ジェリー・ロール・モートン 「ザ・スミソニアン・コレクション・オブ・クラシック・ジャズ」

“Jelly Roll Morton/The Smithsonian Collection of Classic Jazz”

「ザ・スミソニアン・コレクション・オブ・クラシック・ジャズ」レコード・セット

<Contents>&<Personnel>

1.メイプル・リーフ・ラグ (Maple leaf rag) スコット・ジョプリン Scott Joplin Piano
2.メイプル・リーフ・ラグ (Maple leaf rag) ジェリー・ロール・モートン Jelly Roll Morton Piano

1…1916年4月にスコット・ジョプリン自身によってピアノ・ロールに打ち込みしたものを再生
2…1938年5月録音
「スミソニアン」といえば、アメリカを代表する化学、産業、技術、芸術、自然史の博物館群・教育研究機関として有名だ。運営しているのはスミソニアン学術協会(Smithsonian Institution)。このレコードは6枚組12面で東京都内の中古レコードショップで5、6年前に購入した。かの有名な「スミソニアン協会」が編纂した「クラシック・ジャズ」を集大成したものなのだろうと見当をつけまた安かったこともあり(多分1,000円しなかったと思う)買ってみた。僕は日本編集のジャズの歴史のようなオムニバス・アルバムが割と好きなのだ。懇切丁寧な解説とそのレコードでしか聴けない音源などが収録されているからである。このアルバムを購入したのには、本場アメリカではどういうものがクラシックのジャズと捉えられているのかということにも興味があったからである。監修はジャズ評論家として有名なマーティン・ウィリアムズ氏で、45ページに渡ってジャズの歴史や演奏家、収録曲について詳細な解説を書いている。しかし残念なことに全文英語なのだ(当たり前)。
この6枚組12面は大体、年代的に古いものから新しいものへ編年的に曲が収録されている。つまり第1枚目のA面1曲目が歴史上最も古い種類の録音ということになる。そしてその1曲目と2曲目には同一曲が収められている。スコット・ジョプリン作の「メイプル・リーフ・ラグ(”Maple leaf rag”)」である。
1曲目は1916年4月にスコット・ジョプリン自身が演奏したピアノ・ロールで、以前ご紹介したCDと同様のもの。そして2曲目はジェリー・ロール・モートンの演奏する同曲を収めている。この意味は1曲目はジャズが形作られる前の重要な音楽”ragtime”であり、2曲目はその”ragtime”をジャズに変革した演奏を収めている。つまり1曲目と2曲目の違いが”ragtime”と“jazz”の違いだということ示したかったのだろう。
因みに最終12面目はオーネット・コールマンのフリー・ジャズを経てジョン:コルトレーンの1963年11月18日バードランドでのライヴ録音を収めている。
演奏しているジェリー・ロール・モートンは初期のジャズ史に燦然と輝く巨星であり、『初期のジャズ』の著者ガンサー・シュラー氏は1つの章を割き詳細に業績を評価している。このモートンについてはそうそう簡単ではないのでまた少しずつ追記して行こうと思うが、少しだけここで触れておこう。
ジェリー・ロール・モートンは「自分がジャズを発明した」と発言し、とんだカマシ屋と失笑を買った人物と扱われることが多いが、演奏家でもあり音楽の教授であり評論家でもあるガンサー・シュラー氏によればこの発言はある程度の真実味があるということになる。そのことについてのシュラー氏の発言をまとめると以下のようになろう。
「モートンは神のように何もないところから一挙にジャズを発明したとは言っていない。モートンはそもそも「ラグタイム」と「ブルース」と「ジャズ」はまったく別個の音楽の分野であり、「ラグタイム」と「ブルース」は長い伝統を持つものであることを意識していた。そして「ラグタイム」と「ブルース」では覆い切れない領域の音楽を「ジャズ」と解釈していた。ラグタイム、オペラ、フランスやスペインの通俗歌謡や舞踏曲などの多様な音楽素材に対して一層滑らかにスイングするシンコペーションを加え即興の要素を増やして新たな音楽分野「ジャズ」を創りだした。」

