オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド・イン・イングランド

Original Dixieland Jazz Band in England

「ODJB歴史的名演集」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1919、20年 イギリス・ロンドンにて録音

<Personnel>

 
Cornetニック・ラロッカNick LaRocca
Tromboneエミール・クリスチャンEmile Christian
Clarinetラリー・シールズLarry Shields
Pianoビリー・ジョーンズBilly Jones
Drumsトニー・スバーバロTony Sbarbaro

<Contents> … 「ODJB歴史的名演集」(COLUMBIA ZL-1071:10インチレコード)

A面
邦題原題録音日
B面
邦題原題録音日
1センセイション・ラグSensation rag1919年5月12日1アリス・ブルー・ガウンAlice blue gown1920年5月14日
2スフィンクスSphinx1920年5月14日2マイ・ベイビーズ・アームズMy baby’s arms1920年1月8日
3バーンヤード・ブルースBarnyard blues1919年4月16日3アイヴ・ガット・マイ・キャプテンI've got my captain working for me now1920年1月8日
4スーダンSoudan1920年5月14日4アイム・フォーエヴァー・ブロウイング・バブルスI'm forever blowing bubbles1920年1月8日
5タイガー・ラグTiger rag1919年5月19日
「ODJB歴史的名演集」A面ラベル

