油井正一氏は、『生きているジャズ史』(シンコーミュージック)にて、ルイ・アームストロングのスタイルの変遷を4期に分けるユーグ・パナシェ氏の論を紹介し、「実に当を得たもの」としています。
まず、その第1期は少年時代から1926年までとし、師匠キング・オリヴァーの影響を受けた、純粋ニュー・オリンズ・スタイルでの演奏で、素朴なフレージング、暖かいイントネーション、そしてたった一音ですぐサッチモだとわかる、恐るべき個性を展開しているとしています。
これまで記載してきたようにルイのレコーディングは1923年から始まりますが、23年は師匠キング・オリヴァーのバンドでセカンド・コルネットに徹しさせられていたという感じでした。そして24年はニュー・ヨークのフレッチャー・ヘンダーソンの楽団に移ります。ここで本領を発揮し出します。ヘンダーソン楽団は当時No.1ジャズ・バンドでドン・レッドマンやコールマン・ホーキンスという逸材を抱えていました。普通ならニュー・ヨークにやって来た新人が色々影響を受けるところですが、逆に彼らがルイから大きな影響を受けたといいます。天才の天才たる所以です。そして翌25年には当時人気だった女性ブルース・シンガーの伴奏やヘンダーソン、クラレンス・ウィリアムス絡みの様々なセッションに駆り出されています。
そして25年11月にはヘンダーソン楽団を辞し、内助の功よろしくシカゴでの仕事を見つけていた奥方のリルに呼ばれたのかシカゴに戻ります。シュラー氏によればこの頃にはもう黒人の間ではルイの評判はかなり高いものになっていました。それを反映して引き続き数多くの女性ブルース・シンガーと共演を行いながら、11月には史上最も重要なジャズ・コンボの一つ「ホット・ファイヴ」の活動を開始するのです。
そして今回1926年はパナシェ氏が言う第1期の最後の年に当たります。まずルイは、ディスコグラフィー上でも前回1925年11月12日のホット・ファイヴの録音から1926年2月22日まで約3か月余り録音がありません。
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | キッド・オリー | Kid Ory |
| Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
1集A-4.CD1-4.「カム・バック・スウィート・パパ」(Come back , sweet Papa)
ここではジョニー・ドッズが珍しくアルト・サックスを吹いている。この1926年最初のセッションが1曲だけということ、またソロが一番多いのがドッズだということは、ルイが如何にドッズに敬意を表していたかの表れであると大和明氏は解説に書いている。
さてルイは、翌日23日にバーサ・チッピー・ヒル及びベビー・マック、24日にはホーシャル・トーマスとのレコーディングに参加している。この辺りが時代背景(ブルース女性シンガー大受け)を示すものであろう。
| Vocal | … | バーサ・チッピー・ヒル | Bertha “Chippie” Hill |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Piano | … | リチャード・M・ジョーンズ | Richard・M・Jones |
| CD7-11. | ロンサム・ラヴシック・ブルース | Lonesome lovesick blues |
| CD7-12. | トラブル・イン・マインド | Trouble in mind |
| CD7-13. | ア・ジョージア・マン | A Georgia man |
バーサのヴォーカルにルイのラッパ、リチャード・M・ジョーンズというのは3か月前のルイのシカゴ帰還後初レコーディングと同じメンバーである。
CD8枚組解説の大和明氏は、CD7-11.ロンサム・ラヴシック・ブルース とCD7-12.トラブル・イン・マインドはバーサの代表作であるとし、とかく歌伴をすると主役の歌手を喰ってしまうといわれるルイの強烈なオブリガードも、あまり目立たない位の堂々たる貫録を示していると解説に書いているが確かにその通りで、ベッシー・スミスばりの堂々たる歌唱である。
「女性ブルース・シンガー」と言っても「ブルース」ばかりを歌ったわけではない。このセッションではコテコテのブルースは歌われていない。しかしブルースっぽく聴こえる。そうなるとブルースとはいったい何だろうと思ってしまう。
| Vocal | … | ベビー・マック | Baby Mack |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Piano | … | リチャード・M・ジョーンズ | Richard・M・Jones |
| CD7-14. | ユーヴ・ガット・トゥ・ゴウ・ホーム・オン・タイム | You've got to go home on time |
| CD7-15. | ホワット・カインド・オ・マン・イズ・ザット? | What is O'man is that ? |
バーサと同日の録音で、歌手だけが交替した形である。歌手ベビー・マックについては詳細が不明であるが、声質がやや高めのベビー・ヴォイスだったところから名づけられたニック・ネームであろうとは大和氏。さらに大和氏は、CD7-15.ホワット・カインド・オ・マン・イズ・ザット?におけるルイのソロが秀逸であるとしている。特にイントロを長くとっており、そこが聴き処となっている。この曲は1913年の古い流行歌で、アル・ジョルソンの歌で有名な<ユー・メイド・ラヴ・ユー>の一節を引用しているという。
| Vocal | … | ホーシャル・トーマス | Hociel Thomas |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Piano | … | ハーサル・トーマス | Hersal Thomas |
| CD7-16. | ディープ・ウォーター・ブルース | Deep water blues |
| CD7-17. | グワン・アイ・トールド・ユー | G'wan I told you |
