スタン・ケントン 1941年
Stan Kenton 1941
スタン・ケントンは、ちょっと常軌を逸することもあったようだが、常に前進することを忘れないジャズメンの一人として彼の名を上げることに異議を唱える人はいないだろうと思う。そんなスタン・ケントンについてもこれから年代順に聴いていこうと思う。ただ彼の元々のレコードはほとんど廃盤になっており、なるべく復刻版を見かけたら入手しようと試みてきたけど、どれだけカヴァーできているかは心もとない。
スタン・ケントンは、1930年代にローカル・ダンス・バンドで働くようになり、1934年エヴァレット・ホーグランド、36年にはガス・アーンハイム、39年にはテナーのヴィド・ムッソのバンドでピアノを弾きながら自分のバンドを結成する夢を温めてきた。そして40年には同志を集めリハーサル・バンドを組み、デモ用アセテート盤を作成したりしていた。また地方都市のボールルームにワン・ナイト・スタンドで出演などしていたが、バルボア・ビーチにある「ランデヴー・ボールルーム」から夏を通して出演しないかという申し出を受ける。そしてそこに出演中にC.P.マクレガー・ラジオ・トランスクリプション制作会社からトランスクリプションを録音したいという申し出があった。ケントンは、この企画に興味を抱き実行に移されることになる。そうして出来上がったのがこの録音であるという。
このケントンが興味を抱いた新しい試みというのは、多分史上初の「スタジオ・ライヴ」ということで、録音自体はマクレガー・ヴァーモント・アヴェニュー・スタジオで行われたが、そこに聴衆を入れ、ジミー・ライオンズが司会役を務め、いかにもボールルームからの実況録音のような雰囲気を作り出すことに成功した。成程音がいいはずだ。
この音源が発見され発売される前まで、ケントンの初レコーディングは1941年11月にデッカに吹き込んだ4曲ということになっていた。僕はそのデッカの4曲を聴いたことはないが、解説の野口久光氏によると、ケントンらしくないラテンがかったダンス・バンド風だそうである。それはこの「ランデヴー・ボールルーム」の後、ニューヨークに進出したケントン楽団は不評だったという。それは、聴衆が求めている踊りやすいもの、ヒット・ポップスを演らないということだったようだ。そういった意味では、初めての自己の楽団を持ち、青雲の志を抱いて自己の音楽を表現しようとしたこの演奏は誠に貴重なものだと言わざるを得ない。これこそが初心のケントン・ミュージックと言えるであろう。なお、このマクレガー・トランスクリプション・シリーズは第3巻まであるというが、残念ながら僕はこの第1集しか持っていない。
ちょっと気になるのが右の写真。本LPのカヴァー・ジャケットである。1941年の写真かどうか記載はないが、ベースのラムゼイやピアノのケントンを見る限りかなり若いころの写真であることは間違いない。な、な、何と、ラムゼイが弾いているのはエレクトリック・アップライト・ベースである。この時代にあったということに驚かざるを得ない。
<Date & Place> … 1941年8月中旬〜9月19日 ロサンゼルスで行われたラジオ放送用スタジオ実況録音
<Personnel> … スタン・ケントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Stan Kenton and his Orchestra)
<Contents> … 「スタン・ケントン 1941」(BMG RJL-3113)
A面 | | | B面 | | |
| 1. | アーティストリー・イン・リズム | Artistry in rhythm | 1. | サファリ | Safari |
| 2. | テンポ・デ・ジョー | Temp de Joe | 2. | トランペット・シンフォネット | Trumpet symphonette |
| 3. | ナイト・ライフ | Night life | 3. | ア・リトル・ジャイヴ | A little jive is good for you |
| 4. | マーヴィンズ・マンブル | Marvin's mumble | 4. | プレリュード・トゥ・ナッシング | Prelude to nothing |
| 5. | アイ・ハヴント・ガット・ザ・ハート | I haven't got the heart | 5. | オールド・ブラック・ジョー | Old black Joe |
| 6. | エレジー | Elegy | 6. | フラミンゴ | Flamingo |
