rainy night)」と「チュー・チュー(Choo-choo)」の2曲であるとするが、この2曲はEllingtoniaのディスコグラフィーでも、History盤CDセットの録音データでも、BYG盤のレコード記載のデータでも一様に1924年11月録音と記載されている。多数決というわけではないが、この2面分は1924年11月の録音としておこう。

前述したようにこの年の6月時期は不明だが、チャーリー・アーヴィスがハーレムの「スモールズ・パラダイス」に出演しているチャーリー・ジョンソンのバンドに入団するためにエリントン・バンドを辞す。そこでエリントンはトロンボーン奏者ジョー・”トリッキー・サム”・ナントンを加入させる。ナントンはアーヴィスのグロウル・プレイを発展させ、さらにマイレイの持つ技術を習得する。そしてエリントン・ミュージックの基礎ともいえる”ジャングル・スタイル”をマイレイと共に完成させる。
夏、エリントンは生涯のテーマともいえる「黒と褐色の幻想」(Black and tan fantasy)と初期のバンドのテーマ曲「イースト・セントルイス・トゥードル・オー」をマイレイと共作した。
秋、アーヴィング・ミルズとの邂逅がエリントンに一大転機をもたらすことになる。この商才に長けた男は兄ジャック、作曲家ジミー・マクヒューと共同で音楽出版者を経営していた。彼はエリントンの作曲したものを売ったりしている内に、マネージャー、プロモーター、出版社を兼務することを申し出るのである。音楽活動に専念したいデュークはこれを受け入れ、二人の関係は39年春まで続くことになる。ミルズの手腕は以後明になってくるが、「コットン・クラブ」専属出演、映画出演、大手レコード会社との録音契約を次々と結び、エリントンの曲に自作の詞を付けた楽譜を売り出す。白人のミルズがエリントンのマネージャーをすることによって、エリントンの白人社会への売り込みが成功していくことになるといえるでしょう。
さてエリントンの次の録音に戻ろう。Ellingtoniaのディスコグラフィーによれば次の録音はこれもジネットに2曲録音している。

Byg盤B面ラベル

<Date & Place> … 1926年10月14日(BYG盤では10月10日) ニューヨークにて録音

<Personnel> … アルバータ・ジョーンズ・ウィズ・ザ・エリントン・ツゥインズ(Alberta Jones with the Ellington Twins)

Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
Alto saxオットー・ハードウィックOtto Hardwick
Vocalアルバータ・ジョーンズAlberta Jones

<Contents> … ”Archive of Jazz/Duke Ellington”(BYG 529.071)

B面5.ラッキー・ナンバー・ブルースLucky Number blues
B面6.アイム・ゴンナ・プット・ユー・ライト・イン・ジェイルI'm gonna put you right in jail

この2曲はBYG盤には収録されているがHistoryCDには収録されていない。BYG盤では10月10日録音と記載されているが、アルバータ・ジョーンズのディスコグラフィーを見ると10月14日が正しいようだ。
B面5.ラッキー・ナンバー・ブルース
ゆったりとしたナンバー。ハードウィックがオブリガードにソロに活躍している。音の悪いのが残念。
B面6.アイム・ゴンナ・プット・ユー・ライト・イン・ジェイル
こちらもゆったりとしたナンバー。この2曲を聴くと実はハードウィックは中々のソロイストだということが解る。

柴田浩一著『デューク・エリントン』

この年の末にトランペットにルイ・メトカフが加わり次の11月29日の録音からその名前が見られるようになる。この11月29日の録音では、柴田氏もシュラー氏も認めるこの時期の重要楽曲の一つ「イースト・セント・ルイス・トードル・オー(East St. Louis toodle-O)」が吹き込まれる。

<Date & Place> … 1926年11月29日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … デューク・エリントン・アンド・ヒズ・ケンタッキー・クラブ・オーケストラ(Duke Ellington and his Kentucky club orchestra)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetババー・マイレイBubber Mileyルイ・メトカフLouis Metcaff
Tromboneジョー・ナントンJoe Nanton
Clarinet & Tenor saxプリンス・ロビンソンPrince Robinson
Alto sax & Baritone saxオットー・ハードウィックOtto Hardwick
Bonjoフレッド・ガイFred Guy
Tubaヘンリー・エドワーズHenry Edwards
Drumsソニー・グリアSonny Greer

以上はHistory CD記載のパーソネル。この2曲もBYG盤には収録されておらずデータの記載はない。Ellingtoniaでは
Clarinet&Alto saxはプリンス・ロビンソンではなく不明(Unknown)とし、
アルト・サックスにエドガー・サンプソン(Edgar Sampson)が加わり、
Tubaはヘンリー・エドワーズではなくマック・ショウ(Mack Shaw)であるとしている。

