ジョニー・ドッズ 1926年
Johnny Dodds 1926
ジョニー・ドッズと言えば20年代ニュー・オリンズ・スタイルのClの名手としてキング・オリヴァー、ルイ・アームストロングなどとの録音で大活躍していた人物である。そのドッズの評価だが、粟村政昭氏は『ジャズ・レコード・ブック』において、「ニューオリンズ・ジャズを代表する幾人かの優れたCl奏者の内で彼は最もアグレッシヴなミュージシャンだったと申せよう。彼の持っていたダーティなトーン、強烈なドライヴ感、大胆なヴァリエイションといった特質は、思い付きではなしに、今日の前衛ミュージシャンのそれに通ずるものがあったと断じ得る。ドッズは古い時代のミュージシャンとしては、驚くほど多年にわたって幾多の名演を記録した。ジャズ界のファッションは変わったが、ドッズ自身は永遠にスランプを知らぬ不死鳥のごとき強靭な生命力の持ち主であった。」とべた褒めに近い。
一方ガンサー・シュラー氏は『初期のジャズ』において、「ドッズは、激しい音楽的個性の持ち主であるシドニー・ベシエ、技巧的な一貫性を持つジミー・ヌーンという大物3人組の中間に位置する。」とし、私見としながら「彼の演奏の出来映えが不ぞろいなのは、もっぱらこうした基本的には対立する傾向に具現される相互の牽引力の所産でもある。」という。つまり大物2人の間にいてある時はベシエ、またある時はヌーンに引っ張られるような演奏したので「不揃いだ」というのである。
それゆえにドッズはスタイルの一貫性に欠ける。そのためジャズの歴史家にとっては扱いにくい存在だったというのである。例えばフランスのアンドレ・オデール氏は彼を否定する一方彼こそがニュー・オリンズのみならず、ジャズ界最高のCl奏者だという批評家もいるというのである。そのため彼はたくさんの録音の場で活躍することができたというのである。シュラー氏の「ドッズ論」はまだまだ続くのだが、それは今後紹介していこう。
そのドッズ名義のレコードを僕は2枚持っている。この2枚はSP時代のいろいろなセッションを集めたものであり、必ずしもドッズがリーダーというわけではなく、サイドマンとして参加したものが多い。それらは、ニュー・オリンズ・スタイルのジャズあり、ジャグ・バンドありで当時の音楽状況を記す重要な資料となっているような気がする。
<Date & Place> … 1926年2月22日 シカゴにて録音。
<Personnel> … ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ホット・ファイヴ (Louis Armstrong and his hot five)
<Contents> … 「ルイ・アームストロング傑作集」(Odeon OR-8002)&「黄金時代のルイ・アームストロング」(東芝EMI TOCJ-5221〜28)
1集A-4.CD1-4.「カム・バック・スウィート・パパ」(Come back , sweet Papa)
ここではジョニー・ドッズが珍しくアルト・サックスを吹いている。この1926年最初のセッションが1曲だけということ、またソロが一番多いのがドッズだということは、ルイが如何にドッズに敬意を表していたかの表れであると大和明氏は解説に書いている。
<Date & Place> … 1926年2月26日 シカゴにて録音。
<Personnel> … ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ホット・ファイヴ (Louis Armstrong and his hot five)
<Contents> … 「ルイ・アームストロング傑作集」(Odeon OR-8002)&「黄金時代のルイ・アームストロング」(東芝EMI TOCJ-5221〜28)
| 1集A-5.CD1-5. | ジョージア・グラインド | Georgia grind |
| 1集A-6.CD1-6. | ヒービー・ジービーズ | Heebie jeebies |
| 1集A-7.CD1-7. | コルネット・チャプ・スイ | Cornet chop suey |
| 1集A-8.CD1-8. | オリエンタル・ストラット | Oriental strut |
| 1集B-1.CD1-9. | ユーアー・ネクスト | You’re next |
| 1集B-2.CD1-10. | マスクラット・ランブル | Muscrat ramble |
1集A-5.CD1-5.ジョージア・グラインド
ジミー・ブライスが作曲した当時の黒人流行歌だそうで、ルイとリルのヴォーカル・デュエットがフューチャーされている。珍しいというか唯一かな。
リルの2コーラスのヴォーカルの後、オリーの1コーラスのソロを挟んでルイの2コーラスのヴォーカル、続いてドッズのクラリネット・ソロの途中から合奏になって終わる。
