本名:アンソニー・ジョゼフ・シアカ (Anthony Joseph Sciacca)
1921年6月17日ニュージャージー州モリスタウン生まれ。
2007年3月28日死去。
トニー・スコットというクラリネット奏者を知っているという若い方は少ないだろう。
日本とは縁遠い人という感じがするかもしれないが、実は一時期日本に住み日本映画に出演したこともあるのだ。
40年〜42年までジュリアード音楽院に学び、42〜45年は陸軍で軍役に服した。
40年代後半には、バディ・リッチ、ベン・ウエブスター、トラミー・ヤング、チャーリー・ヴェンチュラ、
シドニー・カットレットといった優れたバンドに属している。
49年にクロード・ソーンヒル、53年には1か月程度だが、デューク・エリントン楽団にも加わって演奏している。
50年代には、サラ・ヴォーンやビリー・ホリディとも共演している。
しかし彼の名が現在でも有名なのは、50年代に若きピアニスト時代のビル・エヴァンスを
サイド・マンに起用してレコード作成していることであろう。
また、55,57,58,59年の4度ダウン・ビート誌のクラリネット部門のポール・ウィナーになっている。
57年の大半をヨーロッパ、アフリカで暮らし、58年秋からは東洋に出かけ59年に来日、60年初頭まで滞在している。
この間のことは生けるリジェンド瀬川昌久氏が「ジャズ徒然草」に書いている。
彼の日本での住居を提供したのも瀬川氏のようだ。
その後もアジア各地を巡演し65年に帰国。
同年ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルに出演、コンボを結成していたが、
その後もしばしば海外に楽旅、70年にはモントリュー・ジャズ・フェスティヴァルに出演した。
1946年のビル・デ・アランゴの録音に名前が見える。
「クラシック・テナーズ Vol.2」(Flying Dutchman RJL-2572)
"Dexter Gordon/Kind of Gordon"(House of jazz 220156)