| CD7-18. | リッスン・トゥ・マ | Listen to Ma |
| CD7-19. | ロンサム・アワーズ | Lonesome hours |
ベビー・マックの翌日の録音で、伴奏ではピアノが替わっている。前回も書いたが大和明氏は、ピアノのハーサルは歌手のホーシャルの妹と書いているがこれは間違いで、ホーシャルの甥である。そしてハーサルの妹がこの後3月にルイと録音を行うシッピー・ウォーレスである。いずれにしろホーシャルが気の合った、リラックスできる伴奏者を希望したのであろう。しかしこの日は調子が悪かったのか、ホーシャルの歌はノリ切れていないように感じる。
このセッションも全てソロはルイが取るが、堂々たる吹奏で、このころのルイは怖いものなしだったのではないか。それぞれが素晴らしい演奏で聴き応えがある。
さてルイは、1日おいた2月26日ホット・ファイヴのレコーディングに臨む。
キッド・オリーの回想によると、ホット・ファイヴ、ホット・セヴンの吹込みは必ず朝9時過ぎにスタジオ入りし、10時から録音を開始したという。当時のルイや他のメンバーも毎晩遅くまで、それこそ夜明け近くまで、カフェに出演していたはずなのに、録音というと朝早く起きてスタジオに駆け込んで行われていた。
何故かというとホット・ファイヴの録音が行われた1926年はいわゆる電気吹込みの初期で、当時はカーボン・マイクロフォンという初期の電話機のように炭素粒を詰め込んだマイクを使用していた。このマイクは一晩中、暖炉のそばで乾燥した後に用いるものだったという。午前中は調子がいいが、午後になるとだんだん調子が悪くなり、手でガタガタ振って調節しないと役に立たなかったという。今LPにまとめられているルイの当時の傑作を聴いて、当時のレベルをはるかに抜いたいい音を出しているのは、この早起きのレコーディングによるものではないかと油井氏は書いている(『生きているジャズ』)。傑作を傑作として聞かせるには、やはりそれなりの努力が必要だったわけである。
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | キッド・オリー | Kid Ory |
| Clarineto & Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| 1集A-5.CD1-5. | ジョージア・グラインド | Georgia grind |
| 1集A-6.CD1-6. | ヒービー・ジービーズ | Heebie jeebies |
| 1集A-7.CD1-7. | コルネット・チャプ・スイ | Cornet chop suey |
| 1集A-8.CD1-8. | オリエンタル・ストラット | Oriental strut |
| 1集B-1.CD1-9. | ユーアー・ネクスト | You’re next |
| 1集B-2.CD1-10. | マスクラット・ランブル | Muscrat ramble |
1集A-5.CD1-5.ジョージア・グラインド
ジミー・ブライスが作曲した当時の黒人流行歌だそうで、ルイとリルのヴォーカル・デュエットがフューチャーされている。珍しいというか唯一かな。
リルの2コーラスのヴォーカルの後、オリーの1コーラスのソロを挟んでルイの2コーラスのヴォーカル、続いてドッズのクラリネット・ソロの途中から合奏になって終わる。
1集A-6.CD1-6.ヒービー・ジービーズ
とにかく有名なナンバー。僕はこの曲を聴いてみたかったことがこのレコードを買った動機でもある。何がどう有名かというと、史上初めてスキャット・ヴォーカルが行われたレコードであったからで、1926年度ヒット・チャート14位にランクされる当時大ヒットを記録した。
油井正一氏は、スキャットの誕生によって、ジャズ・ヴォーカルは人声を以って楽器の一種ともなるという新生面を開拓した。サッチモ以後の歌手はおおむね古典的歌唱法プラス楽器用法を使用していると『生きているジャズ史』に書いている。さらに油井氏は、「スキャット・ヴォーカルの誕生―1926年2月26日―」という項を設け5ページに渡ってこの日の録音についてドキュメント風に詳しく記述している。
ルイは歌詞を忘れてとっさにスキャットを始め、メンバーは笑いを抑えるのに懸命だったというエピソードが喧伝されている。しかし実際は偶発的な出来事ではなく、ルイの計画的な行動であったというのが最近の大方の見方である。
1集A-7.CD1-7.コルネット・チャプ・スイ
油井氏はこう始める、「モダン・ジャズと言ったら笑う人もいるだろうが、1926年においては抜群のモダン・ジャズであった。一切を支配するのはルイのコルネット一本である。そのソロはピアノを挟んで見事なコンストラクションを作り、ニュー・オリンズ・スタイルから来るべきスイング・スタイルへの架け橋を作り出している。」
CD解説の大和氏は、「ピアノ・ソロを挟んでほとんどルイの強力なコルネットが演奏をすべてを支配している。特にそのブレイクとストップ・タイムに乗ったソロは素晴らしい。いわばジャズ史上最初のフューチャリング・ナンバーの一つと言ってよい演奏である。当時のすべてのジャズマンに衝撃を与えた作品である」と述べている。
ところがこの母盤にはプロデューサーの手で“recommended for rejection”(ボツにしたい)と書き入れてあったという。名プロデューサーと言われるトミー・ロックウェルがなぜこれを史上の傑作と認めなかったのか理解に苦しむが、ピアノ・ソロに入る一瞬ジョニー・ドッズが誤って一音吹いているのが気になったのかもしれないとは油井氏。
この演奏のすごさは僕にも分かる。ルイのコルネットは本当に強烈で、すべてを支配しているのがわかる。ガンサー・シュラー氏はリルの不細工なピアノ・ソロが残念であると述べているが、演奏自体が素晴らしいのは定説になっているのだろう。
1集A-8.CD1-8.オリエンタル・ストラット
1集B-1.CD1-9.ユーアー・ネクスト
1集B-2.CD1-10.マスクラット・ランブル
