ルイ・アームストロング 1931年

Louis Armstrong 1931

さて今回はルイ・アームストロングの1931年の録音を聴いていこう。僕はルイの1931年の音源は、東芝EMIから出たCD8枚組「黄金時代のルイ・アームストロング」とクロノジカルから出ている『Louis Armstrongu 1930-31』がある。クロノジカルの方は1930年5月4日の録音から1931年4月29日までの音源を収録しているが、1931年分の録音は「黄金時代のルイ・アームストロング」と同じなので、ここではこのCDボックスの曲順を表記します。

<Date & Place> … 1931年3月9日 ロスアンゼルスにて録音

<Personnel> … ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・セバスチャン・ニュー・コットン・クラブ・オーケストラ(Louis Armstrong & his Sebastian cotton new club orchestra )

Trumpet & Vocalルイ・アームストロングLouis Armstrong
Trumpetジョージ・オレンドルフGeorge Orendorffハロルド・スコットHarold Scott
Tromboneルーサー・グレイヴンLuther Graven
Alto , Baritone sax & conductレス・ハイトLes Hite
Alto saxマーヴィン・ジョンソンMarvin Johnson
Clarinet & Tenor saxチャーリー・ジョーンズCharlie Jones
Pianoヘンリー・プリンスHenry Prince
Banjo & Guitarビル・パーキンスBill Perkins
Bass & Tubaジョー・ベイリーJoe Bailey
Drums & Vibraphoneライオネル・ハンプトンLionel Hampton

<Contents> … 「黄金時代のルイ・アームストロング」(EMI TOCJ-5221-28)

CD5-16.ジャスト・ア・ジゴロJust a gigolo
CD5-17.シャインShine

ルイ・アームストロングは、ロス・アンゼルスに1931年まで滞在した。その最後の録音が今回最初に取り上げる3月9日の録音である。この音源は本来1930年のロス・アンゼルス時代としたまとめた方がよいかとも思ったが、年をまたいでロスに滞在したということを明確にした方がよいかなとも思った次第である。
メンバーは1930年最後の録音12月23日付と同じである。そしてどういう訳か前録音から2か月半ぶりの録音である。

「ジャスト・ア・ジゴロ」(CD5-16)

まず最初は前回写真を使った「ジャスト・ア・ジゴロ」について。CD解説の大和明氏は、ルイはトランペットに、ヴォーカルに一段と歌心の豊かさに磨きをかけているとだけ書いている。
もう少し調べるとこの曲は1929年レオネロ・カスッチ(Leonello Casucci)が作曲したオーストリアのタンゴ(Austrian tango)の曲だという。「オーストリア・タンゴ」というのは初めて聞いた言葉だ。ルイの歌詞は短いが本来はヴァ―スもあり、ドラマ仕立ての長い歌詞のようだ。以下は僕が訳したわけではなく『ジャズソング』というサイトに載っている歌詞の抜粋。「俺はたかがジゴロさ。みんな俺の役どころを知っている。ダンスの相手をして稼ぎ、ロマンスを売って、誰かの心を傷つける。若いうちはいいけれど年老いたら、みんなは俺のことをどういうだろう。きっとこう言うのさ『たかがジゴロさ』とね」。僕にはルイのヴォーカルのTpソロも哀愁を含んでいるように聴こえる。特に中間部のソロでテンポを変え、ジゴロのたむろする酒場の雰囲気を演出したりしていると感じる。素晴らしい傑作だと思う。
この曲が一般にヒットしたのは1956年の「シング、シング、シング」の作曲者として有名なルイ・プリマのレコードだというが、その35年も前にルイは一大傑作の演奏を残していることはあまり知られていない気がする。

「シャイン」(CD5-17)

