左の日本ビクターから日本盤が出た「ジョニー・ドッズ/シカゴ・メス・アラウンド」というレコードは、元はマイルストーン社から出たアルバムの日本盤だが、その大元はパラマウント・レコード(Paramount records)から出ていたSP盤を蒐集したものだ。ライナーノートは油井正一氏が担当している。しかしこのレコードにはいわゆる<解説>は一切ない。ディスコグラフィーも米盤を翻訳しただけのものと思われる。代わりにジョニー・ドッズの息子の思い出話が載っている。この話はそれなりに興味深いものだが、少しぐらい解説、ちゃんとしたディスコグラフィーは付けて欲しい。「日本を代表するジャズ評論家・油井正一」の名折れだと思う。

マイルストーン盤の裏面にはドッズの長男(ジョニー・ドッズ・2世 以下2世)が解説を寄せていて、日本盤にはその訳が載っている。それによって当時のドッズの生活の様子などが分かりとても面白い。少しピック・アップしてみる。
それによると、まずドッズは毎日クラリネットを吹いて練習していたという。時々自分のレコードをかけて別のヴァリエーションを作るということしていたようだ。
子供たちがリクエストするといつも快く吹いてくれたという。しかしたまに「駄曲!」といって吹かない曲もあったという。そして「駄曲と思った曲でも吹かなきゃならない時もある。そんな時は身を売ったような気分になる」といわれショックだったという。
また、アル・カポネにリクエストされ、知らない曲だと答えると100ドル札を真ん中から破り、「黒んぼよ、次まで覚えておきな」と言って片方を渡した。そしてその1週間後父はもう片方を受け取ることができたという。
ドッズ親子は直接シカゴに行ったわけではないようで、1921年11月の少し前にサンフランシスコに出、1924年にシカゴに来たという。南ミシガン通りにある3階建てのアパートを買ったという。
ドッズ2世がジャズを知ったのはその家でだったという。家の食堂にはピアノがあり、キング・オリヴァーのバンドが時々リハーサルをしに集まった。ピアノを弾くのはリル・ハーディンの時もあり、リチャード・M・ジョーンズの時もあったという。トロンボーンのオノレー・デュトレーも来ていたという。メンバーが集まると練習を行うこともあり、練習の合間にはそれぞれの奥さんが料理を作り、練習が終わるとみんなで食事をしたという。リーダーはオリヴァーで、誰に対しても父親のようにふるまったというとても仲の良い仲間たちのように子供には見えていたが、実はとてもお互い仲が悪かったと聞かされて幻滅したという。息子の彼がこのことに気づいたのは、父のドッズがバンド内のもめ事を母親に話しているのを聴いた時だったという。
バンドは、自分の適当な代役を見つければ休みを取ってもよいことになっていた。そのうちにキング・オリヴァーは代役の方をかわいがり、クラブなどへの出演やレコーディングに起用するようになったという。多分この代役というのはオマー・シメオンであろう。
父親のドッズは1925年1月と9月にフレディー・ケパードのバンドに加わって“ケリーズ・ステイプル”に出演していたという。父は経営者のケリー氏に気に入られたのか、そのあと30年の初めに禁酒法で店が閉店させられるまで、自分のバンドを率いて出演し続けていたという。
1930年母親(1世の妻)が心臓障害を患い、急に宗教に関心を持ち始めた。子供のころ洗礼を受けていないことが気になると言い、31年9月ピルグリム教会に担ぎ込まれた母は洗礼を受けながらこの世を去ったという。
| Washboard & blocks | … | ジミー・バートランド | Jimmy Bertrand |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Clarinet & Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | ジミー・ブライス | Jimmy Blythe |
| B面1. | イージー・カム・イージー・ゴー・ブルース | Easy come , easy go blues |
| B面2. | ブルース・スタンピード | Blues stampede |
| B面3、record1 B-3. | アイム・ゴーイン・ハンティン | I'm goin’ huntin' |
| B面4. | イフ・ユー・ワナ・ビー・マイ・シュガー | If you wanna be my sugar Papa |
ジミー・バートランドは1920年代からシカゴのヴァンドーム劇場で活躍したドラム奏者で、アースキン・テイト楽団やティン・ルーフ・ストンパーズ、エディ・サウス楽団などに参加していたということなので、ルイとは同僚だった。またバートランドは他に自身の名義のレコードもたくさん残している。「ウォッシュボード・ウィザーズ」は1926〜29年の間に10曲ほどの吹込みがあるが、自身とジミー・ブライス以外は皆顔ぶれが異なるという。彼のレコード中では、ここに収録された4曲が最も高く評価されたものだという。さらに彼はドラムの先生もしていてシドニー・カトレットやライオネル・ハンプトンは彼の弟子だという。
またジミー・ブライスは、1926年には、自身のバンド「ウォッシュボード・ラガマフィンズ(Jimmy Blythe’s washboard ragamuffins)」を率い、ジョニー・ドッズと共演していたがここではサイドマンとしての参加である。
B面1.イージー・カム・イージー・ゴー・ブルース
ロイ・バージリの作ったブルースで、中のストップ・タイムにルイのソロをフューチャーしている。バートランドのブロック・プレイはタップ・ダンスのようにもスネアをブラシで叩いているようにも聴こえる。この辺りがタップの期限だろうか?この曲と4曲目の「イフ・ユー・ワナ・ビー・マイ・シュガー (If you wanna be my sugar Papa)」は当時ドリームランドで活躍したブラウンとマクグロウというダンス・チームのショウ・ナンバーだという。
B面2.ブルース・スタンピード
アーヴィング・ミルズの作品で、ルイのCソロにドッズとPのブライスが絡んでいく。
B面3.アイム・ゴーイン・ハンティン
J.C.ジョンソンとファッツ・ウォーラーの共作したもので、前曲同様ルイとドッズの息の合った演奏が聴かれる。ルイがリードする合奏の後、まずドッズが低音部主体のソロを取り、ブライスのラグタイム風のピアノ・ソロ、ルイのソロと続く。ルイのソロはさすがに貫禄を感じさせる。評論家のブライアン・ラスト氏は「彼自身の短いドラム・ソロもモダン・シカゴ・スタイルのドラム・ソロの前触れと言えるもので、趣味の良さと長過ぎず音楽の流れにピタリとはまっている点で一味違っている」と高評価しているという。
B面4.イフ・ユー・ワナ・ビー・マイ・シュガー
アーヴィング・ミルズとボブ・スチャーファーの共作で、陽気にスイングするナンバー。ルイの天衣無縫なプレイが何とも素晴らしい。
その翌日ジョニー・ドッズ名義(ジョニー・ドッズ・ブラック・ボトム・ストンパーズ)の録音が行われる。
| Clarinet & Bandleader | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | ジェラルド・リーヴス | Gerald Reeves |