この辺りの録音はほかのメンバーとルイとの質的な差がますます大きくなってくるという。ドッズもオリーもルイと同等には絡んでこない。ホット・ファイヴのアンサンブルが「ニュー・オーリンズ・アンサンブル」の枠をはみ出していることを知るためには、同じ1926年コルネットをジョージ・ミッチェルに変えただけで吹き込まれたニュー・オーリンズ・ワンダラーズ、ニュー・オーリンズ・ブートブラックスの諸作と比較すればよい、と無茶なことをいう所はいかにも油井氏らしい。
ガンサー・シュラー氏によるとこの時期のホット・ファイヴはまだ自己発見の途上の段階にあったという。オリーや特にリルの数多くの不細工なソロがあり、ルイと他のメンバーとの力量の差が大きいとは油井氏と同意見で、ルイは手を休めず常に他のメンバーを駆り立てる必要があったとし、こうした努力には重い負担となり、ルイの演奏にも影響を及ぼす。ルイは驚異的な音、異例な旋律、強烈な効果を作り出そうとして時には成功し、時にはうまくいかない部分も見受けられると述べている。
因みに1集B-2.CD1-10.マスクラット・ランブルはキッド・オリィの代表作。1926年ヒット・チャートでも18位にランクされるヒットとなった。
まだ、1927年のルイを聴いていないのに先走りすぎかもしれないが、この26年2月26日の録音などを聴いているとルイはもう次の時代に突入したのではないか?第2期に入ったのではないかと思う。その辺りが今後のテーマになろう。
1926年2月26日歴史的な録音を終えた5日後、再びブルース・シンガーの伴奏に参加している。シッピー・ウォレスはホーシャルの叔母、ハーサル・トーマスの妹に当たる優れたブルース・シンガーで大物である。その関係でピアノにハーシャルが入ったのだろう。
| Vocal | … | シッピー・ウォレス | Sippie Wallace |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Piano | … | ハーサル・トーマス | Hersal Thomas |
| CD7-20. | ア・ジェラス・ウーマン・ライク・ミー | A jealous woman like me | 3月1日録音 |
| CD7-21. | スペシャル・デリヴァリー・ブルース | Special delivery blues | 3月1日録音 |
| CD7-22. | ジャック・オ・ダイアモンズ・ブルース | Jack O’ diamonds blues | 3月1日録音 |
| CD7-23. | ザ・メイル・トレイン・ブルース | The mail train blues | 3月2日録音 |
| CD7-24. | アイ・フィール・グッド | I feel good | 3月2日録音 |
| CD7-25. | ア・マン・フォー・エヴリデイ・イン・ザ・ウィーク | A man for every day in the week | 3月2日録音 |
この録音がルイとシッピーの初顔合わせとなる。CDセット解説の大和氏はこの後の27年の共演が彼女の代表作であるとしているが、なかなかこの録音も素晴らしい。ルイのソロ、オブリガードも良いのだが、シッピ―のヴォーカルもとてもいい。前回のホット・ファイヴの録音以降ルイのコルネットが一皮むけたような響きを感じるのだが僕だけだろうか?
さて、1926年に入るとルイは、リルのバンドのほかヴァンドーム劇場出演中のアースキン・テイトと彼のリトル・シンフォニー・オーケストラのフューチャーリング・ソロイストとして迎えられ、ドリームランド・カフェとヴァンドーム劇場の両方を掛け持ち出演する多忙な日々を送る。さらに26年4月からはキャロル・ディッカーソン楽団のゲスト・スターとしても演奏し始める。さらにオーケーとの契約で当時流行の女性ブルース・シンガーたちの伴奏吹込みなどもあり、このころのルイは多忙を極めたのではないだろうか?左はアースキン・テイト・ヴァンドーム・オーケストラの写真。写真は1921年のものなので、ルイは写っていない。
この辺りことについて、自ら音楽家でもありジャズ評論家であるガンサー・シュラー氏は注目すべき発言をしている(『初期のジャズ』)。それは、ルイがフレッチャー・ヘンダーソン楽団を辞めた理由は、アースキン・テイトとキャロル・ディッカーソンと共演するためだったというのである。そしてこのことがあまりにも無視されているとシュラー氏は述べている。シュラー氏は、アースキン・テイトのヴァンドーム劇場楽団がルイの生涯において果たした役割は全く正しく評価されていないと。
確かに「ルイ・アームストロング傑作集 第1集」(Odeon OR-8002)解説の油井正一氏は、ライナー・ノートでも、自著『生きているジャズ史』においても、アースキン・テイトにもキャロル・ディッカーソン楽団にも全く触れていない。CD8枚組「黄金時代のルイ・アームストロング 1925-1932」解説の大和明氏も、先に述べたようにリルのバンドのほかアースキン・テイトとキャロル・ディッカーソンのバンドにも加わったので多忙になったと述べるだけであり、音源を収録している「若き日のルイ」(デッカレコード SDL-10377)解説の飯塚経世氏も、ルイのソロは素晴らしいということを述べているだけである。
しかし肝心のシュラー氏も、アースキン・テイトのバンドについては、10人編成のシカゴで最良の大グループ楽団で、ヘンダーソン・バンドのシカゴ版に相当したということ、ルイは7年間テイトの楽団に在籍し、この高度に訓練された劇場バンドを、「アースキン教授の交響楽団」と呼び、二人の結びつきについて熱っぽく語ったものだったということを述べ、他の音楽家たちもこの並外れたグループについては最大級の敬意と称賛を込めて語り、そこで演奏することを望まない音楽家はほとんどいなかったということを紹介している。
キャロル・ディッカーソン楽団はシュラー氏自身が述べているヘンダーソン楽団を辞めるもう一つの理由であったはずだが、このバンドについてはほとんど触れていない。右はキャロル・ディッカーソン楽団の写真。ルイの名前はないがのちにルイと組んで名作を残すアール・ハインズの名前が見える。