大和明氏によれば、アメリカのジャズ評論家ルディ・ブレッシュはかつて自分の最も好きなレコードの1枚として挙げたという名演。
実にスインギーでドライヴ感豊かに進行する第1コーラス、そしてスロウ・ダウンしてヴォーカルに入る味な転換、このヴォーカルのバックを付けるハンプトンの切なくも優しい音色、そしてヴォーカルの2コーラス目に入ったところでテンポを速めると同時にハンプトンはドラムに戻り、スインギーなリズムを送り出す。
ルイのスキャットも精彩を放ち、アルトとドラム・ブレイクをきっかけにルイが2コーラスに渡って素晴らしい演奏の盛り上げ方を示す。最初のワン・コーラスはスインギーな歌心を発揮し、2コーラス目に入る時は、ロング・グリッサンドによるブレイクで高域に持って行き、同一フレイズの繰り返しで興奮を高め、ブリリアントな盛り上がりを演出してみせる。さらにエンディングの方法にも工夫を凝らし、うまい方法で締めくくっている。
高音多用も変化と工夫に富んだものであり、同一フレイズの繰り返しも乱用とまでは感じさせず、創意に富んだ見事な構成と言える。それにハンプトンの歯切れのよいバッキングも大きく寄与している名演であるとする。厳しい評価をするガンサー・シュラー氏は、「この曲では例外的にバンドもスイングしている」と高評価をしている。
この時代のルイは、とてつもなく抜け出したTp奏者だったということがよく分かる作品だと思う。

さて、上記の録音を残した後ルイは、8か月に渡るカリフォルニア滞在を終え、シカゴに向かう。そこで自分のためのビッグ・バンドを雇った。大和氏によれば、このバンドは、ジルナー・ランドルフとリューベン・“マイク”・マッケンドリックにより率いられていたビッグ・バンドで、シカゴで共演した後、翌32年3月に解散するまで、ずっとルイのレギュラー伴奏バンドとしての役割を果たした。このバンドを雇った背景には、このバンドにニューオリンズ時代の旧友であるプレストン・ジャクソンやタビー・ホール、ジョン・リンゼイらが加わっていたことがあったと思われる。しかしこのバンドはあくまでルイのワン・マン・バンドと言ってよく、ルイのトランペットやヴォーカルを引き立てるためにあったと言っていいという。

<Date & Place> … 1931年4月 シカゴにて録音

<Personnel> … ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong & his club orchestra )

Trumpet , vocal , speech & conductルイ・アームストロングLouis Armstrong
Trumpetジルナー・ランドルフZilner Randolph
Tromboneプレストン・ジャクソンPreston Jackson
Clarinet & Alto saxレスター・ブーンLester Boone
Clarinet , Soprano sax & Alto saxジョージ・ジェイムスGeorge James
Clarinet & Tenor saxアルバート・ワシントンAlbert Washington
Piano & speechチャーリー・アレクサンダーCharlie Alexander
Banjo & Guitarマイク・マッケンドリックMike McKendrick
Bassジョン・リンゼイJohn Lindsey
Drumsタビー・ホールTubby hall

<Contents> … 「黄金時代のルイ・アームストロング」(EMI TOCJ-5221-28)

CD5-18.ウォーキン・マイ・ベイビー・バック・ホームWalkin’ my baby back home4月20日
CD5-19.アイ・サレンダー・ディアI surrender , Dear4月20日
CD5-20.ホエン・イッツ・スリーピー・タイム・ダウン・サウスWhen it’s sleepy time down south4月20日
CD5-21.ブルー・アゲインBlue again4月28日
CD5-22.リトル・ジョーLittle Joe4月28日
CD5-23.ユー・ラスカル・ユーYou rascal you4月28日
CD6-1.ゼム・ゼア・アイズThem there eyes4月29日
CD6-2.ホエン・ユア・ラヴァー・ハズ・ゴーンWhen your lover has gone4月29日

この時期のルイ・アームストロングはレコーディングをある一定期間取り、まとめて行っていたようである。レコーディングのない時は、クラブ出演や巡業に充てていたと思われる。まず31年においては4月にレコーディング期間が設けられる。

CD5-18「ウォーキン・マイ・ベイビー・バック・ホーム」
大和明氏は、この曲におけるルイのプレイやヴォーカルには、彼の新しい発展が感じられるという。確かにヴォーカルはグッとまろやかさが増した感じがする。さらに大和氏は、それは単なる聴衆受けを狙ったものとは違い、ヴォーカルの後にプレストン・ジャクソンとの4小節交換を試みるなど意欲的な演奏であると述べている。
CD5-19.「アイ・サレンダー・ディア」
大和氏は、この曲ではヴォーカルの後で、「君微笑めば」(CD4-10,11)や「スイートハーツ・オン・パレイド」(CD5-12)などで示したルイのガイ・ロンバード・サウンドへの憧れをサックス・ソリの甘いサウンドでまたもや明らかにしていると述べているが、ルイがガイ・ロンバードを好んでいたことは「君微笑めば」の時に触れていたが、サウンドをまねるほどに憧れていたというのは意外である。
CD5-20.「ホエン・イッツ・スリーピー・タイム・ダウン・サウス 」
大和氏は、この日最後に録音したのは、後にルイが生涯の愛奏曲としてテーマに用いたこの曲である。ここでのルイの扱いは、ごく自然な感情に任せた暖かい彼の人間性を感じさせる楽しい表現で、この曲のムードを大切に生かしてしていると述べている。