1集A-6.CD1-6.ヒービー・ジービーズ
とにかく有名なナンバー。僕はこの曲を聴いてみたかったことがこのレコードを買った動機でもある。何がどう有名かというと、史上初めてスキャット・ヴォーカルが行われたレコードであったからで、1926年度ヒット・チャート14位にランクされる当時大ヒットを記録した。
油井正一氏は、スキャットの誕生によって、ジャズ・ヴォーカルは人声を以って楽器の一種ともなるという新生面を開拓した。サッチモ以後の歌手はおおむね古典的歌唱法プラス楽器用法を使用していると『生きているジャズ史』に書いている。さらに油井氏は、「スキャット・ヴォーカルの誕生―1926年2月26日―」という項を設け5ページに渡ってこの日の録音についてドキュメント風に詳しく記述している。
ルイは歌詞を忘れてとっさにスキャットを始め、メンバーは笑いを抑えるのに懸命だったというエピソードが喧伝されている。しかし実際は偶発的な出来事ではなく、ルイの計画的な行動であったというのが最近の大方の見方である。
1集A-7.CD1-7.コルネット・チャプ・スイ
油井氏はこう始める、「モダン・ジャズと言ったら笑う人もいるだろうが、1926年においては抜群のモダン・ジャズであった。一切を支配するのはルイのコルネット一本である。そのソロはピアノを挟んで見事なコンストラクションを作り、ニュー・オリンズ・スタイルから来るべきスイング・スタイルへの架け橋を作り出している。」
CD解説の大和氏は、「ピアノ・ソロを挟んでほとんどルイの強力なコルネットが演奏をすべてを支配している。特にそのブレイクとストップ・タイムに乗ったソロは素晴らしい。いわばジャズ史上最初のフューチャリング・ナンバーの一つと言ってよい演奏である。当時のすべてのジャズマンに衝撃を与えた作品である」と述べている。
ところがこの母盤にはプロデューサーの手で“recommended for rejection”(ボツにしたい)と書き入れてあったという。名プロデューサーと言われるトミー・ロックウェルがなぜこれを史上の傑作と認めなかったのか理解に苦しむが、ピアノ・ソロに入る一瞬ジョニー・ドッズが誤って一音吹いているのが気になったのかもしれないとは油井氏。
この演奏のすごさは僕にも分かる。ルイのコルネットは本当に強烈で、すべてを支配しているのがわかる。ガンサー・シュラー氏はリルの不細工なピアノ・ソロが残念であると述べているが、演奏自体が素晴らしいのは定説になっているのだろう。
1集A-8.CD1-8.オリエンタル・ストラット
1集B-1.CD1-9.ユーアー・ネクスト
1集B-2.CD1-10.マスクラット・ランブル
この辺りの録音はほかのメンバーとルイとの質的な差がますます大きくなってくるという。ドッズもオリーもルイと同等には絡んでこない。ホット・ファイヴのアンサンブルが「ニュー・オーリンズ・アンサンブル」の枠をはみ出していることを知るためには、同じ1926年コルネットをジョージ・ミッチェルに変えただけで吹き込まれたニュー・オーリンズ・ワンダラーズ、ニュー・オーリンズ・ブートブラックスの諸作と比較すればよい、と無茶なことをいう所はいかにも油井氏らしい。
ガンサー・シュラー氏によるとこの時期のホット・ファイヴはまだ自己発見の途上の段階にあったという。オリーや特にリルの数多くの不細工なソロがあり、ルイと他のメンバーとの力量の差が大きいとは油井氏と同意見で、ルイは手を休めず常に他のメンバーを駆り立てる必要があったとし、こうした努力には重い負担となり、ルイの演奏にも影響を及ぼす。ルイは驚異的な音、異例な旋律、強烈な効果を作り出そうとして時には成功し、時にはうまくいかない部分も見受けられると述べている。
因みに1集B-2.CD1-10.マスクラット・ランブルはキッド・オリィの代表作。1926年ヒット・チャートでも18位にランクされるヒットとなった。
まだ、1927年のルイを聴いていないのに先走りすぎかもしれないが、この26年2月26日の録音などを聴いているとルイはもう次の時代に突入したのではないか?第2期に入ったのではないかと思う。その辺りが今後のテーマになろう。
<Date & Place> … 1926年5月録音
<Personnel> … ジミー・ブライスのウォッシュボード・ラガマフィンズ(Jimmy Blythe’s washboard ragamuffins)
<Contents> … 「ジョニー・ドッズ/シカゴ・メス・アラウンド」(Milestone MJ-7137)
| A面6曲目 | ボーハンカス・ブルース | Bohunkus blues |
| A面7曲目 | バディ・バートンのジャズ | Buddy Burton’s jazz |