左の写真はボヤけていてほとんど文字が読めないと思うが、右側にルイの写真を配し、上部に”World's Greatest Trumpet Player”、下に”Lou Armstrong”とある。少し時代は下って1929年6月24日デトロイトのゲイストーン・ガーデンに出演した時のプログラムである。僕はキャロル・ディッカーソン楽団とのレコーディングは未聴であるが、ディスコグラフィーを見ると1928年6月に2面分あるだけである。左のプログラムを見ると”Savoy Ball Room Orchestra of Chicago”と”America's Greatest Broadcasting Orchestra”とあり、「ボール・ルーム」とはダンス・ホールのことであり、また「ブロードキャスティング」はラジオなどの放送のことなので、レコーディングなどを行う機会は余り多くなかったのかもしれない。
さて、「黄金時代のルイ・アームストロング 1925-1932」で解説の大和明氏は、1926年ころからルイとリルの仲は気まずくなり、やがてルイはリルのバンドを離れてしまうと書いている。実際に二人は1931年には離婚をしているが、26年中はホット・ファイヴなどのレコーディングでは二人は共演している。二人の気まずくなった原因が何かはよくわからないが、大和氏の書き方だとあっちこっちのバンドに参加して多忙を極めることにより、当然家庭を顧みることが少なくなったルイに対してリルが不満を持ったと思わせる。もしその通りだとすれば、リルから見れば、アースキン・テイトの楽団もキャロル・ディッカーソンの楽団も「恋敵」のようなものであったかもしれない。そんな折重要な録音が1926年5月28日に行われる。
ルイが参加するテイトの楽団とリルのバンドの録音が1926年5月28日同日に2面分づつ行われたのである。この2つの録音はヴォカリオンになされたもので「若き日のルイ/ザ・サイドマン」に収容されている。解説の飯塚氏によると、ルイはアースキン・テイトの楽団ではトランペットを吹き、リルのバンドではコルネットを吹いているという。意識して使い分けているというがその狙いまではよく分からない。
どちらの吹込みが先かは不明だが、ディスコグラフィーではテイトのバンドが先に記載されている。ルイがテイトの楽団における吹込みはどうもこの2面分だけのようである。
| Banjo & bandleader | … | アースキン・テイト | Erskine Tate | |||
| Trumpet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong | 、 | ジェイムス・テイト | James Tate |
| Trombone | … | エディー・アトキンス | Eddie Atkins | |||
| Clarinet & Alto sax | … | アンゲロ・フェルナンデス | Angelo Fernandez | |||
| Clarinet & Baritone sax | … | スタンプ・エヴァンズ | Stump Evans | |||
| Tenor sax | … | ノーヴァル・モートン | Norval Morton | |||
| Piano | … | テディ・ウェザーフォード | Teddy Weatherford | 、 | 不明 | Unknown |
| Banjo | … | フランク・エザリッジ | Frank Etheridge | |||
| Tuba | … | ジョン・ヘア | John Hare | |||
| Drums & washboard | … | ジミー・バートランド | Jimmy Bertrand |
| A面5. | スタティック・ストラット | Static strut |
| A面6. | ストンプ・オフ・レッツ・ゴー | Stomp off , Let’s go |
まず、レコード「若き日のルイ」とWeb版ディスコグラフィーでは若干メンバーが違う。上記はディスコグラフィーである。相違点は、トロンボーン、ディスコグラフィーではエディー・アトキンスとなっているが、レコードではフェイエト・ウィリアムスとなっている。
20年代後半にシカゴを去り、残りの生涯を極東地域で送ったテディ・ウェザーフォードとルイの傑出したソロが聞かれる。ここでルイは初めてトランペットを使用したという記念の録音でもあるという。
シュラー氏は、ウェザーフォードはおそらくアール・ハインズに最も影響を与えた最も重要な人物で、バンドとは4面分の録音しか残さなかったため、テイト楽団における彼のソロは歴史的な意義も大きいという(他の2面分は未聴)。彼のソロは、ラグタイムの祖先と後の「トランペット的ピアノ・スタイル」との中間点、ジェームス・P・ジョンソンとアール・ハインズとの結節点において、身につけられた強力なリズム・スタイルを持つものだからである。彼はアメリカのジャズの現場から離れてしまったために無視された多くのジャズ・マンの一人であるが、同時代のミュージシャンは彼に対して、「すべてのピアニストに先行していた。アール・ハインズを含めてピアニスト全員が彼の真似をした」と言っていたという報告があるという。正直僕にはこのウェザーフォードのすごさというのが分からないが、それはひとえに僕に聴く耳がないからだと思う。
A面5.スタティック・ストラット
ジャック・イエーレンとフィル・ウォールという人が共作した激しいリズムのストンプ曲。2人他にアルト・サックスやバリトン・サックスのソロも入るが素晴らしいのはやはりルイとウェザーフォードだと飯塚経世氏も「若き日のルイ」のライナー・ノートに書いている。
シュラー氏はもう少し詳しく「ルイは、ブリッジの前のブレイクでは転調し、9度の華々しい跳躍を含む、長い、爆発的な、元気あふれるソロを披露している。これまでで最も派手で、創意あるソロの録音である」と評価している。ここまで詳しくは分からないが、確かにルイは一人だけ高い別次元ところでソロを取っているように聴こえる。
またバンドと編曲も協力で、激しくスイングするリズム・セクションを中心として的確で、斬新なアンサンブルを聴かせる。」
