アール・ハインズ 1923年

Earl Hines 1923

ロイス・デペ・セレネイダーズ 「ジャズ・ピアノの父」という意味で”ファーザー"という敬称が与えらるアール・ハインズは、1903年(1905年という記載あり)12月28日ペンシルヴァニア州ドゥケインで生まれた。その彼に最初にジャズ・ピアノを教えたのは、ピッツバーグの名手ジム・フェルマンとジョニー・ウォッターズという人物だったという。そして生まれ故郷近郊のピッツバーグにおいてトリオで演奏していたが、歌手のロイス・デュペの伴奏者となったという。
そのロイス・デュペの楽団在団時の録音である。ハインズにとっては初のレコーディングだった。時にハインズは1905年生まれとすれば17歳であり、1903年生まれとしても19歳である。さらにその時吹き込んだ「コンゲイン」はハインズの作だという。やはり早熟の天才だったのである。

[Earl Hines/Archive]レコード・ジャケット

<Date&Place> … 1923年10月3日 リッチモンドにて録音

<Personnel> … ロイス・デュペズ・セレネイダーズ(Lois Deppe's Serenaders)

Band leader & Vocalロイス・デュペLois Deppe
trumpetレオン・スモサーズLeon Smothers
Tromboneフランク・ブラスフィールドFrank Brassfield
Clarinet & Alto saxヴァンス・ディクソンVance Dixon
Alto saxハリー・ジャクソンHarry Jackson
Tenor saxチャールズ・ストナーCharles Stoner
Violinエメット・ジョーダンEmmett Jordan
Pianoアール・ハインズEarl Hines
Banjo? ダイソンDison
Tubaジョー・ワッツJoe Watts
Drumsハリー・ウィリアムズHarry Watts

<Contents> … "Earl Hines/Archive"(BYG 529090)

B-7.「コンゲイン」(Congaine)

アール・ハインズの作。ハインズのレコーディング・デビューとなる記念すべき作品。自作曲のバンド演奏でレコーディング・デビューするというのはかなり稀有なのではないだろうか?ただこの”Congaine”とはどう意味であろうか?初めて聴く言葉である。僕の持っている英和辞書には載っていないし、ググっても出て来ない。
アンサンブル中心のナンバーで、ソロを取るのはハインズのPのみである。バンマスのデュペがいかにハインズを高く買っていたかがわかる。そのハインズのソロはちょっとアクロバティックな感じのする堂々たるソロを披露する。やはり天才としか言いようがない。

[Earl Hines/Archive]A面

<Date&Place> … 1923年11月6日 リッチモンドにて録音

<Personnel> … ロイス・デュペズ(Lois Deppe)

Band leader & Vocalロイス・デュペLois Deppe
Pianoアール・ハインズEarl Hines

<Contents> … "Earl Hines/Archive"(BYG 529090)

A-5.ディア・オールド・サウスランドDear ols Southland
A-6.時には母のない子のようにSometimes I feel like a motherless child
B-5.イザベルIsabel
B-6.フォー・ザ・ラスト・タイム・コール・ミー・スィートハートFor the last time call me sweetheart

デュペの歌にハインズが伴奏を付けるデュオの録音である。

[Earl Hines/Archive]B面
A-5.「ディア・オールド・サウスランド」
シカゴなど北部に移住してきた黒人たちが南部を懐かしむ歌。ハインズのバッキングもうまく途中のソロでも聴かせる。
A-6.「時には母のない子のように」
沈鬱なムードのナンバー。ハインズのプレイは音数を少なくし情感を込めてデュペをバック・アップしている。17歳とは思えない。
B-5.「イザベル」
ヴォーカルのバッキングと言いソロと言いハインズは実に落ち着いた堂々倒したピアノ・プレイを披露する。
B-6.「フォー・ザ・ラスト・タイム・コール・ミー・スィートハート」
前曲同様落ち着いたプレイぶりだが、どうしたことか演奏が途中で途切れる。採取した元SPレコードに何らかの不具合があったのであろう。

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