僕が思うに当時ニューヨークでナンバー1のバンドは何といってもフレッチャー・ヘンダーソンのバンドだったはずである。しかしエリントンは少しヤバい橋でも渡って見せるアーヴィング・ミルズと組むことのよってニューヨーク1のジャズ・クラブ「コットン・クラブ」との専属契約をすることに成功する。一方ヘンダーソンのバンドはどうであったのか?
丸山繁雄氏によれば(『ジャズマンとその時代』)、エリントンが27年から30年までの4年間に行ったレコーディングの数はフレッチャー・ヘンダーソンの3倍になるという。エリントンの項で記した僕の保有するエリントンの28年のレコーディング楽曲は45曲にも上るのに対して、ヘンダーソンはディスコグラフィーによればディスコグラフィーによればこの1927年も多数の録音をこなしていたが、1928年はわずか9曲、今回取り上げる8曲はほぼその全容に近い。その数は激減していると言ってもいいであろう。実際ガンサー・シュラー氏も1927年11月から1930年10月までの2年間において、米国で最も有名な楽団とみなされていたにもかかわらずヘンダーソン楽団は12面分の録音をしてに過ぎないとし、その大きな原因はやはりアレンジャー/ドン・レッドマンの退団が大きいという。シュラー氏はレッドマン退団の打撃がそうさせたのかどうかは判然としないが、ヘンダーソン自身が不可解なことに、この時期バンドというものに興味を失ってしまったという。さらに1928年夏に自動車事故にあって元気を失くし、とりわけバンドの実務面に対してはますます無頓着になってしまったという。このことがバンドの音楽的な側面でも規律を低下させたという。
このことを如実に反映しているのが、28年の全9曲の録音中唯一CDに収録されていない曲「ホップ・オフ」であるという。この曲は27年11月にレッドマン最後の仕事としてコロンビアに録音されたがそれは大変出来映え良かった。詳しくは「ヘンダーソン 1927年」を参照。ところが1928年9月にパラマウントに録音された同ナンバーはヘンダーソン楽団の演奏とは信じられないほど劣悪なものだとシュラー氏は述べている(未聴)。それほど劣悪なためにこの「ヘンダーソン・ストーリー」取り上げられなかったのかもしれない。ともかくアルト・サックス奏者としての彼の代わりを探すのはそれほど困難ではないが、アレンジャーとしての彼の代わりはいなかったということである。この時期のヘンダーソン楽団について、ガンサー・シュラー氏は詳しく書いているので抜粋して紹介しよう。
ヘンダーソンは、レッドマン退団後、ダンス・ホールで必要とされる商業的なダンス・ナンバーを演奏するために、何人かの白人の編曲者に頼っていた。いわゆる「ヘッド・アレンジ」(譜面には書かれずバンドがみんなで話し合って曲の流れを決めていく)を試したこともあったし、ヘンダーソン自身で編曲を行うこともあった。しかし頼った編曲者たち、メンバーたち自身、そしてヘンダーソン自身にレッドマンがこのバンドに持ち込もうとした形式と構造に関するセンスが欠如していた。そして時が経つに連れ着想のタネが尽き、かつて身に付けたスイング感もほとんど喪失してしまった。
おまけにチューバ奏者のジューン・コールが半年間バンドを離れなければならなくなったことがこの傾向に拍車をかけた。その間ベースのパートはバス・サックスのドン・パスクォールが時代遅れの鈍重な、スラップ・タンスタイルで演奏した。
因みに左上が1927年のヘンダーソン楽団で、右が1928年のヘンダーソン楽団である。
| Band leader | … | フレッチャー・ヘンダーソン | Fletcher Henderson | ||||||
| Trumpet | … | ジョー・スミス | Joe Smith | 、 | ラッセル・スミス | Russell Smith | 、 | ボビー・スターク | Bobby Stark |
| Trombone | … | ベニー・モートン | Benny Morton | 、 | ジミー・ハリソン | Jimmy Harrison | |||
| Alto sax & Baritone sax | … | ドン・パスクォール | Don Pasquall | ||||||
| Clarinet | … | バスター・ベイリ― | Buster Bailey | ||||||
| Clarinet & Tenor sax | … | コールマン・ホーキンス | Coleman Hawkins | ||||||
| Banjo | … | チャーリー・ディクソン | Charlie Dixon | ||||||
| Tuba | … | ジューン・コール | Jun Cole | ||||||