| Tenor sax | … | バーニー・ビガード | Barney Bigard |
| Piano | … | アール・ハインズ | Earl Hines |
| Banjo | … | バド・スコット | Bud Scott |
| Drums | … | ベイビー・ドッズ | Baby Dodds |
| B面5. | ウエアリー・ブルース | Weary Blues |
| B面6. | ニュー・オリンズ・ストンプ | New Orleans stomp |
| B面7. | ワイルド・マン・ブルース | Wild man blues |
| B面8. | メランコリー | Melancholy |
右は故ハナ肇しではなく、「ジャズ・ピアノの父」と呼ばれるアール・ハインズ。後にルイとジャズ史上に残る名コラボを行うルイとハインズの初共演である。
シュラー氏は、ルイが気力にかけた吹奏ぶりを示す一方ドッズは、自分のリーダーとしての録音だけに、ルイとの録音におけるよりも一段上の演奏を行っているという。僕にはルイの演奏が気力にかけているようには聴こえないのだが。ともかくドッズについてはまさに全盛期といわれるにふさわしい名演で、上記の「ジャズ・ピアノの父」ハインズ、テナーのバーニー・ビガードなど豪華というか興味深い顔ぶれが揃う。
しかしこのドッズの録音において、ルイの人生において様々な点で将来大きな意義を持つようになる二つの発展があるために、特筆すべきだとガンサー・シュラー氏は言う。
その一つはアール・ハインズとの最初の共演ということであり、もう一つは、ループ・ブルームのヒット曲「メランコリー(Melancholy)」を通じての、ティン・パン・アレイの感傷的で甘い世界とのルイの、録音における最初の出会いという点である。
我々は、わずか数年後に彼の生活の糧となる、甘く、ささやくようなトランペット・スタイルの最初の兆しをここに聴くことができると言うのである。
B面5.ウエアリー・ブルース
ニュー・オリンズ・ジャズの古典的ナンバー。素晴らしいニュー・オリンズ・ジャズである。各人のソロが聴けるが、特にドッズ、ハインズの力強いソロが印象に残る。もちろんルイもさすがの貫禄を示す。
B面6.ニュー・オリンズ・ストンプ
ルイの奥方、リル・アームストロングの作。コルネット中心のアンサンブルの後、ハインズ、ドッズ、ルイの素晴らしいソロが繰り出される。
B面7.ワイルド・マン・ブルース
22小節という変形ブルースでルイがジェリー・ロール・モートンと共作した曲だという。冒頭で油井氏が、ルイの第1期の終わりを告げるナンバーで単純な、しかも感動的な美しいブルース・ソロと述べたナンバー。確かに中心はルイで、どこが「気の抜けた」プレイなのだろう、自身に満ちた力強い素晴らしいソロである。続くドッズも音数を押さえながらじっくりと吹き込んでいく。この時代のベスト・トラックの一つではないかと思う。
B面8.メランコリー
マーティ・ブルームとウォルター・メルワースが共作したアンニュイな雰囲気のナンバーで、こちらはシュラー氏が言う「甘く、ささやくようなトランペット・スタイルの最初の兆し」というよりは、曲調に合わせて吹いた素晴らしいソロだと素直を受け取りたい。ドッズももちろん好調である。
粟村政昭氏も触れていないが、初期のルイの演奏をたどるならば、レコードではオデオンの「傑作集 第1〜4集」と並んでデッカから出た「若き日のルイ/ザ・サイド・マン」は必須レコードであろう。僕はたまたま中古店で見つけて買うことができたが今はどうであろうか?CD化されているのだろうか?
| Clarinet | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | タイニー・パーハム | Tiny Parham |
| A面4曲目 | ラヴレス・ラヴ | Loveless love |
| A面5曲目 | 19番街のブルース | Nineteenth street blues |
この2曲の録音データでは、1927年4月録音となっており、4月21、22日の後か先かは記載がない。また収録はバーハムなるピアニストとのデュオという当時として珍しい(現代ならもっと珍しい)と思われる編成で吹き込まれた。ピアニストのバーハムなる人物は全く心当たりがない。「ジャズ人名辞典」にも乗っていない。しかしこれは文字が小さくて「バーハム」なのか「パーハム」なのか分からなかったが、1926年11月に加わっていたジャスパー・テイラーズ・ステイト・ストリート・ボーイズ(Jasper Taylor’s state street boys)のピアニスト、「タイニー・パーハム」と判明した。
「ラヴレス・ラヴ」と「19番街のブルース」両曲とも全編ドッズによるクラリネットのソロで、ピアノが伴奏付けるというスタイルで演奏される。残念ながらどちらにも感銘を受けるということはないが、クラリネットを演奏する人にとっては教科書のような吹込みかもしれないと思う。
| Cornet & Bandleader | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | ジョン・トーマス | John Thomas |
| Clarinet & Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| Tuba | … | ピート・ブリッグス | Pete Briggs |
| Drums | … | ベビー・ドッズ | Baby Dodds |
以上のパーソネルはブライアン・ラスト氏によるもので、他の楽器については疑いがないが、Tbについては異説があり、ジョン・トーマス説の他にキッド・オリー説、さらに音色からジェラルド・リーヴス説がある。
吹込み当時オリーは、キング・オリヴァーのメンバーとしてニューヨークに行っていたはずだとするのが非オリー説の根拠である。ジョン・トーマスという人は他にあまり吹込みがないようだ。
| B面1.CD2-3. | ウィリー・ザ・ウィーパー | Willie the weeper |
| B面2.CD2-4. | ワイルド・マン・ブルース | Wild man blues |
さて、この5月7日の吹込みから音が良くなるが、それは従来の“機械吹込み”から、ウエスタンエレクトリック・サウンド・システムによる“電気吹込み” に変わった結果音質の向上が見られたのだという。確かに「ルイ・アームストロング傑作集 第2集」のA面を聴いてすぐに盤をひっくり返しB面を聴くと音が全く違う、グッと良くなるのである。これは特筆すべきことだと思う。
B-1.CD2-3.ウィリー・ザ・ウィーパー
“電気吹込み” による初吹込みであり、ホット・セヴンによる初吹込みである。ルイのリードするアンサンブルの後先ずはTb、Clそしてルイとリルが半コーラスずつ分け合い、Gtそしてルイが1コーラスのソロ、そしてアンサンブルで締めくくる。ここは新加入のTuとDr以外のメンバーのソロ回しを行いホット・セヴンの顔見世だったのだろう。ここでのサンシールはパーソネルではBjとなっているが、音を聞く限りGtだと思う。そういえばホット・ファイヴでも最初の録音では顔見世演奏をしていた。
