メズ・メズロウ 1938年

Mezz Mezzrow 1938

ザ・パナシェ・セッションズ
ユーグ・パナシェ

このレコードは、史上初めてジャズの芸術性を論じたと言われるフランスのジャズ評論家、ユーグ・パナシェ氏が1938年初めてアメリカに渡り、その敬愛するミュージシャンたちを集めてレコーディングをプロデュースしたその記録である。先ずこのレコーディングについては氏自身が「レコーディングの思い出」として記述しているので、その要点をかいつまんで紹介しよう。
> 1938年10月私は数枚のレコーディングを企画してニューヨークに赴いた。
その頃はスイング全盛時代で、ビッグ・バンドの活動が目立っていた。デューク・エリントン、カウント・ベイシー、ジミー・ランスフォードなど優れたバンドが、超一流のソロイストを擁して活躍していた。私はそれらが大変好きだったが、それぞれ吹込みレコードも多く、私の助力を少しも必要とはしていなかった。
私が企画したのは、ニューオリンズ・スタイルのジャズだったが、この種のものはもうレコーディングの対象とはなっていなかった。
ニューオリンズ・バンドのラスト・レコーディングは、1932年トミー・ラドニアとシドニー・ベシエが率いた「ニューオリンズ・フィートウォーマーズ」によるものだった。
ジャズ史学者の中には、1938年頃にはニューオリンズ・ジャズは骨董品になっていたという人がいるが、今世紀の初めころに生まれた偉大なミュージシャンたちはまだ40歳にもなっていなかった。彼らは音楽的にも健在だったが、色々なバンドに散って、ニューオリンズとは関係ない音楽をやっていたのだ。
ニューオリンズ・ジャズの花形は何といってもトランペットで、真っ先に手を付けるべきだと思った。偉大なルイ・アームストロングが最適任者だが、専属会社が異なっていた。もう一人の偉大なニューオリンズ・スタイルのプレイヤーはトミー・ラドニアだが、当初は誰にもその居所が分からなかった。ズッティ・シングルトンは、ラドニアはニューヨークの近くに住んでいるというので、1週間探し回ったが見つけられなかった。
まずクラリネットには、メズ・メズロウを選んだ。プレイだけではなく、バンド・リーダーとしても適任だと思ったからだ。

油井正一著『ジャズの歴史』

そしてドラムはズッティ・シングルトン、ベースはポップス・フォスター0の教え子、エルマー・ジェイムス、テディ・バンのギター、そしてピアノにはジェイムズ・P・ジョンソンでリズム隊を構成した。
どうしてもニューオリンズ的なトロンボーンが見つからなかったので、メズロウは第2トランペットとして、シドニー・ド・パリスを入れることを勧めた。
しかしどうしてもラドニアが見つからないので、録音を延期した。
再度捜索を行った結果やっと彼の居場所を知っているという男を見つけ出した。その男に手紙を託し待っていると、ラドニアは3日後にメズロウの家を訪ねてきた。彼はニューヨークからそれほど離れていないニューバーグに住み、トリオを率い、トランペットの個人指導をしながら平穏な生活をしていた。彼は吹込みに大いに乗り気になり、最初のセッションは11月21日と決まった。<

こうしてフランス人の評論家がプロデュースする、ジャズのレコーディングが行われることになったが、余談として油井正一氏は次のようなエピソードを紹介している(『ジャズの歴史』)。
パナシェ氏が渡米してレコーディングのプロデュースをすると聞いたエディ・コンドンは、
「おいおい、フランスの馬鹿野郎が俺たちにジャズのやり方を教えに来るとよ。俺たちもフランスにブドー酒の作り方を教えに行くベエか」(油井氏の原文のまま)。パナシェは、それまで、シカゴ・スタイルとエディ・コンドンが大好きだったのですが、これでいっぺんにイヤになったと見え、「ワシはバカだった、シカゴ・スタイルはジャズのゲテモノだった」と声明を出す始末となったという。

<Date&Place> … 1938年11月21日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … メズ・メズロウ楽団(Mezz Mezzrow and his orchestra)