A-6は曲が始まって何度かやり直しがあり、A-7は途中ヴォーカルが入るがどうもふざけて歌っているような雰囲気があり、この2曲はいわゆる冗談音楽の類かもしれない。どちらもメロディーを奏でるのはドッズのClで、テーマ吹奏の後アドリブなど吹いたら現代にも通じるC調ではない面白さがあるのにと思う。時代的に当時そういう発想はなかったのであろう。
<Date & Place> … 1926年5月28日 シカゴにて録音。
<Personnel> … リルズ・ホット・ショッツ(Lil's hot shots)
<Contents> … 「若き日のルイ」(Decca SDL-10377)
| A面7. | ジョージア・ボー・ボー | Georgia bo bo |
| A面8. | ドロップ・ザット・ザック | Drop that sack |
顔ぶれはルイのホット・ファイヴと全く同じである。気まずくなったと言われるルイとリルが共演した形である。今考えると名前は確かに「ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ホット・ファイヴ 」だったが、このコンボのお膳立てをしたのはどちらかというとリルだったのではないかと思う。それでルイが抜け、共演するときはリルのバンドにルイが客演するという形をとったのではないか。ここでルイはコルネットを吹いている。
シュラー氏は同じメンバーでありながら、ホット・ファイヴと全く異なる響きがするのは驚くべきことだと書いている。さらに「なぜアンサンブルが古きニュー・オリンズの感性を濃厚にたたえているのか?なぜルイは「ジョージア・ボー・ボー」でソロを吹かず、「ドロップ・ザット・ザック」ではつまらないソロをとっているのか?一方なぜオリーとドッズは、ホット・ファイヴにおけるよりも単純ではあるが効果的なソロをとっているのか?」と書き、オリーとドッズはホット・ファイヴでは臆病になっていたというしばしば流された流言を裏付けるものであるかもしれないと書いている。
A面7.ジョージア・ボー・ボー
ファッツ・ウォーラー作のミディアム・テンポのブルースでブギー調である。シュラー氏はルイにソロの機会が与えられていないというが、最初にソロを取るのはルイのコルネットだと思うのだが…。
A面8.ドロップ・ザット・ザック
ルイの作曲で、1コーラス20小節という変わった形式の曲。各自のソロが十分に楽しめるほか、ラストのアンサンブルにドッズとルイのブレークを挿入するなど、キング・オリヴァー楽団と同じ趣向を見せると飯塚氏。最初にソロを取るのはドッズで、ここでの最初のブレークは完全に後ノリでこの時代ではちょっと珍しいのではないか?
シュラー氏はこのソロを「つまらない」と書いているが、僕にはそうは思えない。
<Date & Place> … 1926年6月16日 シカゴにて録音。
<Personnel> … ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ホット・ファイヴ(Louis Armstrong and his hot five)
<Contents> … 「ルイ・アームストロング傑作集」(Odeon OR-8002)&「黄金時代のルイ・アームストロング」(東芝EMI TOCJ-5221〜28)
| 1集B面3.CD1-11. | ドント・フォーゲット・トゥ・メス・アランド | Don't forget to mess around |
| 1集B面4.CD1-12. | アイム・ゴナ・ギッチャ | I'm gonna gitcha |
| 1集B面5.CD1-13. | ドロッピング・シャックス | Dropping shucks |
| 1集B面6.CD1-14. | フーズ・イット | Who's it |
この日の演奏についてシュラー氏は、「大半がリルの疑似ノヴェルティ的な音楽で構成された、ホット・ファイヴの録音活動のどん底」と厳しい評価を下しており、CD解説の大和明氏はかなりコマーシャルな企画によるものでそれだけホット・ファイヴに人気があったことの証拠と前向きにとらえている。。
B-3〜5は、ルイのだみ声ヴォーカルを楽しむナンバー。とはいえB-4「アイム・ゴナ・ギッチャ」は典型的なドッグ・チューン(くだらない曲)、B-6は、スライド・ホイッスルを入れるなどお遊び的なレコーディングだと全体的な評価は芳しくない。
2日後には、ホット・ファイヴが揃って「バタービーンズ・アンド・スージー」の伴奏を務めている。
<Date & Place> … 1926年6月18日 シカゴにて録音
<Personnel> … バタービーンズ・アンド・スージー(Butterbeans and Susie)
<Contents> … 「黄金時代のルイ・アームストロング」(東芝EMI TOCJ-5221〜28)
| CD8-3. | ヒー・ライクス・イット・スロウ | He likes it slow |