A面6.ストンプ・オフ・レッツ・ゴー
エルマー・ショウベルが作ったストンプ曲でルイとウェザーフォードの傑出したソロが聴かれるほか、ピアノは2人で弾いていることが珍しく、またアンサンブルも出色の出来であると飯塚氏。
シュラー氏は、「『ストンプ・オフ・レッツ・ゴー』の最終コーラスの荒々しい、フルパワーでの集団演奏でさえも、原理においてニュー・オリンズ風なところがあるとはいえ、キング・オリヴァーが嘆いたであろうシカゴ風の鋭くて、硬い切れ味があった」とよくわからないことを言っている。
さて、ではリル・ハーディン・アームストロングの方を聴こう。
| Piano & Band leader | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | キッド・オリー | Kid Ory |
| Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| A面7. | ジョージア・ボー・ボー | Georgia bo bo |
| A面8. | ドロップ・ザット・ザック | Drop that sack |
顔ぶれはルイのホット・ファイヴと全く同じである。気まずくなったと言われるルイとリルが共演した形である。今考えると名前は確かに「ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ホット・ファイヴ 」だったが、このコンボのお膳立てをしたのはどちらかというとリルだったのではないかと思う。それでルイが抜け、共演するときはリルのバンドにルイが客演するという形をとったのではないか。ここでルイはコルネットを吹いている。
シュラー氏は同じメンバーでありながら、ホット・ファイヴと全く異なる響きがするのは驚くべきことだと書いている。さらに「なぜアンサンブルが古きニュー・オリンズの感性を濃厚にたたえているのか?なぜルイは「ジョージア・ボー・ボー」でソロを吹かず、「ドロップ・ザット・ザック」ではつまらないソロをとっているのか?一方なぜオリーとドッズは、ホット・ファイヴにおけるよりも単純ではあるが効果的なソロをとっているのか?」と書き、オリーとドッズはホット・ファイヴでは臆病になっていたというしばしば流された流言を裏付けるものであるかもしれないと書いている。
A面7.ジョージア・ボー・ボー
ファッツ・ウォーラー作のミディアム・テンポのブルースでブギー調である。シュラー氏はルイにソロの機会が与えられていないというが、最初にソロを取るのはルイのコルネットだと思うのだが…。
A面8.ドロップ・ザット・ザック
ルイの作曲で、1コーラス20小節という変わった形式の曲。各自のソロが十分に楽しめるほか、ラストのアンサンブルにドッズとルイのブレークを挿入するなど、キング・オリヴァー楽団と同じ趣向を見せると飯塚氏。最初にソロを取るのはドッズで、ここでの最初のブレークは完全に後ノリでこの時代ではちょっと珍しいのではないか?
シュラー氏はこのソロを「つまらない」と書いているが、僕にはそうは思えない。
| Vocal | … | ノーラン・ウェルシュ | Nolan Welsh |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Piano | … | リチャード・M・ジョーンズ | Richard M Jones |
| CD8-1. | ザ・ブライドウェル・ブルース | The bridwell blues |
| CD8-2. | セント・ピーター・ブルース | St. Peter blues |
歌手のノーラン・ウェルシュについては、詳細は全くの不明であるという。僕はこの時代だから女性ブルース・シンガーだと思っていたが、男性シンガーで驚いた記憶がある。そもそも拙HPに男性ブルース・シンガーが登場するのは初めてではないか?ソロ、オブリガードともルイは素晴らしい吹奏ぶりを示す。
同じ6月16日にはホット・ファイヴの録音も行われている。ルイとリルの関係性からもうホット・ファイヴはなくなるのかなと思うとそうでもなくレコーディングは続けられたようだ。
| Cornet & Vocal | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | キッド・オリー | Kid Ory |
| Clarinet & Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| 1集B面3.CD1-11. | ドント・フォーゲット・トゥ・メス・アランド | Don't forget to mess around |
| 1集B面4.CD1-12. | アイム・ゴナ・ギッチャ | I'm gonna gitcha |
| 1集B面5.CD1-13. | ドロッピング・シャックス | Dropping shucks |
| 1集B面6.CD1-14. | フーズ・イット | Who's it |
この日の演奏についてシュラー氏は、「大半がリルの疑似ノヴェルティ的な音楽で構成された、ホット・ファイヴの録音活動のどん底」と厳しい評価を下しており、CD解説の大和明氏はかなりコマーシャルな企画によるものでそれだけホット・ファイヴに人気があったことの証拠と前向きにとらえている。。
B-3〜5は、ルイのだみ声ヴォーカルを楽しむナンバー。とはいえB-4「アイム・ゴナ・ギッチャ」は典型的なドッグ・チューン(くだらない曲)、B-6は、スライド・ホイッスルを入れるなどお遊び的なレコーディングだと全体的な評価は芳しくない。
2日後には、ホット・ファイヴが揃って「バタービーンズ・アンド・スージー」の伴奏を務めている。
| Vocal | … | バタービーンズ・アンド・スージー | Butterbeans and Susie |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | キッド・オリー | Kid Ory |
