ジェリー・ロール・モートン,、実に久しぶりの登場である。いつ以来かと言えば1930年の録音以来である。
1929年10月勃発した大恐慌により、1930年代に入ると人々はジャズを楽しむどころではなくなっていた。その不況の中で、モートンのバンドも行き詰まり、メンバーも一人、二人と辞めていくようになった。そんな中で、モートンの派手な生活ぶりや化粧品の事業に手を出し失敗したこともあって、モートンは破産状態に陥ってしまったという。
1930年代の前半の5年間をモートンはニューヨークで過ごした。演奏活動は続けていたものの、もはや人々の注目を得ることも無く過去の人として忘れられ始めていた。
この間の活動としては、1931年4月にハーレムの「チェッカー・クラブ」に自身のオーケストラを率いて出演し、翌5月には彼の創作レヴューである“スピ―ディング・アロング”をジャマイカ劇場で上演した。
1932年10月には「リド・ボールルーム」に出演し、その後“ヘッディン・フォー・ハーレム”というショウの中でリリン・ブラウンの伴奏をしたり、ローラ・プランピン・オーケストラの一員として、クラブ「コニー・アイランド」にも出演した。
また、「ポッズ・アンド・ジェリーズ」にも時々出演していたが、その後は「レッド・アップル・クラブ」の専属ピアニストになった。
1934年8月15日モートンは、ディッキー・ウエルズ、アーティー・ショウ、バド・フリーマンらとウィンギー・マノンのレコーディング・セッションに参加し、スペシャル・エディションズに2曲の録音を行ったが、これが1930年代前半における彼の唯一の吹込みであった。
1935年モートンは再び巡業用のバンドを結成し楽旅に出たが、翌年には早くも解散し、そのままワシントンに住みついたのだった。この頃には「ジェリー・ロール・モートン」の名は完全にジャズ・シーンから消え去り、ジャズ界の人々にとっては消息不明の過去の人物と考えられるようになっていた。
1936年暮から38年夏まではワシントンの黒人街にある小さな「ジャングル・クラブ」でピアノを弾き何とか生活をしていたのだった。
そんな彼が一躍注目を集めることになる。
「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」(RCA RA-9〜12 国内編集盤4枚組LP)の解説に拠れば、ことの発端は、1938年3月当時の人気ラジオ番組ロバート・リプレイ(Robert Leroy Ripley)の“Believe it or not”(信じますか、信じませんか)が、W.C.ハンディのことを取り上げ、「ジャズとブルースの創始者」としてその業績を讃えたのを、たまたまモートンが聴いていたことから始まった。これを聴いたモートンは、怒りに怒った。
モートンは直ちに筆を執り、ボルチモア・アフローアメリカン紙に「ハンディはブルースの父ではない(Handy not father of blues)」という抗議文を送り、ワシントンポスト紙にも抗議文を送った。さらに「W.C.ハンディは嘘つきだ(W.C.Handy is a liar)」という4000字にも及ぶ長文の抗議文を先のリプレイ氏に、そのコピーをダウンビート誌にも送るに至った。そしてその抗議文はまずダウンビート誌にモートンの抗議文が掲載されたのである(右は抗議文の掲載告知)。
そこで彼はジャズ発祥地はニューオリンズであり、1902年に自分が創り上げたのだと大見得を切った。そしてその手紙の末尾を“Jelly Roll Morton / Originator of jazz and stomps /Victor artist /Worlds greatest hot tune writer”と署名した。後には“Stomps”の後に“Swing”を加え、「ジャズ・ストンプ・スイングの創始者/ヴィクター専属/世界で最も偉大なホットな作曲家」と名乗るようになった。
さて、このモートンの行動は、大方のジャズ・ファンには「大ぼら」と捉えられ、大いに顰蹙を買ったと言われるが、ともかく彼の名は再び人口に膾炙されるようになる。そしてある一人の男が彼に興味を抱くことになるのである。その名はアラン・ロマックス(Alan Lomax)。彼は民俗音楽の収集、分析などを行っている研究家であった。ロマックスは早速モートンと連絡を取り、1938年5月〜7月までの3か月間国会図書館のために、ピアノ演奏、ヴォーカル、語りによるジャズ創成期の回顧談、ジャズ音楽の形成などについて12インチSP盤48枚に吹き込んだ。このSP盤は当初サークル・レーベル(ジャズ・マン・レーベル)で発売された。後にリヴァーサイド・レコードから30センチLP12枚として世に送られた。この辺りの詳細は「ジャズの歴史2 ラグタイム」を参照。
| Piano | … | ジェリー・ロール・モートン | Jelly Roll Morton |
| Record1 A-2. | メイプル・リーフ・ラグ | Maple leaf rag |
ラグタイムの代表的作曲家スコット・ジョプリンの代表作で、彼自身が吹き込んだのピアノ・ロールも残っている。モートンのこの録音は先述の国会図書館のために録音されたものの一部。モートンはまずラグタイム本来の形式で弾いてみせ、その後に変奏ヴァージョンのこの録音を行ったようだ。スミソニアンの編集者はご丁寧にこの前A-1.でジョプリン自身のピアノ・ロールを収録し、A-2.でモートンの変奏を配置し比較しやすいようにしている。ガンサー・シュラー氏もこの2つの録音を聴くと「ラグタイム」と「ジャズ」の違いが「絵を見るようにわかる」と書いている。
解説は英文なのでよく分からないのだが訳してみる。違っていたらご指摘ください。
ジョプリンの原曲はAABBACCDDの繰り返しだが、これをモートンはABACCDに簡略化し、Aはタンゴのリズムで、Dはニュー・オリンズのストンプに変奏している。また彼はニュー・オリンズのバンド・スタイルで演奏している、すなわちトランペットとクラリネットは右手で、リズムのトロンボーンを左手でプレイしている。
正直僕には詳しくは分からないが、両ヴァージョンがかなり異なることは分かる。ただ曲が複雑でどこまでがAでどこからがBなのかと言ったこともよく分からない。でもこういった解説を読みながら聴いていくと、「ストンプ」とはどんなスタイルかといったことが分かるようになるのだろう。
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