「バタービーンズ・アンド・スージー」は、夫婦のヴォードビリアン・チームで以前1924年にキング・オリヴァーがバックを務めた吹込みを紹介した。当時オーケーに数多くのレコーディングを行った人気チームだが、ルイがこのチームと吹き込んだのはこの1曲だけだという。
この時代の録音でもホット・ファイヴの演奏などはすでにニュー・オリンズ・スタイルを完全に脱しつつあるように思える。それは自分がリーダーであることでバンド全体をコントロールできたからであろうか。
ルイの次の録音は5日後の6月23日にホット・ファイヴとして4面分の吹込みが行われている。
まずこの6月23日の録音全体について、ガンサー・シュラー氏は次のように述べている。「この録音とこの後に行われた11月16日に行われた2回の録音によって、ホット・ファイヴのレコードはより着実にスイングを開始した。ルイの演奏の威力とリズミックなドライヴ感が他の4人の奏者に影響力を発揮し始めたのだ。しかし、ルイが演奏するときは、発想とスイングとリズムが自動的に整ってくるのだが、ルイの演奏が外れるとエンジンが切れた感じがし、決まってリルの水っぽいピアノが登場してくる。…そしてこの時期のルイは、以前行った様々な実験を効果的に再確認しようとしていると思われる」と。
<Date & Place> … 1926年6月23日 シカゴにて録音。
<Personnel> … ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ホット・ファイヴ(Louis Armstrong and his hot five)
<Contents> … 「ルイ・アームストロング傑作集」(Odeon OR-8002)&「黄金時代のルイ・アームストロング」(東芝EMI TOCJ-5221〜28)
| 1集B面7、CD1-15. | ズールーの王様 | The king of Zulus |
| 1集B面8、CD1-16. | ふとったママとやせたパパ | Big fat Ma and skinny Pa |
| 2集A面1、CD1-17. | ロンサム・ブルース | Lonesome blues |
| 2集A面2、CD1-18. | スィート・リトル・パパ | Sweet little Papa |
1集B面7、CD1-15.ズールーの王様
曲名の「ズールーの王様」とは、ニュー・オリンズのお祭りであるマルディ・グラ(謝肉祭)の時に選ばれる主役の名前で、ルイも後年49年に指名されて演じている。演奏にマルディ・グラの行列でオリーのトロンボーンが行進してくると、西インド諸島から来た男(クラレンス・バブコック)が呼びかけ、ホットなジャズを演ろうと言い、ここにルイのソロが始まる。
CD解説の大和明氏は、このルイのソロをなかなかの聴きものであると書いているが、ガンサー・シュラー氏は、ホット・ファイヴの録音のどん底だという。ルイのソロは聴きものだが、バンド全体の演奏はダメということだろうか?
僕はまずこの「マルディ・グラ」がよく分からないので、最初のオリーのトロンボーンがお祭りで吹かれているものかそういったイメージをオリーが創作で吹いているものかが分からない。しかしサンシールだけの伴奏で重々しいオリーのソロがあり、一旦セリフが入りルイが同じように重々しい雰囲気でソロを吹く。その後サンシールの単音を交えたソロがあり再びルイのソロとなる。
1集B面8、CD1-16.ふとったママとやせたパパ
大和氏「この曲もかなりコマーシャルでホット・ファイヴの中では低調な作品」、油井氏「コマーシャルな企画の曲だが、ホット・ファイヴらしく聴かせ処を持った好演」、シュラー氏はコメントなし。
しかしこの辺りのルイのプレイは緩急自在一頭地を抜けている感じが伝わってくる。
2集A面-1、CD1-17.ロンサム・ブルース
典型的な12小節のスロー・ブルース。印象的なメロディーで、すすり泣くようなブルージーなドッズのプレイが素晴らしい。
2集A面-2、CD1-18.スィート・リトル・パパ
大和氏はO.D.J.B.の<オストリッチ・ウォーク>に基づいてオリーが作った曲で、オリーのトロンボーンが活躍し、ルイも好調そのものと簡略に紹介している。
一方シュラー氏は次のように詳細に記している。
「ヘンダーソン時代のソロ、例えば「マンディ」、「コペンハーゲン」と比べてみると、ヘンダーソン時代は一本調子で水平的な旋律型に終始していたのが、ここではトランペットの音域全体を駆使して、大きなアーチを描くように旋律線を上下向させ、時には突如としてその方向を変えたりもする。
ヘンダーソン時代のアドリブの滑らかなリズムに替わって、より強力で、対照の明確な、硬めのスイングするリズムが登場する。ダブル・タイムのブレイクが豊富で、メロディ・ラインとリズムが結びついてより印象的な輪郭を作り出している。もちろん、これはルイの技量の向上の所産であるだけでなく、音楽性の成熟の結果である。というのは、ジャズのソロが、大衆歌謡の文字通りの装飾という観点からではなく、創造的な独創を最大限に生み出すコード進行の観点から思考されたからである。