| Clarinet & Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| CD8-3. | ヒー・ライクス・イット・スロウ | He likes it slow |
「バタービーンズ・アンド・スージー」は、夫婦のヴォードビリアン・チームで以前1924年にキング・オリヴァーがバックを務めた吹込みを紹介した。当時オーケーに数多くのレコーディングを行った人気チームだが、ルイがこのチームと吹き込んだのはこの1曲だけだという。
この時代の録音でもホット・ファイヴの演奏などはすでにニュー・オリンズ・スタイルを完全に脱しつつあるように思える。それは自分がリーダーであることでバンド全体をコントロールできたからであろうか。
ルイの次の録音は5日後の6月23日にホット・ファイヴとして4面分の吹込みが行われている。
まずこの6月23日の録音全体について、ガンサー・シュラー氏は次のように述べている。「この録音とこの後に行われた11月16日に行われた2回の録音によって、ホット・ファイヴのレコードはより着実にスイングを開始した。ルイの演奏の威力とリズミックなドライヴ感が他の4人の奏者に影響力を発揮し始めたのだ。しかし、ルイが演奏するときは、発想とスイングとリズムが自動的に整ってくるのだが、ルイの演奏が外れるとエンジンが切れた感じがし、決まってリルの水っぽいピアノが登場してくる。…そしてこの時期のルイは、以前行った様々な実験を効果的に再確認しようとしていると思われる」と。
| Cornet & Vocal | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | キッド・オリー | Kid Ory |
| Clarinet & Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| 1集B面7、CD1-15. | ズールーの王様 | The king of Zulus |
| 1集B面8、CD1-16. | ふとったママとやせたパパ | Big fat Ma and skinny Pa |
| 2集A面1、CD1-17. | ロンサム・ブルース | Lonesome blues |
| 2集A面2、CD1-18. | スィート・リトル・パパ | Sweet little Papa |
1集B面7、CD1-15.ズールーの王様
曲名の「ズールーの王様」とは、ニュー・オリンズのお祭りであるマルディ・グラ(謝肉祭)の時に選ばれる主役の名前で、ルイも後年49年に指名されて演じている。演奏にマルディ・グラの行列でオリーのトロンボーンが行進してくると、西インド諸島から来た男(クラレンス・バブコック)が呼びかけ、ホットなジャズを演ろうと言い、ここにルイのソロが始まる。
CD解説の大和明氏は、このルイのソロをなかなかの聴きものであると書いているが、ガンサー・シュラー氏は、ホット・ファイヴの録音のどん底だという。ルイのソロは聴きものだが、バンド全体の演奏はダメということだろうか?
僕はまずこの「マルディ・グラ」がよく分からないので、最初のオリーのトロンボーンがお祭りで吹かれているものかそういったイメージをオリーが創作で吹いているものかが分からない。しかしサンシールだけの伴奏で重々しいオリーのソロがあり、一旦セリフが入りルイが同じように重々しい雰囲気でソロを吹く。その後サンシールの単音を交えたソロがあり再びルイのソロとなる。
1集B面8、CD1-16.ふとったママとやせたパパ
大和氏「この曲もかなりコマーシャルでホット・ファイヴの中では低調な作品」、油井氏「コマーシャルな企画の曲だが、ホット・ファイヴらしく聴かせ処を持った好演」、シュラー氏はコメントなし。
しかしこの辺りのルイのプレイは緩急自在一頭地を抜けている感じが伝わってくる。
2集A面-1、CD1-17.ロンサム・ブルース
典型的な12小節のスロー・ブルース。印象的なメロディーで、すすり泣くようなブルージーなドッズのプレイが素晴らしい。
2集A面-2、CD1-18.スィート・リトル・パパ
大和氏はO.D.J.B.の<オストリッチ・ウォーク>に基づいてオリーが作った曲で、オリーのトロンボーンが活躍し、ルイも好調そのものと簡略に紹介している。
一方シュラー氏は次のように詳細に記している。
「ヘンダーソン時代のソロ、例えば「マンディ」、「コペンハーゲン」と比べてみると、ヘンダーソン時代は一本調子で水平的な旋律型に終始していたのが、ここではトランペットの音域全体を駆使して、大きなアーチを描くように旋律線を上下向させ、時には突如としてその方向を変えたりもする。
ヘンダーソン時代のアドリブの滑らかなリズムに替わって、より強力で、対照の明確な、硬めのスイングするリズムが登場する。ダブル・タイムのブレイクが豊富で、メロディ・ラインとリズムが結びついてより印象的な輪郭を作り出している。もちろん、これはルイの技量の向上の所産であるだけでなく、音楽性の成熟の結果である。というのは、ジャズのソロが、大衆歌謡の文字通りの装飾という観点からではなく、創造的な独創を最大限に生み出すコード進行の観点から思考されたからである。
ルイのソロの楽想は、彼のソロが原曲から離れる度合いに比例して発展した。彼の後期のソロは、原曲をほとんど無視して、そのコード進行の変化のみを手掛かりにして始められた。この曲の彼のコーラスには、フラッター・タンギング奏法(オリヴァーには未知だった技法」、リップされた高い音程で始まるブレイク、装飾的なトリルなどが含まれている。しかしながら、初期のソロの場合には、こうした楽句作りの工夫が目立ちすぎてはいるが、なければ凡庸になってしまったのに対して、ここでは、全体のまとまりのある楽想の一部になっている。」
次の録音は約5か月後11月16日のホット・ファイヴによるものとなる。大和明氏は「この日の4曲はいずれもホット・ファイヴの前期の録音を代表する出来栄えを示している。」と高く評価している。確かに僕が聴いてもこの素晴らしさは分かる。特に傑作と言われる「ビッグ・バター・アンド・エッグ・マン」についてはガンサー・シュラー氏の詳細な分析があるので僕のコメントなどは控えよう。