| 7. | 冬が春に変わる時 | Love turns Winter to Spring | 7. | テイク・イット・フロム・ジ・オーヴン | Take it from the oven |
| 8. | エル・チョクロ | El choclo | 8. | バルボア・バッシュ | Balboa bash |
| | | 9. | アーティストリー・イン・リズム | Artistry in rhythm |
A-1.「アーティストリー・イン・リズム」
スタン・ケントンの作でオープニング、クロージングのテーマに使われている曲。スタン・ケントンはダンスのためではない鑑賞のためのジャズ作りを標榜したように思われるが、MCのジミー・ライオンズは、「The distinctive new modern dance music」(特別な新しいモダン・ダンス・ミュージック)と紹介している。つまりこの時代ケントンが標榜していたのは、「The new modern music」ではなく「The new modern dance music」だった。この時代「ダンス・ミュージック」でなければ、演奏する機会はなかったのであろう。といいながらこの曲はどう聴いても「ダンス・ミュージック」とは思えない曲である。しかしアメリカ人は、我々日本人がとても踊れないと思うような曲でも、普通に踊るからこれでも踊れたのかもしれない。
A-2.「テンポ・デ・ジョー」
ジョー・リッゾの作・編曲。この時代らしいスイング・ダンス・ナンバー。ソロはドリス(Ts)、アルヴァレス(Tp)、オーディーン(As)
A-3.「ナイト・ライフ」
これもリッゾの作・編曲。解説によるとこの曲ではケントン・アンサンブルの純粋な形が聴けるという。素晴らしいオーディーンのAsソロが堪能できる。
A-4.「マーヴィンズ・マンブル」
ドラムのマーヴィン・ジョージをフューチャーしたナンバー。曲の出だしから、BGの「シング・シング・シング」を思わせる展開である。ソロは他にドリスのCl、コリア―のTpが入る。Clが活躍するのでBGを想起してしまうのかもしれないが、それにしても似ている。
A-5.「アイ・ハヴント・ガット・ザ・ハート」
ラルフ・ヨウの作・編曲。これもまずソロを取るのはオーディーンのAs。オーディーンにはジョニー・ホッジスの影響が感じられる。
A-6.「エレジー」
ケントンの作・編曲。オーディーンの傑出したAsソロが聴ける。本当にホッジス風の吹奏だ。
A-7.「冬が春に変わる時」
この時代ビッグ・バンドで歌手のいないバンドは少なかったと思うが、ケントンのバンドには専属の歌手はいなかった。でもやはり歌の需要はあったのかリードのレッド・ドリスが歌手を務めている。その歌いっぷりは彼の友人でもあるエリントン楽団の歌手、ハーブ・ジェフリーズを思わせるという。
A-8.「エル・チョクロ」
実に昔から親しまれてきたラテン・ナンバー。ケントン楽団は実に斬新なアレンジメントこの曲を料理している。
B-1.「サファリ」
オーディーン(As)とアルヴァレス(Tp)のソロのために、ラルフ・ヨウが作ったという。
B-2.「トランペット・シンフォネット」
ケントンはTpセクションにスポット・ライトを当てることをあまりしなかったが、ここでは3人のTp奏者をフューチャーしている。3人の吹くハーモニーのとれた合奏は素晴らしい。
B-3.「ア・リトル・ジャイヴ」
Tpのコリア―が作曲し、ヨウがアレンジを担当している。ヴォーカル、ヴォーカル後のソロもコリア―である。
B-4.「プレリュード・トゥ・ナッシング」
解説によるとこの曲だけ別の時期の録音だというが、それがいつなのかは明らかにされていない。ソロはオーディーン(As)とアルヴァレス(Tp)。解説にはケントンはピアノを弾いていないと書いてあるが、どう聴いてもピアノの音が聞こえるのだが…。
B-5.「オールド・ブラック・ジョー」
ご存知フォスターの作ったミンストレル・ショウ用の曲。
B-6.「フラミンゴ」
デューク・エリントン楽団の演奏がオリジナルで、ハーブ・ジェフリーズが歌って大ヒットした。ここではドリスがジェフリーズの影響丸出しの歌唱を聴かせている。
B-7.「テイク・イット・フロム・ジ・オーヴン」
ヨウの作・編曲。ソロはドリス(Ts)とアルヴァレス(Tp)。この時代らしいスイング・ナンバー。
B-8.「バルボア・バッシュ」
これもヨウの作・編曲。ソロはTpのみでほとんどアンサンブルのみで構成されている。
B-9.「アーティストリー・イン・リズム」
クロージング・テーマである。
このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。