ルイのソロの楽想は、彼のソロが原曲から離れる度合いに比例して発展した。彼の後期のソロは、原曲をほとんど無視して、そのコード進行の変化のみを手掛かりにして始められた。この曲の彼のコーラスには、フラッター・タンギング奏法(オリヴァーには未知だった技法」、リップされた高い音程で始まるブレイク、装飾的なトリルなどが含まれている。しかしながら、初期のソロの場合には、こうした楽句作りの工夫が目立ちすぎてはいるが、なければ凡庸になってしまったのに対して、ここでは、全体のまとまりのある楽想の一部になっている。」
次の録音は約5か月後11月16日のホット・ファイヴによるものとなる。大和明氏は「この日の4曲はいずれもホット・ファイヴの前期の録音を代表する出来栄えを示している。」と高く評価している。確かに僕が聴いてもこの素晴らしさは分かる。特に傑作と言われる「ビッグ・バター・アンド・エッグ・マン」についてはガンサー・シュラー氏の詳細な分析があるので僕のコメントなどは控えよう。
<Date&Place> … 1926年7月終わり シカゴにて録音
<Personnel> … ジミー・ブライシズ・ラガマフィンズ(Jimmy Blythe’s ragamuffins)
<Contents> … "Archive of Jazz/Freddie Keppard"(BYG 529.075)
| A面6曲目. | メッシン・アラウンド | Messin’around take1 |
| A面7曲目. | メッシン・アラウンド | Messin’around take2 |
| B面1曲目. | アダムズ・アップル | Adam’s apple |
6月22日クッキーズ・ジンジャースナップスが演奏していたナンバーと同タイトル。クラリネットのドッズが良い感じのソロを取る。A-6、7はトリクシー・スミスという女性シンガーが加わった歌もの。トリクシー・スミスは1922年に開かれた「第1回ブルース・シンギング・コンテスト」で優勝し、ブラック・スワン・レコードからデビューしていた人気のブルース・シンガー。しかし彼女の声は少し甘く歌い方も滑らかで迫力あるブルース・シンガーではない。1925年にはルイ・アームストロングとも共演している。
3曲を通じてまずソロを取るのはジョニー・ドッズであり、聴き応えのあるソロを展開するが、やはりそれはルイとの共演が影響を及ぼし、ドッズの実力を高めたからであろう。対してケパードはソロにおいても装飾フレーズから脱しておらず、以前は2代目ジャズ王と言われた時期もあったが、もうすでに過去の人になりつつあったのであろう。
<Date & Place> … 1926年8月録音
<Personnel> … ラビィー・オースチンのブルース・セレネイダーズ(Lovie Austin & the blues serenaders)
<Contents> … 「ジョニー・ドッズ/シカゴ・メス・アラウンド」(Milestone MJ-7137)
| B面1曲目 | ギャリオン・ストンプ | Gallion stomp |
| B面2曲目 | シカゴ・メス・アラウンド | Chicago mess around |
| B面3曲目 | メリー・メイカーズ・トゥワイン | Merry maker’s twine |
| B面4曲目 | イン・ジ・アレイ | In the alley |
このバンドの演奏は、このレコードで初めて聴いたが、全体としてニューオリンズ・スタイルのディキシーランド・ジャズである。
1曲目は誰かわからないが、トロンボーンが大活躍している。ドッズも斬新なプレイを聴かせる。
2曲目、3曲目がヴォーカル入りである。ヴォーカルのヘンリー・ウィリアムズは写真を見るとブルース・シンガーっぽいが歌唱は全く異なるのが意外である。
2、3曲目はラドニアのソロ、ドッズのソロが聴きものである。
4曲目はゆったりとしたテンポの曲で、ソロはドッズ、続いてラドニアが取り、合奏となる。
<Date&Place> … 1926年9月 シカゴにて録音
<Personnel> … フレディー・ケパードアンド・ヒズ・ジャズ・カーディナルス(Freddie Keppard and his jazz cardinals)
<Contents> … "Archive of Jazz/Freddie Keppard"(BYG 529.075)
| B面2曲目. | ソルティー・ドック 1 | Salty dog take1 |
| B面3曲目. | ソルティー・ドック 2 | Salty dog take2 |
| B面4曲目. | トックヤード・ストラット | Tockyard strut |
この録音は珍しくケパード名義である。
