ナット・キング・コール 1946年
Nat King Cole 1946
<Date&Place> … 1946年3月〜4月 ロスアンゼルスにて録音
<Personnel> … チャーリー・パーカー&ウィリー・スミス&ベニー・カーター(Charlie Parker & Willie Smith & Benny Carter)
<Contents> … "Charlie Parker/Lotusland"(Spotlite SPJ123)
A面5.「メドレー:二人でお茶を〜身も心も〜チェロキー」(Medley:tea for two〜Body and soul〜Cherokee)
ラジオ放送にパーカーが出演した時の録音である。メンバーがすごい。スイング期の三大アルトの二人にパーカーがジョニー・ホッジスに代わって入った形だ。リズム隊も当時のナット・キング・コール・トリオにバディ・リッチが加わるというとんでもない豪華さである。アーニー・ホイットマン(Ernie Whitman)というアナウンサーがMCを務めている。パーカーにも話しかけるがパーカーがどう答えているか、よく分からない。
演奏はスタンダード・ナンバーのメドレーで、最初の「二人でお茶を」はウィリー・スミスが吹き切っている。これはいかにも彼らしい華麗なプレイで素晴らしい。続く「身も心も」はベニー・カーターが吹き切り、最後の「チェロキー」をパーカーが吹き切っている。カーターの演奏も素晴らしいの一言に尽きる。パーカーの「チェロキー」だけがアップ・テンポのナンバーで、コールのコンピングも素晴らしく、これも名演である。
<Date&Place> … 1946年3月〜4月 ロスアンゼルスにて録音
<Personnel> … チャーリー・パーカー(Charlie Parker)
<Contents> … "Charlie Parker/Lotus land"(Spotlite SPJ123)
A面6.「オーニソロジー」(Ornithology)
「オーニソロジー」
この音源は、多分前曲「メドレー:二人でお茶を〜身も心も〜チェロキー」と同じリズム・セクションによるものだろうということではっきりしたものではないらしい。演奏は、全体の演奏からバードが吹いているところだけを切り取ったもので、テーマの後バードがアドリブを取り、Pソロに入るとすぐにフェイド・アウトされる。そして再びバードのソロがフェイド・インしてきて、途中で切れるという代物。ただバードの演奏だけだが、素晴らしい吹奏である。
1946年3月28日のバードの生活がよく分からない。ウォイデック氏によると、1946年2月にニューヨーク生まれの愛人チャン・リチャードソンがロスアンゼルスにやって来る。チャンは、他の男の子供を身ごもっていたという。バードは中絶を望んだが、彼女は受け入れず、5月にニューヨークに戻って女の子を出産する。この件でもいろいろゴタゴタしていただろうと思う。また、ロス・ラッセル氏は、「チュニジアの夜/オーニソロジー」のレコードが4月初めに出来上がると、宣伝と販売の旅に出る。帰ってきたのは3週間後だったという。
バードは上記のようにラジオ出演を果たしたり、次の音源J.A.T.P.のコンサートに2度目の出演を果たしているところから見て、連絡は取れる状態だったのだろう。ヘロインを摂取し、フィナーレ・クラブに出演する日々を送っていたのだろう。
<Date&Place> … 1946年4月5日 ロスアンゼルスにて録音
<Personnel> … ザ・キング・コール・トリオ(The King Cole trio)
<Contents> … "The King Cole trio"(ECJ-50062)
A面.2「ホワット・キャン・アイ・セイ」(What can I say after I say I'm sorry)
ディスコグラフィーを見ると、この年コールはラジオ音源なども含めると結構多数の演奏を残しているが、僕が持っているのはこの1曲だけである。
ピアノのイントロで静かに始まる。直ぐにコールのヴォーカルとなる。オブリガードを付けるのはムーア(Gt)、ソロはコール⇒ムーア。
<Date&Place> … ロサンゼルスと思われるが不明
<Personnel> … ナット・キング・コール・トリオ(Nat King Cole)
| Vocal | … | ナット・キング・コール | Nat King Cole |
| Others | … | 不明Unknown | Johnny Miller |
<Contents> … "Nat King Cole / The Christmas Song"(Capitol DIDX-800)
CD-1.「ザ・クリスマス・ソング」(The Christmas Song)
歌手であり作曲家でもあるメル・トーメ作のクリスマス定番曲。コールのプロフィールなどを見ると、1950年からソロ・シンガーに転身したと書いてあるが、この曲が最初かどうかは不明だが、その前にもソロ・シンガーとしてレコーディングを行っていたことが分かる。キャピトル・レコードは彼のヴォーカリストとしての資質に注目したのだろう。この曲が1946年の年間ヒット・チャート第10位にランクされる大ヒットとなったことで、ヴォーカリストとしての道が大きく開かれたのであろう。コールはこの年の3月〜4月に前述のように、チャーリー・パーカーとも共演し、バップの洗礼を受けていると思われるが、彼はバップに取り組むピアニストという道を選ばずに、ヴォーカリストという道を選んだことになる。
このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。