1922年10月29日ネブラスカ州ヘイスティングス生まれ。
2008年10月11日カリフォルニア州トルカレイクの自宅で死去。
11歳からトランペットを学び、ハイスクールの時に最初のアレンジをナット・トゥルース楽団のために書いた。
10代で、ツアーで訪れたカウント・ベイシー楽団のハリー・エディソンとバック・クレイトン、さらにはディジー・ガレスピーに強く影響を受けたという。
ハイスクール卒業2日前、ディック・バリー楽団に雇われ、ニュージャージーにバンドと同行したが、初見での演奏出来なかったため、バンドを解雇された。
ネブラスカに戻ろうにも手持ちの金がなく途方に暮れていたが、なんとかボブ・アスターのバンドに雇われる。
そのバンドにはドラマーのシェリー・マンがいた。
40年代初めにはアール・ハインズやその他のいくつかのバンドのために作編曲を行い演奏した。
42〜46年にはウディ・ハーマン、チャーリー・ヴェンチュラ、48〜49年にはハリー・ジェイムズ、50〜62年はカウント・ベイシー楽団、
その間51〜53年に書けては自己のバンドを率いて活躍した。
ウディ・ハーマン楽団の専属歌手フランシス・ウエインと結婚した。
50年代後半はTVや映画のために作編曲に専心した。
ベイシー楽団時代に書いた「リトル・ダーリン」、「ワーリー・バード」がヒットして有名になったが、
なんと言っても有名なのはTVのために書いた「バットマン」のテーマであろう。
チャーリー・バーネットの1942年の録音に名前が見える。
「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ11巻/ザ・サウンド・オブ・スイング」(Victor RCA RA-67)
「ウッディ・ハーマン/ザ・ターニング・ポイント」(MCL-1029)
"Woody Herman/The V-disc years Vol.1"(Hep 34)
「ウディ・ハーマン/ザ・サンダリング・ハーズ」(CBS SL-1191〜3-C)
"Woody Herman/The thundering herds"(Columbia C3L-25)
"Dexter Gordon/Kind of Gordon"(House of jazz 220156)
「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第17巻/スイングからバップへ」(RCA RA96〜100)
"Hall of fame/Sarah Vaughan"(Past perfect 220209)