アービー・グリーン(トロンボーン)

Urbie Green (Trombone)

アービー・グリーン

本名:アーバン・クリフォード・グリーン(Urban Clifford Green)
1926年8月8日アラバマ州モビール生まれ。
2018年12月31日ペンシルヴェニア州ヘラータウンにて死去。

子供の頃に母親からピアノを教わったが、教わったのはジャズやポピュラーソングだったという。
12歳頃にトロンボーンを始め、兄二人ともトロンボーンを演奏していた。
トロンボーン奏者のトミー・ドーシー、J.C.ヒギンボサム、ジャック・ティーガーデン、トラミー・ヤングの音楽を聴いていたが、
ディジー・ガレスピー、チャーリー・パーカー、レスター・ヤングのスタイルにより影響を受けたというが、
演奏スタイルはペリー・コモやルイ・アームストロングのボーカルにも影響を受けている。
彼はオーバーン高校に通い、オーバーン・ナイツ・オーケストラのメンバーだった。
15歳の時に父親が亡くなり、彼はカリフォルニアでトミー・レイノルズと共に音楽活動を始めた。
カリフォルニアではロサンゼルスのハリウッド・プロフェッショナル・スクールで高校を卒業した。
1947年、ジーン・クルーパのバンドに加入し、その3年後兄のジャックと共にはウディ・ハーマンのバンドに入った。
1953年にニューヨークに移り、翌年には『ダウン・ビート』誌の国際批評家投票でニュー・スター・トロンボーン奏者に選ばれた。
1950年代から1960年代にかけて、ベニー・グッドマンとツアーを行い、
1956年にドーシーが亡くなった後トミー・ドーシー・オーケストラを率いた。
晩年は、ジャズ・シンガーの二番目の妻キャシーと共に、ペンシルベニア州北東部ポコノ山脈地域の自宅で過ごしていた。
1995年、アラバマ・ジャズ殿堂入りを果たした。
晩年まで毎年9月に開催されるデラウェア・ウォーターギャップ・セレブレーション・オブ・ジ・アーツ・フェスティバルでライブ演奏を続けた。
ジーン・クルーパの1947年の録音に名前が見える。

レコード・CD

"Gene Krupa/Drummin' man"(Columbia C2L 29)