ヘレン・ヒュームズ 1946年
Helen Humes 1946
ヘレン・ヒュームズも大変久しぶりの登場である。1938年7月にカウント・ベイシー楽団の専属歌手となり、注目を集め、38年の「フロム・スピリチュアル・トゥ・スイング」コンサートにも出演した。41年春に同楽団を退き、独立した。退団の原因は延々と続くツアーによるストレスと健康の悪化といわれる。その後は主にニューヨーク近辺のクラブなどで歌っていたが、44年にカリフォルニアへ移住。1945年「ビ・ババ・レバ(Be-Baba-Leba)」のヒットにより多くの注目を集めた。今回のレコードは、その後ブラック・アンド・ホワイト・レコードに吹き込んだもので、同じくエリントン楽団を退団してカリフォルニアへ移住していたアイヴィー・アンダーソンの吹込みとカップリングして発売されたものである。
先ず吹込み時期は1946年〜47年にかけて行われた2セッションをまとめたものだが、詳しくはデータがないらしい。Web等でできるだけ調べて記載していく。
<Date&Place> … 1946年 ロサンゼルスにて録音
<Personnel> … ヘレン・ヒュームズ・アンド・ハー・オール・スターズ(Helen Humes And Her All-Stars)
チコ・ハミルトンを"F・Hamilton"としているのは、本名の<Foreststom Hamilton>のイニシャルから来ている。愛称の<Chico>を名乗るのはこの後。
<Contents> … 「アイヴィー・アンダーソンとヘレン・ヒュームズ」(Storyville ULS-1560-R)
| B面1. | ビ・バ・バ・レ・バ・ブギー | Be Ba Ba Le Ba Boogie |
| B面2. | マリード・マン・ブルース | Married Man Blues |
| B面3. | ビ・バップ・バウンス | Be-Bop Bounce |
「ビ・バ・バ・レ・バ・ブギー」
1945年のヒット曲「ビ・ババ・レバ(Be-Baba-Leba)」の焼き直し版。冒頭きっちりとブギ・ウギ・ピアノを2コーラス決めるのは、ブギ・ウギの名手ミード・ラクス・ルイス。本作への登場は、ゲスト的な扱いだろう。中間にTs、Gtのソロが入る。こうなるともうロックン・ロールである。ヒュームズの声も若い。
「マリード・マン・ブルース」
ここからはピアノは本来のエディ・ビールに戻る。イントロにミュートTpソロが入る。ヒュームズお得意のスロウ・ブルースである。オブリガードはムーア(Ts)。
「ビ・バップ・バウンス」
ミディアム・テンポのスインギーなナンバー。ソロは先ずムーア、そしてアンダーソン、そして再びムーアに戻り、カレンダーのBソロからヴォーカルに戻る。
<Date&Place> … 1946年or1947年 ロサンゼルスにて録音
<Personnel> … バック・クレイトン・アンド・オール・スターズ(Buck Crayton and All-Stars)
メンバーのほとんどが分からない。
<Contents> … 「アイヴィー・アンダーソンとヘレン・ヒュームズ」(Storyville ULS-1560-R)
| B面4. | イフ・アイ・クド・ビー・ウィズ・ユー・ワン・アワー・トゥナイト | If I Could Be With You One Hour Tonight |
| B面5. | アイ・ドント・ノウ・ヒズ・ネーム | I don't know his name |
| B面6. | ドライヴ・ミー・ダディ | Drive Me Daddy |
「イフ・アイ・クド・ビー・ウィズ・ユー・ワン・アワー・トゥナイト」
この曲はヒュームズのお得意のナンバーだというスロウ・バラード。オブリガードはクレイトンが付けている。中間にソロはない。
「アイ・ドント・ノウ・ヒズ・ネーム」
Pのイントロから始まる、ちょっと速めのブルース。ソロはクレイトン(Tp)、ヴォーカルを挟んでケッセル(Gt)、その後ヴォーカルに戻す。
「ドライヴ・ミー・ダディ」
Pのイントロから始まる、ちょっと遅めのブルース。中間のソロはビールのP。ヴォーカルに戻して終わる。
全体を通して、ヒュームズのヴォーカルは、声が若いが安定感があり、いい出来だと思う。
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