デューク・エリントン 1934年

Duke Ellington 1934

柴田浩一『デューク・エリントン』

柴田浩一氏は『デューク・エリントン』で、1934年のデュークについて短く次のように記す。「世の中の不況をよそに、パラマウント映画『絢爛たる殺人』“Murder at the vanities”にオーケストラで出演したのに続き、同じく映画『罪じゃないわよ』“Belle of the Nineties”に出演。5月にフレディ・ジェンキンスが去って、Tpセクションにはレックス・スチュワートが加わった」とまとめている。
初めにメンバー交代の方だが、フレディ・ジェンキンスはHistoryでは5月の録音から名前が消えているが、Ellingtoniaでは10月の録音まで名前が残っているし、レックス・スチュワートに関してはHistory、Ellingtoniaでも初の録音参加は1935年1月である。
次に2本の映画出演というのは人気の高さを物語っているが、それよりもマネージャー、アーヴィング・ミルズの剛腕さを示唆している。そして柴田氏は翌1935年の項に、「翌1935年にはパラマウントの短編”Symphony in black”に出演した」と記載するが、これは少し?である。そもそもこの”Symphony in black”はビリー・ホリデイが出演し、デュークの楽団が歌のバックを務めたことで有名な映画である。Billieの23枚組のレコード“Live and private recordings in Chronological order”のデータでも1935年3月12日ニュー・ヨークにて録音となっている。しかしEllingtoniaでは1934年10月初旬となっており、DVDでも1934年度作品となっているのである。この件も僕には判断しようがないので、そのまま記載しておこう。
この年も歌手が加わったり、メンバーも録音時に不在だったりするが、基本メンバーは下記で大きな移動はないので、以降移動があったら記載することにしよう。
またこの回も音源は、ビリー・ホリデイとの共演以外全てHistory社から出ている"The Duke"(History 204140 302〜204159 302)CD40枚組なので、コンテンツ表記は収録場所、曲名のみにする。

History盤CD 40枚組の7セット目

<基本形 Personnel> … デューク・エリントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Duke Ellington and his orchestra)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetアーサー・ウェッツェルArthur Whetselクーティ・ウィリアムスCootie Williamsフレディ・ジェンキンスFreddie Jenkins
Tromboneジョー・”トリッキー・サム”・ナントンJoe “Tricky Sam” Nantonローレンス・ブラウンLawrence Brown
Valve‐Tromboneファン・ティゾールJuan Tizol
Clarinet,Soprano,Alto & saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Clarinet , Alto & Bass saxオットー・ハードウィックOtto Hardwick
Clarinet & Tenor saxバーニー・ビガードBarney Bigard
Clarinet,Alto & Baritone saxハリー・カーネイHarry Carney
Banjo & Guitarフレッド・ガイFred Guy
String Bassウェルマン・ブラウドWellman Braud
Drumsソニー・グリアSonny Greer
Vocalアイヴィー・アンダーソンIvie Anderson
History盤CD 40枚組の14枚目

<Date & Place> … Ellingtonia、History共 1934年1月9、10日シカゴにて録音

<Personnel> … 前回録音(1933年12月4日)から移動分

Valve‐Trombone … Juan Tizol ⇒ out
Trumpet & Vocal … ルイ・ベイコンLouis Baconは引き続き参加
Otto Hardwickについては記載が異なる。Ellingtoniaは不参加、Historyは参加となっている。

<Contents> … RCA

CD14-19.デルタ・セレナーデDelta Serenade1月9日シカゴにて録音
CD14-20.ストンピー・ジョーンズStompy Jones1月9日シカゴにて録音
CD15-1.ソリチュードSolitude1月10日シカゴにて録音
CD15-2.ブルー・フィーリングBlue feeling1月10日シカゴにて録音
History盤CD 40枚組の8セット目

