本名:ハロルド・ジョゼフ・シンガー(Harold Joseph Singer)
1919年10月8日オクラホマ州タルサ生まれ。
2020年8月18日フランス・シャトーにて死去。
父は石油掘削ツール製造会社に勤め、母は仕出し屋で、1921年のタルサ人種虐殺暴動の生存者であり、その際に彼の家族の家は焼失した。
暴動の最中、母親の白人の雇用主の助けでカンザス・シティへ移った。
そこで家族と共に暴動が収まるのを待って帰ったという。さらに出生の公式記録は暴動中に破壊されたという。
子供の頃にバイオリンを習っていたが、後にリード楽器に転向した。
最終的にはベン・ウェブスターとレスター・ヤングの影響を受けてテナーサックスに落ち着いた。
父親から「適切な」職業に就くよう勧められ、ハンプトン音楽学校に入学し、1939年に農学の学位を取得して卒業した。
在学中、定期的に休みを取って地元のバンドとツアーをしていたという。
1930年代後半から、アーニー・フィールズなどの地元のバンドで演奏を始め、
1943年にジェイ・マクシャンのオーケストラに加わり、ニューヨークに移った。
その他のなどのバンドで活動した後、 1947年にホット・リップス・ペイジのバンドに参加した。
1948年初頭、独立し、自身名義でサヴォイ・レーベルに「Corn Bread」を録音、この曲は1948年9月にR&Bチャートで第1位となり、
知名度を高め、ニックネーム(Corn Bread)の知名度も高まった。
1950年代前半から中頃にかけては、R&Bアーティストとツアーを行い、セッション・ミュージシャンとしての仕事を増やしていった。
1965年、アール・ハインズのグループとヨーロッパをツアーした後、フランスに留まり、パリ近郊に定住した。
その後は、ヨーロッパやアフリカを広範囲にツアーし、レコーディングも続けた。
1944年ロイ・エルドリッジのレコーディングに名前が見える。
「ロイ・エルドリッジ/グレイテスト”リトル・ジャズ”」(MCA-3076)