このレコードは高校の修学旅行で京都に行った時に買ったものだ。どのお店で買ったかは覚えていないが、「オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド」というバンドはとても古いバンドという知識はあって、当時でもほとんどレコード店で見かけることはなく、貴重盤ではないかと思い購入したのだろう。
解説は故野口久光氏で、解説の冒頭に「今から40数年前の1917年の2月24日ジャズ史上初のレコーディングを行ったO.D.J.B.」という紹介があることから、1955年頃までには発売されたレコードと思われる。そして注目は「1917年の2月24日ジャズ史上初のレコーディング」という件で、以前紹介したCDとの記述には食い違いがある。
くどいようだが、前回の記述をまとめるとコロムビアが1917年1月30日に史上初のジャズのレコーディングを行った。しかし先に発売したのはヴィクターで2月26日に録音を行い3月8日に発売しということだった。そしてここでコロムビアは2月24日初録音説が登場(と言ってもこちらの説の方が先に出されただろうが)したことになる。
次にこの注目点はこの録音はO.D.J.B.が1919〜20年にかけてイギリスに滞在中に行われたということである。当時はまだラジオなどのない時代である。1917年に初録音が行われたジャズという音楽をどうしてイギリス人は知っていたのだろうか。いやジャズを知っていて呼んだのではなく、「アメリカ生まれのアメリカで大流行しているジャズという音楽があります。その人気No.1バンドが来英します。」ということだったのだろう。
またこの録音のメンバーは前回の初レコーディング時とはトロンボーンとピアノ2人のメンバーが替わっている。まずトロンボーンであるが、初録音時のエディ・エドワーズは一身上の都合で退団し、エミール・クリスチャンに替わったという。さらにピアノのヘンリー・ラガスは渡英直前スペイン風邪のため急逝する。当初J・ラッセル・ロビンソンが加入したが、ロンドン到着後夫人の急病の報が入り帰国せざるを得なくなる。そのため急遽イギリスのラグタイム・ピアニストであるビリー・ジョーンズを加入させたとレコードの解説にある。僕にとって意外なのはこの時点でイギリスにラグタイム・ピアニストがいたということである。
次にこのレコードは1920年ごろとは思えないくらいに音がいいことに驚く。前回のCDよりはるかに音質が良く聴きやすい。CD同様原盤はSP盤から起こしていると思われるのだが…。
最後に、ジャケットを見ると“In England 1919/20 [Number 2]”との記載がある。ということは[Number 1]が存在するのだろうか?
「ODJB歴史的名演集」B面ラベル A-1 センセイション・ラグ
てO.D.J.B.の十八番の一つ。トロンボーン奏者エディ・エドワーズ作ということになっているが、レコード解説の野口久光氏は、元はラグタイム・ピアニスト草分けの1人ジョゼフ・ラムの作曲したピアノ曲だという。シュラー氏によれば、彼らのレコーディングされた曲はあらかじめ準備され練習されたもので何年間も同じ形のままであったという。
この曲はこれ以前にニューヨークでも録音された曲であるが、フォーマットは正確に同一なAABBCCBABCBであり、それぞれ反復されるA、B、Cと3回目のA、B、Cの箇所は全くのオウム返しの演奏に過ぎないという。
A-2 スフィンクス
この時代に流行した東洋趣味を代表するポピュラー・ダンス・ナンバーという。このリズムを「オリエンタル・フォックストロット」といったという。
A-3 バーンヤード・ブルース
彼らの十八番中の十八番。何度も引き合いに出された「馬車屋のブルース」。ラロッカの作と表示されているがシュラー氏は「ミートボール(Meat ball)」というトラディショナルのナンバーであるとしている。ここで先に何度も出てきた鶏や馬や牛を模したブレイクを聴くことができる。
A-4 スーダン
これもこの時代に流行した東洋趣味を代表するポピュラー・ダンス・ナンバーであろう。
A-5 タイガー・ラグ
O.D.J.B.のみならずデキシーランド・ジャズで最も有名な曲の一つ。これもラロッカが作者ということになっているが、シュラー氏によれば「第二のラグ(No.2 rag)」というトラデショナルのナンバー。さらに彼らは1917年、1918年ヴィクター、そして1919年に英国で録音した本盤と3回レコーディング行っている(後にもレコーディングしているが)、全く同様の展開であるという。
どうも彼らは著作権ということを知らないニューオリンズの古老たちの作った曲を次々と自分たちのものにしていった様な印象がある。
B-1 アリス・ブルー・ガウン
1919年に上演されたミュージカル[アイリーン]の中で使われた優雅なワルツ曲だという。彼らはそのまま3/4というワルツのまま演奏している。後にモダン・ジャズの時代に三拍子のジャズが登場し、今では普通に演奏され聴かれているが、これはその先駆け的録音という。解説の野口氏はコマーシャルな妥協とも見れるが、このワルツ演奏にはジャズのフィーリングがちゃんと入っているという。
これをジャズのスピリッツを活かしながらワルツに取り組んだ先駆的演奏と取るかシュラー氏の言うように「デキシー・ランドとダンス音楽の中間のどっちつかずの音楽」と取るかは微妙な判断であろう。
B-2 マイ・ベイビーズ・アームズ
前曲と同様ハリー・ティアニー(作曲)とジョセフ・マッカーシー(作詞)コンビによる1919年の「1919年のジーグフェルド・フォリーズ」の中で歌われたトロット・ナンバーという。
B-3 アイヴ・ガット・マイ・キャプテン
名作曲家アーヴィング・バーリンが1919年に書いたヒット曲という。
B-4 アイム・フォーエヴァー・ブロウイング・バブルス (I’m forever blowing bubbles)
1918年のミュージカル[パッシング・ショウ]の中で使われたこれもワルツ・バラッド。後に4拍子に直されてジャズで演奏されることも多いというが、ここではそのまま3拍子で演奏されている。

まとめ
解説の野口氏も書いているがA面の東洋調の2曲、B面の4曲は当時としてもコマーシャルな意図で録音されたものであろう、これまで知られていないO.D.J.B.の1面を知る好資料と言えるとしている。特にB面のワルツ2曲は珍中の珍であると述べている。特にB面1「アリス・ブルー・ガウン」で、初めてこのバンドでピアノの音が聞こえる。
要はシュラー氏の言うレコード会社からの圧力で、自分たちの限られた演奏曲目には異質な歌謡を録音せざるを得ず、その結果がデキシー・ランドとダンス音楽の中間のどっちつかずの音楽になってしまった実例ということであろう。

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