さて、今回は1927年録音の第1回、6月4日に行われた7面分の録音を聴いていこう。前回1926年12月16日の録音から半年空いている。ディスコグラフィーを見ても12月16日が1926年の最後の録音に当たるようである。この12月の録音の全体的な出来栄えについて、ガンサー・シュラー氏は『初期のジャズ』において、「凡作である”サムディ・スイートハート”から独創的なラグタイム兼ストンプ作品の傑作”グランパズ・スペルス”に至るまで多様である」と述べていることは前回モートンの回で紹介した。
今回取り上げる1927年6月4日の録音を聴いて、先ず驚いた。何かの間違いかと思った。1926年時代をまとめ聴きし、この時代を抜け出しているのは、ルイ・アームストロングとジェリー・ロール・モートンだったという印象を強く持っていた。
そしてルイ・アームストロングの方は1927年に入っても全てが斬新というわけではないかやはり時代に先駆ける斬新な演奏を行っており、このことはすでに述べた。そして僕はもう一方のモートンはどうかとかなりの期待を持って聴いたのである。
ところが1927年の録音を収めたこの4枚組シリーズの2枚目のA面はあろうことか冗談音楽なのである。いかなる事情でモートンがこれらの録音をしなくてはならなくなったのか、或いはモートン自身の意向でこの録音が行われたのか、一切の理由は不明である。
モートンの1926年の傑作に実に詳細な解説を書き記したガンサー・シュラー氏も、1927年モートンの腕をもってしても救えなかったお粗末な「ジャングル・ブルース」やハイエナやヤギのおかしな物まねなどを含む「冗談音楽」(”ハイエナ・ストンプ”、”ビリー・ゴート・ストンプス”)の録音を行ったとし、「これらの録音で過去の水準に達しているものがほとんどない」とはっきり否定している。
さらにモートンは、27〜29年の間に全部で20数面分の録音を行ったが、それらのどれもが1926年の録音の完成度に達していない。多くのレコードが珍奇な黒人音楽やその時代の通俗音楽だったとし、詳細な解説は書いていない。書くに値しないと考えていたのではないかと思う。
加えてモートンは、定かではない理由から1927年の段階でチューバを再び使うようになった。このことはその後のすべての録音のスイングに対して、潜在的にも、実際にも、破壊的な影響を及ぼしたと述べている。シュラー氏はモートンが低音部にストリング・ベースを起用した功績について以前触れている。シュラー氏にとっては、今回チューバに戻したことは大いなる裏切りとしか思えなかったのであろう。
一方レコード解説の大和明氏は、「このセッションの特長は、ノヴェルティ的効果を狙った作品が半数を占めている」と述べている。誉めなければならない自身のレコードについて「冗談音楽」とは言えず、「ノヴェルティー効果」なる言葉を使ったのであろう。
そして、このセッションのTb奏者は従来ジョージ・ブライアントとする説が流布されていたが、ベイビー・ドッズの証言によりジェラルド・リーヴズが定説となっているという。こういっては何だが、ジョージ・ブライアントもジェラルド・リーヴズもジャズ史上格別な働きを残したわけでもないプレイヤーなので、それよりもこのセッションの狙いの方に注力して欲しかった。
ともかくノヴェルティ効果を狙ったためにメンバーを大幅に替え、リズムはストリング・ベースに替えてチューバを入れているという。
んー、どうにも不思議なセッションだ。なぜここでノヴェルティー効果を狙わねばならなかったのか?そこを追求して欲しい。
| Piano & Band leader | … | ジェリー・ロール・モートン | Jelly Roll Morton |
| Cornet | … | ジョージ・ミッチェル | George Mitchell |
| Trombone | … | ジェラルド・リーヴズ | Gerald Reeves |
| Clarinet | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Alto sax | … | ポール・スタンプ・エヴァンス | Paul Stump Evans |
| Guitar | … | バッド・スコット | Bud Scott |
