ジェリー・ロール・モートン 1939年

Jelly Roll Morton 1939

ダウンビート誌の記事

前年1938年人々の顰蹙を買うあるいは失笑を浴びるようなやり方だったとはいえ、モートンはいまだ健在であることを人々に知らしめた。
そこでモートンは再起すべく1938年暮にニューヨークに戻る。そして早速楽譜出版業を始め、それと共に1939年9月ヴィクターの傍系レーベル「ブルーバード」にレコーディングを開始した。それが今回の音源である。

大物ジェリー・ロール・モートンが9年ぶりにヴィクターのスタジオ入りするとあって、メンバーは凄腕のオール・スター・メンバーが組まれた。解説の大和明氏によれば、残念ながらこういったオール・スター・メンバーを意のままに統率し、モートン・ミュージックを創造していくだけの指導性はすでに失われていたという。
「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」解説 セッションは9月14日と28日に行われ、全8曲録音されたが、その演奏曲目もディキシーランド・ジャズ・バンドが日頃演奏するスタンダード・ナンバーで、モートンの個性が出しにくいがあったのかもしれぬが、やはりそこはモートンの神通力が失せてしまったと考えるべきであろうという。
8曲中3曲はモートンの作品として著作権登録されているが、その3曲にも問題が指摘されている。
Record4B-3.バディ・ボールデンの思い出
伝説の初代キング・オブ・ジャズ「バディ・ボールデン」に関する曲だが、ボールデン自身が作りテーマとして自身で歌っていた曲とも、セントルイスの有名なピアノ弾き「トム・タービン」が書いたラグタイム曲「セントルイス・ティックル」の一節を借用したものとも言われている。
Record4B-6.ドント・ユー・リーヴ・ミー・ヒア
原曲はロバート・ホフマンという人が作曲した「アラバマ・バウンド」であると言われている。
Record4B-4.ウィニン・ボーイ・ブルース
解説の大和氏は、「自作登録したこの曲もモートン自身の綽名をつけたタイトルと言いながら、本来は作者不明のトラディショナル・ナンバーである」と書いているが、レコードには「トラディショナル、編曲ジェリー・ロール・モートン」とちゃんと書いてある。
モートンは、「ワシの創った音楽を盗まれた」と言ってマスコミに再注目されたが、再起に当たって自分が「盗んで」しまったのである。

「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」レコードボックス

<Date & Place> … 1939年9月14日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ジェリー・ロール・モートンズ・ニュー・オリンズ・ジャズメン(Jelly Roll Morton's New Orleans jazzmen)

Piano & band leaderジェリー・ロール・モートンJelly Roll Morton
Trumpetシドニー・ド・パリスSidney De Paris
Trombone & Preachingクロウド・ジョーンズClaude Jones
Clarinetアルバート・ニコラスAlbert Nicholas
Soprano saxシドニー・ベシエSidney Bechet
Tenor saxハッピー・コールドウェルHappy Caldwell
Guitarロウレンス・ルーシーLawrence Lucie
Bassウエルマン・ブラウドWellman Braud
Drumsズッティ・シングルトンZutty Singleton

<Contents> … 「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」(RCA RA-9〜12)&"Jelly Roll Morton/I heard Buddy Bolden say"(RCA LPV-559)

Record4 B-1.オー・ディドント・ヒー・ランブルOh , did'nt he ramble ?
Record4 B-2.ハイ・ソサイエティHigh society
Record4 B-3.バディ・ボールデンの思い出I thought I heard Buddy Bolden say
Record4 B-4.ウィニン・ボーイ・ブルースWinin’ boy blues
[I heard Buddy Bolden say]レコード・ジャケット
Record4 B-1.「オー・ディドント・ヒー・ランブル」
厳かなイントロに続いて説教風の語りがあり(これがクロウド・ジョーンズの説教(Preaching)であろう)人々の嘆き悲しむ声が入る。その後マーチのドラムが入り一転して賑やかな演奏となる。ニューオリンズの葬儀の風景の再現ではないかと思われる。Tpのパリスは「パナシェ・セッションズ」で、スイング風のグロウルを吹いてトミー・ラドニアの怒りを買った人物だが、やはりここでもグロウルを吹いている。左のヴィクターから出たボックスには、テイク1が収録されているが、アメリカのRCAから発売されている下の”I heard Buddy Bolden say”(RCA LPV-559)には、レコード化初ということでテイク2が収録されている。こちらではグロウルを吹いていない。
Record4 B-2.「ハイ・ソサイエティ」
ディキシーランド・ジャズのスタンダード・ナンバー。ディキシーらしくTpのリードする合奏の後ソロを取るのはベシエのソプラノで2コーラスに渡って聴き応えのあるソロを披露しているように聴こえるがもしかするとベシエ1コーラス、ニコラス1コーラスかもしれない。音が似ているのだ。この競演が聴き処であろう。
この曲もボックスではテイク2、USA盤はテイク1を収録している。下のテイク1ニコラスがソロを同じフレーズを2度吹いたりしており、テイク2の方が良いと思う。
Record4 B-3.「バディ・ボールデンの思い出」
この曲はどちらもテイク1を採用している。モートンの渋いヴォーカルが聴き処であろう。
Record4 B-4.「ウィニン・ボーイ・ブルース」
左のボックスではテイク2を収録しているが、右のUSA盤はなぜかテイク1、2両方を収録している。レイジーなブルースで、ここでもモートンのヴォーカルが良い味を出している。テイク1、2双方ほぼ変わりがないように感じる。