Bandleader & Clarinetメズ・メズロウMezz Mezzrow
Trumpetトミー・ラドニアTommy Ladnierシドニー・ド・パリスSidney De Paris
Pianoジェイムズ・P・ジョンソンJames P Johnson
Guitarテディ・バンTeddy Bunn
Bassエルマー・ジェイムスElmer James
Drumsズッティ・シングルトンZutty Singleton
Produceユーグ・パナシェHugues Panassie

<Contents> … {ザ・パナシェ・セッションズ」(Victor VRA-5015)&「メズ・メズロウとトミー・ラドニア」(RCA RA-5324)

A-5.&B-3.レヴォリューショナリー・ブルースRevolutionary blues
A-6.&B-1.さあ、はじめよう パート1Comin’on with the come on in part1
A-7.&B-2.さあ、はじめよう パート2Comin’on with the come on in part2

この3曲は右の「メズ・メズロウとトミー・ラドニア」にも収録されている。

A-5.「レヴォリューショナリー・ブルース」
先ずはパナシェ氏自身は解説で、「32小節のブルース。ラドニアが第1、3コーラスの、ド・パリスが第2コーラスのアンサンブルのリードを取った。この対照は面白い。ラドニアは順ニューオリンズ・ビートで演奏し、ド・パリスは純粋ではなく、ニューオリンズ・ビートに似たビートで演奏しているからである。
この演奏には、昔の有名なキング・オリヴァーのクレオール・ジャズ・バンドの演奏に非常に似ているところがある。この曲とオリヴァーの『スイート・ラヴィング・マン』を交互に欠ければわかっていただけるだろう」と書いている。
何度か聴いたのだが、僕は正直ラドニアとド・パリスのビートの違いがよく分からない。『32小節のブルース』とあるが、16小節×2ではないかと思える。出だしと随所に出てくるバンのギターがブルージーでカッコいいのだが、これがニュー・オリンズ的かというとそうではないのではないかと思う。
A-6,7.「さあ、はじめよう」
{ザ・パナシェ・セッションズ」(Victor VRA-5015)と「メズ・メズロウとトミー・ラドニア」(RCA RA-5324)のどちらもレコード解説は油井正一氏であるが、「メズ・メズロウとトミー・ラドニア」でこの演奏について詳しく書いている。それによると、
メズロウはダンス・ホールやジャズ・スポットでニュー・オリンズ伝来のスロウ・ブルースを演奏したがさっぱり受けなかった。彼は一計を案じ、同じブルースをアップ・テンポで演奏したところ大いに受けたのだという。それを再現したのがこれで、パート1とパート2は連続した演奏であるという。当時は長時間録音できるテープが無かったので、録音用ターンテーブルを2台置き1台目が終わるともう1台を回し始めたという。しかし僕にはパート1とパート2ではテンポが違う感じがするのだが。
パート1ではイントロでソロを弾くバンがブルージーでカッコいいのだが、これもプリミティヴなニューオリンズ風なのだろうか?それにリフも出てくるし極めてカンサスっぽいのである。
パート2は、合奏で始まり、始めの2コーラスがラドニアのリードで、第3コーラス及びグロウルをド・パリスが吹き出す。この辺りもエリントン風に感じてしまうのだが。因みにド・パリスがグロウルを始めると怒ったラドニアは吹くのを辞めてしまったという。そもそもこの演奏は「キング・オリヴァー・スタイルの再現」ということだったのに、パリスはグロウルなどスイング・スタイルで吹いたのでラドニアは怒ってしまったのだった。

<Date&Place> … 1938年11月28日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … トミー・ラドニア楽団(Tommy Ladnier and his orchestra)

Bandleader & Trumpetトミー・ラドニアTommy Ladnier
Soprano sax & Clarinetシドニー・ベシエSidney Bechet
Clarinet & Tenor saxメズ・メズロウMezz Mezzrow
Pianoクリフ・ジャクソンCliff Jackson
Guitarテディ・バンTeddy Bunn
Bassエルマー・ジェイムスElmer James
Drumsマンジー・ジョンソンManzie Johnson