録音日は2日間だが同一セッションとみなしてよいだろう。
CD14-19.[デルタ・セレナーデ]
エリントン作のスロウでメロウなナンバー。アンサンブルのTpはミュートがかけられているが、実に柔らかい音を出している。ジャングル時代とは雲泥の差だ。
CD14-20.[ストンピー・ジョーンズ]
これもエリントン作で、ミディアム・テンポのスインギーなナンバー。ブラウドのベースが効いている。大活躍するClはビガードか?
CD15-1.[ソリチュード]
言わずと知れたエリントンの大名作。著書『デューク・エリントン』で柴田浩一氏は次のようなエピソードを紹介している。「レコーディング・スタジオに到着した時まだ4曲目の曲が出来ていなかった。幸い前の盤の録音が押していたため4曲目に取りかかった。スタジオのガラス窓にもたれながら書かれた曲は20分で完成し、すぐさまレコーディングされた。録音が終わると居合わせたすべての人間が感動していた。誰かが曲名を尋ねるとメロディーを吹いたアーサー・ホェッツェルが“ソリチュード”と答え、そのままタイトルになった。」
僕はこの“ソリチュード”に関しては他の逸話が心に残っている。それはビリー・ホリディの自伝“Lady sings the blues”で、第4章にこんな件がある。
「パパが初めて私の歌を、ハーレムのあるクラブで聞いた時は、(中略)。それはデューク・エリントンが『ソリチュード』を書いたばかりのころだった。ママは『ソリチュード』を錫のような高いベビー・ヴォイスで歌い出した〜。」
「レコーディングの直前に書いた」という記述と「デュークが書いたばかりのころ」というのはかみ合わない。レコードが発売されたばかりの頃か違う曲のはずである。
EllintoniaもHistoryもこの日は2曲しか録音していないという記載になっている。ここで4曲目というのは1月9日から10日にかけての録音だったことを示唆している。柴田氏が別の処で書いているようにこの時期はまだまだ不況を脱出できていない時期であり、レコーディングがそうたくさんあったとは思えないが、スタジオは押せ押せの状態だったのだろうか。
荘重なデュークのイントロに導かれて、あくまで静謐にメロディーが始まり、メロディー及びアドリブも必要最小限の表現で余韻を持たせる展開で心に沁み込んでくる。
CD15-2.[ブルー・フィーリング]
エリントン作のメランコリックなブルース・ナンバー。

Ellingtoniaによれば、HistoryのCDボックスには収録されていないが、デュークは2月末からロスアンゼルスにあり、パラマウント映画「絢爛たる殺人」“Murder at the vanities”のサウンドトラックの収録を行っている。この収録は2月26日、3月15、16、21、24、26日と約1か月間に渡って行われた。

<Date & Place> … Ellingtonia、History共 1934年4月12日ロスアンゼルス・ハリウッドにて録音

「絢爛たる殺人」ポスター
<Personnel> … 移動分

Trumpet & Vocal … ルイ・ベイコン ⇒ out
Clarinet , Alto & Bass sax … オットー・ハードウィック ⇒ out
これでEllingtoniaとHistoryは同じ記載となった。

<Contents> … RCA

CD15-3.エボニー・ラプソディEbony rhapsody
CD15-4.カクテルス・フォー・ツーCocktails for two
CD15-5.ライヴ・アンド・ラヴ・トゥナイトLive and love tonight
そして、レコードのためのレコーディングは、4月12日ロスアンゼルにてRCAヴィクターに行われる。これが次のHistory収録音源である。
この3曲はいずれもハリウッド映画「絢爛たる殺人」の中の挿入歌で、アーサー・ジョンストンとサム・コスロウの作になる。映画の挿入歌をレコード用として録音し直したものではないかと思う。いずれもどこかで聞いたことのあるメロディーである。全て柔らかなアンサンブルに終始しており、スイング時代のスイート・ナンバーのようだ。CD15-3.「エボニー・ラプソディ」はアイヴィー・アンダーソンのヴォーカル・ナンバー。

4月17日〜5月9日までの録音は、映画『罪じゃないわよ』“Belle of the Nineties”に関する録音となる。

<Date & Place> … Ellingtonia、History共 1934年4月17、23日 ロスアンゼルス・ハリウッドにて録音

「罪じゃないわよ」ポスター

<Personnel> … メエ・ウエスト・ウィズ・デューク・エリントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Mae West with Duke Ellington and his orchestra)

Vocal … メエ・ウエスト(Mae West)
ファン・ティゾール(vTb)とオットー・ハードウィック(Cl,As&bsx)が戻る。これでEllingtoniaとHistoryは同じ記載である、最初に掲げた基本形パーソネルとなった。

