トミー・ドーシー 1938年
Tommy Dorsey 1938
ドーシーの1938年1月14日の最初のNBCのラジオ放送はそれまでとは少々変わっていた。オープニングとクロージングのテーマの「センチになって」(I'm getting sentimental over you)はいつも通りだったが、「エヴォリューション・オブ・スイング」というコーナーを設け、1909年の「メンフィス・ブルース」からスタートし、1916年の「タイガー・ラグ」、カリフォルニア・ランブラーズの「スイート・ジョージア・ブラウン」、ジーン・ゴールドケット楽団の持ち歌などを演奏したのである。これらの演奏はアレンジャーのポール・ウエストン(Paul Weston)、アクセル・ストーダル(Axel Stordahl)によって正確な譜面が書かれていた。ということは結構以前から準備されていたと考えるべきである。
ところでこの年はジャズ史上重要なコンサートが開催された。1月16日に開催されたベニー・グッドマンのカーネギー・ホールでのコンサートである。その第1部で「トゥエンティ・イヤーズ・オブ・ジャズ(Twenty years of Jazz)」(ジャズの20年)というコーナーが設けられ、Od.J.B.のナンバーやビックス・バイダーベックのナンバーが演奏されたのである。これはどちらかがパクったということではないだろう。期せずしてほぼ同じような企画が思いつかれたのだろう。そして「これまでのジャズの歴史」を再現してみせるということは、その時点でのNo.1バンドに許されることではないだろうか?つまりグッドマン、ドーシーとも我こそNo.1という自負を持っていたのではないかと想像されるのである。
<Date&Place> … 1938年3月10日 ニューヨークにて録音
<Personnel> … トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・クランベイク・セヴン(Tommy Dorsey and his Clambake seven)
メンバーには1936年に歌っていたエディス・ライトが復帰した。
<Contents> … 「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」(RCA RA-9007-08)
| Record2.A-4. | アラバマ行きの夜行列車 | When the midnight choo-choo leaves for Alabama |
「アラバマ行きの夜行列車」
アーヴィング・バーリン作の古い曲で、映画『ショウほど素敵な商売はない』の挿入歌。映画ではダン・ディリーが歌っていたという。演奏は、ピック・アップ・メンバー「クラムベイク・セヴン」によるディキシー風の好演。トミーのソロ、ミンスのClがなかなかいい味を出している。ヘルフルトのTsソロはかなりバド・フリーマン風だとは解説の野口久光氏。エンディングはアーウィンのリードする集団合奏で終わる。
この時期ベニー・グッドマン楽団との引き抜き合戦が熾烈だったようである。トミーはアルトのハイミー・シャーツァーを引き抜いているが、ドラムのディヴ・タフを取られている。
<Date&Place> … 1938年7月11日 ロス・アンゼルスにて録音
<Personnel> … トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Tommy Dorsey and his orchestar)
「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」(RCA RA-9007-08)のレコーディング・データは全く異なるデータを掲載しているが、「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ/ザ・サウンド・オブ・スイング」(RCA RA-60-68)に示してある瀬川昌久氏及びWebディスコグラフィーから上記とした。
トランペットのリー・キャッスルは本名リー・アニエロ・カスタルドといい、キャリの初めはこの短縮名”Lee Castaldo”と名乗っていた。間違いの多い「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」のデータでは「Lee Gastaldo」と間違っており、調べるのに苦労した。
またWebディスコグラフィーでは、ドラムスをグラハム・スヴェンソンとしている。この人物はどう調べても不明だが、もしかするとロス・アンゼルスの現地ミュージシャンなのかもしれない。
<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ/ザ・サウンド・オブ・スイング」(RCA RA-60-68)&「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」(RCA RA-9007-08)
| Record2.A-5.&Record1.B-4. | パナマ | Panama |
| Record2.A-7. | チャイナタウン・マイ・チャイナタウン | Chinatown , my Chinatown |
| Record1.B-5.&Record1.B-5. | ウォッシュボード・ブルース | Washboad blues |
Record2.A-5.&Record1.B-4.「パナマ」
W.H.タイラー作のディキシー初期のナンバー。新しいアレンジでミンスのCl、ドーシーのTbのソロがフューチャーされている。
Record2.A-7.「チャイナタウン・マイ・チャイナタウン」
