スタン・ゲッツ 1946年

Stan Getz 1946

ドナルド・マッギン著「スタン・ゲッツ」

1945年の10月末か11月初めに、スタン・ゲッツはベニー・グッドマンに加入し、楽団員としてコンサートやレコーディングに参加していた。僕は持っていないが、ドナルド・マッギン著『スタン・ゲッツ』(右)によると、45年12月、46年1月及び2月のスタジオ・セッションや放送録音などを聴くと、完全にレスター・ヤングの影響下にあるという。
しかしグッドマンのバンドが、1945年10月の終わり近くから12月の末まで、グッドマンのバンドはニューヨークを基点に活動行った間に、ゲッツはニューヨークでたっぷりとビ・バップの音楽に晒されるのである。ゲッツが初めて52丁目のクラブ<スポットライト>でチャーリー・パーカーを聴き圧倒されるのである。そしてゲッツとバンドの同僚カイ・ウィンディングは、この新しい音楽を追求しなくては、という思いで一致、ツアーに出る時もチャーリー・パーカーのレコードを持ち歩き、ビ・バップの練習に勤しんだ。またこの頃52丁目で、自分とよく似た駆け出しのビ・バッパー、レッド・ロドニーと知り合い親友となるのである。
いつ西海岸に向かったのかは分からないが、46年1月30日ロサンゼルスで行われたレコーディングに参加しているので、その近辺はロス・アンゼルスにいたのだろう。そして盟友のレッド・ロドニーも所属するジーン・クルーパの楽団とともに西海岸に来ていた。その間ゲッツとレッドはロサンゼルス中をうろつきまわったという。しかもその時期は、ディジー・ガレスピー=チャーリー・パーカーのクインテットがロスのビリー・バーグの店に出演していた時期と重なる。彼らは何度もバーグの店にこの圧倒的なビ・バップ布教バンドを聴きに行ったという。
ロドニーが所属するジーン・クルーパのバンドには、バディ・スチュアートという歌手がおり、その妹のべヴァリー・バーンも在団していた。べヴァリーは、スタンを気に入り、ロドニーに紹介してくれるように依頼する。この二人は、1946年11月7日にロサンゼルスで結婚式を挙げることになる。
グッドマン楽団は、2月27日からのニューヨークのパラマウント劇場での公演のために、ニューヨークに戻る。勿論ゲッツも一緒である。べヴァリーはクルーパの楽団を去り、追ってニューヨークに向かう。一方ゲッツは、3月末に麻薬が手に入らなくなり、ブツを求めてニューヨーク中を狂乱状態で探し回り、グッドマンのステージに4回も穴を空け、解雇される。ゲッツはバディ・モロウやランディ・ブルックスなどのバンドでスポット的に仕事をした。そしてどういう経緯かは記載がないが、スタン・ゲッツは7月31日、初のリーダー・アルバムをサヴォイに吹き込むことになるのである。

<Date & Place> … 1946年7月31日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … スタン・ゲッツ・カルテット(Stan Getz Quartet)

Band leader & Tenor saxスタン・ゲッツStan Getz
Pianoハンク・ジョーンズHank Jones
Bassカーリー・ラッセルCurley Russell
Drumsマックス・ローチMax Roach

素晴らしいメンバーである。ビ・バップ・ムーヴメントにあって最良ともいえる顔ぶれである。

<Contents> … 「スタン・ゲッツ/オパス・デ・バップ」(SAVOY MG 12114)

A面1.オパス・デ・バップOpus de Bop
A面2.ランニング・ウォーターRunning water
A面3.ドント・ウォーリー・バウト・ミーDon't worry 'bout me
A面4.アンド・ジ・エンジェルス・スイングAnd the angels swing

ドナルド・マッギン氏もその著『スタン・ゲッツ』において、「ローチはエネルギッシュな演奏で、セッション全体をどんどん前にドライヴしていく。ジョーンズは文句の付けようのないビ・バップ演奏だ。そしてラッセルは、ソリッドな基礎を、どこまでも決然と敷き詰めていく。スタンも負けてはいない。決して自分を譲らず、ビ・バップ・イディオムを見事に繰り広げる」とまとめている。レスター・ヤングに心酔していたゲッツだが、ここでは完全にビ・バップ・スタイルに変貌している。

「オパス・デ・バップ」
ローチのイントロから始まる。力強いゲッツのテーマ吹奏から、ジョーンズのソロ、そしてゲッツとソロが続く。フォー・ヴァースが入りラッセルの唸り、エンディングに至る。ゲッツは、リズム、ハーモニー両面で複雑に入り組んだソロを披露する。
「ランニング・ウォーター」
ちょっとテンポを落とし、ゲッツは力強く、テーマから最初の短いソロに入り、同じく短いジョーンズのソロが入る。
「ドント・ウォーリー・バウト・ミー」
急速調のナンバー。いかにもバップといったナンバーである。SP盤時代という制限がいかにも残念、もっと長くソロが聴きたいと思わせる。しかし力強く吹き切るゲッツは、まだ19歳の新鋭なのである。
「アンド・ジ・エンジェルス・スイング」
ゲッツのテーマ吹奏から、そのままソロに入る。アドリブのフレイズに若干レスターからの影響を感じる。

秋になるとゲッツはホームシックになり、陽光溢れるロサンゼルスと家庭が恋しくなってきた。彼女のべヴァリーもクロウド・ソーンヒルとの契約が終了し、ゲッツもその時入っていたハービー・フィールズのバンドにも飽きてきていた。二人は南カリフォルニアへ帰ることにする。そしてロスについて数週間後の11月7日にロサンゼルスで結婚式を挙げるのである。二人とも19歳だったという。

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