さて、レコード解説の油井正一氏によれば、第1コーラスにおけるアンサンブルは、もしバド・フリーマンのTsでも絡めば全く白人のシカゴ・スタイルになりそうだ。それはもっともな話で、白人の少年たちはルイの演奏を見習って彼ら流のディキシーランド・ジャズ…いわゆるシカゴ・スタイルを作り上げていったのであるという回りくどい解説をしている。
一方、CD解説の大和明氏は、チューバとドラムが加わったことにより、演奏全体のサウンドが豊かになった。ディキシー・アンサンブルからソロのリレーとなるが、特にサンシールの後のベビー・ドッズのシンバル・ワーク(ドッズはバス・ドラムのスタジオ内への持ち込みを許されず、シンバルだけを持参してプレイしなければならなかった)に乗ってソロを繰り広げるルイはさすがであるとしている。
B-2.CD2-4.ワイルド・マン・ブルース
この曲は、今回の吹込みに先立つ2週間前の4月22日にもブランズウィックにジョニー・ドッズのブラック・ボトム・ストンパーズに加わってルイは吹込みを経験している。構成はどちらも変わらない。ドッズ・リーダー盤では素朴で感動的なブルース吹奏に終始しているのに対し、この録音では同じ曲と同じドッズを相手にしながら驚くほど手の込んだ、奔放で力強く複雑なソロを展開している。途中でミス・トーンも認められるが、それを気にかけないだけの迫力溢れた華やかさを持っているといえよう。
一方ドッズは前々回でも書いたが中低音を中止とした一種独特のユニークなプレイをしているが、こちらではルイに煽られたのか中音より上の音を多く使いエモーショナルなプレイぶりである。しかし大和氏はドッズも健闘しているが、ルイのソロに圧倒された感があるとしている。さらに大和氏は、アンサンブルよりソロ中心の演奏への移行がはっきり打ち出されたところが注目すべき点であるという。これは前録音に比べてストップ・タイムの使用が極めて多くソロを際立たせようという意図が明白である。
| Cornet & Bandleader | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | ジョン・トーマス | John Thomas |
| Clarinet & Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Guitar & Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| Tuba | … | ピート・ブリッグス | Pete Briggs |
| Drums | … | ベビー・ドッズ | Baby Dodds |
ここでのTbはジョン・トーマスであろうとしながら、ジェラルド・リーヴス(Gerald Reeves)の可能性もあるという。
| B面4.CD2-6. | アリゲイター・クロウル | Alligator crawl | 5月10日 |
| B面5.CD2-7. | ポテト・ヘッド・ブルース | Potate head blues | 5月10日 |
| B面6.CD2-8. | メランコリー・ブルース | Melancholy blues | 5月11日 |
| B面7.CD2-9. | ウェアリー・ブルース | Weary blues | 5月11日 |
| B面8.CD2-10. | 12番街のラグ | 12th Street rag | 5月11日 |
| A面1.CD2-11. | キーホール・ブルース | Keyhole blues | 5月13日 |
| A面2.CD2-12. | S.O.L.ブルース | S.O.L. blues | 5月13日 |
| A面3.CD2-13. | ガリー・ロゥ・ブルース | Gully low blues | 5月14日 |
| A面4.CD2-14. | ザッツ・ホエン・アイル・カム・バック・トゥ・ユー | That’s when I’ll come back to you | 5月14日 |
B面4.CD2-6.アリゲイター・クロウル
ファッツ・ウォーラーの作。ウォーラーよりもルイが先に録音した作品という。まとまったコレクティヴ・インプロヴィゼーションやその前後のドッズとルイのソロも見事、サンシールの特色あるニューオリンズ・スタイルによるギター・ソロも聴きものである。
シュラー氏はルイのソロについて、「オクターヴを半音階的楽句で飛躍しようとする興味深い試み(ルイのソロの17小節目)は失敗であり、ブレークの末尾はいびつとしか言いようがない。」かなり意見が違う。
B面5.CD2-7.ポテト・ヘッド・ブルース
大和氏は、この頃になると2ビートから4ビートへの移行を明確に示し、ルイの表現力が一層強力になってきているのが分かる。
アンサンブル部でのTbの弱さを除けば、後は非の打ち所がない演奏であり、ドッズのソロも優れたものだが、その影を薄めてしまうほどストップ・コーラスにおけるルイのブレークはまさに天馬空を行くがごとき見事なものと言える。それは集大成されたもっとも輝かしいブレークであるだけでなく、ソロに入った時から優れたアイディアを論理的に発展させていることが窺い知れよう。当時ほかのプレイヤーが競って自分のソロの一部に採り入れていったことからも、その素晴らしさが立証される。
ストップ・タイムをバックにルイが聴かせるソロは圧倒的でひときわ抜きんでている。女優のタルラ・バンクヘッドは映画「私生活」がロング・ラン興業をやっているころ、このレコードを聴かずにベッドに入ったことはないと語ったそうである(油井・正一氏のエピソード)。
シュラー氏が11曲中わずか1曲だけが真に素晴らしいというのはこの曲である。「有名なストップ・タイムのコーラスである。ホット・セヴンの多くの録音と異なって、この曲でのテンポはピッタリと正確だし、第2小節(弱起の小節を数えないで)における6度への進行を持つ最初の楽句は、第3小節の大胆なシンコペイションへと後続されるのだが、この楽句ほどに均整が取れて、完璧なものはあり得ない。後半(第12小節)には、D7のコード上で、驚異的なD♭音が登場し、C音に解決される。そして次いで第25小節では、ルイの最も忘れがたい楽句の一つ(譜例9)が登場する。この楽句は、彼の音とヴィブラートが心震える悲しみをたたえているだけに一層忘れがたい。(※スターダスト)これらは全体としてはルイの過剰なまでの実り豊かな想像力を示すソロの長所に過ぎない。
しかしこのストップ・タイムのソロは偉大ではあるけれども、ホット・セヴンのレコードの他の10面にも存在する葛藤にささやかながら苦しんでいるところもある。「ビッグ・バター・アンド・エッグ・マン」でははるかに落ち着きがあるのに、このソロの場合には、時折かすかな緊張が現れる。とりわけ第17小節以降では、「ルイは本気でやっているのかな?」という疑問も湧いてくる。ルイのブリッジの転換にかろうじてついていくだけで、最後の16小節の中のいくつかの箇所では、(バンドは対応しているが)いささか躊躇っている。指と心が必ずしも一体になっていないところがいくつかある。コーラスの最後の2小節に至って、ようやくルイは落ち着くように見える。このソロの大胆な試みを考慮すれば、そうした不安定はよく理解できるとしている。