ここでのケパードは生き返ったように溌剌としたプレイを展開する。ここまで聴いてきてこの人にはやる気があるのだろうかとさえ思うことがあったが、一転して素晴らしいプレイを披露する。ケパード名義の録音となると、立ち直るところがこの人のパーソナリティなのかもしれない。
B面2、3曲目ソルティー・ドック
この2曲は歌もので、歌っているのは草創期の男性ブルース・シンガー、パパ・チャーリー・ジャクソン。しかしこの2ヴァージョンはブルースではない。
B面4曲目.トックヤード・ストラット
アップ・テンポの曲。こちらでもケパードは好調でドッズの絡みも聴き応えがある。
<Date & Place> … 1926年10月録音
<Personnel>…ジミー・ブライスのウォッシュボード・ラガマフィンズ(Jimmy Blythe’s washboard ragamuffins)
<Contents> … 「ジョニー・ドッズ/シカゴ・メス・アラウンド」(Milestone MJ-7137)
| A面1曲目 | エイプ・マン | Ape man |
| A面2曲目 | ユア・フォークス | Your folks |
この2曲はドッズのClが中心となっている。ジャズという感じがしない演奏であり、あまり面白くはないが、ともかくドッズの音がたっぷりと聴けるという点が良いところか。
<Date&Place> … 1926年11月 シカゴにて録音
<Personnel> … ジャスパー・テイラーズ・ステイト・ストリート・ボーイズ(Jasper Taylor’s state street boys)
<Contents> … "Archive of Jazz/Freddie Keppard"(BYG 529.075)
| B面5曲目. | ストンプ・タイム・ブルース | Stomp time blues |
| B面6曲目. | イット・マスト・ビー・ザ・ブルース | It must be the blues |
B面5曲目.ストンプ・タイム・ブルース
ここでもケパードは好調をキープする。ブレークでの短いソロ、ケパード、ドッズ、エリスともども工夫を凝らしていることが感じられる。
B面6曲目.イット・マスト・ビー・ザ・ブルース
ミディアム・テンポのブルース。最初のソロはケパード、続いてドッズ、そしてエリスそれぞれ持ち味を発揮している。そこから合奏となりケパードが短いカデンツァを吹いて終わる。
<Date & Place> … 1926年11月16日 シカゴにて録音。
<Personnel> … ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ホット・ファイヴ(Louis Armstrong and his hot five)
<Contents> … 「ルイ・アームストロング傑作集」(Odeon OR-8002)&「黄金時代のルイ・アームストロング」(東芝EMI TOCJ-5221〜28)
| 2集A面-3.CD1-19. | ジャズ・リップス | Jazz lips |
| 2集A面-4.CD1-20. | スキッド・ダット・デ・ダット | Skid-dat-de-dat |
| 2集A面-5.CD1-21. | ビッグ・バター・アンド・エッグ・マン | I want a big butter and egg man |
| 2集A面-6.CD1-22. | サンセット・カフェ・ストンプ | Sunset cafe stomp |
2集A面-3.CD1-19.ジャズ・リップス
大和明氏「ルイによる後半のプレイの盛り上がりが見事で他のメンバーがすっかり影が薄くなってしまっている。ただし演奏全体のまとまりという点では、この後に続く3曲の方がはるかに優れている」
2集A面-4.CD1-20.スキッド・ダット・デ・ダット
堂々とスキャットを彼のトランペット・プレイと対等の売り物として前面に押し出した演奏であり、ヴォーカルと器楽演奏を同等に扱い、ヴォーカルそのものに楽器と同じ役割を与えたものと言える。テーマのアンサンブルの持って行き方にしても、実に工夫を凝らした構成であり、ニューオリンズ・アンサンブルの面影はすでにない。スキャット・ヴォーカルと楽器演奏のやり取りも見事。ここには独自の「サッチモ・ジャズ」の個性がはっきり打ち出されている。
シュラー氏はかなり詳しく解説している。
「ルイとリルの共作のナンセンス・スキャットの小曲。曲の大半が2小節のブレイクで構成され、グループの3人を比較する絶好の機会を与えてくれるという点で興味深い。」
さらに続けて「片やルイ、片やドッズとオリー、両者の対照は驚異的である。彼ら2人がルイに到底かなう相手ではないことを異論の余地なく実証してくれる。
