ウィンギー・マノン 1928年

Wingy Manone 1928

ウィンギー・マノン1920年代に活躍したトランぺッターであり、歌も歌ういわゆるエンターティナーのはしりのような人物で、後には「白いサッチモ」と呼ばれるようになったらしいが、日本にはあまり紹介されていないような気がする。彼の名前「マノン」について、『ジャズ人名辞典』もWeb等も”Manone”と記載しているが、レコードのライナーノーツは”Mannone”と”n”が2つある。どちらが正しいのかな?それともどちらでもいいのかな?こういうのが気になる。
僕の持っているウィンギー・マノンの最初の録音は、当時若手有望ジャズマンとして売り出し中だったベニー・グッドマンの録音へゲストとして参加した1928年8月の録音である。

[The young Benny Goodman]CD

<Date&Place> … 1928年8月13日 シカゴにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマンズ・ボーイズ(Benny Goodman's Boys)

Clarinet & Band leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpet & vocalウィンギー・マノンWingy Mannone
Tenor Saxバド・フリーマンBud Freeman
Pianoジョー・サリヴァンJoe Sullivan
Banjoハーマン・フォスターHerman Foster
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsボブ・コンゼルマンBob Conzelman

<Contents> … ”The young Benny Goodman”(Timeless CBC 1-088)

14.アフター・ア・ホワイルAfter a while
15.マスクラット・ランブルMuskrat Ramble

CD-14.アフター・ア・ホワイル
BGとバド・フリーマンの共作。覚えやすいメロディーでソロを取る全員が最初は主旋を吹き次第に崩していくのが面白い。マノンのヴォーカルはアンサンブルの後のスキャットだけである。
CD-15.マスクラット・ランブル
キッド・オリー作のヒット曲。典型的なニュー・オリンズ風のナンバーだが、BGとしては珍しいのではないかと思う。マノンのトランペットがアンサンブルをリードし、まずソロを取る。続いてピアノがソロを取る。その後ニュー・オリンズ風のアンサンブルになるがニュー・オリンズっぽく聴こえないところがBGなのだろう。

僕の保有する次のマノンの録音は自身名義のもので、「ザ・シカゴアンズ/1928-1930」(Decca SDL-10361)の解説によれば、この録音当時マノンはシカゴの北クラーク街にあった「ロイヤル・クラブ」出演していたというから、この時点ではエディ・コンドン一党よりもシカゴでは名が売れていたと思われる。

<Date&Place> … 1928年9月4日 シカゴにて録音

<Personnel>…ジョー・“ウィンギー”・マノンとクラブ・ロイヤル楽団 (Joe“Wingy”Manone and his club Royal orchestra)

Band leader ,Trumpet & Vocalジョー・“ウィンギー”・マノンJoe “Wingy” Manone
Clarinetウェイド・フォスターWade Foster
Tenor saxバド・フリーマンBud Freeman
Pianoジャック・ガードナーJack Gardner
Guitarレイ・ビオンディRay Biondi
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

<Contents> … 「ザ・シカゴアンズ/1928-1930」(Decca SDL-10361)

A面7曲目ダウンライト・ディスガステッドDownright disgusted
B面1曲目フェア・ジ・ウェルFare the well

自身率いるクラブ・ロイヤル・オーケストラによる録音。オーケストラと言ってもメンバーはマノンを入れて6人しかいない。
この2曲はマノンがテキサス州東部へ行って入手してきたものというが、その意味合いはよく分からない。解説氏は、クラリネットはテッシュメーカーそっくりだが、イリノイ州出身のウエイド・フォスター。
A-7.ダウンライト・ディスガステッド
アンサンブルの後マノンのヴォーカルとなる。ソロはクラリネット、テナー・サックス、そしてマノンのトランペットとなる。そしてディキシー風の集団合奏となって終わる。解説氏は、 マノンのヴォーカルも光っているというが、僕には素人っぽさが目立ち素晴らしいものとは思えない。
B-1.フェア・ジ・ウェル
トランペットのリードするアンサンブルで始まる。クラリネットが絡みディキシー風だ。ソロはまずクラリネット、続いてマノンのヴォーカル、バックのピアノがブギー調なのが興味深い。そしてフリーマンのテナー・ソロ、再びもマノンのヴォーカル。エンディングは一転してスイング時代を彷彿させるようなリフが聴かれる。ディキシーとスイングの折衷的な面白い作品。

次の録音は12月17日に行われた録音だが、3か月前の9月の録音時とはメンバーに若干移動があるが6人編成であることは同じである。

<Date&Place> … 1928年12月17日 シカゴにて録音

<Personnel>…ジョー・“ウィンギー”・マノンとクラブ・ロイヤル楽団 (Joe“Wingy”Mannone and his club Royal orchestra)

Band leader ,Trumpet & Vocalジョー・“ウィンギー”・マノンJoe “Wingy” Mannone
Clarinetフランク・テッシュメーカーFrank Teschemacher
Tenor saxジョージ・スナーパスGeorge Snurpus
Pianoアート・ホーズArt Hodes
Guitarレイ・ビオンディRay Biondi
Drumsオーギー・シュレンジAugie Schellange

<Contents> … 「ザ・シカゴアンズ/1928-1930」(Decca SDL-10361)

B面2曲目トライング・トゥ・ストップ・マイ・クライングTrying to step my crying
B面3曲目イズント・ゼア・ア・リトル・ラヴIsn’t there a little love ?

飯塚氏の解説に拠ると、ドラムのクルーパとテナーのバド・フリーマンはレッド・、マッケンジーとニューヨーク入りして不在だったため、珍しい顔合わせとなった。ピアノのアート・ホーズの初吹込み盤としてマニアに珍重されているという。
両曲とも途中怪しいところもあるがテッシュメーカーのソロが聴き応えがある。彼がメイン・ソロイストとして機能していたことが分かる。はっきり言って申し訳ないが、この録音でもマノンのヴォーカルはいただけないと思う。
たまたまなのか、彼らオースティン・ハイスクール・ギャングの面々はソロイストとして素晴らしいのである。粟村師は「シカゴ・スタイル」はコンドン興行師のおかげで、後に毒にも薬にもならぬディキシーランド・ジャズとかしていったとされるが、ここから排出された、マグシー・スパニアやティーガーデン、テッシュメーカーやクルーパといった次の時代に大活躍するアーティストの出自をたどる時必ず「オースティン・ハイスクール・ギャング」の名が出ることになり、そのことによって「シカゴ・スタイル」が敬意を評される対象となったことは否めないであろうと述べている。

B-2.トライング・トゥ・ストップ・マイ・クライング
トランペットのリードするアンサンブルの後マノンのヴォーカルになり、オブリガートはテッシュメーカーが付けそのままソロに入る。続いてマノンのトランペット・ソロ、ホーズのピアノ・ソロに移り、トランペットがリードするアンサンブルとなり締めくくる。
B-3.イズント・ゼア・ア・リトル・ラヴ
ここでもトランペットのリードするアンサンブルでは、テッシュメーカーのクラリネットが自由に泳ぎ回りそのまま長尺のソロを取る。そしてマノンのヴォーカル、テッシュメーカーがオブリガードを付ける。そしてトランペットのリードするアンサンブルに戻って終わる。

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