これも古いポピュラー・ソングで、こちらは「クラムベイク・セヴン」によるディキシー風の演奏で、ここでもミンスのCl、ドーシー(Tb)、多分ヘルフルトのTsが聴き処である。
Record1.B-5.&Record1.B-5.「ウォッシュボード・ブルース」
ホーギー・カーマイケルの作でゆったりとしたテンポで奏される。アレンジはディーン・キンケイド。テーマをドーシーがストレートに吹いて、アンサンブルからミンスのClソロに入る。次のアルト・サックス・ソロハイミー・シャーツァーではないかという。アンサンブルにからエンディングはドーシーのカンデンツアとなる。ミンスのソロがいい。
<Date&Place> … 1938年7月15日 ロス・アンゼルスにて録音
<Personnel> … トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・クランベイク・セヴン(Tommy Dorsey and his Clambake seven)
3月11日と同じメンバー。
<Contents> … 「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」(RCA RA-9007-08)
| Record2.A-6. | アラビアの酋長 | The shiek of Araby |
Record2.A-6.「アラビアの酋長」
20年代の美男スター、ルドルフ・ヴァレンチノに捧げられたナンバーで、ベニー・グッドマンなどスイング時代によく演奏されたナンバー。ここでもディキシー風に奏され、アンサンブル⇒Cl、Tb、Ts、Tp⇒アンサンブルという組み立てである。
<Date&Place> … 1938年7月25日 ハリウッドにて録音
<Personnel> … トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Tommy Dorsey and his orchestar)
7月11、15日と同じメンバー。
<Contents> …「トミー・ドーシー」(HR-125-JK)&「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ/ザ・サウンド・オブ・スイング」(RCA RA-60-68)
| B-1. | コペンハーゲン | Copenhagen |
| B-2.&Record1.B-6. | シンフォニー・イン・リフズ | Symphony in riffs |
瀬川昌久氏はこれら一連のハリウッド録音を実に充実しているとして高く評価している。
B-1.「コペンハーゲン」
かつてルイ・アームストロングなども録音している古いナンバー。これまではディキシー風の演奏が多かったが、これは一転してスイング・ナンバー。ドーシーがリーダーの面目躍如といったソロを展開している。
B-2.&Record1.B-6.「シンフォニー・イン・リフズ」
こちらもスインギーなナンバー。ベニー・カーターが1933年に自分の楽団で録音しているという。カーターの録音は作・編曲とも傑作として知られているそうで(未聴)、それをドーシーがカーター自身に依頼して自分のバンド用に書き直してもらったものだという。
ここでの聴き処はカーターの卓越したヴォイシングによるサックス・セクションの優美なアンサンブルであるという。Asソロの後トミーの短いソロを挟んで奏される5人のリード奏者によるサウンドはスイング・イーラが残した芸術作品と瀬川氏は激賞している。Tp、Tb、Cl、Tsといったところのソロもいい。
<Date&Place> … 1938年9月16日 ニューヨークにて録音
<Personnel> … トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Tommy Dorsey and his orchestar)
トランペット・セクションは全取り換えであり、大幅なメンバーチェンジが行われている。
アンディ・フェレッチ、ピー・ウィー・アーウィン ⇒ ヤンク・ロウソン、チャーリー・スピヴァク
ヤンク・ロウソンがドーシーのバンドに入ったことは当時一大ニュースだったという。それはロウソンは1935年の創立以来ボブ・クロスーの楽団のスター・トランぺッターだったからである。トミーはかねてから郎村に目を付け、ひそかに接触を図っていたという。そしてついに1938年夏チャーリー・スピヴァクと共に引き抜いたのだった。
瀬川氏はアンディ・フェレッチの1番Tpはイントネーションもフレージングモ完璧で、2番3番のピー・ウィー・アーウィン、リー・キャッスルもソロもセクション・ワークも一流だったと評価しているが、トミー・バンド強化に向けてあくなき意欲を持っていのであろう。
トロンボーン・セクションでは、「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」のデータでは、トロンボーンはドーシー、ジェンキンス、バディ・モロウの3人になっているが、Webではドーシー、モー・ズデコフの2人となっている。
ここでややこしいのは「バディ・モロウ」と「モー・ズデコフ」で、実はこれは同一人物である。彼はロシアか東欧からの移民の子孫と思われるが、生まれた時の名前は「ムニ・ズデコフ(Muni Zudekoff)」で、後には「モー・ズデコフ(Moe Zudekoff)」,そして英語名なのか「バディ・モロウ(Buddy Morrow)」という名前も使用している。さらにややこしいことには「ナット・ロボフスキー(Nat Lobovsky)」という名前もあり、これはバニー・ベリガンの吹込みに参加したときに使用しているのである。彼は後に(1977年以降)亡くなったトミー・ドーシーのバンドを継承した「トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ」を率いている。どうしたらよいか悩ましいが拙「ジャズ・ディスク・ノート」では、「バディ・モロウ(Buddy Morrow)」に統一することにしよう。