| Drums | … | カイザー・マーシャル | Kaiser Marshall | ||||||
| Arrangement CD2-2 | … | ドン・レッドマン | Don Redman | ||||||
| Arrangement CD2-3 | … | ビル・チャリス | Bill Challis |
| CD2-2. | キング・ポーター・ストンプ | King Porter stomp |
| CD2-3. | Dナチュラル・ブルース | D natural blues |
前回収録の録音は27年11月4日だったので4か月余り後の録音となる。27年には他の録音もあるとしても28年最初の録音が3月というのは遅い感じもするが、パーソネルを見るとメンバーで代わったのは、Tpのトミー・ラドニアが抜け、ボビー・スタークが加わったくらいであり、メンバーは安定していたと思われる。シュラー氏も「バンド自体が素晴らしい状態」を未だ継続していたと述べている。同日の録音CD2-3[Dナチュラル・ブルース]ではなぜかTbのベニー・モートンがチャーリー・グリーン(Charlie Green)に替わり、アレンジャーがビル・チャリス(Bill Challis)が担当した。
CD2-2.キング・ポーター・ストンプ
ジェリーロール・モートンが作った曲で、シュラー氏もこの演奏はレッドマンの時代に育まれた志気と弾みの痕跡が残っているという。とてもスインギーなナンバーだと思うが、シュラー氏は、この時の録音でヘンダーソンの取ったテンポはあまりにも遅く演奏をよろつかせていると手厳しい。しかしバンドは最終部の古典的なコール・アンド・レスポンス形式のリフのコーラスまでまとまりのある演奏を何とか成し遂げているとしている。後の話にはなるが、このリフのコーラスが、32年の録音と35年のベニー・グッドマンのリメイクによって、アンサンブルとしては、唯一で最も影響力のあるものとなった。
シュラー氏はこの曲を除いて1928年の録音の中で、バンドの初期の勢いを取り戻せたものはほとんどなかったという。
CD2-3.Dナチュラル・ブルース
シュラー氏は「優れた楽想が登場する箇所もあるのだが、すぐさまローレンス・ウェルく楽団(未聴)を思わせるようなポルカ風のクラリネット・トリオで台無しにされてしまう。また最終コーラスの出来映えの良い箇所すら、ガイ・ロンバード楽団(未聴)お得意のむかつくほどに感傷的な「ブルー7度」(?)の終止で帳消しにされる」と酷評している。アレンジのビル・チャリスはビックス・バイダーベックの所で詳述したように、非常に優れた編曲家と思っていたが、シュラー氏はかなり酷評している。ブルース色は薄く、白人ぽいアレンジで、手の込んだところはチャリスらしいとは思う。
| Band leader | … | フレッチャー・ヘンダーソン | Fletcher Henderson | |||
| Trumpet | … | ボビー・スターク | Bobby Stark | 、 | レックス・スチュアート | Rex Stewart |
| Trombone | … | チャーリー・グリーン | Charlie Green | |||
| Alto sax & Baritone sax | … | ドン・パスクォール | Don Pasquall | |||
| Clarinet | … | バスター・ベイリ― | Buster Bailey | |||
| Clarinet & Tenor sax | … | コールマン・ホーキンス | Coleman Hawkins | |||
| Banjo | … | チャーリー・ディクソン | Charlie Dixon | |||
| Tuba | … | ジューン・コール | Jun Cole | |||
| Drums | … | カイザー・マーシャル | Kaiser Marshall |
| CD2-4. | オー・ベイビー | Oh baby |
| CD2-5. | フィーリング・グッド | Feeling good |
| CD2-6. | アイム・フィーリング・デヴィリッシュ | I’m feeling devilish |
「ザ・ディキシー・ストンパーズ」名義の録音で、メンバーには以下のような変動がある。
Tpセクションのラッセル・スミス、ジョー・スミスが抜け、後にエリントン楽団で活躍するレックス・スチュワートが加わり2名になる。
Tbセクションのベニー・モートン、ジミー・ハリソンが抜け、チャーリー・グリーンが加わり1名になる。他は変動がなく3曲ともアレンジャーはドン・レッドマンが務めているとCDでは記載されているが、シュラー氏は一種の名義貸しのようなもので実際にはレッドマンは編曲していないという。