またこうしたシュラー氏の考えとレコードを監修しているウィリアムズ氏の考えは一致しているようだ。
先ずウィリアムズ氏の解説によれば、ジョプリンの原曲はAABBACCDDという構成に対し、モートンはABACCDDで、僕にはよく分からないが最初のDは「タンゴ」からヒントを受け、2度目のDはニューオリンズの”ストンプ(stomp)”のヴァリエーションだという。こうなると確かにもはや「ラグタイム」とは言えないだろう。
さらにここでのモートンはニュー・オリンズのバンド・スタイルでピアノを弾いているという。右手はトランペット、クラリネットを、そして左手はトロンボーンによるリズムを弾いているという。
次にシュラー氏であるが、まずモートンは「メイプル・リーフ・ラグ」を2度録音しているという。1度目は純粋なラグタイムで、そして2度目は「ジャズ的な創造の方向に沿ったもの」という。ここで収録されているのは無論2度目の方である。実はシュラー氏の解説はかなり難解である。訳の問題かもしれないが(訳者の湯川さん失礼します)、独特の用語などがあり分かりづらい。そこで僕が下手にまとめるよりも、少々長いが以下ラグタイムとモートンのジャズのスタイルを述べた箇所をほぼそのまま書き出してみる。
「ほんの軽く聴いただけでモートンが堅苦しい「クラシック」音楽志向の右手と行進曲風の左手の動きのスタイルから外れていることが分かる。当時ラグタイムのピアニストの中では進歩的だったジェイムズ・P・ジョンソンでさえ、モートンが初期の段階で緩め、逃れようとしたリズム、つまり杓子定規な2/4拍子の感覚を保持している。モートンは、この変革を実現するために彼のピアノスタイルの要である、とりわけ右手による即興を行うことによって、大半が書かれた音楽であるラグタイムと対立する。即興の手法によって音楽をいわば水平化し、ラグタイムその他の音楽の垂直的、和声的強調を抑えることができる。この水平化が決定的だった。それが無ければモートンの観点からしても、また後続の演奏家たちの観点からしてもジャズはあり得ない。これがスイングの必須条件、リズミックな前進衝動を可能にするからである。しかしモートンのこれらの即興は依然としてラグタイムと密接な結びつきを有していた。というのは即興が作品の主題に依拠しているか、さもなければ主題の装飾だったからである。後期のジャズに見られるような和声構造のみに依拠する即興ではなかった。右手のこうした即興的な「扱い」はモートンの誇りであり喜びであってこれによって彼は旋律線に対して、ラグタイムの持っていたものよりもはるかに自由で、寛いだ感覚を与えることができただけにとどまらず、そうした右手の「扱い」は、全く新しい連続感とラグタイムの厳格な反復や模倣の排除を含む形式概念を齎し、代わりに幾つかの旋律が結合してより大きな完成された楽想を備えたコーラス風なパターンの上で展開される変奏的な手法を採用した。これは根底的な変革である。ボールデンやバンク・ジョンソンのような初期のラグタイムの器楽奏者たちですら夢にも思わなかった変革なのだ。付け加えれば、これは大きな構造的な観点から思考する作曲家しかやらない変革なのである。
モートンは音楽のより拡大された、より自由な連続性に対する自己の関心に基づいて−明らかにごく初期の段階において−、曲の末尾の揺れるストンプが、それに先行するより繊細で静かな個所と常に対照となるような全体構造を備えた枠組みを工夫した。後者はもちろん過去のラグタイムのトリオの部分に相当するものか、少なくともそれから派生したものであることが多かった。大事な点は、モートンが構造と音の強弱の対照についての彼の鋭い感覚に基づいて、彼の作品に多様性を与えたラグタイムや古いカドリールのそうした側面をきっちり保持したところにある。」

