1941年ニューヨークを離れ、ロス・アンゼルスに向かい弟リー・ヤングのバンドに加わり、弟リーが率いるリー・ヤングズ・エスクワイア・オブ・リズムに約1年間ほど留まっていた。この間に吹き込んだのは、1942年で紹介した7月に、ナット・キング・コール(p)、そしてベースのレッド・カレンダー(B)というトリオによる吹込みだけである。
そしてリーのバンドは、1942年8月ニュー・ヨークに移り、カフェ・ソサイエティ・ダウンタウンに本拠を構えたが、1943年初頭に解散している。レスターは、アル・シアーズのバンドに移り、しばらく籍を置き、52丁目界隈のクラブを演奏して回っていた。しかしその年の12月、急転直下、カウント・ベイシーの楽団に再加入するのである。
その経緯をデイヴ・ゲリー氏はその著『レスター・ヤング』で、次のように記している。「ある日の昼下がり、52丁目にいたレスターの所に、ジョー・ジョーンズが駆け込んできた。ビールをおごって、こう告げた『おい、ちゃんと覚えておいてくれ、な!俺たちは今リンカーン・ホテルに泊まっている。夜7時からプレイを始めるからな、いいな!』そして夜7時、レスターは現れたのである。」
もし、この偶然の出会いがなかったとしたら、ベイシーは4人のサックス・プレイヤーを揃えることができたであろうか?1941年1月からレスターの代わりをしていた、ドン・バイアスは、1943年12月には退団していることははっきりしているという。バイアスは気分屋で怒りっぽい男だったそうで、自分で飛び出したのか、追い出されたか?ともかくベイシー楽団を離れて行った。
ともかくジョー・ジョーンズとレスターの出会いは、ゲリー氏が書くような偶然ではないだろう。ベイシーは、多分レスターがニュー・ヨークに戻ってきていることを知っていたのだ。そしてジョーンズに探させ、過ぎたことは無しにしようと、レスターを説得するよう頼んだのだろう。レスターは、決していつまでも過去にこだわる男ではなかった。こうしてレスターは、その夜ベイシー楽団の譜面台を前にして、静かに座ったのだった。多分照れ屋のレスターは、「プレス、レスター・ヤングが戻ってきました!拍手!」的な、戻り方は嫌だろう、たまたま3年間不在だったけど定席に戻っただけ、という方がレスターにとって良いとベイシーは判断したのだろう。
1943年、レスターの初レコーディングは、"Signature Records"に行われます。これは、AFMストの影響でベイシーが契約していたコロンビアとのレコーディングが出来なかったためではないかと思われる。マイナーな独立系レーベルならレコーディングを行ってもよかったのかどうかは、分かりませんが、ともかく"Signature Records"にベイシー・バンドの仲間3人を含めたメンバーとレコーディングを行うのです。
さてこの"Signature Records"について見ておきましょう。右のスイング・ジャーナル社『ジャズ・レコード・マニア』のレーベル紹介ページによると、1940年(Webでは1939年)当時17歳だった、ボブ・シールが設立したレーベルとあります。<ボブ・シール>と言えば、後にImpulse recordsのプロデューサーとして、ジョン・コルトレーンの数々のレコーディングを制作したことで有名ですよね。
さらに驚くのは、17歳でレーベルを立ち上げたというくだりでしょう。17歳と言えば、まだまだハイ・スクールの生徒だったはず。何と早熟な!しかし驚くのはまだ早い。彼は何と、14歳の時にジャズのラジオ番組を主催し、ディスク・ジョッキーを務め、自身のジャズ雑誌を編集し、自身もクラリネットを演奏し、バンドを率いていたというのです。恐るべき子供たちとは、彼のことを言うのでしょうね!