<Contents> … RCA

CD15-6.アイ・メット・マイ・ウォータールーI met my Waterloo4月17日
CD15-7.マイ・オールド・フレイムMy old flame4月23日
CD15-6.[アイ・メット・マイ・ウォータールー]
この曲もアーサー・ジョンストンとサム・コスロウの作なので、一連の映画関連の曲かもしれない。この曲はヴォーカルは入っていない。
CD15-7.[マイ・オールド・フレイム]
この曲もアーサー・ジョンストンとサム・コスロウの作で映画『罪じゃないわよ』“Belle of the Nineties”挿入歌。主演のメエ・ウエストが歌っている。覚えやすいメロディーで現在でもたまに演奏されるスタンダード・ナンバー。これが初演である。メイ・ウエスト(Mae West)は1893年生まれのアメリカのセクシーさを売りにした美人女優で歌も歌う。
Historyでは4月23日録音となっているが、Ellingtoniaでは3月24日録音となっている。

<Date & Place> … Ellingtonia、History共 1934年5月9日 ロスアンゼルス・ハリウッドにて録音

<Personnel> … 移動分

Trumpet … フレディー・ジェンキンス ⇒ Out(Ellingtonia、History共通)
Clarinet & Alto sax … オットー・ハードウィック ⇒ マーシャル・ロイヤル(Marshall Royal)Historyのみ記載。

<Contents> … RCA

CD15-8トラブルド・ウォーターズTroubled waters
CD15-9マイ・オールド・フレイムMy old flame

両曲とも映画『罪じゃないわよ』“Belle of the Nineties”の挿入歌でアーサー・ジョンストンとサム・コスロウの作。History、Ellingtoniaとも5月9日録音となっている。
ヴォーカルは両曲ともアイヴィー・アンダーソン。「マイ・オールド・フレイム」をCD15-7と聴き比べるとこちらの方が全然良いと思う。

History盤CD 40枚組の15枚目

<Date & Place> … Ellingtonia…1934年9月13日、History …1934年9月12日 ニューヨークにて録音

<基本形Personnel>

<Personnel>…移動分

Trumpet … フレディー・ジェンキンス ⇒ 戻る  Ellingtoniaのみ記載。
Clarinet & Alto sax … マーシャル・ロイヤル ⇒ オットー・ハードウィック(Otto Hardwick) Historyのみ記載。

<Contents> … ARC

CD15-10.ソリチュードSolitude
CD15-11.サディスト・テイルSaddest tale
CD15-12.ムーン・グロウMoon glow
CD15-13.サンピン・バウト・リズムSumpin' bout rhythm

CD15-10.[ソリチュード]
2回目の録音。初回ではあったデュークのヴァ―スのピアノは無くなっている。ソロはカーネイがバス・クラリネットを吹いているようだ。一つの曲の発展形その1というところだろう。メランコリーさが一段と深くなった感じである。
CD15-11.[サディスト・テイル]
始めと終わりに語り風のヴォーカルが入るがこれはカーネイだという。As、Tpに続いてここでもバス・クラのソロが聴かれるがこれもカーネイであろう。
CD15-12.[ムーン・グロウ]
ウィル・ハドソン作のスタンダード・ナンバー。ゆったりとしたテンポで夢見るようなうっとりとする演奏である。
CD15-13.[サンピン・バウト・リズム]
エリントンの作。ミディアム・テンポのスインギーなナンバー。エリントンのソロが久しぶりに聴ける。AsとTpのソロもあるがアンサンブルを主体としている。

冒頭に触れたビリー・ホリデイとの共演録音は、1935年と解釈して1935年の回で取り上げます。理由は1934年としているのは、EllingtoniaとDVDのラベルだけであり、ビリーのレコード・ライナー、Web検索ではいずれも1935年となっていること。そして『奇妙な果実』によると1933年末の初吹込みの後、まずラジオ・ドラマ出演し、その後映画に出るようになった。映画のその他大勢に出してもらい、続いてデューク・エリントンをフューチャーした短編に役を得たとあるので、1934年10月だと1年も経っておらず、1935年3月なら時間的にあり得るかなと思うのです。因みに『奇妙な果実』には何年のことかは書かれていない。

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