<Contents> … ”The Duke”(History 204140-302)

CD1-11イースト・セント・ルイス・トードル・オーEast St. Louis toodle-O
CD1-12バーミンガム・ブレイクダウンBirmingham breakdown
CD1-13イミグレイション・ブルースImmigration blues
CD1-14ザ・クリーパーThe creeper

この辺りの録音については、EllingtoniaのディスコグラフィーとHistoryのCDでは、データが異なっている。Ellingtoniaでは、CD1-13イミグレイション・ブルースとCD1-14ザ・クリーパーは、12月29日の録音となっている。
このEllingtoniaとHistoryCDの記載の相違は僕には判断できないので、こういう記載があるということだけを記しておこう。

譜例4

CD1-11イースト・セント・ルイス・トードル・オー
さてこの重要曲についてはシュラー氏が詳細な分析を行っている。僕が初期エリントンに興味を持つきっかけとなった曲なのでことさら興味深い。しかし僕が初期エリントンに興味を持つきっかけとなったこの曲がババー・マイレイのものだというシュラー氏の指摘には驚いた。
「この曲の主題はマイレイの最良の旋律を再現している。メロディ・ラインはごく単純で、ミュートとグロウルの技法の使用を除くと、本物の民謡のように響き、この主題の素材は当時の「共有された音楽的知識」であったと言えるかもしれない。
しかしながら我々の注意を一番引き付けるのは、このメロディに対する印象的な伴奏のつけ方なのである。
というのは、エリントンが、マイレイのTpの背後に、マイレイの吹くメロディ・ラインにとって枠組みにも対照にもなるサックスとチューバのうめくような、持続的な楽句を配置しているからである(譜例4)。これはシュラー氏曰く≪エリントン効果≫と呼ばれてきたもののまさに典型である。この≪エリントン効果≫は通例もっぱらエリントンの功績に帰せられてきたが、上述の内容から、少なくとも初期においてはマイレイの貢献が多大であることは明らかである。譜例4にみられるように、そうした効果はしばしばエリントンと彼の楽員たちの共同の創造物であったかもしれない。もちろんこれらの様式上の発展を促進したり、制限したりする権限はエリントンにあった。バンドの初期の時代、エリントンが手元にある素材の用法を学習している時期に、バンドのスタイルを形成するうえで、楽員たちに主導権を与えたのは、彼のリーダーとしての才能と見識の証である。エリントンがこの段階において奏者たちに大変依存していたし、そのことを奏者たちも知っていたことは、録音からも、同時代の音楽家たちの発言からも明らかである。バンドの楽員たちの個々の貢献や感情よりもバンドを優先させるために、バンドの中に力強い誇りと団結心を育てたのはもちろんエリントンの功績である。エリントンは、楽員たちとの共同作業を通じて、バンドが有する瞠目すべき音の集合体を、より純粋に作曲的な手法で使うことができるようになるのである」。
エリントンは、後にこの初期のバンドのテーマ曲「イースト・セントルイス・トゥードル・オー」を後に様なレコード会社に吹き込んでいくのである。因みにこの曲1926年度ヒット・チャートの第31位にランクされている。26年度に録音したのはこのヴォカリオン盤だけなのでこの演奏が受けたことになる。シュラー氏はこの曲とCD1-12バーミンガム・ブレイクダウンを翌年に行われた他社録音と比較して論じているので、1927年の項でまとめて記載したい。
CD1-13イミグレイション・ブルース
シュラー氏は、「マイレイの最高のソロの一つを含んでいる。マイレイは大変想像力に富むやり方でグロウルとプランジャーの技法を同時に使用し、最後のコーラスではほとんどおしゃべりを思わせるような汚らしくも心に沁みとおる音色で演奏している。またナントンの感動的なソロがあり、エドワーズも熱くて歌心のあるチューバ演奏を行う」と評価が高い。僕には夫^・ハードウィックの吹くアルトがジョニー・ホッジスに聴こえて仕方ない。
CD1-14ザ・クリーパー
シュラー氏は、「一部『タイガー・ラグ』に基づく元気な曲。ここにもナントンの優れたソロとハードウィックの独特のソロが登場する」と書いている。確かに元気のよい曲でエンディングは集団即興的展開となるが、ディキシー・スタイルを感じさせないところがこの時代では新しいところなのであろう。

柴田氏によるとこの年の暮れに16歳でアルト・サックスとクラリネットを吹く少年ハリー・カーネイが入団してくる。エリントンは彼をバリトン・サックスの選任とする。カーネイはこの時から死ぬ位まで48年間の長きに渡ってエリントンと行動を共にすることになる。

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