
フルネーム:ユージン・ジョーゼフ・ライト(Eugen Joseph Wright)
1923年5月29日イリノイ州シカゴ生まれ。
2020年12月30日カリフォルニア州ロスアンゼルスにて死去。
高校時代はコルネット奏者で、20代には16人編成のバンド「デュークス・オブ・スウィング」を率いていた。
しかし30代前半まで主に独学でベースを習得し、その後ポール・グレゴリーらに個人的に師事した。
ベイシー楽団のウォルター・ペイジが憧れの人物だったという。
スイング時代には、主にビッグ・バンドなどとその後にはビ・バップやラテン・ジャズなど幅広くプレイした。
また、1940年代後半から50年代初頭にかけてロニー・シモンズ、ジーン・アモンズ、アーネット・コブとも共演し、
1952年から1955年までバディ・デフランコと共にヨーロッパ・ツアーを行った。
1955年にはレッド・ノーヴォ・トリオに加わり、オーストラリアをツアーした。>
彼の名を有名にしたのは、1958年に加入したデイヴ・ブルーベック・カルテットだった。
1968年までブルーベックと共に、ポール・デズモンドやジョー・モレロと共に活動し、
有名な「Take Five」や「Blue Rondo a la Turk」の録音に参加した。
ブルーベックを離れた後、ライトは1969年から1970年にかけて自身のアンサンブルを率いて黒人大学を巡り、
その後1971年から1974年までモンティ・アレクサンダーのトリオで演奏しました。
その後もバディ・コレット、ケニー・ドリュー、ジェラルド・ウィギンズ、カイ・ウィンディングなど多くの
ミュージシャンと共演し、晩年はシンシナティ大学のジャズ学科および国際ベーシスト協会の責任者を務めた。
ジーン・アモンズの1947年の録音に名前が見える。
「ジーン・アモンズ/テナーの巨星」(Mercury BT-5119〜20)