CD2-4.オー・ベイビー&CD2-6.アイム・フィーリング・デヴィリッシュ
音楽上の本当の問題をごまかしてディキシーランド的感覚が含まれるとシュラーは酷評する。確かにCD2-2[キング・ポーター・ストンプ]でスイング手前まで行っていたのに、なぜディキシーに戻るのかという感じもする。但しホーキンスやレックス、ベイリーなどソロは聴き処が多いと思うのだが。
CD2-5.フィーリング・グッド
リードを取るテナーはホーキンス、Corはレックス・スチュワートだと思う。ブレイクにおいて短いがそれぞれのソロ回しのようなアレンジがなされており面白いと思うが、シュラー氏はコメントをしていない。
ガンサー・シュラー氏によれば、前録音と次の録音の間に、ヘンダーソンの意欲を削ぐような自動車事故に遭遇する。
| Band reader | … | フレッチャー・ヘンダーソン | Fletcher Henderson |
| Cornet | … | レックス・スチュワート | Rex Stewart |
| Trombone | … | チャーリー・グリーン | Charlie Green |
| Clarinet | … | バスター・ベイリ― | Buster Bailey |
| Alto sax | … | ベニー・カーター | Benny Carter |
| Bass sax | … | コールマン・ホーキンス | Coleman Hawkins |
| Banjo | … | クラレンス・ホリディ | Clarence Holiday |
CD2-7.オールド・ブラック・ジョー・ブルース(Old black Joe blues)
Web版ディスコグラフィーによると、この録音は「ヘンダーソンズ・ハッピー・シックス・オーケストラ」(Henderson's happy six orchestra)というバンド名での吹込みという。パーソネルもCDではTrumpetがレックス・スチュワート(CD)に対し、Web版ではボビー・スタークとなっている。
ミーハー的な興味を書くと、このナンバーと次のセッションでバンジョーを弾いているクラレンス・ホリディこそかのビリー・ホリディの父親である。無難にリズムを刻んでいるという印象であるが。チューバのジューン・コールが抜け、CDのパーソネルでは、コールマン・ホーキンスがバス・サックスを吹いていると記載されているが、シュラー氏はドン・パスクォールが吹いているとしている。
| Band reader | … | フレッチャー・ヘンダーソン | Fletcher Henderson | |||
| Trumpet | … | ボビー・スターク | Bobby Stark | 、 | レックス・スチュワート | Rex Stewart |
| Trombone | … | ジミー・ハリソン | Jimmy Harrison | |||
| Clarinet | … | バスター・ベイリ― | Buster Bailey | |||
| Alto sax | … | ベニー・カーター | Benny Carter | |||
| Tenor sax | … | コールマン・ホーキンス | Coleman Hawkins | |||
| Banjo | … | クラレンス・ホリディ | Clarence Holiday | |||
| Tuba | … | ジューン・コール | June Cole | |||
| Drums | … | カイザー・マーシャル | Kaiser Marshall |
| CD2-8. | イージー・マネー | Easy money |
| CD2-9. | カムオン・ベイビー | Come on baby |
CD2-8.イージー・マネー
ボビー・スタークの短いが華々しいTpソロとカイザー・マーシャルの知的な創意あふれるシンバル・ワークが聴かれる佳作。
CD2-9.カムオン・ベイビー
カイザー・マーシャル以外聴き処はないとシュラー氏は厳しいが、僕はどちらもそれほどつまらない演奏とも思えない。大体Tbにハリソン、Tpにレックス、Clにベイリー他にホーキンス、カーターという綺羅星のような名前が並んでおり、それぞれのソロを聴くだけで十分とも思える。特にCD2-9[カムオン・ベイビー]はアレンジをベニー・カーターが担当していることが注目される。こちらはヴォーカル(スキャット)とコーラスが入るが、誰が歌っているかの記載は無い。Web版ディスコグラフィーによれば、ベニー・カーターが歌っているのだという。
シュラー氏の言うように、何故かこの時期フレッチャー・ヘンダーソンは停滞しているのである。自滅という感じさえする。このことが一層エリントンの活躍を際立たせていくような気がする。