4月28日は3曲録音したがいずれもこの年1931年に作られたポピュラー・ソングである。

CD5-21.「ブルー・アゲイン」
イントロは、5-17「シャイン」の借用で、歌の後のTpソロに就けるバッキングも同様であると大和氏。
CD5-22.「リトル・ジョー」
大和氏は、ミュート・ソロ、ヴォーカル、そしてオープン・ソロで締めくくるというこの時期のルイの演奏パターンを踏襲しているが、ラストで再びミュートを付けて終えるところに変化を持たせていると述べる。
CD5-23.「ユー・ラスカル・ユー」
これも大和明氏の解説で次のように述べる。「この後ディキシー、ニューオリンズ、・ミュージシャンに愛好された曲で、ここでもプレストン・ジャクソンによる溌剌たるソロが楽しい。ルイのヴォーカルも陽気に歌っているが、「お前がくたばった時にゃ、俺らは喜ぶだろうぜ。この馬鹿野郎」という歌詞の裏には、死ななければ自由になれない黒人の悲哀が感じられ、このタイトルはその裏返し的な表現と考えられる。」
確かにリフなどはニューオリンズっぽい感じがするが、こういうリフというのはスイング期ビッグ・バンドの常套手段だったようにも思う。こういった辺りにニューオリンズ・ジャズ=スイング・ジャズのつながりがあるのかもしれない。

ここからCDは6枚目に入る。

CD6-1.ゼム・ゼア・アイズ
大和氏は、この曲もできたてのポピュラー・ソングとしてはやっていた時の録音で、プレストン・ジャクソンらのソロも聴かれるが、かなり通俗的でコマーシャルな扱いがされている。リズミックなバッキングを付けるリズム隊がなかなか健闘していると述べる。この曲はビリー・ホリディやアニタ・オディも歌っている現代でも有名な曲で僕も知っていたが、こんな古い曲とは知らなかった。
CD6-2.ホエン・ユア・ラヴァー・ハズ・ゴーン
大和氏は、これも当時のヒット・チューンで、ここでのルイも歌にTpに一般受けするような口当たりの良い表現を試みているという。

ルイは11月初旬、4日間にわたりスタジオに入り31年最後となるレコーディングを行った。CDボックス解説の大和明氏によれば、いずれも当時のルイの典型的な演奏であるという。

<Date & Place> … 1931年11月3〜6日 シカゴにて録音

<Personnel> … ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong & his club orchestra )

<Contents> … 「黄金時代のルイ・アームストロング」(EMI TOCJ-5221-28)

CD6-3.アップ・ア・レイジー・リヴァー(Up a)Lazy river11月3日
CD6-4.チャイナタウン・マイ・チャイナタウンChinatown , my Chinatown11月3日
CD6-5.苦しみを夢にかくしてWrap your troubles in dreams(take1)11月4日
CD6-6.苦しみを夢にかくしてWrap your troubles in dreams(take2)11月4日
CD6-7.スターダストStardust(take1)11月4日
CD6-8.スターダストStardust(take4)11月4日
CD6-9.ユー・キャン・ディペンド・オン・ミーYou can depend on me11月5日
CD6-10.ジョージア・オン・マイ・マインドGeorgia on my mind11月5日
CD6-11.ザ・ロンサム・ロードThe lonesome road11月6日
CD6-12.アイ・ガット・リズムI got rhythm11月6日