B面6.CD2-8.メランコリー・ブルース
「ワイルド・マン・ブルース」同様ブランズウィック盤の再演であるが、ただの再演ではなく大きな飛躍を示していて面白い演奏である。(油井氏)その大きなポイントに一つがストップ・タイムの多用するようになったことは、「ワイルド・マン・ブルース」と同様である。この当時ルイが如何に急激な躍進を遂げつつあるかを示しているかを示している。
前回に比べて緊張感あふれるルイのブルース・プレイとドッズの情熱的なすすり泣きスタイルのソロやソロ・プレイにおける各ソリストの気力充実したプレイなど、聴き処を上げればきりがない。
B-7.CD2-9.ウェアリー・ブルース
大和氏は、その後もディキシーのスタンダードとなった曲。各メンバーのソロが十分にフューチャーされている。
それに後者での見事なコレクティヴ・インプロヴィゼーション(チューバが効果を上げているリズム陣に注目)やソロ・プレイにおける各ソリストの気力充実したプレイなど、聴き処を上げればきりがない、と述べている。
一方シュラー氏は半音階的なメロディ・ラインの扱いがうまく行かないために(彼にふさわしくないことだが、どう見ても常套句である)、出だしがおかしい、立ち直りはするのだが、その場合には「12番街のラグ」を必死になって引用し始める。ところがその曲はたまたま同じ日に録音されたものであるとこれも厳しい見方をしている。
B-8.CD2-10.12番街のラグ
通常早めのテンポで演奏されるディキシーのスタンダードだが、これを緩やかなブルース・テンポで演奏した異色作。吹き込んだままオクラ入りになっており、1940年ジョージ・アヴァギャンが見つけて初めて発売したものという。ルイの高音プレイに対するドッズのブルージーなプレイが対照的である。Tbはキッド・オリーのように聴こえるのだが…とは油井氏。
録音当時は発売されず、1941年になってジョージ・アヴァギャンの手によって倉庫から母盤が発見され陽の目を見た。ドッズのブルージーなプレイが良く、トーマスのTbもアンサンブル・プレイによい味を出している。
A面1.CD2-11.キーホール・ブルース
ルイは、最初のスキャット・ナンバー「ヒービー・ジービーズ」の好評を受けて、さらに奔放で大胆なスキャットを披露している。
シュラー氏は最後のブレークは知的過ぎてうまく行っていないというが、よく意味が分からない。確かに何か尻すぼみのような感じはするが。
A面2.CD2-12.S.O.L.ブルース
録音当時歌詞が卑猥(歌詞の中の“box”は女性性器を指す)だということで、会社側から録り直しを命じられたそのためこの録音が陽の目を見たのは14年も経ってからで、特にコレクター向けの78回転SP盤として初公開されたものである。
演奏はドッズのソロの途中でテンポ・ダウンするなど変化のある構成で、ルイのヴォーカル、ドッズのサブトーン、そして高音を重ねるルイと続き、ブルース・フィーリングに溢れた好演が展開する。
シュラー氏は、「ウェアリー・ブルース」よりも成功している。「ウェスト・エンド・ブルース」の先駆となる興味深い音楽を作り出している。5つの下向楽句は、各々が高いB♭音で開始するもので、後期の作品の感動的な特質と説得力をすでに備えているという。
A面3.CD2-13.ガリー・ロゥ・ブルース
前日録音した「S.O.L.ブルース」の別テイク的な存在の録音。
シュラー氏によるとしかし翌日録音された「S.O.L.ブルース」と同じブルースを「ガリー・ロウ・ブルース」という題名で再び録音したが、艶のあるインスピレーションはすでに失われていたという。
ルイのソロは機械的で、歌唱はおざなりである。前日の「S.O.L.ブルース」におけるひどく失敗したアンサンブルのまずい部分については注意深い練習がなされた跡が見受けられる。
たった24時間、時間を空けて行われた同じ曲の異なる録音を比較してみて、ジャズというものの移ろいやすさについて考えてしまう。おそらくは録音のほんの数時間先か、後かに録音スタジオの外で、ルイはたくさんの素晴らしいソロを演奏したはずなのである。
A面4.CD2-14.ザッツ・ホエン・アイル・カム・バック・トゥ・ユー
ルイとリルの夫婦によるヴォードヴィル調の掛け合いヴォーカルがフューチャーされる。
この曲を含めて27年5月に吹き込まれた一連のルイの演奏には目を見張るような飛躍と輝かしさを感じる。
この後5月13、14日と吹込みを続け、1927年前半の録音はひとまず終了し、次は9月までスタジオには入っていない。
ルイ・アームストロングの1927年後半の録音は7人編成のホット・セヴンから基本5人編成のホット・ファイヴに縮小される。「基本5人編成」というかというと、12月の一部の録音にはギターのロニー・ジョンソンが加わり6人編成となっているからであるが、バンド名は「ホット・ファイヴ」なのでロニーはゲスト扱いということなのであろう。
ところで、キッド・オリィはキング・オリヴァー楽団のメンバーとしてニューヨークに行っていたが、1927年9月2日からまた復帰することになる。確かにキング・オリヴァーの1927年の回を振り返ると、4月の録音のメンバーにオリーの名がみえるが、11月から他の奏者の名がTb奏者として記されている。どういった事情からオリーはシカゴのルイの下に戻ったのだろうか?ニュー・ヨークの水が合わなかっただけだろうか?それとも…。
| Piano & Band leader | … | ジェリー・ロール・モートン | Jelly Roll Morton |
| Cornet | … | ジョージ・ミッチェル | George Mitchell |
| Trombone | … | ジェラルド・リーヴズ | Gerald Reeves |
| Clarinet | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Alto sax | … | ポール・スタンプ・エヴァンス | Paul Stump Evans |
| Guitar | … | バッド・スコット | Bud Scott |
| Tuba | … | クイン・ウィルソン | Quinn Wilson |
| Drums | … | ベイビー・ドッズ | Baby Dodds |
| Effects | … | ルー・レマール | Lew LeMar |
| Record2.A-1. | ハイエナ・ストンプ テイク2オリジナル・テイク | Hyena stomp take2 original take |
| Record2.A-2. | ハイエナ・ストンプ テイク3 | Hyena stomp take3 |
| Record2.A-3. | ビリー・ゴート・ストンプ テイク1 オリジナル・テイク | Billy goat stomp take1 original take |
| Record2.A-4. | ビリー・ゴート・ストンプ テイク3 | Billy goat stomp take3 |
| Record2.A-5. | ワイルド・マン・ブルース | Wild man blues |