| Cornet & Vocal | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | キッド・オリー | Kid Ory |
| Clarinet & Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| Vocal(CD1-21,22) | … | メイ・アリックス | May Alix |
| 2集A面-3.CD1-19. | ジャズ・リップス | Jazz lips |
| 2集A面-4.CD1-20. | スキッド・ダット・デ・ダット | Skid-dat-de-dat |
| 2集A面-5.CD1-21. | ビッグ・バター・アンド・エッグ・マン | I want a big butter and egg man |
| 2集A面-6.CD1-22. | サンセット・カフェ・ストンプ | Sunset cafe stomp |
2集A面-3.CD1-19.ジャズ・リップス
大和明氏「ルイによる後半のプレイの盛り上がりが見事で他のメンバーがすっかり影が薄くなってしまっている。ただし演奏全体のまとまりという点では、この後に続く3曲の方がはるかに優れている」
2集A面-4.CD1-20.スキッド・ダット・デ・ダット
堂々とスキャットを彼のトランペット・プレイと対等の売り物として前面に押し出した演奏であり、ヴォーカルと器楽演奏を同等に扱い、ヴォーカルそのものに楽器と同じ役割を与えたものと言える。テーマのアンサンブルの持って行き方にしても、実に工夫を凝らした構成であり、ニューオリンズ・アンサンブルの面影はすでにない。スキャット・ヴォーカルと楽器演奏のやり取りも見事。ここには独自の「サッチモ・ジャズ」の個性がはっきり打ち出されている。
シュラー氏はかなり詳しく解説している。
「ルイとリルの共作のナンセンス・スキャットの小曲。曲の大半が2小節のブレイクで構成され、グループの3人を比較する絶好の機会を与えてくれるという点で興味深い。」
さらに続けて「片やルイ、片やドッズとオリー、両者の対照は驚異的である。彼ら2人がルイに到底かなう相手ではないことを異論の余地なく実証してくれる。
他の数十曲の録音の場合と同じように、この曲でも彼らのテンポと調音がまずく、発想が下品である。ニュー・オリンズの偉大な過去の人々に対する忠誠心と懐旧の情によって、これらの欠点を大目に見たがる人がいるかもしれないが、客観的な分析に依拠しない音楽的評価は不当であり、音楽とは無縁のものである。ドッズ並びにオリーのブレイクとルイのブレイクとの質的差異については、特にルイの冒頭の卓抜なブレイクの導入部を聴くといささか疑問の余地もないではないか。これがCメジャーの曲のブレイクに聴こえるだろうか。ブレイクに先立って、Cの調性がすでに確定されていたとすれば、B♭音とE♭音とA♭音は、ブルー・ノートとしてしか低めの変化音程と聞こえるに過ぎまい。しかしながら、この無伴奏のブレイクで曲が始まる以上、我々の耳はこれをE♭(あるいはひょっとしてCminor)の調性めいたものとして知覚する。このため第3小節においてCmajorの主音が異様に響く。シュラー氏の知る限りでは、ディジー・ガレスピーの「言い出しかねて(I can’t get started)」の有名な「調性外の」ブレイク(録音ではかなり控えめだが、ディジーの生演奏では遥か遠隔の調性をしばしば彷徨う)までは、これに必肩するほど調性感のあいまいな例は見当たらない。
2集A面-5.CD1-21.ビッグ・バター・アンド・エッグ・マン
1926年ヒット・チャート32位にランクされるスマッシュ・ヒット。大和明氏は「この日の最高作。最初の1コーラス目のテーマからルイを前面に出した親しみに溢れた自然で好ましいアンサンブルが展開される。メイ・アリックスの声を張り上げるようにして歌うヴォーカルも微笑ましく、それだけにルイの語り調のヴォーカルが効果を上げている。続くルイのコルネットのソロが独創性に富んだ、しかも実にバランスの取れた見事な構成で繰り広げられていくのである。かなりポピュラーな線を狙った演奏ではあるが、ルイのプレイはそれを超えた見事な芸術に仕立て上げている。だからこそウィンギー・マノンをはじめ当時多くのミュージシャンにこの演奏がコピーされたのであろう。
シュラー氏、1926年の録音の中で最も有名。この録音のルイの演奏はすべてが素晴らしい。ソロのコーラスがとりわけ秀逸で、フランスの評論家アンドレ・オデール氏によって抜群の出来として称賛されているが、この段階での力量を完璧に示すものであるため、再検討してみよう。
これは変奏についての想像力に富む感覚との結びつきで音楽の論理と連続性を本能的に把握する彼の能力を示すものである。まず第一に、第1小節から第5小節に登場する3つの音を用いた呼びかけ風な楽句における音程とリズムの微妙な変化に注目する(譜例7)。
オデール氏はこれについて「この出だし自体が傑作である。これ以上に素直で均衡のとれたものを想像することは不可能である」と解説する。どんな作曲家でも、モーツアルトやシューベルト級の作曲家ですら、これほど自然にあっさりと思いつかれたものは作曲しなかったと付言することできる。さらには、第7、9、15、19小節における旋律的・リズム的構成要素のタタン(おおむね音階の2度から主音へ移行する8分音符・4分音符)の反復的使用と第10小節におけるそのリズム的変奏に注目してみよう。この構成要素はそれが登場する都度違ったように完成されている点が興味深い。多様性が同一性と反復と連合しているのだ。
