ウォーレン・ラッキー (テナー・サックス)

Warren Lucky(Tenor sax)

写真見当たらず

1920年3月5日テキサス州ダラス生まれ。
2005年7月11日ニューヨーク州ユニオンデールにて死去。

『ジャズ人名辞典』未収録。
最初にピアノを学んだが、レスター・ヤングとチュー・ベリーの印象を受けて14歳でテナーサックスに転向した。
高校卒業後、彼はサム・ヒューストン・カレッジとアラバマ州立教師大学に通いながらローカル・バンドで演奏していた。
友人の紹介で、ツアー・バンドのテナー・サックス奏者を探していたルイ・アームストロングのバンドに加わった。
サッチモのバンドに2年間滞在し、出演したり、レコーディングにも参加した。
その後、新しく結成されたディジー・ガレスピー・ビッグ・バンドに加わり、レコーディングに加わった。
この間、ニューヨークのクラブでも演奏していた。
1947年半ば、ディジー・ガレスピーのバンドがヨーロッパ・ツアーに出かける際に脱退し、ニューヨークに残った。
ナイト・クラブでハウス・バンドを率い、レッド・フォックスなどのコメディアンを公演を伴奏し、
キャブ・キャロウェイとも仕事をした。
ジミー・フォレストのR&Bインストゥルメンタル「ナイト・トレイン」の後、自身の名前で何枚かレコードをリリースした。
彼のコンボには、アーニー・ヘイズ、ミッキー・ベイカー、ミルト・ヒントン、ペック・モリソン、
スペックス・ベイリーが在団していた。
後には歌手のナッピー・ブラウンや1960年代初頭にはソウル・シンガーのアレサ・フランクリンの伴奏も行った。
1980年代初頭までミュージシャンとして活動を続けたが、病気のためにキャリアに終止符を打ったという。
ディジー・ガレスピーの1946年の吹込みに名前が見える。

レコード・CD

「ディジー・ガレスピー/シングス・トゥ・カム」(Columbia YW-7534-EV)
"Dizzy Gillespie/Professor bop"(Atlantis ATS-11)
"Dizzy Gillespie/Groovin high"(Savoy MG-12020)