| Record2.A-6. | ジャングル・ブルース テイク2 | Jungle blues take2 |
| Record2.A-7. | ジャングル・ブルース テイク3 オリジナル・テイク | Jungle blues take3 original take |
この7つの音源に対して、ここは一切無視するシュラー氏に対して、大和明氏は丁寧な解説を試みる。一級品の録音とは言えないまでも、録音されたものとしてあるのだから、できるだけ聴こう、そうしないと「元が取れないよ」と僕が水族館の年間パスに感じたように大和氏も考えたのだろう。
A-1,2 ハイエナ・ストンプ
元はモートンがピアノ曲用に作ったナンバーだという。大和明氏は「ハイエナは人間の笑い声に似た啼き声を出す動物で、ここではルー・レマールのリズミックでコミカルな笑い声をフューチャーしている。中間に入るCl、As、Pのソロに注目したい。スタンプ・エヴァンスのAsはA-2で典型的なスラップ・タン奏法を示す」と解説しているが、僕にはルー・レマールなる人物の喧しい笑い声しか印象に残らない。
A-3,4.ビリー・ゴート・ストンプ
A1、2と同様モートンによるアニマル・ノヴェルティ・ナンバー。大和明氏の解説によると、「ここいら辺になるとかなりコマーシャルな扱いがなされてきている。タイトルの「ビリー・ゴート」とは雄ヤギのことだという。ヤギの音声は前曲の笑い声を担当していたルー・レマールである。ここでもエヴァンズがスラップ・タン奏法を示している。またA-4においてドッズもレマールに負けずにClでヤギの鳴き声を模したユーモラスなプレイをしているが、それでもラスト・コーラスでは中々味のあるパートを吹いているのはさすがである。」ヤギの鳴き声さえなければなぁ。
A-5.ワイルド・マン・ブルース
モートンとルイ・アームストロングによる共作で、この録音の前にジョニー・ドッズ・ブラック・ボトム・ストンパーズ(4月22日)及びルイのホット・セヴンの吹込み(5月7日:かなりの名演)がある。特に注目は全てに参加しているドッズであろう。イントロのレマールの掛け声のようなものが余計である。全体の印象として何とか「冗談音楽」にしようとしているように聴こえてしまう。
各楽器のソロが中心となっているが、ミッチェルのCorが端正で味のあるソロである。大和明氏が解説で述べているように、注目すべきは中間に出てくるPとClとAsによる2小節の交換で、時折ダブル・テンポが導入されている。エヴァンズのプレイなどはいつものスラップ・タン奏法からは想像もつかない鮮やかさである。本当はすごくうまい人なのかもしれない。
A-6,7.ジャングル・ブルース
解説の大和明氏によれば、モートン自作のブルースで、全体の構成はかなり単調であり、絶えずバックにリフが繰り広げられている。その上を合奏やソロが通り抜けていく。編曲の構想としてはオーケストラ的指向が見られる演奏という。確かにあまり聴かない展開ではある。
この録音で少しばかり考えさせられたのは「冗談音楽」ということである。「冗談音楽」はアメリカでいえば”スパイク・ジョーンズとそのバンドシティ・スリッカーズ”、日本では”フランキー堺とシティ・スリッカーズ”、”ハナ肇とクレイジー・キャッツ”がつとに有名である。しかしアメリカで「冗談音楽の王様」と言われるスパイク・ジョーンズがひとえに「冗談音楽」の発明者かといえばそうではないであろう。そもそもスパイク・ジョーンズが活躍を始めるのは、1940年代に入ってからのことである。
音楽に何らかの笑える要素を取り入れて「受け」を狙うということは昔から行われていた。以前取り上げたものでいうとフレッチャー・ヘンダーソン楽団の1924年の録音”ゴー・アロング・ミュール”(直訳すると「ラバと行く」か)では、鞭の音らしきものやラバのいななき風のCorの音が聞こえるし、O.D.J.B.の”バーンヤード・ブルース”(馬小屋のブルース)ではニワトリや馬や牛の鳴き声を模した音を楽器で出すことで笑い、受けを狙っていたことは明白である。
一つの仮説を思いついた。なぜO.D.J.B.が最初のジャズ・レコード録音者となったのか?フレディ・ケパードに断られたからと言っても他にジャズを演奏するプレイヤーはたくさんいたはずである。第2代ジャズ王に断られたヴィクターかコロンビアがO.D.J.B.に録音の話を持ち込んだのは、”バーンヤード・ブルース”のような”受ける”曲を演っていたからではなかったか。レコード会社が求めたのは芸術などではなく、冗談交じりの受ける音楽、そしてそれが売りにもつながると踏んでのことではなかったか?
もちろんこれは僕の思い付き、本当はどうであったのだろう。
前回1927年6月4日のセッションから1週間置いた6月10日にこの年2回目のレコーディングが同じシカゴで行われた。そしてこの録音が赤唐辛子楽団(レッド・ホット・ペッパーズ)のシカゴにおける最後の録音となるのである。そしてこのうち2曲別テイクを入れると3テイクがClとDrのジョニー、ベイビーのドッズ兄弟とのトリオ演奏である。
1927年6月4日と同じ。但し効果音というか笑い声担当のルー・レマールは参加していない。
| Record2.B-1. | ビール・ストリート・ブルース テイク1 オリジナル・テイク | Beale street blues take1 original take |
| Record2.B-2. | ビール・ストリート・ブルース テイク2 | Beale street blues take2 |
| Record2.B-3. | ザ・パールズ テイク2 | The pearls take2 |
| Record2.B-4. | ザ・パールズ テイク3 オリジナル・テイク | The pearls take3 original take |
レコード2,B-1,2.ビール・ストリート・ブルース
後にモートンが痛罵することになるW.C.ハンディの代表作の一つであると、レコード・ボックス解説を大和明氏は解説をスタートさせている。これだけではわからないので、少し補足する。
詳しくはこれから見て行くことになるのだが、1930年代後半モートンは、ほとんどジャズ・シーンから忘れられたような存在になっていた。そんな中1938年3月モートンの名が突如人々の口の端に上るような事件が起こった。当時のラジオの人気教養番組“Believe it or not”(信じますか、信じませんか)において、パーソナリティであるロバート・リプレイがW.C.ハンディのことを<ジャズとブルースの創始者>としてその業績を讃える放送を行った。それを聞いたモートンの怒りは心頭に達した。直ちに筆を執りボルチモア・アフロ・アメリカン新聞に“W.C.Handy is a liar”(W.C.ハンディは嘘つきだ)という書き出しによる抗議文を投稿し、さらに4000字に及ぶ長文の抗議文をリプレイ氏に、そのコピーをダウンビート誌に送り付けた。その趣旨は「W.C.ハンディをジャズ、ストンプ、ブルースの創始者として紹介したのは自分に対する侮辱である。ジャズの発祥地はニューオリンズであり、自分が1902年にジャズを創始したのだ。ハンディは嘘つきだ」ということである。