ブリッジの箇所は、明らかに想像力に富むこのソロの白眉である。まずは、ブラス奏者が利用できる指使いの後退による効果をもっぱら活かしてC音が反復される(第16小節)。次いでこれが4分音符の3連符へと引き伸ばされる。コード進行はB♭へ転移するのだが、第20小節では、ルイは意外なことにブリッジの初めの音C音、この個所ではコードの9度音へと復帰して、見事にシンコペイトして下向する半音階的な旋律線の口火を切る。そしてこの旋律線が、このソロの最高点、すなわちブリッジの末尾と最後の8小節の間の伝統的なブレイクにまたがる連結の楽句を導く。オデール氏が明快に示唆したように、この「ゴーストされた」16分音符のついた楽句の驚異的なスイングにおいて、ルイは「現代のリズム概念がどんな風なものになるかを予測していたように見える。」当然のことながら、ルイのこの演奏には、透明で豪奢な彼の音色、無造作に時の中をさまよいながらも正確無比なリズムを保つ彼の完璧でくつろいだスイング感などの記述不可能な諸要素もいくつか介在する。
2集A面-6.CD1-22.サンセット・カフェ・ストンプ
チャールストンの雰囲気を取り入れたかなりポピュラーな意図を持った演奏で、ここでもメイ・アリックスのリズミックなヴォーカルがなかなか楽しい。特にヴォーカルの後のアンサンブルはブレイクを挟み、実に溌剌としており、楽しめる。
なお曲名のサンセット・カフェはこの当時ルイが加わっていたキャロル・ディッカーソン楽団が出演していたクラブの名前で、ルイはディッカーソン楽団を27年2月に退団した後、自分のレギュラー・バンド(ストンパーズ)を率いて出演している。このホット・ファイヴはあくまでもレコーディングのための臨時編成バンドで、このメンバーが聴衆の前で演奏したのは、1926年6月12日にシカゴで開かれたオーケー・レコード専属芸術家ダンス・パーティーに出演した時だけであったという。
さて続く録音は女性ブルース・シンガー、バーサ・チッピー・ヒルの伴奏となる。
| Vocal | … | バーサ・チッピー・ヒル | Bertha “Chippie” Hill |
| Cornet | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Piano | … | リチャード・M・ジョーンズ | Richard M Jones |
| CD8-4. | プリーディン・フォー・ザ・ブルース | Pleadin’for the blues | 11月23日録音 |
| CD8-5. | プラット・シティ・ブルース | Pratt city blues | 11月23日録音 |
| CD8-6. | メス・ケイティー・メス | Mess , Katie , mess | 11月23日録音 |
| CD8-7. | ラヴシック・ブルース | Lovesick blues | 11月26日録音 |
| CD8-8. | ロンサム・ウェアリー・ブルース | Lonesome weary blues | 11月26日録音 |
バーサとの3回目の吹込みで、ここまででは最も多くルイが共演した歌手である。そのためルイとの共演にも慣れてきたのか彼女の代表作と言われるCD8-4.プリーディン・フォー・ザ・ブルース、CD8-5.プラット・シティ・ブルースなどが生まれることになる。彼女の貫禄溢れる歌唱を示し、コール・アンド・レスポンスにおいても実によく気の合ったコラボレイションを聴かせてくれる。ルイもよく練られたフレーズや美しく組み立てられたソロなど実に聴き処の多い録音となっている。やはりルイは抜群のスピードで成長していたのだ。間奏のソロなど全く飽きさせない。
| Cornet & Vocal | … | ルイ・アームストロング | Louis Armstrong |
| Trombone | … | ヘンリー・クラーク | Henry Clark |
| Clarinet & Alto sax | … | ジョニー・ドッズ | Johnny Dodds |
| Piano | … | リル・アームストロング | Lil Armstrong |
| Banjo | … | ジョニー・サンシール | Johnny St. Cyr |
| 2集A面-7.CD2-1. | 恋のとりこ | You made me love you |
| 2集A面-8.CD2-2. | アイリッシュ・ブラック・ボトム | Irish black bottom |
バーサとの2回のセッションを終えた翌11月27日には自身のホット・ファイヴによる吹込みを行っている。しかし注目はトロンボーンがキッド・オリーではないことであろう。CDの大和明氏による解説にはトロンボーンに、キッド・オリーではなく、”probably”つまり「多分」としながらヘンリー・クラークなる人物の名を記している。そしてこれはキッド・オリーがキング・オリヴァーの楽団に加わりニュー・ヨークに旅立ってしまったためで、その後トロンボーンにはジョン・トーマスやジェラルド・リーヴスなどを起用したという。しかしそれらの人物のプレイにはどうも不満だったようで翌27年9月には再びオリーを呼び戻したという。
しかし一方、油井正一氏はレコードのライナーノートで、ブライアン・ラスト氏の説を支持し「ジョン・トーマス」としている。
因みにWeb版ディスコグラフィーでは、”probably”を付けず「ヘンリー・クラーク」としている。「ヘンリー・クラーク」にせよ「ジョン・トーマス」にせよどこにもあるような名前で、この人物は「ジャズ人名辞典」にも乗っておらず、そのことを実証するように大和氏はヘンリー・クラークのプレイを「凡庸」と厳しい。
そしてクラークのプレイはいただけないが、ルイとドッズに関しては輝かしい生き生きとしたソロ披露していると大和氏は述べているが、まことに同感である。
2集A面-7.CD2-1.恋のとりこ
油井氏はルイ、ドッズともベストと言ってよい力演と書いている。典型的なディキシー・スタイルのアンサンブルの後、茫洋としたトロンボーン・ソロ、ドッズの力の入ったソロ、ルイのヴォーカルそしてリルの短いソロの後ルイの素晴らしいソロとなる。そのままアンサンブルに入りエンディングに向かう。
2集A面-8.CD2-2.アイリッシュ・ブラック・ボトム
ルイのリードするアンサンブル・テーマの後リルの伴奏でルイのヴォーカル、トロンボーンの短いソロ、ルイのソロにドッズが絡み、トロンボーンも入りエンディングへ向かう。
彼の音楽はすでにこの時点でニュー・オリンズ・ジャズとは言えないものになっているのである。ルイ・アームストロングの天才ぶりが心の底から理解できるのである。