| Tuba | … | クイン・ウィルソン | Quinn Wilson |
| Drums | … | ベイビー・ドッズ | Baby Dodds |
| Effects | … | ルー・レマール | Lew LeMar |
| Record2.A-1. | ハイエナ・ストンプ テイク2オリジナル・テイク | Hyena stomp take2 original take |
| Record2.A-2. | ハイエナ・ストンプ テイク3 | Hyena stomp take3 |
| Record2.A-3. | ビリー・ゴート・ストンプ テイク1 オリジナル・テイク | Billy goat stomp take1 original take |
| Record2.A-4. | ビリー・ゴート・ストンプ テイク3 | Billy goat stomp take3 |
| Record2.A-5. | ワイルド・マン・ブルース | Wild man blues |
| Record2.A-6. | ジャングル・ブルース テイク2 | Jungle blues take2 |
| Record2.A-7. | ジャングル・ブルース テイク3 オリジナル・テイク | Jungle blues take3 original take |
この7つの音源に対して、ここは一切無視するシュラー氏に対して、大和明氏は丁寧な解説を試みる。一級品の録音とは言えないまでも、録音されたものとしてあるのだから、できるだけ聴こう、そうしないと「元が取れないよ」と僕が水族館の年間パスに感じたように大和氏も考えたのだろう。
A-1,2 ハイエナ・ストンプ
元はモートンがピアノ曲用に作ったナンバーだという。大和明氏は「ハイエナは人間の笑い声に似た啼き声を出す動物で、ここではルー・レマールのリズミックでコミカルな笑い声をフューチャーしている。中間に入るCl、As、Pのソロに注目したい。スタンプ・エヴァンスのAsはA-2で典型的なスラップ・タン奏法を示す」と解説しているが、僕にはルー・レマールなる人物の喧しい笑い声しか印象に残らない。
A-3,4.ビリー・ゴート・ストンプ
A1、2と同様モートンによるアニマル・ノヴェルティ・ナンバー。大和明氏の解説によると、「ここいら辺になるとかなりコマーシャルな扱いがなされてきている。タイトルの「ビリー・ゴート」とは雄ヤギのことだという。ヤギの音声は前曲の笑い声を担当していたルー・レマールである。ここでもエヴァンズがスラップ・タン奏法を示している。またA-4においてドッズもレマールに負けずにClでヤギの鳴き声を模したユーモラスなプレイをしているが、それでもラスト・コーラスでは中々味のあるパートを吹いているのはさすがである。」ヤギの鳴き声さえなければなぁ。
A-5.ワイルド・マン・ブルース
モートンとルイ・アームストロングによる共作で、この録音の前にジョニー・ドッズ・ブラック・ボトム・ストンパーズ(4月22日)及びルイのホット・セヴンの吹込み(5月7日:かなりの名演)がある。特に注目は全てに参加しているドッズであろう。イントロのレマールの掛け声のようなものが余計である。全体の印象として何とか「冗談音楽」にしようとしているように聴こえてしまう。
各楽器のソロが中心となっているが、ミッチェルのCorが端正で味のあるソロである。大和明氏が解説で述べているように、注目すべきは中間に出てくるPとClとAsによる2小節の交換で、時折ダブル・テンポが導入されている。エヴァンズのプレイなどはいつものスラップ・タン奏法からは想像もつかない鮮やかさである。本当はすごくうまい人なのかもしれない。
A-6,7.ジャングル・ブルース
解説の大和明氏によれば、モートン自作のブルースで、全体の構成はかなり単調であり、絶えずバックにリフが繰り広げられている。その上を合奏やソロが通り抜けていく。編曲の構想としてはオーケストラ的指向が見られる演奏という。確かにあまり聴かない展開ではある。
