「ジャズ・ピアノの父“Fartha”」と呼ばれる巨匠であるハインズは1903年(1905年という記載あり)12月28日ペンシルヴァニア州ピッツバーグ近郊のドゥケイン生まれ。生まれ故郷近郊のピッツバーグにおいてトリオで演奏していたが、1920年ごろ歌手のロイス・デュッペ(Lois Deppe)の伴奏者となった。そして1923年このデッペの伴奏者として初めてのレコーディングを経験している。写真右はハインズ(左)とデュッペ(右)。
1925年イリノイ州シカゴに移った。シカゴは当時はジャズの中心地であり、ジェリー・ロール・モートンとキング・オリバーの本拠地でもあった。ハインズはここでキャロル・ディッカーソンのバンドに加わり、ロサンゼルスへのツアーにも参加した。
さらにシカゴ黒人音楽家ユニオンの玉突き場でハインズはルイ・アームストロングと遭遇する。ハインズが21歳、ルイが24歳の時である。二人はユニオンにおいてあったピアノを一緒に演奏したそうで、ルイはハインズの前衛的な「トランペット・スタイル」のピアノ演奏に驚かされたという。こうして二人は意気投合し、一台の車を共有するまでになった。まさに天才、天才を知るである。ルイはハインズのいるキャロル・ディッカーソンのバンドに加わり、サンセット・カフェに出演するのである。
さらに1927年2月ディッカーソン楽団を辞め、アール・ハインズを音楽監督に据えたルイ・アーム・ストロングと彼のストンパーズを率いて、そのままサンセット・カフェに出演するのである。
そして4月二人の共演した初のレコードが吹き込まれる。
| Clarinet & Bandleader | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | ジェラルド・リーヴス | Gerald Reeves |
| Tenor sax | … | バーニー・ビガード | Barney Bigard |
| Piano | … | アール・ハインズ | Earl Hines |
| Banjo | … | バド・スコット | Bud Scott |
| Drums | … | ベイビー・ドッズ | Baby Dodds |
| B面5. | ウエアリー・ブルース | Weary Blues |
| B面6. | ニュー・オリンズ・ストンプ | New Orleans stomp |
| B面7. | ワイルド・マン・ブルース | Wild man blues |
| B面8. | メランコリー | Melancholy |
右は故ハナ肇しではなく、「ジャズ・ピアノの父」と呼ばれるアール・ハインズ。後にルイとジャズ史上に残る名コラボを行うルイとハインズの初共演である。
シュラー氏は、ルイが気力にかけた吹奏ぶりを示す一方ドッズは、自分のリーダーとしての録音だけに、ルイとの録音におけるよりも一段上の演奏を行っているという。僕にはルイの演奏が気力にかけているようには聴こえないのだが。ともかくドッズについてはまさに全盛期といわれるにふさわしい名演で、上記の「ジャズ・ピアノの父」ハインズ、テナーのバーニー・ビガードなど豪華というか興味深い顔ぶれが揃う。
しかしこのドッズの録音において、ルイの人生において様々な点で将来大きな意義を持つようになる二つの発展があるために、特筆すべきだとガンサー・シュラー氏は言う。
その一つはアール・ハインズとの最初の共演ということであり、もう一つは、ループ・ブルームのヒット曲「メランコリー(Melancholy)」を通じての、ティン・パン・アレイの感傷的で甘い世界とのルイの、録音における最初の出会いという点である。我々は、わずか数年後に彼の生活の糧となる、甘く、ささやくようなトランペット・スタイルの最初の兆しをここに聴くことができると言うのである。
僕はこの日のセッションでは、ハインズはソロ・スペースはそれほど多くないが存在感を示し、ルイはさすがの貫禄を見せつけているが、なんといっても素晴らしいのはClのジョニー・ドッズで彼のベスト・パフォーマンスの一つが記録されていると思う。
B面5.ウエアリー・ブルース
ニュー・オリンズ・ジャズの古典的ナンバー。素晴らしいニュー・オリンズ・ジャズである。各人のソロが聴けるが、特にドッズ、ハインズの力強いソロが印象に残る。もちろんルイもさすがの貫禄を示す。
B面6.ニュー・オリンズ・ストンプ
ルイの奥方、リル・アームストロングの作。コルネット中心のアンサンブルの後、ハインズ、ドッズ、ルイの素晴らしいソロが繰り出される。
B面7.ワイルド・マン・ブルース
22小節という変形ブルースでルイがジェリー・ロール・モートンと共作した曲だという。冒頭で油井氏が、ルイの第1期の終わりを告げるナンバーで単純な、しかも感動的な美しいブルース・ソロと述べたナンバー。確かに中心はルイで、どこが「気の抜けた」プレイなのだろう、自身に満ちた力強い素晴らしいソロである。続くドッズも音数を押さえながらじっくりと吹き込んでいく。この時代のベスト・トラックの一つではないかと思う。