このエピソードと本曲「ビール・ストリート・ブルース」は直接繋がらない。後にモートンが痛罵することになる」はハンディにだけにかかる言葉で直接この曲に関係するのかしないのか、大和氏の書き方も真意はよく分からない。モートンはW.C.ハンディをジャズ・ブルースの創始者と名乗る嘘つきと攻撃するが、この曲はハンディの作と認めているということか。
因みにモートンのプロフィールで触れたことだが、1907年放浪の旅に出たモートンは、一時期メンフィスでW.C.ハンディと一緒にバンドを作って共演している。さて、演奏を聴こう。
大和明氏によれば、演奏はかなりオーソドックスな展開で、前半のソロ・パートは4小節ごとに後半2小節をアンサンブル・リフで彩っている。なおモートンのソロはテイク1にないブレイクをテイク2で行っている点が興味深いし、このブレイクはDrを浮き立たせるようにしてあり効果を上げているという。正直僕には余り印象に残らない演奏である。
レコード2,3,4.ザ・パールズ
モートンは1923年6月18日にインディアナ州リッチモンドでジネット社向けにピアノ・ソロで一度録音している。その録音については以前紹介した。前半はいかにもラグタイム風で後半一旦ブレークした後、低音部を有効に生かしタントンタントンという左手がリズムをキープし、右手がメロディーを紡ぎ出すという手法が面白いと思った。ここではその低音部をチューバが担っている。この手法にもモートンの才がうかがわれると大和氏も書いている。
モートンがティファ―ナのクラブで働いていた時に、そこで働いていた美しいウエイトレスに捧げて作曲したもので、端麗なムードにあふれた良い曲である。中間部におけるClとAsのデュオ、及びその後に続くアンサンブルが美しい。ここでのAsはスラップ・タン奏法を用いていない。
| Piano , Vocal & Band leader | … | ジェリー・ロール・モートン | Jelly Roll Morton |
| Clarinet | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Drums | … | ベイビー・ドッズ | Baby Dodds |
| Record2.B-5. | ウォルヴェリン・ブルース テイク1 オリジナル・テイク | Wolverine blues take1 original take |
| Record2.B-6. | ウォルヴェリン・ブルース テイク2 | Wolverine blues take2 |
| Record2.B-7 | ミスター・ジェリー・ロード テイク1 | Mr. Jelly Lord take1 |
レコード2.B-5,6ウォルヴェリン・ブルース
モートンがN.O.R.K.(New Orleans Rhythm Kings)のために書いた曲だが、ピアノ・ソロで先ほどの「ザ・パールズ」と同日にジネットに一度吹き込んでいる。
ここではトリオによる演奏だが、前半はモートンが全くの無伴奏ソロを展開しており、ここで彼のピアノ・スタイルを十分に理解できる。非常に良いプレイであるとは大和明氏。後半ドッズ兄弟が登場してくるが、実に息の合った素晴らしいプレイを繰り広げる。Dsのバッキングも控えめながら全体の動きをよくとらえており、Clのソロも両テイクとも実に優れている。ドッズのプレイは決して荒々しさだけではなくこのように感情を抑えた繊細な味を出せることを示している。それでもテイク1の最初のブレイクにおける大胆なフレーズにドッズの面目躍如たる所だとは大和氏の解説。ドッズのClプレイはピアノのストライド奏法或いはラグタイム演奏をClに置き換えたような演奏で面白い。
レコード2A-7. ミスター・ジェリー・ロード (Mr. Jelly Lord )
これもモートンのオリジナル。この曲も既に1923年6月18日にN.O.R.K.(New Orleans Rhythm Kings)と、1924年4月にはSteamboat fourと1926年2月にはソロで吹き込んでいる。PとClが16小節、さらに8小節と交互にソロを繰り返し、テンポは割とゆったり気味で、全体に落ち着いた雰囲気の演奏ぶりを示している。
モートンのディスコグラフィーを見てもこの年吹き込みが少ないのである。前年「ブラック・ボトム・ストンプ」という一大傑作を吹込み、意気揚々と思われるモートンと赤唐辛子楽団なのだが、この年芸風が一変するのである。
| Cornet | … | ナッティ・ドミニク | Natti Dominique |
| Trombone | … | 不明 | Unknown |
| Clarinet | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | ジミー・ブライス | Jimmy Blythe |
| Drums | … | > ベイビー・ドッズ | Baby Dodds |
| B面6曲目 | ゼアル・カム・ア・ディ | There’ll come a day | 1927年8月録音 |
| B面5曲目 | ソック・ザット・シング | Sock that thing | 1927年12月録音 |
両曲ともアップ・テンポのナンバーである。ベイビーはスネアだけ持ち込んだのだろうか、ペタペタというブラシ風のリズムに違和感を感じるが、ナッティのCor、ブライスのPのソロが好調である。そしてルイのバンドで鍛えられたのであろうか、最も聴き応えのあるソロを展開するのは、やはりドッズである。音はよろしくないがドッズのプレイは素晴らしい。
| Cornet , Vocal & Bandleader | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | キッド・オリー | Kid Ory |
| Clarinet | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
キッド・オリィが久しぶりに復帰する。
| A面5.CD2-15. | プット・エム・ダウン・ブルース | Put 'em down blues | 9月2日 |
| A面6.CD2-16. | オリィーのクレオール・トロンボーン | Ory's creole trombone | 9月2日 |
| A面7.CD2-17. | ザ・ラスト・タイム | The last time | 9月6日 |
9月に録音された2曲(「プット・エム・ダウン・ブルース」、「オリィーズ・クレオール・トロンボーン」)は、聴いた感じがとても軽い。軽いと言っては誤解を招くかもしれない、軽快なのである。ガンサー・シュラー氏もこの軽快さは、これより前の録音には全く見られなかったことであるとしている。オリーは、快適なパンチの効いた、堅固なスタイルで自分の作品を巧みに演奏し、ルイはブレイクにおいてごまかしの演奏をやっているが、その他は好調であるという。どこがごまかしなのかは僕にはよく分からないが。この辺りのルイのプレイは、「安定して凄い」という感じだ。CD2-16.オリィーズ・クレオール・トロンボーンとCD2-17.ザ・ラスト・タイムは1941年まで陽の目を見ずオクラ入りとなっていたものである。