他の数十曲の録音の場合と同じように、この曲でも彼らのテンポと調音がまずく、発想が下品である。ニュー・オリンズの偉大な過去の人々に対する忠誠心と懐旧の情によって、これらの欠点を大目に見たがる人がいるかもしれないが、客観的な分析に依拠しない音楽的評価は不当であり、音楽とは無縁のものである。ドッズ並びにオリーのブレイクとルイのブレイクとの質的差異については、特にルイの冒頭の卓抜なブレイクの導入部を聴くといささか疑問の余地もないではないか。これがCメジャーの曲のブレイクに聴こえるだろうか。ブレイクに先立って、Cの調性がすでに確定されていたとすれば、B♭音とE♭音とA♭音は、ブルー・ノートとしてしか低めの変化音程と聞こえるに過ぎまい。しかしながら、この無伴奏のブレイクで曲が始まる以上、我々の耳はこれをE♭(あるいはひょっとしてCminor)の調性めいたものとして知覚する。このため第3小節においてCmajorの主音が異様に響く。シュラー氏の知る限りでは、ディジー・ガレスピーの「言い出しかねて(I can’t get started)」の有名な「調性外の」ブレイク(録音ではかなり控えめだが、ディジーの生演奏では遥か遠隔の調性をしばしば彷徨う)までは、これに必肩するほど調性感のあいまいな例は見当たらない。
2集A面-5.CD1-21.ビッグ・バター・アンド・エッグ・マン
1926年ヒット・チャート32位にランクされるスマッシュ・ヒット。大和明氏は「この日の最高作。最初の1コーラス目のテーマからルイを前面に出した親しみに溢れた自然で好ましいアンサンブルが展開される。メイ・アリックスの声を張り上げるようにして歌うヴォーカルも微笑ましく、それだけにルイの語り調のヴォーカルが効果を上げている。続くルイのコルネットのソロが独創性に富んだ、しかも実にバランスの取れた見事な構成で繰り広げられていくのである。かなりポピュラーな線を狙った演奏ではあるが、ルイのプレイはそれを超えた見事な芸術に仕立て上げている。だからこそウィンギー・マノンをはじめ当時多くのミュージシャンにこの演奏がコピーされたのであろう。
シュラー氏、1926年の録音の中で最も有名。この録音のルイの演奏はすべてが素晴らしい。ソロのコーラスがとりわけ秀逸で、フランスの評論家アンドレ・オデール氏によって抜群の出来として称賛されているが、この段階での力量を完璧に示すものであるため、再検討してみよう。
これは変奏についての想像力に富む感覚との結びつきで音楽の論理と連続性を本能的に把握する彼の能力を示すものである。まず第一に、第1小節から第5小節に登場する3つの音を用いた呼びかけ風な楽句における音程とリズムの微妙な変化に注目する(譜例7)。
オデール氏はこれについて「この出だし自体が傑作である。これ以上に素直で均衡のとれたものを想像することは不可能である」と解説する。どんな作曲家でも、モーツアルトやシューベルト級の作曲家ですら、これほど自然にあっさりと思いつかれたものは作曲しなかったと付言することできる。さらには、第7、9、15、19小節における旋律的・リズム的構成要素のタタン(おおむね音階の2度から主音へ移行する8分音符・4分音符)の反復的使用と第10小節におけるそのリズム的変奏に注目してみよう。この構成要素はそれが登場する都度違ったように完成されている点が興味深い。多様性が同一性と反復と連合しているのだ。
ブリッジの箇所は、明らかに想像力に富むこのソロの白眉である。まずは、ブラス奏者が利用できる指使いの後退による効果をもっぱら活かしてC音が反復される(第16小節)。次いでこれが4分音符の3連符へと引き伸ばされる。コード進行はB♭へ転移するのだが、第20小節では、ルイは意外なことにブリッジの初めの音C音、この個所ではコードの9度音へと復帰して、見事にシンコペイトして下向する半音階的な旋律線の口火を切る。そしてこの旋律線が、このソロの最高点、すなわちブリッジの末尾と最後の8小節の間の伝統的なブレイクにまたがる連結の楽句を導く。オデール氏が明快に示唆したように、この「ゴーストされた」16分音符のついた楽句の驚異的なスイングにおいて、ルイは「現代のリズム概念がどんな風なものになるかを予測していたように見える。」当然のことながら、ルイのこの演奏には、透明で豪奢な彼の音色、無造作に時の中をさまよいながらも正確無比なリズムを保つ彼の完璧でくつろいだスイング感などの記述不可能な諸要素もいくつか介在する。
2集A面-6.CD1-22.サンセット・カフェ・ストンプ
チャールストンの雰囲気を取り入れたかなりポピュラーな意図を持った演奏で、ここでもメイ・アリックスのリズミックなヴォーカルがなかなか楽しい。特にヴォーカルの後のアンサンブルはブレイクを挟み、実に溌剌としており、楽しめる。
なお曲名のサンセット・カフェはこの当時ルイが加わっていたキャロル・ディッカーソン楽団が出演していたクラブの名前で、ルイはディッカーソン楽団を27年2月に退団した後、自分のレギュラー・バンド(ストンパーズ)を率いて出演している。このホット・ファイヴはあくまでもレコーディングのための臨時編成バンドで、このメンバーが聴衆の前で演奏したのは、1926年6月12日にシカゴで開かれたオーケー・レコード専属芸術家ダンス・パーティーに出演した時だけであったという。
