本名:ラウリンド・ホセ・デ・アラウーホ・アルメイダ・ノブレガ・ネト(Laurindo Jose de Araujo Almeida Nobrega Neto)
1917年9月2日ブラジル・サンパウロ州プライニャ生まれ。
1995年カリフォルニア州にて死去。
ボサノバの創造の先駆者の一人で、クラシックとジャズの両方でグラミー賞を受賞した最初のギタリスト。
音楽一家に生まれ、独学でギタリストを学んだ。
10代の頃サンパウロに移り、ラジオやナイト・クラブで演奏し働きいた。
19歳のとき、クルーズ船のオーケストラでギターを弾きながらヨーロッパに渡った。
パリでジャンゴ・ラインハルトによるホット・クラブ・ド・フランスでの公演を観、生涯にわたる芸術的なインスピレーションを得たという。
ブラジルに戻って作曲と演奏を続けていたが、やがてクラシック・スパニッシュ・ギターとポピュラー・ギターの両方を演奏することで知られるようになった。
1947年に米国に移住し、ロサンゼルスですぐに映画スタジオのオーケストラで働き始めた。
1940年代後半にスタン・ケントン・バンドのギタリストとして一般に初めて知られるようになった。
ケントン・バンドにおいて、アルメイダとパーカッションのジャック・コスタンツォは「プログレッシブ・ジャズの音楽に説得力のあるラテンの風味を与え、
彼らの存在によって音楽は豊かになっている」と評価された。
ケントン・バンドには、1952年まで在団した。
1953年に同じくケントンの卒業生であるバド・シャンク、ベーシストのハリー・ババシン、ドラマーのロイ・ハートと共に
ワールド・パシフィック・レーベルに吹き込んだ「ブラジリアンスNo.1」と「No.2」は、ブラジルとジャズのリズムの組み合わせ(アルメイダはこれを「サンバジャズ」と呼んだ)は、
ラテンとジャズの融合を予感させる画期的な録音として広く認められている。
ジャズ評論家のレナード・フェザーはアルメイダとシャンクをボサノバ・サウンドの生みの親として認めている。
クラシック・レコーディングのキャリアは、1954年に『The Guitar Music of Spain』から始まった。
ロバート・E・マイヤーズがプロデュースした一連のクラシック録音を大成功を収めました。
注目すべきクラシック録音の中には、最初のクラシック・クロスオーバー・アルバムとして広く考えられているアルバム、
メゾ・ソプラノのサリ・テリーとフルートのマーティン・ルーダーマンとのスパニッシュ・ギターとのデュエット作品がある。>
この録音では、モデニャ、チャロ、マラカトゥ、ボイ・ブンバなど、いくつかのラテン音楽形式を通して、標準的なクラシックとフォークのレパートリーをアレンジしている。
キャリア5回のグラミー賞のうち、4回はクラシック部門で受賞した。
彼のクラシック録音ディスコグラフィーには、ハイトル・ヴィジャ・ロボスのギター協奏曲と
ラダメス・ニャッタリのコパカバーナ協奏曲という2つの主要なギター作品のデビュー録音も含まれている。
1964年MJQと「チェンバー・ジャズ」と呼ばれるクラシックとジャズを組み合わせたレコーディングを行い、1960年代と1990年代にMJQとツアーも行った。
レコーディング活動に加えて、キャリアを通じて映画スタジオでの仕事を続け、800以上の映画やテレビのサウンド・トラックで、
ギター、リュート、マンドリン、その他の楽器を演奏した。
1954年の映画『スター誕生』や『さようなら、マイ・レディ』(1956年)、『ファニー・ガール』(1968年)、『ゴッドファーザー』(1972年)などの映画に出演し、
他に映画音楽の作曲も手がけた。
1970年代、バド・シャンクと再びバンド、ザ・ロサンゼルスを結成し、1974年から1982年まで海外ツアーを行い、
1974年のコンコード・ジャズ・フェスティバルに出演、ライブ・レコーディングも発表した。
1980年チャーリー・バードとタッグを組み、ラテン・オデッセイ、ブラジリアン・ソウル、タンゴなどのレコーディングを行った。
また、バーデン・パウエル、スタン・ゲッツ、ハービー・マンなどともレコーディングを行った。
ラリー・コリエルとシャロン・イスビンとのギター・トリオ「ギタージャム」で、1988年にカーネギー・ホールに出演した。
スタン・ケントンの1947年の録音に名前が見える。
「ゾーズ・ケントン・ディズ/アート・ペッパー」(Capitol ECJ-50070)
"Stan Kenton/The fabulous alumni of"(ST 1028)
"Stan Kenton/The Christy years"(ST 1035)
「スタン・ケントン/ケントンズ・ガール・フレンド」(ECP-88033)
"Stan Kenton/The comprehensive"(Capitol STB-12016)