<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ/ザ・サウンド・オブ・スイング」(RCA RA-60-68)&「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」(RCA RA-9007-08)
| Record1.B-7. | キャロライナ・ムーン | Carolina moon |
| Record2.B-1.&Record1.B-8. | ブギ・ウギ | Boogie Woogie |
Record1.B-7.「キャロライナ・ムーン」
これもベニー・カーターによるアレンジで、元々は1928年のポップス・チューンだという。原曲を完全にフェイクしたサックス・アンサンブルが興味深いとは瀬川氏。
Record2.B-1.&Record1.B-8.「ブギ・ウギ」
ブギ・ウギ・ピアノのパイオニア、クラレンス・”パイントップ”・スミスの自作自演曲。はじめは黒人だけに知られるだけだったが、トミー・ドーシーが取り上げ、ディーン・キンケイドのアレンジでオーケストラ化され、センセイショナルな大ヒットとなった。トミーの吹き込んだ全レコードの中で当時400万枚を超す最大のヒット曲となった。スミスのPとドーシーのソロも悪くはないが何といってもアレンジ・アイディアの勝利である。このヒット以来ブギ・リズムがスイング・バンドに次第に影響を及ぼし、ブギ・ブームが到来することとなる。
<Date&Place> … 1938年10月31日 ニューヨークにて録音
<Personnel> … トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Tommy Dorsey and his orchestar)
<Contents> … 「トミー・ドーシー」(HR-125-JK))
| B-3. | オールド・ブラック・ジョー | Old black Joe |
ご存じアメリカの生んだ国民的作曲家フォスター作。最初のソロはミンスのClからミュートTpアンサンブルを挟んでTbがリードする集団合奏風に終わる。「スイング・クラシック」の後は「スイング・フォーク・ソング」という趣向だったのかもしれない。
<Date&Place> … 1938年11月29日 ニューヨークにて録音
<Personnel> … トミー・ドーシー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Tommy Dorsey and his orchestar)
パーソネルについては、「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」とWebディスコグラフィーでは、トロンボーン・セクションを除いて上記で一致している。
「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」Trombone … ドーシーの他ディヴ・ジェイコブス、バディ・モロウ、エルマー・スミサーズの3人。
WebディスコグラフィーTrombone … ドーシーの他ディヴ・ジェイコブス、バディ・モロウの2人。
ドーシーはより強力なバンドを目指して、メンバー・チェンジを繰り返しているので追っていくのが大変だ。なおディーン・キンケイドはサックス・セクションから退いた
<Contents> … 「オリジナル・トミー・ドーシー・ベスト・コレクション」(RCA RA-9007-08)&「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ/ザ・サウンド・オブ・スイング」(RCA RA-60-68)
| 「オリジナル」Record2.B-2. | ハワイアン・ウォー・チャント | Hawaiian war chant |
| 「栄光の遺産」Record2.A-1. | ダヴェンポート・ブルース | Davenport blues |
Record2.B-2.「ハワイアン・ウォー・チャント」
「タ・フワフワイ」の原題で知られるハワイ民謡で、原曲はリリウォカラニ女王の弟シレイオホク2世が作った恋歌ということになっているが、いつの間にか「ハワイの戦いの歌」として有名になった。これもビッグ・バンド・ジャズの類型を破ったアレンジが面白く、Dsソロ⇒アンサンブル⇒ラッシン(Ts)⇒ロウソンかカミンスキー(Tp)、ドーシー(Tb)のソロが展開される。エンディングも変わったアレンジで面白い。
この頃のドーシー楽団のレコードは次はどんなものを出してくるかファンは楽しみで仕方なかったのではないだろうか?
Record2.A-1.「ダヴェンポート・ブルース」
ビックス・バイダーベックが1925年に"Bix and his rhythm jugglers"というバンド名で吹き込んでいるが、そこにはTb奏者としてトミーも参加していた。そこでのビックスのプレイは名演と言われていた。速いテンポのアンサンブルの後短いトミーのソロが入り、ヤンク・ロウソンの聴き応えのあるソロが入る。続くラッシンのTsソロも見事であり、続くCl、Tb、Ts、Tpの各2小節のチェイスがDsソロを挟んで2回繰り返される。正に快演である。
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