先ずシュラー氏の文章の中に「カドリール」という言葉が出てくるが、これは辞書によると「18世紀から19世紀にかけてフランスを中心として流行した舞踊。2組または4組の男女が方陣をつくって踊る。」とあってよく分からない。そこで使われた音楽のことか?そうだとすればそれはどんな音楽だったのだろう。
また、ウィリアムズ氏、シュラー氏双方に出てくる用語”ストンプ(stomp)”である。僕はこの言葉は曲名、例えば「キング・ポーター・ストンプ」などでよく聞くがそもそもどういう意味、どういうことなのだろうか?勉強することがいっぱいだ。
ウィリアムズ氏、シュラー氏の解説、評論を読んで感じたことなどを以下書いてみる。
まず、モートンの収録曲「メイプル・リーフ・ラグ」の録音日が1938年5月ということであるが、この録音はアメリカの民族学者アラン・ローマックス氏が米国議会図書館用にモートンのインタービューとピアノ演奏を録音した時に収録したものの一つと思われる。そして1938年と言えばベニー・グッドマンがカーネギー・ホールで最初のコンサートを行った年であり、正にスイング全盛時代であった。僕はこのローマックス氏によるインタービューなども読んでいないし録音の全貌も知らないが、ジャズ創生期にモートンが演奏していた通りの演奏そのままというわけではないだろう。すなわちガチガチのラグタイム演奏は1曲目のジョプリン、それを変奏してジャズに仕立て上げた天才モートンの演奏が2曲目と単純に理解していいかどうか。
またシュラー氏の記述の中に「ボールデンやバンク・ジョンソンのような初期のラグタイム器楽奏者」という箇所がある。ボールデンことチャールズ・“バディ”・ボールデンは初代「キング・オブ・ジャズ」と呼ばれたニューオリンズの伝説的なコルネット奏者で、1906年発狂し1907年4月に精神病院に収容され24年間廃人として隔離され1931年に亡くなっていて録音は全く残していない。バンク・ジョンソンについては前章「僕の作ったジャズ・ストーリー…原初のジャズ1」で詳しく触れた。シュラー氏はこの2人を「ラグタイム器楽奏者」と呼んでいる。この2人はジャズなのであろうかそれともラグタイムなのであろうか?
大和明氏はラグタイムはヨーロッパのクラシック音楽のピアノ曲の伝統と黒人のリズム感の融合によって生まれたピアノ音楽と捉えていたようだ。ヨアヒム・ベーレント氏も「ラグタイムは作曲されたピアノ音楽」と明快に述べている。もしラグタイムがピアノ曲として生まれたのならどのようにデキシーーランド・ジャズとしてコルネットやクラリネット、トロンボーンなどによる演奏へと展開して行ったのだろう。その説明が欲しい。それとも“Tiger rag”などは“rag”とタイトルについているが、演奏形態としてはラグタイムではないのだろうか?“○○Blues”というタイトルの付いている多くの曲が実際はブルースではないように。
これに対しシュラー氏は「ラグタイムはマーチから生まれた」とする。マーチから生まれたと考えるから、マーチング・バンドともいわれたニューオリンズのデキシーランド・ジャズ・バンドの演奏家ボールデンやバンク・ジョンソンとの比較を行うのだろう。しかし“rag”とは黒人のリズム感であるシンコペーションによって、強拍弱拍の移動によって生み出されるもので、これが西洋人には「ずれ=rag」と聞こえたことによる命名である可能性が高いという。こういったリズム感というのはそもそも行進曲(マーチ)にはふさわしくないものではないか。シュラー氏はイチニイチニと行進するための音楽を黒人が演奏するとどうしてもその独自のリズム感からシンコペーションを効かせてしまい“ragtime”になってしまったのがその初めとするのだろうか?それならそれがどのようにピアノ曲へ展開して行ったのかという説明が必要ではないかと思う。
これは僕の勝手な想像にすぎないが、ラグタイムの定義みたいなものは後から解釈したもので、初期の演奏家は別に意識していなかったのではないかと思う。
多分耳の良い黒人が、西洋人が弾くクラシック或いは流行歌、民謡などをピアノで弾く機会があったのだろう。それはもしかするとストーリーヴィルのようなところであったかもしれない。当時黒人は楽譜を読める人間が少なくほとんどが耳で聴いて覚えたのだろう。つまり楽譜に頼らず記憶で演奏すれば、どうしてもその人間の癖が所々で出てしまう。それを聞いた西洋人は「ずれ=ラグ」ていると感じたのだろう。当初はその癖を直そうとしたのかもしれないが、逆にこれこそ西洋音楽と黒人音楽の融合、橋渡しだと考え積極的に取り組む人間(スコット・ジョプリンなど)が現われてきたのだろう。そして同様のことはピアノ音楽だけではなく、行進の際のマーチ演奏などにも起こった現象なのではあるまいか。
「ragtaime」がもし黒人のリズム感で西洋のクラシック音楽などを演奏した時に感じる「ずれ」を表現した言葉であるなら、現代では「ragtaime」はジャズに吸収され独立した分野とは言えないであろう。

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