CD6-3「アップ・ア・レイジー・リヴァー」
  大和氏は、「この後も長く使うようになった有名なTpフレイズやヴォーカルのスキャット・ブレイクを楽しむことができるナンバー。2コーラスに渡るヴォーカルも、歌詞で歌う最初の部分に対し、スキャットの方は倍テンポに持って行くなど変化に富んだうまい構成で、Tp以上にVo部分に気を遣うようになっている。こういったところにもルイのエンターティナーとしての配慮がうかがえる」と述べている。シュラー氏もこの曲おけるようなスキャット・ヴォーカルの素晴らしさを激賞している。
但し油井正一氏は、この曲辺りから明らかに指摘できる無意味な高温の乱発が見られ、もはや1928年ころのシンセリティが失われているとしている。
CD6-4「チャイナタウン・マイ・チャイナタウン」
大和氏によれば、ルイのテクニックのすごさを見せつけるような典型的な作品という。テンポの速さをものともせずルイがTpで4コーラスに渡り華麗そのものといったテクニックをひけらかす。例によって同一フレイズの繰り返しによる高音プレイを最後の2コーラスで連発している。またVoの後にサックス陣にも見せ場を与え、華やかなサックス・ソリが展開される。聞いていて楽しい曲ではある。
CD6-5「苦しみを夢にかくして(テイク1)」
CD6-6「苦しみを夢にかくして(テイク2)」
これも解説に拠れば、テイク1とテイク2が収録されているが、テイク2の方がややテンポが速い。ディスコグラフィーにはテイク3があるように記載されているが、多分テイク1と同一演奏であるという。
ルイはここで実にメロディアスに流れるようなフレイズによる歌心豊かなミュート・ソロを取る。その第1コーラスの後半は、例によって甘美そのもののガイ・ロンバード・サウンドへの憧憬を示す。Voにおいても、バンドのコーラスをバックにセンチメンタルな表現で歌い上げ、さらにロンバード・サウンドをバックに励ますかのように活き活きとTpで歌い上げる。
テイクの方がテンポが速い分だけ、心持ちこの曲の訴えかけがあっさりし過ぎるようにも思われる。いずれにしても不況下を象徴するようなムードの中にも温かさを感じさせる演奏である。

CD6-7「スターダスト(テイク1)」
CD6-8「スターダスト(テイク4)」
ご存知ホーギー・カーマイケル作の不朽の名作。大和氏によれば、テイク1は「オー!メモリー盤」と呼ばれているという。これは歌の最後を「オー!メモリー」と3回繰り返し強く印象付ける形式をルイが編み出したからであるという。これをきっかけに構成の歌手はしばしば歌のラストに同じフレイズを繰り返すことを取り入れるようになった。
中でも代表的なものは、38年1月にミルドレッド・ベイリーがヴォカリオンに録音し、彼女の代表的名演となった「恋人よ、我に帰れ」で、「オー!ラヴァー、オー!ラヴァー、カム・バック・トゥ・ミー」と歌い評判となったが、その原型はルイのこのテイク1なのである。両テイクとも歌の後で、バック・アンサンブルのリフを効果的に使い、実に感動的なTpソロで歌い上げている。柔らかなアンサンブルがバックを務めるがこれもガイ・ロンバード風なのであろうか。
CD6-9「ユー・キャン・ディペンド・オン・ミー」
  スロウでしっとりとした味わいを持ったルイのVoが唯一の聴き処と大和氏は厳しい。
CD6-10「ジョージア・オン・マイ・マインド」
  前曲同様余り上等でないストック・アレンジを借用したような演奏で、これも前曲同様出てくるアルト・ソロは陳腐そのもの。前曲とは違いルイも見せ場がないとこれも大和氏は酷評している。
CD6-11「ザ・ロンサム・ロード」
「悩み多き道、寂しい道に旅立つ前に神にすがりたまえ、天使ガブリエルがラッパを吹く前に」という黒人霊歌的な雰囲気を持った歌で、ここで会衆に対し楽器とコーラスによってバンドが応答している間中、ルイはユーモラスな冗談を交えた説教で諭す牧師の役割を演じている。またルイの短いTpソロは珍しく抑えたプレイをしている。
CD6-12「アイ・ガット・リズム」
珍しくこのバンドのほとんどのメンバーが、ルイの紹介の下に短いながら次々と登場してソロを披露する。順序はP・ジャクソン(Tb)⇒L・ブーン(As)⇒Z・ランドルフ(Tp)⇒G・ジェイムス(Cl)⇒M・マッケンドリック(Bj)⇒J・リンゼイ(B)⇒A・ワシントン(Ts)。そして最後にルイが2コーラスのソロで締めくくる。

この時代のルイは、歌い方はよりソフトに、バックは柔らかになってきている。これは未曽有の不況の影響なのだろうかそれとももともとルイがそういう志向を持っていたのであろうか?

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