そして彼は、17歳の時、コモドア、ブルーノートといったジャズ専門レーベルが続々と出現するのを見て、自分でもレコード会社を作ってみようという野心に燃えたというのです。そして『ジャズ・レコード・マニア』によれば、最初にどちらかと言えば、ディキシー系のピアニスト、アート・ホーデス(Art Hodes)のレコード(写真右)を制作するのです。日付を見ると、1940年5月25日録音とありますね。
ところで、今回取り上げるレスター・ヤングの吹込みは、1943年ボブ・シールが21歳の時の録音。当然原盤"Signature Records"盤は、SP盤ですが、それを"Contact records"が、他の吹込みも合わせLP化したものでしょう。しかしこの"Contact records"については、『ジャズ・レコード・マニア』にも記載がなく、よく分かりません。日本では、キング・レコードが<Contact SR(M)3137>のレコード番号で出しています。日本盤解説によると、21歳になったボブ・シールは、沿岸警備隊に勤務しながら、自分の好みのミュージシャンを集めて、盛んにレコーディングを行っていたそうです。
| Band leader & Trombone | … | ディッキー・ウエルズ | Dickie Wells |
| Trumpet | … | ビル・コールマン | Bill Coleman |
| Tenor sax | … | レスター・ヤング | Lester Young |
| Piano | … | エリス・ラーキン | Ellis Larkins |
| Guitar | … | フレディ―・グリーン | Freddie Greene |
| Bass | … | アル・ホール | Al Hall |
| Drums | … | ジョー・ジョーンズ | Jo Jones |
| B面1. | ハロー・ベイブ | Hello babe |
| B面2. | リンガー・アホワイル | Linger awhile |
| B面3. | アイ・ガット・リズム | I got rthythm |
| B面4. | アイム・ファー・イット・ツー | I'm fer it too |
収録しているは、"Coleman Hawkins and Lester Young/Classic Tenors"というタイトルで、2大スタイルを築き上げた2人の巨人コールマン・ホーキンスとレスター・ヤングの名演集という体裁を取っているので、このセッションはレスターを中心に語られることになるが、実際にはトロンボーンのディッキー・ウエルズの名義の録音である。ジャズ評論家のデイヴ・ゲリー氏は、このセッションについて「レスターは、昔のベイシー時代の仲間たちと一緒だということで、優美さが自然に出て相違に満ちたソロを展開している」と評価している。因みに、このセッションは、ビル・コールマン、エリス・ラーキンス、アル・ホール以外は、レスターが再加入したカウント・ベイシーのメンバーである。
| Band leader & Tenor sax | … | レスター・ヤング | Lester Young |
| Piano | … | ジョニー・ガルニエリ | Johnny Guarnieri |
| Bass | … | スラム・スチュワート | Slam Stewart |
| Drums | … | シドニー・カットレット | Sidney Catlett |
メンバーを見てみよう。まずドラムのシドニー・カトレットはスイング時代1,2を争う名ドラマー。その確かな腕で引っ張りだこだったことが解る。
ベースのスラム・スチュワートはソロを取る時にアルコ(弓弾き)でハミングしながら行うことことで有名。確かにアルコの方がメロディアスなソロになるような気はする。本来僕自身はあまり好きではないが、この録音では、イヤミを感じさせない。
そして意外なのはジョニー・ガルニエリで、彼は白人である。しかしここではテディ・ウィルソン張りのリリカル且つスインギーなピアノを聴かせてくれる。最高のメンバーが揃ったと言えるかもしれない。
| A面1. | CD1. | ジャスト・ユー、ジャスト・ミー テイク1 | Just you , just you take1 |
| A面2. | CD2. | ジャスト・ユー、ジャスト・ミー テイク2 | Just you , just you take2 |
| A面3. | CD3. | アイ・ネヴァー・ニュー テイク1 | I never knew take1 |
| A面4. | CD4. | アイ・ネヴァー・ニュー テイク2 | I never knew take2 |
| A面5. | CD5. | アフターヌーン・オブ・ア・ベイシー・アイト テイク1 | Afternoon of a Basie-Ite take1 |
| A面6. | CD6. | アフターヌーン・オブ・ア・ベイシー・アイト テイク2 | Afternoon of a Basie-Ite take2 |
| CD7. | サムタイムス・アイム・ハッピー テイク1 | Someteimes I’m happy take1 | |
| A面7. | CD8. | サムタイムス・アイム・ハッピー テイク2 | Someteimes I’m happy take2 |
今回はカルテットで、レスターのソロがたっぷりと聴ける吹込みである。以前から名演と言われているそうだが、全くうなずける、素晴らしい演奏である。
まず音源は2つあり、上のレコードは輸入盤で43年の録音は全7種の音源が収録されているが、曲としては4曲で「サムタイムス・アイム・ハッピー」のみテイク2のオリジナル・ヴァージョンのみで全7種ということになる。そしてその後「サムタイムス・アイム・ハッピー」が発見され、それを加えて全曲2ヴァージョンのテイクを揃えて発売されたのが、CDの「The essencial KEYNOTE collction/the complete Lester Young」である。この「サムタイムス・アイム・ハッピー」のテイク1を発見したのは、元スイング・ジャーナル編集長だった故児山紀芳氏だったとのことだ。確かに児山氏は、スイング・ジャーナルを辞した後マーキュリーの原盤倉庫で色々発掘作業を行い、ダイナ・ワシントンやサラ・ヴォ―ンの失われたとされる音源捜索などに尽力したことがあったことを思い出した。多分その時にこのレスターの録音も見出したのだろう。