「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」4枚目レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1939年9月28日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ジェリー・ロール・モートンズ・ニュー・オリンズ・ジャズメン(Jelly Roll Morton's New Orleans jazzmen)

下記以外9月14日と同じ Trombone … クロウド・ジョーンズ ⇒ フレッド・ロビンソン(Fred Robinson)
Soprano sax … シドニー・ベシエ ⇒ Out

<Contents> … 「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」(RCA RA-9〜12)&"Jelly Roll Morton/I heard Buddy Bolden say"(RCA LPV-559)

Record4 B-5.クライマックス・ラグClimax rag
Record4 B-6.ドント・ユー・リーヴ・ミー・ヒアDon't you leave me here
Record4 B-7.ウエスト・エンド・ブルースWest end blues
Record4 B-8.ボーリン・ザ・ジャックBallin’the Jack

この日モートンは、サンカ・コーヒー社がスポンサーとなっていた”We the people”ショウとCBSの放送番組に出演した後で、スタジオに駆け付けたというから結構売れっ子だったのかもしれない。

「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」4枚目B面ラベル
Record4 B-5.「クライマックス・ラグ」
解説の大和氏はモートンの自作登録は上記のように3曲と書いているが、この曲もモートン作とクレジットがある。ここで初めてモ−トンのソロが登場する。
Record4 B-6.「ドント・ユー・リーヴ・ミー・ヒア」
この曲は左のヴィクターから出たボックスには、テイク2が収録され、USA盤右の”I heard Buddy Bolden say”(RCA LPV-559)には、レコード化初ということでテイク1が収録されている。モートンのヴォーカル入り。ヴォーカル前に少しTsのソロらしきものが入るが、他にソロはなく合奏で通したナンバー。聴き処が分からない。
Record4 B-7.「ウエスト・エンド・ブルース」
ルイ・アームストロングのパフォーマンスが超有名。これも前曲同様左のボックスには、テイク2が、右のUSA盤にはテイク1が収録されている。双方ほとんど変わらない演奏。
Record4 B-8.「ボーリン・ザ・ジャック」
この曲はボックス、USA盤共にテイク1。モートンが張り切って歌っている陽気な雰囲気の曲。短いがTp、Tsなどのソロが聴ける。

モートンはこの後も40年にコンボ・セッションを録音しているが、僕の持っているバンドによる録音はこれが最後となる。そこで彼の世紀の大傑作1926年録音の「ブラック・ボトム・ストンプ」を聴き直してみた。実は僕はまだ「ブラック・ボトム・ストンプ」の凄さが分かっていない。ただ感じるのは「ブラック・ボトム・ストンプ」はかなり複雑なアレンジが施されているのに対して、今回の1939年の録音は、普通のディキシーランド・ジャズに聴こえるということである。

以上2つの録音に見るように、ジェリー・ロール・モートンは古巣の大手レコード会社ヴィクターにオール・スター・コンボによる吹込みを行い本格的な復帰を行う。しかしそのレコードの売れ行きはどうだったのであろうか?ボックスの解説には書いていないがあまり芳しいものではなかったのではないかと思う。というのはその後モートンのヴィクターへの吹込みは途絶えてしまうからである。それは必ずしもコンボによる録音の出来が良くなかったということを意味しない。世は正にスイング・イーラ、ビッグ・バンド・ジャズの全盛期である。全米中の老若男女はベニー・グッドマンやトミー・ドーシーの奏でる洗練されたスイングに酔い、踊っていた。黒人バンド、ベイシーやエリントンでさえもこの時代は少々分が悪かった時代に、かつては大物だったかもしれない人物が、何の変哲もないディキシーランド・ジャズを吹き込んでもそうそう話題になり、大いに売れたとは想像できないのである。
この後ニュー・オリンズ・ジャズのリヴァイヴァル・ブームが訪れるのであるが、時期的に少し早かった。ヴィクターは、アラン・ローマックスの行った国会図書館に収蔵する、ジャズの成り立ちなどについて語り録音も行った「生けるジャズ辞典」とも言うべきモートンが演奏するニューオリンズ・ジャズは本物であり、売れると判断したのかもしれないが、実際はそうはならなかった。世間はそれを評価し尊重するという時代ではなかったのであろう。

「コモドア・ジャズ・・クラシックス/ジェリー・ロール・モートン」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1939年12月14、16、18日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ジェリー・ロール・モートン(Jelly Roll Morton)