この録音で少しばかり考えさせられたのは「冗談音楽」ということである。「冗談音楽」はアメリカでいえば”スパイク・ジョーンズとそのバンドシティ・スリッカーズ”、日本では”フランキー堺とシティ・スリッカーズ”、”ハナ肇とクレイジー・キャッツ”がつとに有名である。しかしアメリカで「冗談音楽の王様」と言われるスパイク・ジョーンズがひとえに「冗談音楽」の発明者かといえばそうではないであろう。そもそもスパイク・ジョーンズが活躍を始めるのは、1940年代に入ってからのことである。
音楽に何らかの笑える要素を取り入れて「受け」を狙うということは昔から行われていた。以前取り上げたものでいうとフレッチャー・ヘンダーソン楽団の1924年の録音”ゴー・アロング・ミュール”(直訳すると「ラバと行く」か)では、鞭の音らしきものやラバのいななき風のCorの音が聞こえるし、O.D.J.B.の”バーンヤード・ブルース”(馬小屋のブルース)ではニワトリや馬や牛の鳴き声を模した音を楽器で出すことで笑い、受けを狙っていたことは明白である。
一つの仮説を思いついた。なぜO.D.J.B.が最初のジャズ・レコード録音者となったのか?フレディ・ケパードに断られたからと言っても他にジャズを演奏するプレイヤーはたくさんいたはずである。第2代ジャズ王に断られたヴィクターかコロンビアがO.D.J.B.に録音の話を持ち込んだのは、”バーンヤード・ブルース”のような”受ける”曲を演っていたからではなかったか。レコード会社が求めたのは芸術などではなく、冗談交じりの受ける音楽、そしてそれが売りにもつながると踏んでのことではなかったか?
もちろんこれは僕の思い付き、本当はどうであったのだろう。
前回1927年6月4日のセッションから1週間置いた6月10日にこの年2回目のレコーディングが同じシカゴで行われた。そしてこの録音が赤唐辛子楽団(レッド・ホット・ペッパーズ)のシカゴにおける最後の録音となるのである。そしてこのうち2曲別テイクを入れると3テイクがClとDrのジョニー、ベイビーのドッズ兄弟とのトリオ演奏である。
1927年6月4日と同じ。但し効果音というか笑い声担当のルー・レマールは参加していない。
| Record2.B-1. | ビール・ストリート・ブルース テイク1 オリジナル・テイク | Beale street blues take1 original take |
| Record2.B-2. | ビール・ストリート・ブルース テイク2 | Beale street blues take2 |
| Record2.B-3. | ザ・パールズ テイク2 | The pearls take2 |
| Record2.B-4. | ザ・パールズ テイク3 オリジナル・テイク | The pearls take3 original take |
レコード2,B-1,2.ビール・ストリート・ブルース
後にモートンが痛罵することになるW.C.ハンディの代表作の一つであると、レコード・ボックス解説を大和明氏は解説をスタートさせている。これだけではわからないので、少し補足する。
詳しくはこれから見て行くことになるのだが、1930年代後半モートンは、ほとんどジャズ・シーンから忘れられたような存在になっていた。そんな中1938年3月モートンの名が突如人々の口の端に上るような事件が起こった。当時のラジオの人気教養番組“Believe it or not”(信じますか、信じませんか)において、パーソナリティであるロバート・リプレイがW.C.ハンディのことを<ジャズとブルースの創始者>としてその業績を讃える放送を行った。それを聞いたモートンの怒りは心頭に達した。直ちに筆を執りボルチモア・アフロ・アメリカン新聞に“W.C.Handy is a liar”(W.C.ハンディは嘘つきだ)という書き出しによる抗議文を投稿し、さらに4000字に及ぶ長文の抗議文をリプレイ氏に、そのコピーをダウンビート誌に送り付けた。その趣旨は「W.C.ハンディをジャズ、ストンプ、ブルースの創始者として紹介したのは自分に対する侮辱である。ジャズの発祥地はニューオリンズであり、自分が1902年にジャズを創始したのだ。ハンディは嘘つきだ」ということである。
このエピソードと本曲「ビール・ストリート・ブルース」は直接繋がらない。後にモートンが痛罵することになる」はハンディにだけにかかる言葉で直接この曲に関係するのかしないのか、大和氏の書き方も真意はよく分からない。モートンはW.C.ハンディをジャズ・ブルースの創始者と名乗る嘘つきと攻撃するが、この曲はハンディの作と認めているということか。