A面5.CD2-15.プット・エム・ダウン・ブルース
当時としては珍しい48小節で構成された愛らしいというかポップなメロディーを持った曲である。ルイのヴォーカル入りだが、このヴォーカルも目をむいてシャウトするのではなく、一種軽味を感じさせる。
A面6.CD2-16.オリィーのクレオール・トロンボーン
復帰したキッド・オリーのオリジナルで、オリー自身のトロンボーン・ブレイクが活躍する。この曲のオクラ入りの原因はラスト近くルイのソロのいくつかの音程ミスであるという。
A面7.CD2-17.ザ・ラスト・タイム
歌詞に難があったためオクラ入りになっていたという。
シュラー氏は、この曲におけるオリーは、ひどい常套句に後戻りし、自分の曲では吹いていなかったミス・トーンを連発しているのに対し、ルイは極めて聴き応えのあるブレイクを披露するとオリーに厳しい。確かにこの曲ではオリーに冴えが感じられないのは僕も感じるところではあるが。
大和明氏のCD解説に拠れば、11月にルイはハインズ、ズッティ・シングルトンとともに自分たちのクラブとして“ワーウィック・ホール”(写真右)の経営を始め、彼らのバンドである“ルイ・アームストロングと彼のホット・シックス” をフューチャーしたが、折悪しく付近に強力な“サヴォイ・ボールルーム”が開店したため、数週間でその経営は失敗してしまう。この”ホット・シックス”のメンバーがどういう布陣だったかは記載がなく分からない。しかしこの後12月に”ホット・ファイヴ”にゲスト参加したロニー・ジョンソンを加えた6人ではなかったろうと思う。それはドッズなどが語っているように”ホット・ファイヴ”や”ホット・セヴン”というのはあくまでもレコーディング・バンドでドッズ自身クラブなどではルイと共演していないという意外とも取れる発言があるからである。
ともかく次に残された録音は12月に行われた。シュラー氏によれば、12月の録音は9月よりもさらに良くなったとする。まとまりがあり、くつろぎと緊張感を絶妙に配合したものとなっているという。この6面分は傑作揃いであるが、特に偉大なギタリストであるロニー・ジョンソンが加わった4面分は素晴らしいとし、ロニーの加入によって、ルイはもはや孤立無援ではなく、強力な援軍を抱えることになったという。ロニーのスウイング感あふれるリズミックな伴奏とルイとの有名な2小節の交換はクラシック・ジャズの華やな成果の一つという。
さらにロニーの影響は、ドッズとオリーにも及んでいて、彼らもルイとの録音の中で最高の演奏を行い、さらにリルでさえ一つ上の演奏を行っているのである。これに加えてピアノの低音部の音域が何らかの理由でうまく録音された。ホット・ファイヴに初めてある種の低音が与えられたのである。このためこれらの録音は過去のどの録音よりも首尾一貫して音楽的に素晴らしい響きを持つことになったとロニー・ジョンソンベタ誉めである。
それほどまでシュラー氏が評価するロニー・ジョンソンという人物は、ジャズの歴史の本にも登場しないし、人名辞典にも登場しないが、初期ジャズ、ブルース・ギターのパイオニアの一人で、ルイと共演出来るとしたらこの人物をおいて他にはいないと言えるであろう。
| Cornet , Vocal & Bandleader | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | キッド・オリー | Kid Ory |
| Clarinet | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| A面8.CD2-18. | ストラッティン・ウィズ・サム・バーベキュー | Struttin’with some barbeque | 12月9日 |
| B面1.CD2-19. | ガット・ノー・ブルース | Got no blues | 12月9日 |
| B面2.CD2-20. | ワンス・イン・ア・ホワイル | Once in a while | 12月10日 |
| B面3.CD2-21. | アイム・ノット・ラフ | I’m not rough | 12月10日 |
| B面4.CD2-22. | ホッター・ザン・ザット | Hotter than that | 12月13日 |
| B面5.CD2-23. | サヴォイ・ブルース | Savoy blues | 12月13日 |
A面8.CD2-18.ストラッティン・ウィズ・サム・バーベキュー
大和明氏によれば、リルの代表曲であり、ホット・ファイヴのグループとしてもまとまりのある演奏の代表的なものの一つ。確かに明るいメロディーで聴いていて楽しくなる。ルイ自身のソロも見事。ストップ・タイムを駆使したソロの構成力の素晴らしさ、ルイのソロの終わりに入るアンサンブル・ブレイクやコーダでのアンサンブルの洗練された斬新さは目を見張るものがある。
僕は最初にソロを取るドッズお得意の低音部を主体としたソロも面白いと思う。一方シュラー氏は、次のように極めて詳細に評している。
豪奢な輪郭を持つ旋律と圧倒的な生命力を備えたルイの華麗なソロを含んでいる。幾つかのブレイクでは、スピードと名人芸の感覚を伝えるためにその他の箇所よりも音価を低めに使用する伝統的な技法を用いて、すさまじい速度で3連符を転がす。ルイはこの時期ほとんどすべてのブレイクが証明するように3連符の時代にあったようである。
ソロの冒頭はオリーが直前に使用したフレーズと同じフレーズをなぞっているが、華麗な高い音がふんだんに使われ、スイングするクロス・リズムと第25,26小節におけるゴースト・ノートがとりわけ秀逸である。
B面1.CD2-19.ガット・ノー・ブルース
ポピュラー形式で書かれた曲で、ルイのラストのプレイが美しい。
シュラー氏は、さらに詳しい。モチーフの連続性に関するルイの感覚を聴き取るのに格好の曲である。彼の最初のブレークの末尾の3連符の音型が次のブレイクで再び使われ、このブレイクでは新しい調性へ転調して彼のソロを終了する。モチーフの反復と転調は当時としてはどちらも異例な手法であったと述べている。
12月10、13日の録音にはギターにロニー・ジョンソン(Lonnie Johnson)が加わる。
この4面分の僕の間奏を最初に書いておこう。一言でいえば素晴らしい。この年に録音されたレコードを今聴いているわけだが、そしてまだフレッチャー・ヘンダーソン、キング・オリヴァー、ジョニー・ドッズしか聴いていない段階で言ってしまっていいか迷うが、この録音は他のプレイヤーたちに比して一頭地抜けているのではないか?ただ、ロニー・ジョンソンとの共演は、ブルース・ギタリストという少しばかり異種のプレイヤーとのコラボがうまく行き、面白みの多い聴き応えのある作品に仕上がったということのように思える。しかしシュラー氏などはもっともっと高く評価している。
シュラー氏によれば、「ホッター・ザン・ザット」と「アイム・ノット・ラフ」に至っては、我々は美学的、演奏技術的な側面での改革者としてのルイの成長のほとんど頂点に対面することとなる。ここで初めてジェリー・ロール・モートンの水準にほぼ匹敵する高度に発達した形式感覚と多彩なテクスチュア―に出会うのであるとする。んー、すごい!