Piano & Vocal … ジェリー・ロール・モートン(Jelly Roll Morton) 「コモドア/ジェリー・ロール・モートン」ジャケット裏面ともかくこの後モートンは1939年12月14、16、18日の3日間をかけてマイナー・レーベルであるゼネラル・レコードにピアノ・ソロとヴォーカルの吹込みを行う。ゼネラル・レコードは1946年に経営破綻したのか歴史を閉じる。この音源を取得したのが1938年にミルト・ゲイブラーが創業したこれまた独立系のマイナー・レーベル”Commodore records”である。ということでこの音源は、現在「Commodore Jazz Classics “Jelly Roll Morton” Mainstream Records S/6020」として出ているのである。
録音順に並べると上記のようになるが、レコード上はA面にはピアノ+ヴォーカル、B面にはピアノ・ソロのナンバーが収録されている。またこのレコードは輸入盤だが、全く録音データが掲載されていない。以下の録音日については、モートンのディスコグラフィーと照らし合わせた結果なので、そうそう誤ってはいないと思うが、念のためレコードに記載されたデータではないことを断っておく。

またこのレコードには記載上<?>という個所がある。
その1曲名。ジャケット裏に記載された曲名に"Don't leave me here"という曲がある(右写真)。これはディスコグラフィーでは"Don't you leave me here"となっており、前回取り上げたコンボ演奏のピアノ弾き語りヴァージョンと思われる。
その2曲名。ジャケット裏に記載された曲名に"The grave"という曲がある(右写真)。これはレコード・ラベル及びディスコグラフィーでは"The crave"となっている。ググってみると"The crave"は、モートン作の楽曲と出てくるので、多分"The crave"が正しいのであろう。ただ"Grave"は「お墓」という意味で分かりやすいが"Crave"は「渇望する」という動詞である。"The crave"と"the"を付けることで「渇望」という名詞形になる。

「コモドア・ジャズ・・クラシックス/ジェリー・ロール・モートン」レコード・A面ラベル

<Contents> … "Jelly Roll Morton"(Mainstream Records S/6020)

A面
B面
曲名原題録音日曲名原題録音日
1.メイミーズ・ブルースMamie’s blues1939年12月16日1.オリジナル・ラグズOriginal rags1939年12月14日
2.ミシガン・ウォーター・ブルースMichigan water blues1939年12月18日2.ザ・ネイキド・ダンスThe naked dance1939年12月16日
3.バディ・ボールデンズ・ブルースBuddy Bolden’s blues1939年12月16日3.ザ・クレイヴThe crave1939年12月14日
4.ウィニン・ボーイ・ブルースWinin’boy blues1939年12月14日4.ミスター・ジョーMister Joe1939年12月14日
5.ドント・リーヴ・ミー・ヒアDon't leave me here1939年12月16日5.キング・ポーター・ストンプKing porter stomp1939年12月14日
録音順に並べると次のようになる。
A-4.ウィニン・ボーイ・ブルースWinin’boy blues/td>12月14日録音
B-1.オリジナル・ラグズOriginal rags12月14日録音
B-3.ザ・クレイヴThe crave12月14日録音
B-4.ミスター・ジョーMister Joe12月14日録音
B-5.キング・ポーター・ストンプKing porter stomp12月14日録音
A-1.メイミーズ・ブルースMamie’s blues12月16日録音
A-3.バディ・ボールデンズ・ブルースBuddy Bolden's blues12月16日録音
A-5.ドント・リーヴ・ミー・ヒアDon't leave me here12月16日録音
B-2.ザ・ネイキド・ダンスThe naked dance12月16日録音
A-2.ミシガン・ウォーター・ブルースMichigan water blues12月18日録音
「コモドア・ジャズ・・クラシックス/ジェリー・ロール・モートン」レコード・B面ラベル
A面ヴォーカル・サイド
いずれもゆったりとしたブルースで、モートンは弾き過ぎずたっぷりと間を取ったピアノと渋みのある時として哀愁が漂う滋味豊かな歌いっぷりで最高のブルース歌唱集であると思う。勿論ピアノ・プレイも素晴らしい。モートンもこういう枯れた芸風で行けばまだまだ活躍できただろうと思ってしまう。
B-1.「オリジナル・ラグズ」
タイトル通りのラグタイム・ナンバー。弾き慣れたラグタイムなので、余裕さえ感じられる弾きっぷりである。
B-2.「ザ・ネイキド・ダンス」
グッとテンポを上げて見事な鍵盤さばきを聴かせる。曲はラグタイムである。
B-3.「ザ・クレイヴ」
この曲はラグタイムにハバネラの要素を加えたような曲調でモートンの情念のようなものが感じられるエモーショナルなナンバーである。 映画「海の上のピアニスト」の挿入歌として有名になった曲。映画「海の上のピアニスト」の音楽を担当したのは、エンリオ・モリコーネだが、よくこんな曲を掘り起こしてきたものだと思う。
B-4.「ミスター・ジョー」
こちらはラグタイムの中にもグッと力強さを感じさせるナンバー。
B-5.「キング・ポーター・ストンプ」
モートンの作った数々のナンバーの中で最もヒットした曲。ベニー・グッドマンやフレッチャー・ヘンダーソンなども録音しているこの時代のスタンダード・ナンバーである。

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