<Date & Place> … 1926年11月27日 シカゴにて録音。
<Personnel> … ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ホット・ファイヴ(Louis Armstrong and his hot five)
<Contents> … 「ルイ・アームストロング傑作集」(Odeon OR-8002)&「黄金時代のルイ・アームストロング」(東芝EMI TOCJ-5221〜28)
| 2集A面-7.CD2-1. | 恋のとりこ | You made me love you |
| 2集A面-8.CD2-2. | アイリッシュ・ブラック・ボトム | Irish black bottom |
バーサとの2回のセッションを終えた翌11月27日には自身のホット・ファイヴによる吹込みを行っている。しかし注目はトロンボーンがキッド・オリーではないことであろう。CDの大和明氏による解説にはトロンボーンに、キッド・オリーではなく、”probably”つまり「多分」としながらヘンリー・クラークなる人物の名を記している。そしてこれはキッド・オリーがキング・オリヴァーの楽団に加わりニューヨークに旅立ってしまったためで、その後トロンボーンにはジョン・トーマスやジェラルド・リーヴスなどを起用したという。しかしそれらの人物のプレイにはどうも不満だったようで翌27年9月には再びオリーを呼び戻したという。
しかし一方、油井正一氏はレコードのライナーノートで、ブライアン・ラスト氏の説を支持し「ジョン・トーマス」としている。
因みにWeb版ディスコグラフィーでは、”probably”を付けず「ヘンリー・クラーク」としている。「ヘンリー・クラーク」にせよ「ジョン・トーマス」にせよどこにもあるような名前で、この人物は「ジャズ人名辞典」にも乗っておらず、そのことを実証するように大和氏はヘンリー・クラークのプレイを「凡庸」と厳しい。
そしてクラークのプレイはいただけないが、ルイとドッズに関しては輝かしい生き生きとしたソロ披露していると大和氏は述べているが、まことに同感である。
2集A面-7.CD2-1.恋のとりこ
油井氏はルイ、ドッズともベストと言ってよい力演と書いている。典型的なディキシー・スタイルのアンサンブルの後、茫洋としたトロンボーン・ソロ、ドッズの力の入ったソロ、ルイのヴォーカルそしてリルの短いソロの後ルイの素晴らしいソロとなる。そのままアンサンブルに入りエンディングに向かう。
2集A面-8.CD2-2.アイリッシュ・ブラック・ボトム
ルイのリードするアンサンブル・テーマの後リルの伴奏でルイのヴォーカル、トロンボーンの短いソロ、ルイのソロにドッズが絡み、トロンボーンも入りエンディングへ向かう。
彼の音楽はすでにこの時点でニュー・オリンズ・ジャズとは言えないものになっているのである。ルイ・アームストロングの天才ぶりが心の底から理解できるのである。
<Date & Place> … 1926年12月11日録音
<Personnel> … ディキシーランド・ジャグ・ブロワーズ(Dixieland Jug Blowers)
<Contents> … ”Johnny Dodds/Vintage series”(RCA LPV-558)
| B面6曲目 | カーペット・アレイ―ブレークダウン | Carpet alley-breakdown |
| B面7曲目 | メンフィス・シェイク | Memphis shake |
| B面8曲目 | ヘン・パーティー・ブルース | Hen party blues |
クリフォード・ヘイズ率いる「ディキシーランド・ジャグ・ブロワーズ」は1924年初めてジャグ・バンドとしてレコーディングを行ったバンドである。その2年後クラリネットの大物ジョニー・ドッズが加わってレコーディングを行ったため、ドッズ名義のレコードに収録されて残ることとなった。
初めて聴いた時は、低音がウォンウォンと響く不思議な音楽だなぁと思ったものだが、このウォンウォンこそが「ジャグ」の音であった。演奏はニューオリンズ風のジャグ・ミュージックで、僕はあまり面白みを感じないが、当時はこういう演奏もよく行われていたのだろう。
そういえばジェリー・ロール・モートンもジャグ・バンドと吹込みを行っていたし、ジョニーの弟であるベイビー・ドッズもかつてはウォッシュボードを演奏していたこともあるという。ニューオリンズ・ジャズとジャグ・バンドの関係は、今では全く取り沙汰されないが元々はとても関係が深いものなのかもしれない。
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