因みにモートンのプロフィールで触れたことだが、1907年放浪の旅に出たモートンは、一時期メンフィスでW.C.ハンディと一緒にバンドを作って共演している。さて、演奏を聴こう。
大和明氏によれば、演奏はかなりオーソドックスな展開で、前半のソロ・パートは4小節ごとに後半2小節をアンサンブル・リフで彩っている。なおモートンのソロはテイク1にないブレイクをテイク2で行っている点が興味深いし、このブレイクはDrを浮き立たせるようにしてあり効果を上げているという。正直僕には余り印象に残らない演奏である。
レコード2,3,4.ザ・パールズ
モートンは1923年6月18日にインディアナ州リッチモンドでジネット社向けにピアノ・ソロで一度録音している。その録音については以前紹介した。前半はいかにもラグタイム風で後半一旦ブレークした後、低音部を有効に生かしタントンタントンという左手がリズムをキープし、右手がメロディーを紡ぎ出すという手法が面白いと思った。ここではその低音部をチューバが担っている。この手法にもモートンの才がうかがわれると大和氏も書いている。
モートンがティファ―ナのクラブで働いていた時に、そこで働いていた美しいウエイトレスに捧げて作曲したもので、端麗なムードにあふれた良い曲である。中間部におけるClとAsのデュオ、及びその後に続くアンサンブルが美しい。ここでのAsはスラップ・タン奏法を用いていない。
| Piano , Vocal & Band leader | … | ジェリー・ロール・モートン | Jelly Roll Morton |
| Clarinet | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Drums | … | ベイビー・ドッズ | Baby Dodds |
| Record2.B-5. | ウォルヴェリン・ブルース テイク1 オリジナル・テイク | Wolverine blues take1 original take |
| Record2.B-6. | ウォルヴェリン・ブルース テイク2 | Wolverine blues take2 |
| Record2.B-7 | ミスター・ジェリー・ロード テイク1 | Mr. Jelly Lord take1 |
レコード2.B-5,6ウォルヴェリン・ブルース
モートンがN.O.R.K.(New Orleans Rhythm Kings)のために書いた曲だが、ピアノ・ソロで先ほどの「ザ・パールズ」と同日にジネットに一度吹き込んでいる。
ここではトリオによる演奏だが、前半はモートンが全くの無伴奏ソロを展開しており、ここで彼のピアノ・スタイルを十分に理解できる。非常に良いプレイであるとは大和明氏。後半ドッズ兄弟が登場してくるが、実に息の合った素晴らしいプレイを繰り広げる。Dsのバッキングも控えめながら全体の動きをよくとらえており、Clのソロも両テイクとも実に優れている。ドッズのプレイは決して荒々しさだけではなくこのように感情を抑えた繊細な味を出せることを示している。それでもテイク1の最初のブレイクにおける大胆なフレーズにドッズの面目躍如たる所だとは大和氏の解説。ドッズのClプレイはピアノのストライド奏法或いはラグタイム演奏をClに置き換えたような演奏で面白い。
レコード2A-7. ミスター・ジェリー・ロード (Mr. Jelly Lord )
これもモートンのオリジナル。この曲も既に1923年6月18日にN.O.R.K.(New Orleans Rhythm Kings)と、1924年4月にはSteamboat fourと1926年2月にはソロで吹き込んでいる。PとClが16小節、さらに8小節と交互にソロを繰り返し、テンポは割とゆったり気味で、全体に落ち着いた雰囲気の演奏ぶりを示している。
モートンのディスコグラフィーを見てもこの年吹き込みが少ないのである。前年「ブラック・ボトム・ストンプ」という一大傑作を吹込み、意気揚々と思われるモートンと赤唐辛子楽団なのだが、この年芸風が一変するのである。
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