僕の思うところは述べたところで、大和氏とシュラー氏の評価を紹介していこう。特にシュラー氏はその著作「初期のジャズ」5ページ半を費やし詳細に記述している。僕には理解できない個所もあるが、賢明な皆さんは膝を打つ場面があるかもしれないと思い引用させていただく。
B面2.CD2-20.ワンス・イン・ア・ホワイル
アンサンブルからルイのメロディックなリードが群を抜いており、ソロでもルイが絢爛たるプレイで圧倒する。特にストップ・タイムに乗ったソロで繰り出す豊かなアイディアが素晴らしいとは、大和氏。
そしてシュラー氏は、ルイによる興味深い最終のストップ・コーラスを含んでいる。これは右の2小節のパターン、すなわち曲の最初の4小節に由来するチャールストンのリズムの拡大型の上で、展開される(譜例12)。
この不均等なパターンの上では、ルイの居心地は必ずしも良くないようで、オリー同様、入りを一度間違えている。彼のコーラスには緊張の気配が漂っており、録音の3分間が終わろうとしていることに突然気付いたかのように、不意に終了する。これと同じような凡庸な終止やしくじりその他の欠点は、ホット・ファイヴとセヴンの録音はほとんど録り直しがなかったというオリーの証言を裏付けるものかもしれない。
B面3.CD2-21.アイム・ノット・ラフ
大和氏は、最も初期のソロ・ギター奏者であるロニー・ジョンソンが客演し、美しく響かせるギター・ソロがフューチャーされる。ラストはリフ・アンサンブルで盛り上げる。
一方シュラー氏は、この曲の出来映えも「ホッター・ザン・ザット」に劣らず素晴らしい。ここでも興味深い形式枠組みが展開される(譜例11)。ロニーが冒頭部で多彩で興味深い音色のみならず異様な強度を加味した、チターのような響きのトレモロ音を導入することによって、この演奏の異例な音調を設定する(A1)。 A1とA2との相違は、後者が真ん中のドッズの2小節の「長い音」のブレイクを含めて、参加者全員によってはるかに威勢良く演奏されている点にある。全体としてアンサンブルによる演奏が、小節の数の点でも質的にも優位を占める。
アンサンブルがニューオリンズの本物のアンサンブルの精神、半ば笑って、半ば泣いてとでも形容するしかないあの異様な精神を取り戻している(スタイル変化うの意気盛んな演奏にしては誠に意外と見えることであろう)。最後のコーラスの真ん中の4小節で驚くべきことが持ち上がる。ルイがアンサンブルを弾むようなダブル・タイムに連れ込む刹那に、オリーが正反対のリズムで2小節の上向するグリッサンドを吹き出す。その結果ここで生まれた対照は、活気あるアンサンブルの即興の中で芽生える直感が偶然もたらす幸福なひと時の一つなのである。
この曲の最初の4小節にはめ込まれた小さな呼びかけと応答のパターン(A1の箇所のTpとTbの間)が、これに続くアンサンブルの3コーラスの中の2つの中に、A3のTpとGt、A6のClとTbの楽句の中に、保存されていることに注目することもまた興味深いところがある。9月と12月のホット・ファイヴの録音が以前のどの録音よりもアンサンブルによるアンサンブルによる演奏を含んでいたことも重要である。奏者の数が減っただけに、長いソロを強調する替わりにソロを最もうまくやれる2人の人間、ルイとロニーに委ねたのである。
B面4.CD2-22.ホッター・ザン・ザット
これもリルの作品で「タイガー・ラグ」を素に書かれた。既に3管アンサンブルはほとんど使われず、ソロのリレーで演奏は進行し、次のスイング時代におけるコンボ演奏の在り方を示唆している。ルイのスキャットとロニーのギターとの短いやり取りも面白い。
ロニー・ジョンソンの加入が重要な役割を演ずる注目すべき演奏である。
アンサンブルとソロは、“ホット・ジャズ”という用語が作られた理由が納得できるようなやり方でスイングしている。その点は別にしても、この曲の形式的な枠組みは、その32小節の下位区分の内部においてのみならず、全体構造においても相当な多様性を示しいているという点で、興味深い(譜例10)。
偏在する2小節のブレイクが演奏のテクスチュアな多様性に貢献していることは明らかである。ついでながら、ルイのブレイク(A1の箇所)は、シュラー氏の記憶では楽句の終止ではなく、次の即興的要素への関連楽句としてのトランペットのブレイクの最初の事例である。楽器編成が冒頭部のフル・アンサンブルから二つのソロのコーラス(リズム・セクションのみ伴奏)を経由して声とギターだけに縮小されると、次いで最初の3コーラスにおける2小節のブレイク群が、これらの2小節のブレイクの全連鎖で構成された半コーラスの楽句を極めて論理的に導く。続いてピアノの間奏が登場し、次第に楽句編成が拡大されて、やがて再びフル・アンサンブルへと復帰し、興味深い断片を織り込んだ最終コーラスの後、はじめの方の2小節のTpとGtのやり取りを回顧して演奏が終了する。
この構造的な枠組みの中に数多くの刺激的な契機が盛り込まれている。まずは歌唱のコーラス(譜例10のA3の箇所)のブリッジにおけるルイのリズム上の創意、チャールストンのリズムの一類型を使って、ルイは、24の符点4分音符の連鎖を組み立てる。この楽句の比類のないスイング感は別にしても2つの点で、これは革新的である。第一に、二つの符点4分音符の単位が3拍に相当すること。したがってルイは、ジョンソンが4/4拍子の伴奏を付けているのに、本質的には4/3拍子で即興していることになる(今日のモダン・ジャズにおいてはありふれていることだが、これが1927年では異例であったことは言うまでもない)。
第二に、このシンコペイションの連続が、ソロイストたちが(とりわけ20年代においては)教条的なまでに固執する傾向にあった伝統的な8小節の分割の枠内で、それを超越して首尾一貫して行われることである。ルイは、このコーラスの26小節目の冒頭に至って初めて3/4拍子のパターンから抜け出るわけだが、このようにして驚異的なほどに現代的な味わいを持つ非均衡を導入したのである。これは、演奏者の無能力によってそうなる場合を別にすれば、同時代の人間がほとんど聞いたことのない感覚だった。
ロニー・ジョンソンは、ルイと2小節のブレイクの交換の際に、相手のフレーズを自由自在に変更し、模倣する(譜例10のB)。その卓抜な技量によって彼の手腕が判断できるというものである。
オリーのソロの後、ルイの自信あふれる華麗なブレイクがフル・アンサンブルを呼び戻すわけだが、そこではまだ彼の切り札を出さず、4小節のストップ・タイム(最終コーラスの第25~28小節)に至って素晴らしい演奏を披露する。時折彼の歌唱のコーラスの3/4拍子のパターンを回顧しながら、その4小節を颯爽と跨ぎ超えていく。この壮観に耳を澄ませていただきたい。
B面5.CD2-23.サヴォイ・ブルース
オリーが録音前夜に書き上げたという作品。アンサンブルも3管の絡みではなく、ハーモニーで進行するなど新しい行き方を示している。ロニーのGtソロに続くルイのソロに心のぬくもりが感じられる。なお、当時(1927年)のルイはCorとTpを併用していたと言われるので、これらの演奏のいくつかはCorではなくTpかもしれない。
この曲と「ワンス・イン・ア・ホワイル」の2曲は成果として他の4曲比べて出来映えとして劣る。
この「サヴォイ・ブルース」はルイが火花を散らすようなソロに終始する。3か所のアンサンブルによる演奏のうち、2か所はごく単純な編曲で、一つだけがアンサンブルの即興演奏である。
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