B面8.メランコリー
マーティ・ブルームとウォルター・メルワースが共作したアンニュイな雰囲気のナンバーで、こちらはシュラー氏が言う「甘く、ささやくようなトランペット・スタイルの最初の兆し」というよりは、曲調に合わせて吹いた素晴らしいソロだと素直を受け取りたい。ドッズももちろん好調である。
| Cornet & Bandleader | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Cornet | … | 多分ビル・ウィルソン | Bill Wilson |
| Trombone | … | オノレ・デュトレー | Honnore Dutrey |
| Clarinet , Soprano sax & Alto sax | … | ボイド・アトキンス | Boyd Atkins |
| Alto sax & Baritone sax | … | ジョー・ウォーカー | Joe Walker |
| Tenor sax | … | アルバート・ワシントン | Albert Washington |
| Piano | … | アール・ハインズ | Earl Hines |
| Banjo & Guitar | … | リップ・バセット | Rip Bassett |
| Tuba | … | ピート・ブリッグス | Pete Briggs |
| Drums | … | タビー・ホール | Tubby Hall |
このナンバーだけちょっと変わったメンバーでの録音である。このメンバーは当時「サンセット・カフェ」に出ていたルイのバンドであるという。Cl、Ss、Asにはダーネル・ハワードが有力で(油井説)、他にボイド・アトキンス、スタンプ・エヴァンス説があるが上記はCDの解説に拠った。
| B面3.CD2-5. | シカゴ・ブレークダウン | Chicago breakdown |
B面3.CD2-5.シカゴ・ブレークダウン
他にハッティ・マクダニエルスのヴォーカル入りの2曲も同時に録音されたが、いまだにオクラ入りのままという。この1曲だけ1941年になってから発売された。
10人編成の演奏はさすがに迫力があり、フューチャーされているのはPのアール・ハインズは力強く、ストップ・タイムをバックにしたルイのソロも一段と輝かしい。他にSs、Bsも登場する異色作であると油井氏は書くが、大和明氏はこの2つのソロは陳腐でルイとの差がはなはだしいと手厳しい。
一方シュラー氏は、この演奏は古いニューオリンズのビッグ・バンドのアンサンブルのスタイルに戻っているという点で、ホット・ファイヴやホット・セヴンのレコードと鋭く対照的だとし、このアンサンブルは、サム・モーガン、ニューオリンズ・アウル、セレスタンのオリジナル・タキシード・オーケストラなどによってニューオリンズで行われた1920年代の録音と、特に後者の「オリジナル・タキシード・ラグ(Original tuxedo rag)」とそっくりだというが、僕にはこの辺りの音源がなく分からない。
ルイは、サンセットのダンスのためにはより伝統的な音楽を演奏し、より革新的なスタイルとよりソロ的な楽想による実験には小グループで行っていた。「シカゴ・ブレークダウン」が我々の関心をそそるのは、これが初期のアール・ハインズのソロを前面に押し出しているからでもある。ハインズの革新的な「トランペット・スタイル」のピアノは直接ルイと結びついたものであるが、このおかげでバンド全体が、リル・アームストロングのふやけたピアノからは決して得られないリズミックな高揚を獲得する。ハインズのスタイルはこの時点では確かに全面的には完成されていなかったが、その本質的な諸特徴のすべてがそこにあったと、まずハインズに対して極めて高い評価をしている。正直僕にはこのPはストライド奏法が元になっていると思うし、いわゆるどこがトランペット・スタイルかよく分からない。最後の部分は少し破綻しているように感じる。
このレコードもまた―何度も指摘されてきたことではあるが―ルイの演奏は、彼の仲間たち、ここではSs奏者のボイド・アトキンス(ルイの最初の商業的ヒット曲「ヒービー・ジービーズ」の作曲者として有名)、Bsのスタンプ・エヴァンス(?)との興味深い対照を示す。彼ら二人のぎくしゃくしてスイングしない演奏はルイの現代的な楽想とは大変かけ離れていたとルイ以外には大変厳しい意見を書いている。
僕の感想はルイは相変わらず素晴らしいソロを吹いており、全体的な水準も満たしているのでそれなりに良いレコードだと思う。
この時期ルイ・アームストロングはホット・ファイヴ、ホット・セヴン名義で革新的なレコーディングを次々と行っている。シュラー氏が言うようにこれが妻のリルではなく、ハインズが加わっていたら、どんな凄い演奏になっていたのだろうか?