本名:ルイジ・パオリーノ・アルフレド・フランチェスコ・アントニオ・バラッソーニ(Luigi Paolino Alfredo Francesco Antonio Balassoni)
1924年7月6日イリノイ州ロックフォールズ生まれ。
2009年2月14日カリフォルニア州ロサンゼルスにて死去。
ドラマーだけではなく、作曲家、編曲家、バンドリーダー、ジャズ教育者でもあり、ツー・バス・ドラムの先駆者として知られている。
妻は、女優であり、歌手のパール・ベイリー。
また、ドラム・メーカーであるレモ社の副社長で、1985年にモダン・ドラマーの殿堂入りを果たした。
父親は楽器店の経営者で、3歳でドラムを演奏し始めた。
15歳の時発明した技術である2つのバス・ドラムを同時に使用する開拓者であり、17歳の時40,000人を超えるドラマーを破り、
スリンガーランド・ナショナル・ジーン・クルーパ・コンテストで優勝した。
1942年にモリーン高校を卒業した後、1940年代を通じてベニー・グッドマン、トミー・ドーシー、ハリー・ジェームズ、
デューク・エリントンなどビッグバンドで活動した。
1952年、ジャズ歌手パール・ベイリーと結婚し、以降音楽監督を務めた。
1950年代には、ドーシー・ブラザーズ、ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニー管弦楽団と共演し、
ノーグラン・レコードとヴァーヴ・レコードのリーダーとしてレコーディングを行った。
1960年代、エリントンの楽団に戻り、奴隷解放宣言100周年記念の舞台制作、"My People in and for A Concert of Sacred Music"に出演した。
2009年2月14日、2008年12月に受けた股関節骨折とパーキンソン病の合併症により84歳で亡くなった。
1947年のルイ・アームストロングの録音に名前がみえる。
「ルイ・アームストロング/コンプリート・タウン・ホール・コンサート」(RCA RVJ-6007)