フルネーム:ウェンデル・フィリップス・カリー(Wendell Philiips Culley)
1906年1月8日マサチューセッツ州ウースター生まれ。
1983年5月8日カリフォルニア州ロサンゼルスにて死去。
『ジャズ人名辞典』未収録。
生地の地元の教会や高校のバンドやローカル・バンドで演奏していた。
1931年ニューヨークに移り、ホレス・ヘンダーソンとキャブ・キャロウェイの楽団に加わった。
その後ノーブル・シスルの楽団に11年間在団し、色々なタイプのレコーディングに参加した。
またマルチ奏者としても知られ、1942年ハリー・ジェームズ・アンド・ヒズ・オーケストラではフレンチ・ホルン、
1943年から1951年のダイナ・ワシントンやライオネル・ハンプトン(1944-49)ではテナーサックスを演奏し、
その後短期間シスルと仕事をした後、1951年から1959年までカウント・ベイシー・オーケストラで演奏した。
1950年代後半から1960年代初頭にかけてはビリー・エクスタイン(Billy Eckstine)の録音でトロンボーンを演奏した。
その後は音楽から引退し、保険会社で働いていたという。
ライオネル・ハンプトンの1944年の録音に名前が見える。
"Lionel Hmpton/Hampton"(Master of Jazz R2CD 8017)