パナシェ氏曰く「この日のセッションには、ベシエを加えることができた。彼は有名な「ニックのターヴァン」(店名か?)にカムバックしたばかりだった。メズロウは2曲でテナー・サックスを吹いた。」前回はこのメンバーでの初吹込みだったので、いささか硬さがあったように思えるが、こちらでは大分リラックスして本来の力を発揮した素晴らしい録音となった。

<Contents> … 「ザ・パナシェ・セッションズ」(Victor VRA-5015)

A-1.ウェアリー・ブルースWeary blues
A-2.リアリー・ザ・ブルースReally the blues
A-3.マギー、若き日の歌をWhen you and I were young , Maggie
A-4.ジャダJa-da
A-1.「ウェアリー・ブルース」
ベシエは、そのままトランペットに移し替えても素晴らしいと思えるような力強いソロを取る。そしてラドニアはアンサンブルをリードし、寛いだスイング感のあるソロを取っている。ド・パリスは副聴室でこの録音を聴き、感激して「まるでニューオリンズの街角を行進しているようだ!」と叫んだ。またここでソロを取るベシエはソプラノ・サックスを吹いているようだ。続くラドニアのソロも素晴らしい。
A-2.「リアリー・ザ・ブルース」
スロウなブルースである。ベシエとメズロウが見事なクラリネット・デュエットを演じている。各自が実に心のこもった素晴らしいプレイを展開する。ブルース・プレイのお手本のような演奏である。
A-3.「マギー、若き日の歌を」
一転して楽しい雰囲気のナンバーである。ディキシーの楽しさの見本のような演奏である。メズロウはTsでソロを取っているようだ。
A-4.「ジャダ」
これも楽し気なナンバーである。中間でジャクソン(P)のストライド奏法によるピアノ・ソロ、バンのギター、ラドニア(Tp)、メズロウ(Ts)というソロ回しが楽しい。

<Date&Place> … 1938年12月19日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … メズロウ=ラドニア5重奏団(Mezzrow=Ladnier Quintet)

Trumpetトミー・ラドニアTommy Ladnier
Clarinetメズ・メズロウMezz Mezzrow
Guitarテディ・バンTeddy Bunn
Bassポップス・フォスターPops Foster
Drumsマンジー・ジョンソンManzie Johnson

<Contents> … 「ザ・パナシェ・セッションズ」(Victor VRA-5015)

B-1.ロイヤル・ガーデン・ブルースRoyal garden blues
B-2.逢いにくるならIf you see me comin’
B-3.ゲッティン・トゥゲザー パート1Getting’ together part1
B-4.ゲッティン・トゥゲザー パート2Getting’ together part2
B-5.マイ・ジェリー・ロールAin’t gonna give nobody none of my Jelly-Roll
B-6.エヴリバディ・ラヴズ・マイ・ベイビーEverybody loves my baby

3回目のセッションなのでお互い堅さが取れたのか各自持ち味を発揮した素晴らしいソロを取っている。

B-1.「ロイヤル・ガーデン・ブルース」
ディキシーのスタンダードのようなナンバー。ラドニアがリードするアンサンブルの後先ずソロを取るのはメズロウ、そしてラドニア、バンとソロが続き合奏に戻る。
B-2.「逢いにくるなら」
ここでヴォーカルを取っているのは、テディ・バン。ソロも最初に取っている。続いてメズロウ、ラドニアとソロが続く。パナシェ氏は特にラドニアの2コーラスのソロは、ニュー・オリンズ的に吹かれたブルースの完璧な標本だという。ラスト・コーラスのメズロウの冷静で感動的なクラリネット・オブリガードも素晴らしい。
B-3,4.「ゲッティン・トゥゲザー」
バンのギター・ソロが素晴らしい。チョーキングなども駆使した現代にも通用する素晴らしいものだ。続くラドニアも良く、メズロウのオブリガードも効いている。
B-5.「マイ・ジェリー・ロール」
ミディアム・テンポの曲で合奏の後ソロを取るのはメズロウ、続いてラドニア。どういう訳かラドニアはメズロウの後にソロを取っている曲が多い。
B-6.「エヴリバディ・ラヴズ・マイ・ベイビー」
この曲でも最初にソロを取るのはメズロウで、ラドニアに続く。

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